海底遺跡
今世界ではあるニュースが話題になっていた。それは大西洋の西インド諸島の北側に位置するプエルトリコ海溝の底に、謎の海底遺跡があるというニュースだった。なぜそこに遺跡があるのか、なぜ崩れずに形を保てているのか、謎が深まるばかりだった。
ー プエルトリコ ー
重たいキャリーケースを体全体で引きずるように引っ張る女性サラは、夏のプエルトリコの暑さに気が滅入っていた。
タクシーに乗り、運転手に行き先を伝えた。海沿いに建設された、『プエルトリコ海底研究所』の入口にタクシーをつけて、運転手にチップを渡した。
「サラー!」
「レミー久しぶりだね。」
サラがレミーと呼んでいる男、この男は海底研究所のリーダー的立ち位置だ。
「海底遺跡について教えて。」
「海底遺跡は約6800m下だ。正確な数字じゃないが、横は200m以上はあるだろうな。とりあえず巨大ってことだ。」
「調査隊の編成と方法はもう話進んでるの?」
「もちろんだ。すごい物見せてやるよ。」
レミーとサラはエレベーターに乗り、地下6階に向かった。
エレベーターが開くと、白衣を着た人達やスーツを着た人達が多く行き交っていた。壁に囲まれたこの狭い空間で毎日仕事をしていると、気が狂ってくるのではないかとサラは思った。
「奥に会議室がある。調査隊はみんな揃っているぞ、お前が最後だ。」
扉を開けると7人の男女がいた。レミーの声掛けで全員が着席した。
「遂に全員揃ったな!こいつはサラ、海洋考古学者だ。サラ、ここにいるヤツらは特殊な訓練を受けているヤツや特殊部隊出身やら色んな経歴をもっている。探られることを嫌がるヤツもいるから気をつけろよ。」
サラは頷いた。
「俺を含めた9人で海底遺跡の調査に向かうが...何か質問があるもの?」
8人全員が手を挙げた。
「よし、そう来ると思った。めんどうだから省くつもりだったが説明する。」
おそらく全員が1番大事だろと、脳内でツッコんだだろう。
「これは海底での圧力に耐えられるよう設計した、『PT98』だ。」
レミーはモニターに映った宇宙服のような物を指さしながら説明する。
「泳げるか心配だろうが、そこは大丈夫だ。動きの制限も少なく、酸素量も充分積められる。」
「レミー待って、仮にその服が圧力に耐えられる程の強度を持ってたとして、そこに行くまでの酸素については考えているの?」
「これから丸1日質問攻めに合うのは困るから言うぞ?お前たちの心配することは全て大丈夫だ。遺跡が見つかるずっと前から研究されてたことなんだ。考えうる全ての心配を排除している。」
そこから1時間ほど話し合いが行われた。実物を見たいという1人の意見により、全員でPT98の実験所がある場所に向かった。そこは地下3階で行われており、サラたちの疑問は数字と、実際の実験の様子から解決した。
不安は残るが、中断してその日は各々部屋で休むことになった。
部屋にあったタブレットで、海底遺跡まで向かうための潜水艦とPT98を見ていたサラは、突然のノックに体を飛び跳ねさせた。
扉を開けると、会議室にいた女性2人が立っていた。
「こんばんは、私はスナーシャ。こっちはロビン。女性は私たち3人だけだから仲良くしようと思ってきたの。」
綺麗な長髪の金髪美女スナーシャと、アジア系の黒髪美人ロビンに自己紹介を済ませ、サラの部屋で軽い女子会が開かれた。
すぐに仲が良くなり、結局2人はサラの部屋に泊まることになった。
翌日、また会議室へと集まった。
「リーダーは俺レミーがやる。2つの部隊に別れ、効率よく調査するぞ。Aチームのリーダーは俺、Bチームのリーダーを『ジャック』にやってもらう。」
Bチームのリーダーに選ばれたジャックは、特殊部隊出身で優秀すぎる成績だったらしい。頬に傷があり、何度も死線をくぐり抜けてきたことが伝わってくる。
サラとスナーシャはAチーム、ロビンはBチームになった。少し寂しい。
「事前にメディカルチェックは済ませてる。明日からは装備品の確認やらで明後日には調査に向かう予定だ。しっかり寝とけよ〜。」
そして遂に海底遺跡に向かう日となった。サラは正直ワクワクしていた。未知の物を調べるということはなんて素晴らしいことなのだろう。
潜水艦に乗り、海底遺跡へと進み始めた。
「暗いね。」
スナーシャは窓から外を眺めながら静かに言った。
「レミー、今何mだ?」
ジャックは運転席のレミーに向かって言った。
「今は〜...2500だな。」
ジャックは頷いて、レミーの隣に座った。この2人はおそらく付き合いが長い。互いに信用しあっていることが伝わってくる。
「私、ここに来て全員と話せなかったな〜。」
「まぁ私たちは、期間限定的なチームというかサメとか、遺跡が壊れそうで危険はないかとかの調査がメインだからね。サラはこの後も調査隊に加わるんだろうけどね。」
笑いながらロビンが言った。そうだ、せっかく仲良くなったが、数日の調査が終わるとスナーシャとロビンとはお別れだ。
「そろそろ着くぞ!全員準備しろ!」
レミーの声で全員が装備品を身につけた。
「よし、今から調査に向かうが呼吸を乱さなければ2時間は持つ。余裕を持って行動しろよ、ボンベの代わりはここに積んであるから戻ってこい。」
遺跡の真上に向かった潜水艦。
「ライト投下。」
大量の明かりが落ちていく。ケミカルライトの原理らしいがほんとの作り方はよく分からない。
でかい...聞いていたよりもずっとでかい遺跡だ。『ペトラ遺跡』のように綺麗な入口に、モンサンミッシェルのように美しい。いや、サラが見てきた世界中の遺跡、そして海底遺跡など全ての遺跡を含めてもここまで美しいものはない。
「Aチームから行くぞ。Bチームはライトを全体に投下した後、遺跡へ向かうんだ。」
レミーを先頭にAチームは潜水艦の外へ出た。
「通信テスト、全員聞こえるか?」
「聞こえます。」
「Bチームも全員聞こえてます。」
「よし、さっそく中へ入る。」
地面に足がつき、上を見上げたサラは感動で涙が溢れそうだった。
「すごい...」
スナーシャも同じことを思っているようだ。
中に入り、1時間ほど見てきたが謎は深まるばかりだ。まず壁画に書かれた文字と絵だ。どの古代文字にもない全く別の言語で書かれている。絵は謎の巨大な生き物が書かれていた。
中の作りを見ていくと、どのような人達が作ったのか、その人たちの文化が少しづつ見えてくる。しかしこの遺跡からは何も見えてこない。独自の文化と独自の技術力を持った人達がこの遺跡を作ったのだろう。
「あのさ、サラ?これってなんだろう...」
そう声をかけてきたのは、同じAチームのアレックスだ。
アレックスの指さした方を見ると、中庭に巨大な足跡?のようなものがあった。
「なんじゃこれ...」
レミーは情報処理が間に合っていないようだ。それはサラもだった。
「海底は未知だ。もしかすると、とんでもない生き物がいるかもしれないな。」
「まさか...こんなのがいるわけないよ。」
スナーシャは怯えている。
「俺もそう思うよ。だが、念には念をだ。残り1時間ちょっとか...1度潜水艦に戻って酸素補給をするぞ。」
「Bチーム、サミュエルとネストを潜水艦に残して降りる。」
ジャックの声だ。
「了解、Aチーム今から戻る。」
来る時は見て回っていたからか、帰りは15分ほどで入口まで戻ることができた。
「サミュエル、ネスト!今から潜水艦に戻る。」
反応がない。
「サミュエル、ネスト!どこにいるんだ?」
レミーの無線に反応がない。
「ねぇレミー、気圧で無線がおかしくなってるんじゃない?」
「そんなはずない、ジャックと話したばかりだろ?サラからやってみてくれ。」
反応がない。話し合った結果、少し上に泳ぎ、潜水艦を探すことになった。
行こうとした時、謎の音が響き渡った。音による振動で、地面が動く。
「なんだ!?」
「やばいって!」
レミーとスナーシャは驚きと恐怖で気が動転している。
サラは上を見上げた。潜水艦が見えたが、何かから逃げるような動きを見せている。
「みんな!上!」
全員が見上げた。潜水艦の後ろから現れたのは巨大な顔だった。サメではない、まるで人間のような顔をしている。
「なんなのあれ!」
サラは声が出ない。潜水艦を追いかける怪物の顔は、笑っているようだった。
怪物の顔の横、暗闇から2本の腕が伸びてきた。潜水艦をゆっくりと掴み、口の方へ持っていった。
「助けてくれー!」
「サミュエル!ネスト!」
レミーの声が届いたか分からない。レミーが叫んだ時には、潜水艦は怪物の歯で砕かれていた。
巨大な爆発と共に、驚いた怪物の顔と手は暗闇の中へ消えていった。
「ねえ!あれなんなの?私たち戻れないじゃん!」
「待て!みんな一旦落ち着こう。酸素の減りに注意するんだ。」
「落ち着けるわけないじゃん!」
レミーが落ち着かせようとするが、スナーシャは落ち着くことができない。
「スナーシャ、落ち着いて!酸素が無くなっちゃう!」
「どうしよう...どうしよう...どうしよう...」
「みんな、とりあえずBチームと合流しよう。」
アレックスが1番落ち着いて状況を分析しようとしている。
Bチームと合流するために、サラ達は歩き始めた。サラは、怪物の顔が脳裏から離れず震えが止まらなかった。