第5話「信頼度:99.9%」
登場人物紹介
■リオン
若き研究者。
未来リープ・シミュレータの開発指針を任されるが、未来からの通信で現れた女性オフェリアに心を揺さぶられる。
科学者としての冷静さと、人間としての感情との狭間で苦悩する。
■オフェリア
リオンの「三十年後の未来」と通信で繋がった謎の女性。
科学省の研究者でありながら、どこか妖艶な気配を纏う。
未来の真実を語り、やがてリオンの心を捉えていく。
銀髪と、青と緑が交じる瞳が印象的。
■澪
リオンの同僚であり友人。
Affecticsを駆使してオフェリアの真偽を確かめる協力者となる。
リオンの苦悩や弱さを目の当たりにし、新たな絆を感じ始める。
■タカコ
カフェの店主。
穏やかな笑みと気さくな物腰で、リオンや澪を支える存在。
ホットサンドは彼女の店の名物であり、リオンの「記憶の味」となる。
■ユナ
澪の友人。
セレスティア・ジュニア・アカデミーでヴァルガード語を教えている。
密かにリオンへの想いを抱いている。
■ノナカ博士
科学技術省の重鎮。
リオンに未来リープ・シミュレータの開発指針を依頼する。
「理論は正しいだけでは駄目だ。人を惹きつけ、未来を想像させるものでなければならない」――その言葉がリオンを導く。
数日後、リオンのラボ。
リオンの端末が不意に振動した。
画面に浮かび上がった発信者名とネットアドレスが文字化けしている。
「……来た」
リオンはモニター上のスキャンアイコンをタップする。
リオンの端末のAffecticsクライアントが起動し、Affecticsサーバーとのセッションが開始される。
別室の澪の端末にセッション開始が通知され、澪はログトレースを開始した。
リオンは大きく息をつき〈Accept〉を押した。
「こんにちは、リオン」
画面の向こうで、オフェリアは余裕を漂わせて微笑む。
「どう? ワタシの事、信じる気になった?」
「微妙なところかな…」
オフェリアはいつもより化粧が濃い気がする。
「……だから、いくつか確かめたいことがある」
リオンは声を低くして告げた。
「聞くのは自由よ。答えるのもね」
オフェリアは微かに微笑む。
「君は、俺より三十年先の未来にいるんだよな」
「そうよ」
「“過去との通信”の実験中に、偶発的に三十年前にいる俺に繋がった」
「ええ」
Affectics クライアントは音声と画像データをキャプチャーし、Affecticsサーバーにリアルタイムで送信する。
澪のモニターには、Affecticsがオフェリアの生理反応をリアルタイムで解析したログが次々に表示されていく。
「偶発的に俺と繋がった後にも俺にCallしてきているが、それも偶発的か?」
「前にも言ったはず。時空を観測する装置があなたと繋がった時空の重なりの位置を教えてくれた。ワタシは単にその位置にコンタクトしているだけ」
「君はヴァルガードのディトロン火山の噴火と上院議員の暗殺を予告し、実際にその予告通りになった。何故そんな事が出来たんだ?」
オフェリアはポニーテールにしていた長い銀髪を解くと、両手で耳元あたりの髪を撫でた。
「三十年後にいるのだから、知っていて当たり前でしょう?」
赤い唇が少し緩み、口角が妖艶に上がる。
リオンの質問が続く。
「君は、セレスティア王立科学技術省の研究者だと言ったね。君の世界の科学技術省に俺はいるのか?」
オフェリアは人差し指を唇に添え、軽くため息をついた。
「それは…言わない」
「何故だ?」
「ワタシは自分の三十年後など知りたくないわ。だから、人の三十年後の事も話したくない」
「ヴァルガードのディトロン火山の噴火と上院議員の暗殺……次は何だ?」
リオンの声が震えた。
オフェリアは妖しく目を細め、唇に添えた指で唇をなぞる。
「焦らないで。未来は、少しずつ明かすものよ」
その瞬間、澪のログトレース画面に数値が浮かび上がる。
〈信頼度:99.9%〉
澪が息を呑んだ。
「……嘘をついてない。感情に矛盾は一切なし。彼女は本当に未来にいる…」
通話が終わりに差しかかった時、オフェリアがふっと微笑んだ。
「リオン――Affecticsに、そして澪さんにもよろしく」
リオンは目を見開いた。
「なぜ……澪のことを知っている?」
オフェリアの声は艶やかに響いた。
「言ったでしょう? ワタシはあなたの時代の三十年後、科学技術省にいるのよ。今日のスキャンの結果が楽しみだわ」
次の瞬間、通信がぷつりと途絶えた。
沈黙が研究室を包む。
リオンは呆然と画面を見つめたまま、言葉を失っていた。
澪からCallが入る。
澪はリオンにAffectics の解析ログを見せた。
〈信頼度:99.9%〉
「リオン……」
澪が慎重に口を開いた。
「彼女、本当に……三十年後のセレスティアにいるのかも」
リオンは震える手で額を押さえ、乾いた笑いを漏らした。
「偶然じゃない……全部、必然だっていうのか」
澪はしばらく黙って彼を見つめ、やがて柔らかく微笑んだ。
「オフェリア…素敵な大人の女性って感じね」
「……っ!」
リオンの頬が熱くなる。
言い返そうとしても言葉は出てこず、ただ視線を逸らすしかなかった。