表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天嶮のファミリア  作者: 深川我無@書籍発売中
第一章【忘却に差す光】
1/36

#01 忘却の霊峰

 連なる霊峰から湧き出る雲が、雲海を創造する。

 

 神はその遥か天上から燃える太陽の輝きを浴びせかけ、雲海を光の絨毯に変貌させた。

 

 そこに横たわる神の姿を見た者はほとんどいない。

 

 かつて大賢者ロダンの残した書物の中で語られた幻の秘境。

 

 それすらも人々の記憶の中から風化して久しい。

 

 ここは標高1万メートル。

 

 かつては天嶮(てんけん)の鉱山都市として栄えたバーべリア。

 

 そんな忘れ去られた秘境に、今なお住まう家族がいる。

 

 忘却の果てに、もはや神のみぞ知るところなったサンダース一家だけが、今なおそこで暮らしていた。

 

 *

 

「レイン? どこなの? 雪銀羊の毛刈りがまだ終わってないのよ⁉」

 

 母親シルファの声を背に受けて、レイン・サンダースは急な斜面を下っていた。

 

 見下ろす雲海に僅かに飛び出た絶壁———天竜の牙の方で確かに何かが動くのを見たからだ。

 

「すごいすごい! こんなところまで来れるなんて、いったい何の生き物だろう⁉ ワイバーンには無理よね……ついに雷鳴竜が見られるかも……!」

 

 腕に巻いた気圧計は脅威の285ヘクトパスカル。並みの魔力の持ち主ならば呼吸することすら叶わない過酷な環境。

 

 それでも少女が平然と斜面を駆けられるのは、代々この地で採掘を続けるサンダースの血が、少女の少ない魔力でもこの地で生きられるよう支えているからに他ならない。

 

 雲海の中に稲妻が閃いた。

 

 ますます雷鳴竜への期待が高まったレインには、もはや母の声など届かない。

 

 万年楡の杖で器用にバランスを取りながら、少女は遥か下に見える天竜の牙まで一直線に駆け下りた。

 

 天竜の牙に渡るためのゴンドラに飛び乗り、手綱を引く。

 

 ゴンドラは揺れながら空を渡り、天竜の牙に向かって少女をゆっくりと運んだ。

 

 いくら気持ちが焦っても、それ以上早くは進めない。

 

 父さんなら凄い速さで進むのに……と、少女は採掘の為に鉱山の竪穴に潜って不在の父を思い、恨めしそうに舌を出す。

 

 やっとのことで渡りきると、少女は天竜の牙の天辺にできた丸い広場に目を凝らした。

 

 雷鳴竜の姿は無い。けれどちょうど真反対の崖の際に、何かがパタパタとはためいている。

 

「なんだろう?」

 

 少女はそちらに向かって歩き出した。

 

 わずかな緊張が走る。

 

 予想していたどれとも違う未知の存在に対して、小さな恐怖が芽生えたが、それにも勝る大きな好奇心が少女の中で膨らんでいき、やがて恐怖は影も形もなくなっていた。

 

 そんな少女の目に、謎の来訪者の全貌が映し出される。

 

 少女は目を大きく開き、思わず息を呑んだ。

 

 そこにいたのは、傷だらけの少年だった。

 

「なんでこんな場所に? はっ……!」

 

 少女は湧き上がる疑問を脇にやり、少年の胸に耳を当てる。

 

「ほとんど息してない……」

 

 少女は腰に下げた銀羊の革で造ったポーチから息継草の葉を取り出して口に含んで咀嚼した。

 

 爽やかな香りが口いっぱいに広がり、葉がペースト状になったのを確認すると、意識を失った少年の口に、自分の口から直接それを流し込む。

 

「早く連れて帰ってママに見てもらわないと……」

 

 少女は少年の腕を自分の肩に回すと、ゴンドラを目指して歩き出した。

 

 遥か上に見える我が家に向かってポケットの鏡で合図を送る。

 

「き・ん・きゅう・じ・た・い」

 

 それに返ってきた母親からの合図はこうだった。

 

「ご・は・ん・ぬ・き……ってうそでしょお⁉」

 

 少女は項垂れながらも少年とともにゴンドラに乗り込み、天竜の牙をあとにする。

 

 向こう岸に辿り着くとそこには、空陸亀の背に乗った母がすでに待っていた。

 

「レインあなたまた仕事を途中で放り出して……」

 

「待ってママ! それより先にこの子を……!」

 

 娘の背後に目をやり、母親の目の色が変わる。

 

「大変……すぐに家に連れて帰って手当しないと」

 

 そう言って母親のシルファは少年を巨大な亀の背に備えた鞍に乗せた。

 

「レインは自力で帰って来れるね?」

 

「うん。その子をお願い。わたしもすぐに戻るから。スカイラインお願いね?」

 

 そう言って少女が亀の顎を撫でると、スカイラインは応えるように頬擦りしてから、ものすごい速さで斜面を登っていく。

 

 少女がそれを追いかけ家に着いた頃には、少年は綿毛草のベッドの上で静かに眠っていた。

 

「危ないところだったよ。レインが見つけるのがあと少し遅かったら命はなかっただろうね。それにいい応急処置だった。頑張ったね」

 

 そう言ってシルファは娘の頭を撫でる。

 

 レインが嬉しいような誇らしいような気持ちで照れ笑いを浮かべていると、突然玄関の扉が音を立てて開いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ