第7話「時を超えた告白」
登場人物紹介
■リオン
若き研究者。
未来リープ・シミュレータの開発指針を任されるが、未来からの通信で現れた女性オフェリアに心を揺さぶられる。
科学者としての冷静さと、人間としての感情との狭間で苦悩する。
■オフェリア
リオンの「三十年後の未来」と通信で繋がった謎の女性。
科学省の研究者でありながら、どこか妖艶な気配を纏う。
未来の真実を語り、やがてリオンの心を捉えていく。
銀髪と、青と緑が交じる瞳が印象的。
■澪
リオンの同僚であり友人。
Affecticsを駆使してオフェリアの真偽を確かめる協力者となる。
リオンの苦悩や弱さを目の当たりにし、新たな絆を感じ始める。
■タカコ
カフェの店主。
穏やかな笑みと気さくな物腰で、リオンや澪を支える存在。
ホットサンドは彼女の店の名物であり、リオンの「記憶の味」となる。
■ユナ
澪の友人。
セレスティア・ジュニア・アカデミーでヴァルガード語を教えている。
密かにリオンへの想いを抱いている。
■ノナカ博士
科学技術省の重鎮。
リオンに未来リープ・シミュレータの開発指針を依頼する。
「理論は正しいだけでは駄目だ。人を惹きつけ、未来を想像させるものでなければならない」――その言葉がリオンを導く。
朝のラボは、まだひんやりとした空気に包まれていた。
リオンがノートを睨んでいると、タブレットが震えた。
――オフェリアだ。
「おはよう、リオン」
「おはよう……」
銀髪を指で分け、首を傾げる彼女の姿が映る。
彼女の悪戯な笑み、青と緑の瞳はいつもリオンの胸を高鳴らせる。
「ねぇ、この間、Affecticsで私をスキャンしていたでしょう? 結果はどうだったの?」
リオンは言葉を選ぶように息を呑んだ。
「信頼度99.9%……君は未来にいる。そう、Affecticsは言っている」
「ふふ……じゃあ、あなたはどう思っているの?」
「……分からない」
オフェリアは笑みを深め、画面越しに彼を射抜く。
リオンの体温が急上昇していくのを、どうしても抑えられなかった。
「ねぇ、デートしない?」
「デート……?」
「そう。デート」
「でも……どうやって? 無理だろう」
「海底トンネルのゲートの近くに公園があるでしょう? 私、あそこのベンチに座って港を眺めるのが好きなの」
「ああ……あの公園。三十年後もあるんだ」
「今日のお昼、あそこで一緒に食べない? 大きな松の木の下にあるベンチよ」
リオンは目を瞬かせた。
「……知っている」
「なら決まり! 二時間後、同じベンチでランチデートよ!」
通話がぷつりと途切れる。
取り残されたリオンは、頭をがしがしとかいた。
「……デート、か」
思わずタカコのカフェに電話をかける。
「タカコさん、今日のランチにホットサンド・セットのテイクアウト、お願いします。お昼前に取りに行きます」
青空の下、紙袋を片手に歩くリオン。
潮の香が強くなってきた。
海底トンネルのゲートへ続く歩道の入り口の脇に、その公園はあった。
正方形に敷かれたカラフルなタイル、中央の噴水。
四辺に並ぶベンチのひとつ、大きな松の木の影が落ちる席へと腰を下ろす。
潮風が頬を撫でた。
リオンは紙コップのコーヒーを一口。
その瞬間、タブレットが震えた。
――オフェリアだ。
モニターには、銀髪を潮風に揺らすオフェリアが映っていた。
背後には、同じく海底トンネルのゲートが見える。
「リオン、来てくれたのね。ほら、あなたの後ろにゲートが見える」
「僕もだ。君の後ろにもゲートが見えている」
「今、私たちは同じベンチに座っているのよ。お互いの顔も見えるし、声も聞こえる。ね? 立派なデートじゃない?」
リオンは息を詰めた。
「ああ……そうだな」
「ふふ、あんまり嬉しそうに見えないけど?」
オフェリアの顔が切なく歪む。
リオンは慌てて首を振った。
「そ、そんなことはない! 俺、こういうの……慣れてなくて」
「あなたのランチは何? 私はホットサンドよ。行きつけのカフェで作ってもらったの。とっても美味しいのよ」
「え?」
「あら、どうしたの? ホットサンドってあなたの時代にもあるでしょう?」
「いや……偶然、俺もホットサンドなんだ。同じく行きつけのカフェで作ってもらった」
オフェリアが楽しそうに目を細める。
「ひょっとして同じカフェだったりして」
リオンはタカコのカフェのことを思わず説明しかけて――そして言葉を飲み込んだ。
タカコの店の温かな匂い、澪と過ごす何気ない日常を、オフェリアに結びつけてしまうのは何か違う気がしていた。
だから彼は、カフェの名前を口にせず、ただ曖昧に笑うだけだった。
オフェリアはしばらく沈黙したのち、ふっと目を細めた。
「ねぇ、リオン。澪さんって、あなたにとってどういう人なの?」
「えっ……」
リオンの喉が詰まる。
「同じ研究チームの仲間だ。ただそれだけだよ」
「ふうん……そう? 彼女、あなたのことをよく見ている気がするわ」
オフェリアは指で銀髪を弄びながら、挑発するような笑みを浮かべた。
「……研究仲間として...だ」
「あら、そういう意味で言ったのよ」
「な...!」
リオンは慌てて狼狽を隠そうとするが、声がわずかに裏返ってしまう。
「嘘よ、ワタシ、ちょっと嫉妬しているのかも...ねぇ、もし澪さんがあなたを好きだと言ったら……あなた、どうするの?」
「な、何を……!」
リオンの胸は強く脈打っていた。
オフェリアはその反応を愉しむように微笑み、少し声を落とす。
「ワタシね……知りたいの、あなたに好きな人がいるのかどうか」
リオンは言葉を失い、唇を噛みしめる。
彼女の声が潮風に溶け込み、鼓動だけが耳に響いていた。
そして――オフェリアは小さく笑い、視線を絡める。
彼女はそっと問いかける。
「ねぇ、リオン。……私のこと、好き?」
リオンは、胸の奥をえぐられるような問いに喉を詰まらせた。
だが勇気を振り絞り、震える声を絞り出す。
「……ああ、好きだよ」
頬は真っ赤に燃えていた。
「嬉しい……私も好きよ、リオン」
オフェリアは目を閉じ、唇を突き出す。
リオンの手が震え、タブレットが揺れる。
彼もまた、顔を近づける。
――三十年前にいるリオンと、三十年後にいるオフェリア。
時を超えて、ふたりは口づけを交わした。
潮風が吹き抜け、松の枝が優しく揺れる。
まるで未来も過去も抱きしめるように――。