第3話「偶然と必然」
登場人物紹介
■リオン
若き研究者。
未来リープ・シミュレータの開発指針を任されるが、未来からの通信で現れた女性オフェリアに心を揺さぶられる。
科学者としての冷静さと、人間としての感情との狭間で苦悩する。
■オフェリア
リオンの「三十年後の未来」と通信で繋がった謎の女性。
科学省の研究者でありながら、どこか妖艶な気配を纏う。
未来の真実を語り、やがてリオンの心を捉えていく。
銀髪と、青と緑が交じる瞳が印象的。
■澪
リオンの同僚であり友人。
Affecticsを駆使してオフェリアの真偽を確かめる協力者となる。
リオンの苦悩や弱さを目の当たりにし、新たな絆を感じ始める。
■タカコ
カフェの店主。
穏やかな笑みと気さくな物腰で、リオンや澪を支える存在。
ホットサンドは彼女の店の名物であり、リオンの「記憶の味」となる。
■ユナ
澪の友人。
セレスティア・ジュニア・アカデミーでヴァルガード語を教えている。
密かにリオンへの想いを抱いている。
■ノナカ博士
科学技術省の重鎮。
リオンに未来リープ・シミュレータの開発指針を依頼する。
「理論は正しいだけでは駄目だ。人を惹きつけ、未来を想像させるものでなければならない」――その言葉がリオンを導く。
オフェリアと話した三日後の14時25分。
リオンはラボでニュースサイトを見ていた。
オフェリアの言うとおりだとしたら、あと四分でどこかの国の政治家が暗殺される。
「あと四分──」
リオンの握っているペンが小刻みにデスクを叩いている。
――14時29分。
リオンは固唾をのんでタブレットに表示されたニュースサイトを凝視していた。
だが、政治家の暗殺を報じるニュース記事などどこにも見当たらない。
他のニュースサイトもチェックしてみたが同じだ。
しばらくして、リオンは立ち上がり、背伸びをして大きく息を吐いた。
「やはりな、あの嘘つき女め。もうCallには出ないぞ」
胸のつかえが一つ取れた気がした。
「さてと……」
椅子に戻ると、端末で王立図書館のサイトを呼び出した。
リオンがタイムリープに関する文献を読み始めて一時間ほど経ったときだった。
モニターの上部に赤いラインが走った。
――【緊急速報】ヴァルガードのイデルマ上院議員、銃撃により死亡。現地時間14時29分。犯人は逃走中。
リオンは大きく目を見開き、声にならない音を喉から漏らした。
セレスティアとヴァルガードは一時間の時差があり、セレスティアが一時間早い。
時間はぴたりと一致していた。
ニュースの文字を見つめるうちに、リオンの胸に冷たいものが走った。
さっきまで完全に排除できていたオフェリアの存在――もう無視するのは不可能だった。
火山の噴火に続いて暗殺まで、オフェリアの言葉は的中していた。
その数分後、端末が震えた。
(オフェリア……)
リオンは無言で〈Accept〉を押す。
「こんにちは、リオン」
画面の彼女は、いつも通り妖艶な微笑みを浮かべていた。
だが今のリオンの目には、ただの幻影ではなく、重い現実として映っていた。
「……もう認めざるを得ないかもしれない」
リオンの声は掠れていた。
「君が未来から来ていることを」
オフェリアは目を細め、挑むように微笑む。
「やっと信じてくれる気になったの?」
「だが……」
リオンは前のめりになった。
「古典的なセオリーだが、タイムマシンでは過去に戻れない。仮に戻ったとしても、タイムマシンに乗り込む直前までが限界だ。だから、今俺が過去にタイムリープしてきた君と話しているなんて...あり得ないはずだ」
オフェリアは肩を揺らして楽しそうに笑った。
「タイムマシン? あら、誤解しているわ。ワタシはタイムマシンなんかには乗っていないのよ。リオン、あなたって本当に可愛いのね」
リオンは馬鹿なことを言ってしまったと言わんばかりに頬を赤らめ、俯いた。
「私は今も、あなたの時代の三十年後にいるのよ。‘過去との通信’の実験をしていただけ。時空を観測する機器と繋がるはずが、なぜかあなたの端末と直結してしまった。偶然……だけど、偶然以上の意味がある気がする」
「‘過去との通信’の実験……そんなことが可能なのか?」
「可能だから、こうしてあなたと話しているのよ」
「一体どうやって……」
「詳しいことは言えないけれど、時空と時空の“重なり”を使うの。あなたがいる時空と、私がいる時空は当然同じではないけれど、異なる時空同士の一部が重なる瞬間があるの。その重なりにお互いがコンタクトすれば通信が成立するの。その重なり合う部分の位置を観測して教えてくれる装置があるのよ」
リオンの表情が険しくなる。
「ワタシはその観測装置に接続して時空の重なりをモニタリングしていたら、なぜかあなたと繋がってしまったの」
「三十年後にそんな機器が開発されているのか?」
「あなたが驚くことが他にもあるわよ。全部、AIの進化のおかげ」
リオンは唇を噛む。
「……未来の事象に、俺が直接触れてしまったら。例えば、君に触れたりすれば……未来が歪むんじゃないのか?」
オフェリアは挑発するように微笑んだ。
「あら、もうワタシと話したくないの? いいこと、あなたから見た“今、ワタシがいる未来”は、ワタシが過去にいるあなたと接触したという事実の延長線上にあるの。つまり、ワタシにとっての過去は一つしかない。でも未来はね、確率と演算の世界。だから“絶対唯一の未来”なんて存在しないのよ」
その言葉がリオンの胸に突き刺さる。
ノナカ博士から依頼されたタイムリープ・シミュレーション――そこには「絶対唯一の未来」を仮定した数式が並んでいた。
もしオフェリアの言うとおりなら、未来は一つではなく、無数の枝分かれした演算の結果にすぎないのだ。
「……君は」
リオンは思わず呟いた。
「君は、俺にとって研究の突破口かもしれない」
「それだけ?」
オフェリアは艶やかに首を傾げる。
「女としてのワタシには魅力がないの?」
リオンは視線を逸らし、言葉に詰まった。
「冗談よ。それと……」
オフェリアが銀髪を耳の後ろに流す仕草をする。
「今、あなたとの通信を可能にしている時空同士の重なりはとても不安定なものなの。いつ重なりがなくなってもおかしくないわ。そしたら……ワタシ達はもう会えない」
突然、オフェリアの姿がモニターから消えた。
リオンは何も映っていない画面をしばらく眺めていた。まだ完全にオフェリアの話を信じているわけではない。
(オフェリア、次はAffecticsを使ってスキャンさせてもらうぞ)