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天嶮のファミリア  作者: 深川我無@書籍発売中
第一章【忘却に差す光】
12/35

#12 人と魔族

 

 消毒液の臭いがツン……と鼻を刺す小屋の中、少年は静かに口を開く。

 

 降り止まぬ雨音が響く中、少年の口から語られる物語にフリークとシルファはただただ頷きながら耳を傾けるのだった。

 

「ちょうど三年ほど前から、僕の住む魔族の村とバルバドス帝国が戦争状態に入りました。魔族の皆は人間を舐めていました。事実、最初のころは魔族が優勢にたっていました。けれどそれがある日を境に一変したんです」

 

 魔族とは膨大な魔力と長寿を誇る種族だった。

 

 石像からひとりでに産まれ、憎悪の矛先と深い悲しみの出口を求めて生きる彼らは、世界から忌み嫌われる厄災的存在。

 

 普段は各々単独で行動する彼らではあったが戦となれば統率の取れた軍隊を形成し、敵を蹂躙する。

 

 これまでも数多の国々が、魔族の根絶に挑んでは手痛い敗北を喫してきた。

 

 それを打開したのが、生体魔導兵器とそれに次ぐもう一つ発明だと少年は静かに項垂れた。

 

「人間は恐ろしいです。戦争のたびに捉えた魔族で生体実験を繰り返していたんです。そして魔族の身体を組み込んだ生体魔導兵器を開発しました。だから僕は、魔族のみんなにこれ以上戦争をしないよう呼びかけました。守りに徹すれば静かに暮らせると……けれどみんなはそんな僕を異端者扱いしました。結局孤立してしまって、行き場のなくなった僕に帝国軍の一人が接触してきたんです。彼は帝国の非道な生態研究に異を唱える魔導学者で人権思想の持ち主だと言っていました。魔族と協力してさらに魔法を発展させるのが夢だと」

 

 そこまで話して少年は俯き、膝に乗せた拳を振るえるほど固く握りしめた。

 

「僕はその言葉に強い感銘を受けました。疎まれるだけだった僕ら魔族が誰かの役に立つのかもしれないと……彼と接触を重ねるうちに、どんどん魔族の戦況は悪くなっていきました。皮肉なことに、結局魔族の皆は、僕が初めに提案した地下要塞への籠城を余儀なくされたんです。その頃です……人間から和平の話を持ち掛けられたのは」

 

 何度も魔族と帝国軍の間を行き来し、和平交渉は実現した。

 

 両者が互いの要人を交換しあい、戦争は終結したかに見えた。

 

 しかし、それは地獄の始まりでしかなかったと少年は言う。

 

「ある日、籠城を終えてそれぞれの村に戻った魔族を、帝国軍が一斉に攻撃したんです。新しい兵器を携えて……やつらが和平を持ち掛けた狙いは上級魔族の生体実験をするために要人を交換することだったんです。そうして造られたの最悪の兵器が、反魔法回路です」

 

 その言葉にここまで頷くだけだったフリークがピクリと反応を示した。

 

 シルファも険しい顔つきで夫の顔を見上げている。

 

「反魔法回路は魔族の細胞を使って開発した魔法分解技術です。大抵の魔法は空中で魔素にまで分解されて効果を発揮できません。僕に接触してきた魔導学者が嬉しそうに僕に言ったんです。魔族と協力して最高の研究が出来たことに感謝すると……それから魔族とバルバドス帝国の全面戦争が始まりましたが、僕以外のほとんどの魔族は死んで……きっともう兵器にされているでしょう……エスターは僕の唯一の理解者で、率先して要人交換に名乗りを上げてくれました。それなのに……」

 

「君はどうやって生き延びたんだ? それに反魔法回路がありながら、どうやってあの刺客を退けた?」

 

 フリークが問いかけると、パゴタは力なく首を横に振った。

 

「わかりません……あいつの話では、僕はドラゴンに運ばれて戦場から逃げたみたいです。それと僕の固有魔法には反魔法回路が効かないんです。多分、物質もあわせて創生するからだと思います」

 

 フリークは何度か深く頷いてから「よくわかった」とつぶやくように繰り返した。

 

 それから顔を上げて、真っすぐにパゴタの目を見据えて口を開く。

 

「パゴタ。魔族の正体を君は知っているか?」

 

 その言葉にパゴタは黙って首を振った。

 

「パゴタ。魔族と言うのはね、生前誰からも愛されることなく死んだ、憐れな魂の成れの果て。哀哭の転生者だ」

 

 息が止まりそうなほどの衝撃が、パゴタの胸を穿った。

 

 断片的な前世の記憶。

 

 叫び散らす母親らしき人影、自分に覆いかぶさる巨大な男。

 

 飢えと痛みの果てに薄れる意識。

 

 それらが全身の細胞の中で悲鳴を上げるのが分かった。

 

「誰からも、愛されなかった魂……」

 

「そうだよ。考えられないことだが、こことは違う世界では、親が子を閉じ込め、痛めつけ、あまつさえ殺してしまうことがあるらしい。そんな悲劇の魂が魔族として転生する。まるで親から生まれるのを拒むように、魔族は独りひっそりと石像から生まれると聞く……」

 

「やっぱり僕は呪われた存在なんですね……きっととても悪いことをしたんだ……仲間たちも僕のせいで……」

 

「それは違う。君は奇跡だ」

 

 フリークはパゴタの手を包んで言った。

 

 その目は強く、その手は大きく温かい。

 

「僕が……奇跡……?」

 

「そうだ。これほどの憎悪の連鎖の中で、君は恨みを手放し、戦争を止めようとした。そんな辛い経験をしながら、どうしてそんな優しい心を保つことが出来た? どうして善を失わなかった? 君のその優しさはまさしく奇跡なんだよ。君は魔族の希望だ」

 

 その時ふいに雨が上がり、窓から日の光が差し込んだ。

 

 その希望の光とは別に、響き渡るプロペラとエンジンの轟音が聞こえてくると、フリークはシルファの手を取って立ち上がり、パゴタに微笑んだ。

 

「すこし来客の相手をしてくる。パゴタはレインを見ていてくれ。安心しなさい。すぐに終わらせるから」

 

「駄目だ……!」

 

 パゴタが叫んだ時には、フリークとシルファはすでに扉の外に駆け出していた。

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