第4話「真実を測る」
登場人物紹介
■リオン
若き研究者。
未来リープ・シミュレータの開発指針を任されるが、未来からの通信で現れた女性オフェリアに心を揺さぶられる。
科学者としての冷静さと、人間としての感情との狭間で苦悩する。
■オフェリア
リオンの「三十年後の未来」と通信で繋がった謎の女性。
科学省の研究者でありながら、どこか妖艶な気配を纏う。
未来の真実を語り、やがてリオンの心を捉えていく。
銀髪と、青と緑が交じる瞳が印象的。
■澪
リオンの同僚であり友人。
Affecticsを駆使してオフェリアの真偽を確かめる協力者となる。
リオンの苦悩や弱さを目の当たりにし、新たな絆を感じ始める。
■タカコ
カフェの店主。
穏やかな笑みと気さくな物腰で、リオンや澪を支える存在。
ホットサンドは彼女の店の名物であり、リオンの「記憶の味」となる。
■ユナ
澪の友人。
セレスティア・ジュニア・アカデミーでヴァルガード語を教えている。
密かにリオンへの想いを抱いている。
■ノナカ博士
科学技術省の重鎮。
リオンに未来リープ・シミュレータの開発指針を依頼する。
「理論は正しいだけでは駄目だ。人を惹きつけ、未来を想像させるものでなければならない」――その言葉がリオンを導く。
昼下がりのタカコのカフェ。
窓際のテーブルに腰かけたリオンは、カップに口をつけもせず、ただスプーンをカチャカチャ鳴らしていた。
落ち着かない。いつもなら研究のことしか頭にないのに、今日ばかりは言葉が喉でつかえて出てこない。
「……澪、話がある」
意を決して声を絞り出すと、向かいの澪はストローを指でくるくる回し、首をかしげて笑った。
「なに? そんな真剣な顔、珍しいじゃない。研究のバグでも出た?」
「……違う。オフェリアという女と出会った」
「オフェリア?」
その名前を聞いた瞬間、澪の眉がぴくりと動き、すぐに口元がにやける。
「ふぅん。女の名前なんて珍しいわね。……ひょっとして、あなたの恋人?」
「ち、違うっ!」
リオンは慌てて声を上げ、カフェにいた客の数人が振り返った。
彼は顔を赤くしながら慌てて小声に切り替える。
「そ、そういう関係じゃない。ただの……通信の相手だ」
「通信?」
澪はわざと目を細め、にやにやと笑う。
「リオン、顔真っ赤。やっぱりそうなんだ」
「違うって!」
否定しても、耳まで熱くなっていくのが自分でも分かる。
澪は肘をついて彼をじっと観察し、軽くため息をついた。
「なるほどね。オフェリアって子にからかわれてるんでしょ? 分かるわ。あなた、女の子に弄ばれると弱いもんね」
「か、からかわれてるわけじゃ……」
リオンは唇を噛み、机の下で拳を握りしめた。
思い出すのは、画面越しのオフェリアの笑み。
挑発するような声、妖艶な仕草。そのたびに胸がざわつき、悔しいのに、心臓が跳ね上がってしまう。
「……やっぱり図星みたいね」
澪はいたずらっぽく笑い、ストローを唇にくわえた。
リオンは堪らず言葉をぶつけた。
「彼女は……未来から通信してきたんだ」
「未来?」
澪の笑みが凍り、驚きが混じった声が漏れた。
リオンは真剣な目でを澪見つめる。
「三日前、突然端末に彼女からのコールが入った。最初はハッキングだと思った。でも彼女は、未来で“過去との通信実験”をしていて、偶然俺の端末に繋がったと言ったんだ」
「……そんなSFみたいな」
「俺も信じなかった。だが、彼女が言った予言が当たった。火山の噴火、政治家の暗殺――暗殺は時分までピタリと当てやがった」
リオンの手が小さく震えた。
「偶然じゃ済まされない」
澪は無言で彼を見つめ、やがて小さく呟く。
「……信じてるんだ」
「まだ分からない…だから確かめたい。Affecticsのモバイルで、オフェリアをスキャンしてくれ」
リオンは身を乗り出した。
「彼女の話が本物なら……俺の研究の突破口になるかもしれない」
「研究?」
澪は眉を上げた。
リオンは唇を結び、数秒ためらった末に打ち明けた。
「ノナカ博士から、タイムリープ・シミュレーションの理論の構築を任されてる。でも理論は複雑すぎて進展がない。……もし本当に未来からの通信が成立しているなら、ヒントになるかもしれないんだ」
澪はカップを置き、両腕を組んでじっとリオンを見つめる。
「……分かった。でもね、やっぱりあなた、惚れてるんでしょ」
「ち、違う!」
リオンは椅子から立ち上がりそうな勢いで否定した。
「顔が赤い。声が震えてる。……オフェリアに弄ばれてるの、丸見えよ」
澪はくすっと笑い、からかい半分、本気半分の視線を送った。
その時、カウンターの奥からタカコの声が飛んできた。
「まぁまぁ、リオンに恋人候補が現れたのね!」
「タカコさんっ!」
リオンは真っ赤になって叫んだ。
タカコはコーヒーポットを片手に笑みを浮かべる。
「いいことじゃない。研究ばかりで色気のなかったリオンに、ようやく春が来たんだもの」
「タカコさんもそう思います?」
澪はくすくす笑いながら目配せする。
リオンは両手で顔を覆い、頭を抱えた。
「頼むから、真面目に聞いてくれ……!」
澪は笑みを消し、まっすぐ彼を見つめる。
その瞳にはからかいの色はなく、研究仲間としての真剣さが宿っていた。
「……分かったわ。協力する。モバイル版を使えば、オフェリアの感情を解析できるはず」
リオンは深く息を吐き、瞳を潤ませながら頷いた。
「ありがとう、澪」
「ただし」
澪はいたずらっぽく笑いを取り戻し、指を一本立てる。
「スキャンして“本物”だって分かっても、恋愛相談までは乗らないからね?」
「なっ……!」
リオンは真っ赤になり、言葉を詰まらせた。
「リオン、ついでにあなたもスキャンしてあげようか?」
「だ、だから...」
タカコがコーヒーを注ぎながらクスリと笑う。
「協力って、研究のこと? それとも恋のこと?」
「け、研究に決まってるじゃないですか!」
リオンの声がまた裏返り、カフェの空気が一気に和やかな笑いに包まれた。