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『魔王さま』と『勇者』の帰郷

 魔王さまと僕は街から少し離れた村に来ていた。

 魔王さまの命令で、僕は村の様子を見て回っていた。村の周りには丸太で作った柵で囲まれており、それが村唯一の防御壁になっていた。

 はっきり言って、お粗末な出来だ。それにこの村を襲う猛獣も魔獣もいないだろう。この世界では山賊など危険な人間もほとんどいないので攻められる心配も無い。

 こんな事を村人に言ったら村人は怒髪天をつき「なんでもよそ者にそんな事を言われねばならぬかっ」と僕を責めるだろう。だがその苦情も魔王さまに言おうものなら「なぜそんな事を言わなくてはいけないほどヘボい村に住んでいるのか?」という一層絶望的な返答を返すだろう。

「帰りました。魔王さま」

 僕は村の外で待機している魔王さまに報告をする。魔王さまは相変わらず望遠鏡で勇者の観察を余念無く行っていた。

「ごくろう…………。いやごくろうさま」

「へえ」 

 魔王さまの返答に僕はちょっとした感動を覚えた。

 街での買い物で、僕を半ば鉄砲玉のように使った魔王さまの言葉使いを注意した。一切の聞く耳を持たないガキ大将のような方だと思っていたが、学習能力はあるようだ。

「お前、何を考えている?」

「いや、何も」僕は即答する。ここで本当の事を吐露すると元の木阿弥だ。

「それでどうだった。この家畜が住んでいそうな枯れた村は?」

「それと似たようなことは、さっき僕が心の中で言いました。声には出しませんでしたが」

「それでこの街の情報は?」

「ううんと」僕はどこから情報を出すか悩む。「とりあえず人口は大雑把に800人ぐらいですかね。平均年齢もかなり高いです。子供の数は極端に少ないみたいですね。主な産業は木材加工と農業ってあたりです」

「ふうん。続きはあるのか」

「この世界特有の宿痾というかなんというか、この村のほとんど建物が民家です。病院どころか診療所もありません。あと宿屋がある可能性は、砂の中からダイヤを探すよりも困難です。はっきり言えば『限界を超えた限界集落』という感じでしょうか」

「お前、私より口悪くないか?」

「事実を言ったまでです。はあ。今日も野宿ですね」

 僕はうんざりとした表情を浮かべた。  

「なんで、あの子はこの村に寄ったんだ?」

 絶対にその質問が来ると思った。言って良いのか悪いのか。良い方に転がれば、魔王さまは勇者のストーカーをやめてくれるかもしれない。しかし悪い方へ転がれば、事態は僕にとっての未来に暗雲がとれこめてくる。

「この村、勇者の生まれ故郷らしいですよ。近くに来たので立ち寄ったらしいです」

「はあっ!?」魔王さまが爆竹が弾けるような声を上げた。「なんだ。と言うこととはアレか? この村があの子の生誕地ということか?」

「有り体に言えばそうです」

「なんてしばらしい村なんだ。あの子を育ててくれてありがとう」

「十秒前と意見が百八十度かわりましたね」

 まだ隠し事があるが、今は黙っておく事にする。

「ではさっそく村に入ろう!」

「ちょっと待ったっ!」

 僕は魔王さまの腕を掴み制止する。

「なんだっ!」

「しっ」僕は人差し指を口の前でたて「大きな声は出さないで下さい」

「なぜだ」

「言ったでしょ。ここは人口八百人程度の狭い村ですよ。僕たちみたいなよそ者が村に入って、もし村人の村に見られたら一瞬で村中に僕らの話が広がりますよ」

 おそらく事実だろう。こういう辺鄙な村で行う娯楽など噂話ぐらいだろう。

 それ故に、ある意味においてストーカーの魔王さまには不利な村だ。

「なんでお前は大丈夫だったんだ?」

「僕は目立たないように行動したからです。大変だったんですから」

「では私もそうすればいいだろうが」

 魔王さまは憮然と腕を腰に当てた。

「望遠鏡を引っさげて、村中を闊歩すれば嫌でも目立ちますよ。あげく、背後にはオマケが二人もいる」

 僕を顎をしゃくって背後を示した。背後には魔王さまのストーカーである紅い女性と僕のストーカーである金髪の少女の姿もある。

「またあの下郎らか……。もう少し上手く隠れられないのか。とくにあの紅い下郎。あんな紅い翼を背中から生やしていたら、目立ってかなわん」

「珍しく意見が合いましたね。それにあの金髪の少女もかなり目立つ。そんな奴らを連れて村に入ったらたぶんもうお終いです」

「ふうむ。どうしたものか」魔王さまは何か考え事するように空を仰ぎ、数瞬の間をあけ「良いことを思いついたぞ」とはしゃぐ。

「なんか我が世の春が来たみたいな顔をしているけど、何を思いついたんです」

「奴らを囮にしよう。私達よりもあの二人の方が目立つ。立派な変態だからなオーラが違う」

「魔王さまも引けを取らないと思いますけど」

「お前は私にはっ倒されたいのか?」

「殺されたいのか? の間違いでは」

「それでもいいが、私にはこれがあるからすぐに蘇生できる」

 魔王さま胸元から『回復薬』を取り出した。

「たしかにそうですけど。僕は死ぬのは怖くはないです。だが第一希望でもない。それで、話の続きをしても?」

「許可する」

「まず一つ目です」僕は人差し指を立てる。「お魔さまの作戦の問題点その一は、魔王さまが村に入らない限り、あの二人も村に入ってきません。第二に目立たないようにもするにしても、この荒涼とした村では隠れる場所が少なすぎる。そんな僕たち四人がほぼ同時に村に入ったら、あの二人の巻き添えを食って終わりです」

「ちぃぃっ」魔王さまは爪を噛む。「絵に描いたようにどこまでも使えん奴らだな……。やっぱりこの場で奴らを消すか?」

「魔法は駄目ですって。街でもお伝えしたでしょう。人間達の密集地で魔法なんてぶっ放したら余計に悪目立ちします。ただでさえ魔王さまの魔法は派手なんですから」

 僕は思考を総動員させて、魔王さまの村への侵入を阻止する。

 ここまで来たら、魔王さまを村に入れさせるわけにはいかなかった。この困窮している村では『回復薬』はかなり魅力的で貴重なアイテムであり勇者の役には立つ。その辺りの判断は魔王さまに一任するつもりだが、今のその時ではない。

「お前がそこまで言うなら仕方がないな。ならばこっちで黙らせよう」

 魔王さまそう言って、両手の指の骨を鳴らした。ポキポキと不穏な音が僕の耳に届く。

「しまった」僕はその場でしゃがみ込み頭を掻きむしった。

 魔王さまは魔法だけじゃなく、肉弾戦も馬鹿みたいに強かった。僕が魔王さまに逆らえない理由がここにある。

 失念していた。これでは僕は魔王さまを村に侵入させる路線を作ったようなものだ。

「では肉体言語での説得に行ってくる」

「もうちょっと上品な言葉を使いなさい」僕は魔王さまを注意し「いや、そうじゃなくて、ちょ、まっ」

と言いかけた頃には、魔王さまは光の速さで二人の元に走っていく。

 まず最初に聞こえたのは「ああっ魔王さま。ようやく俺の愛を受け止めてくれる気になったのかですか。さあ、どうぞ俺の胸は年中がら空きです」という紅い女性の喜々とした声だ。すぐに「ぐぅ」という紅い女性のうめき声にかわる。

「はい、一人目」僕は小さくパチパチと手を鳴らした。

 次に聞こえてのは「ちょ、ちょっと。あなたなんですか。お、王子様はど、どこですか。そ、そうだ。と、とうとう王子様に愛想をつかされたんですね」という金髪の少女の喜々とした声だ。すぐに「あうっ」という金髪の少女のうめき声にかわる。

「はい、二人目」

 ものの数秒で、試合にもなれない試合が終了した。

 瞬きをする間もなく、魔王さまは僕の元に戻ってきた。

「ただいま」

「まさか殺ってないですよね?」

「ああ。もちろんだ」魔王さまは胸を張った。「私にだって手加減という言葉はある」

「本当ですか?」

「しつこいな。疑っているのか?」

「念を押しただけです」僕は肩をすくめた。「言っときますけど、魔王さまが湯水のように使っている『回復薬』って、けっこうな高級品なんですからね。まあ、一般の人間だったら頑張って一月に一本買えれば良い方です」

「そうなのか」

「ええ。世界中で流通してますけど、そもそも争いが少ない世界ですから、需要がそこまでないんです」

「ふむ。そうか。私には需要ありまくりだがな」

「それは魔王さまバンバン他人に引導を渡しているからでしょう」僕は思わず突っ込みを入れる。

「しかしよく考えれば、この薬は死者蘇生以外に使った事はないな」

「他にも病気の治療にも使える万能薬ですよ」

「ふうん」魔王さまは興味なげ息を吐き「しかし、この薬も手持ちはこれが最後だな。また入荷しておかないと」と言う。

 伊達や酔狂で魔王をしている訳では無いらしい。金銭感覚は脇に置いておいて、魔王さまの資金は無尽蔵のようだ。

「大切に使って下さいよ」

「あいあい。では村に入るか」

 魔王さまは軽い足取りで村に入る。僕は重い足取りで魔王さまに続いた。

 多分その『回復薬』はこの村におけるキーアイテムだ。

 村人の目をかいくぐり、村を進む。閉鎖的な村の住人に見つかれば、下手をすれば農業用のクワなどで追いかけ回されかねない。

 短気が取り柄の魔王さまの事だ。少しでも気に触る事があれば躊躇無くその相手を消しかねない。

 そうしたらどうせ居直って『回復薬』を使うだろう。そして僕が注意したら「こいつは馬鹿だ。見るべきものなど何も無い男だ」と僕の評価を落とすだろう。その結果、魔王さまが僕の事を見放してくれれば幸いだが魔王さまなら「この男には私の教育が必要だ」とこちらにとって不利な認識を新たにするにちがいなのだ。

 それに、今回に限り魔王さまの手の中にある『回復薬』が最後の一つという事は、なおさら使わせるわけにはいかない。

「それで、あの子の居場所は分かっているのか?」

「ええ。もちろん。勇者は自宅にいます。正確には勇者とその仲間達ですが」

「ちっ。よけいな下郎どもめ。とっとのあの子の家に連れて行け」

「はいはい」

 僕は首肯する。そして逡巡もしていた。この心の迷いを解決するにはもう少し時間が欲しい。僕はそうほぞを固め、魔王さまを先導するように歩く。

 どうせ勇者の家に行ったとしても、いつも通り遠くから観察して終わるだろう。というか、そうであって欲しいが、今回ばかりはどういう目が出るか……。

 二・三十分歩いたあたりで、僕の背中に「おいっ」という魔王さまの声が突き刺さる。

「な、なんですか?」

「随分と時間がかかっているがあの子の家はまだか?」

「村人の目を避けた道を選んでいるからですよ」

 無論、嘘だ。

 こんな小さな村、1時間もあれば一周できる。それに、それに勇者の家はとうに通り過ぎていた。

「お前、私に嘘をついてないか?」

「気のせいですよ」僕は誤魔化すように魔王さまから目を背けながら言った。

「それがお前の最後の言葉でいいか? なあに、少し痛いかもしれないが最後の『回復薬』ですぐに蘇生してやる」

「駄目駄目駄目駄目。絶対に駄目!」

 僕は早口で魔王さまを止める。駄目だ。もう諦めて魔王さまを勇者の家まで案内するしか選択肢が無い。

 僕は「こっちです」と言い今来た道を引き返す。

「しかし、あの子の家に窓はあるのか?」

「ありますよ。昔の長屋でもなし。ワンルームの上品な家です」 

 こぢんまりとして質素な雰囲気の家とは言えないな、と僕は内心で苦笑する。

 そんな事を考えている間にも、残念ながら勇者の家に到着してしまった。

「おおっ」魔王さまは胸に手をやり「ここがあの子の家か」とあふれ出る感動の言葉を口にする。

「そうです」

「あの子はここで生まれたのか」

「知らないですけど、この村に診療所や病院がない以上たぶんそうでしょうね。一番近い、この間行った街からも結構距離がありますし」

「そうか、そうか、でゅふふふふふ」魔王さま下卑た笑いを浮かべ「でもなあ……」と暗い声を出した。

「どうしたんです? 念願の勇者の家についたのに」

「窓の位置、高くないか」

 魔王さまは太陽光から目を守るように、手を目の上にかざし、勇者の家にある窓を見上げた。

「高いと言えば、高いですね」

「二階建てか?」

「いえ違います。あの高さが一階です。たぶん、この辺りは水はけが悪い土地なんでしょうね。だから大雨が降ったりすると浸水しやすいから、わざと高床式に家を造るんじゃないんですか」

 僕は、乾いた地面を軽き蹴りながら言った。ただの憶測だが、多分間違いない。そしてこんな土地で農業などをするから、まともな野菜も果物も育たないので、村は衰退の一途をたどるばかりなのだろう。

 あるいは、木材を得るために木を切りすぎてこういう土地になったのかもしれない。

 まあ、これは僕の妄想や想像の範囲だが。

「おい」

「なんですか?」

「お前もうちょっと下がれ。後ろに」

「なんで倒置法で命令するんですか。別にいいですけど」

 僕はゆっくりと後ろに下がる。一歩に歩と下がる度に地面の砂と僕の口がすれる音がした。

 八歩ほど下がったところで「よし、そこでとまってくれ」とお願いの名を借りた命令をしてきた。

「止まりましたけど」

「では、そこでしゃがんでくれ」

「こうですか?」

 僕はその場にしゃがみ込んだ。すると、魔王さまは流れるような動作で、僕の背後に回り込み、僕の肩の上に乗った。魔王さまの太ももの感触が首に伝わってくるので、どうにも居心地が悪い。

「立ってくれ」

「一応訊きますが、なんで」

「お前が立てば、あの窓からあの子をの見守れる」

「覗く、の間違いでは?」

「いいから早く立て」

 僕は、魔王さまの言うままに足に力を入れ、立ち上がる。ちょうど魔王さまを肩車をする形だ。

「おおっ見えるぞ」

「そりゃそうだろうよ」僕は悪態をついた。「文字通り、人を足場にしてるんだからな。それで、部屋の様子は? あまり目立つのはまずいんです」

「そう急かすな。右に三歩移動して一時の方向に向いてくれ」

「人使い荒いなあ」 

 僕はぶつくさと文句を言いながら、魔王さまの指示に従う。

「部屋の中にはあの子と三人の下郎がいるな……ん?」

 気づきやがったか、と僕は息を切らしながら舌打ちをする。

 魔王さまに黙っていた最後の秘密は、今、魔王さまの眼前にあるはずだ。

「なんかベッドの上にあの子に似た年嵩の女性が眠ってるな」

「あの人は、勇者の母親なんですよ」

「母親? おお。つまり私の母君という事か!?」

「ちげえよ」僕は即座に断ずる。「どういう発想でそうなるんですか?」

「私が生まれ変わって、あの子と結ばれれば当然の帰結としてそうなる」

「実現できるといいんですけどねえ」

「? どういう事だ」

「勇者の母親、重い病気らしいですよ」

「はあ!」魔王さまは素っ頓狂な声を出す。「なんでだ!」

「そりゃ、生き物なんですから病気ぐらいなりますよ」

「なんでお前が、あの子の母上の事情を知っている?」

「だから言ったでしょう。田舎の人間は噂が一番の娯楽だって。この村を調査している時に、村人が話しているのが耳に入ってきたんです。勇者が帰郷したのも母親の様子を見に来たって感じです」

「なんで最初にその事を報告しなかったっ」

「言ったら魔王さまなら暴走列車のように村に突入するでしょう。だから順番に説明しなきゃいけなかったんです」

 本音を言えば、この事は魔王さまには黙っておきたかった。この事実を知った魔王さまの行動によっては、魔王さまの勇者への感情が変化する可能性があるし、それが魔王さまの為になるのか判断がつかないからだ。

 魔王さまの行動によっては、魔王さまの旅も終わるし、勇者の旅も終わる。かもしれない。

「しかし、なぜあの子は『回復薬』を使わないんだ?」

 魔王さまは当然の疑問を抱いているようだった。

「さあ。そこまでは。多分『回復薬』を買う余裕がなかったとか? あるいは、死生観の浅いこの世界でその薬の必要性がないと判断したのか」

「じゃあ、なんであの子は母親と一緒にいてやらずに『勇者』なんていう訳の分からん職業についているんだ」

「さあ。仮に『魔法薬』の存在を知っていても、この村の稼ぎじゃ、間違いなく買えませんよ。食料品がこの間買ったゲームより安い世界ですよ」

「ゲームを買えるなら、そのお金を貯金して『回復薬』の足しにすればいいだろう。どこでも売っている訳だし」

「あのねえ」僕は呆れかえる気持ちで口にする。「さっきも言いましたけど、『回復薬』は流通があっても需要がないんです。だから一つあたりの単価は高くなる。ついでに、これも村人の噂なんですけど、勇者が『勇者』をやっているのは、母親を安心させる為だとか何とか」

「いよいよもって訳が分からない」

「ようは、旅をする事によって『自分は元気だよ』ってアピールしたいんじゃないんですか。あまりにも短絡的だと思いますが。でもレベル1の勇者がお金をそこまで稼げる訳がない。だから『回復薬』は買えない。でも、比較的安いゲームなら買える。定期的に故郷に戻って、母親に土産話やゲームで遊ぶ事はできる」

「ふむ」

「まあ、まだ勇者もまだ年端のゆかぬ子供ですからね。発想がそこで止まってしまってるんじゃないんですか。あの年齢じゃ街で働こうにも働けないだろうし。これは僕の邪推ですけどね」

「……そうか」

「まあ、あれです」僕は頬をかく。「どうします?」

「どうするとはなんだ?」

「いやね。その薬があれば勇者のお母さんの病気は治ります。使います?」

「当たり前だろ。それであの子が喜ぶなら使うさ」

「そうなるとですね。勇者は勇者をやめるかもしれませんよ?」

「なんでっ!」

「そりゃ、お母さんが元気になったら旅をする意味はないでしょ。僕の邪推が正しければ、この村にとどまって、お母さんと一緒に暮らす方が勇者にとっては幸せでしょ? 旅をするにしても親子で出来る訳ですし。いよいよもって、魔王さまが勇者の眼中に入る可能性は絶望的になります」

「ぐぅ」

「でも、魔王さまがその薬を使わなければ、勇者の母親の病気は治りません。そうすれば勇者はまた旅を続けるでしょうね。レベル1のままで、母親に土産話をつくる為に。いつも通りの日常になります」

「ぐぐぐぐぐぐ」

「で、どうします。薬を使って勇者の母親を治療しますか」

 僕の理想としては、勇者の母親の病気が快復し、勇者は勇者をやめ、この村で一生の長閑にくらしていってもらい、魔王さまは勇者のストーカーから卒業して、僕をこの苦行のような生活から脱却させて欲しいのだが。

 魔王さまは、しばらく唸った後「だぁあああっ。もう!」と何かしらの覚悟を決めるように雄叫びを上げた。

 魔王さまは僕を見下ろすと「おいっ。私の言う通りにしろ」と命令してくる。

「了解」僕は魔王さまの言うとおりに行動を起こす。

 数時間後。僕たちは村を出て何も無い道を歩いていた。

 結論から言うと、魔王さまは勇者の母親に『快復薬』を使った。

 勇者が換気のため家の窓を開けた瞬間、僕が『回復薬』を勇者の母親の頭上に投げ込んだ。『回復薬』は上手く勇者の母親にかかり、次の瞬間には母親の病気は完全に治った。

 勇者と愉快な仲間達は、突然の母親の全快に驚きこそすれ疑問を持たずに、喜んでいた。

 こちらの苦労も知らずにお気楽でいいことだ。

 さらにお気楽なのは魔王さまだ。

 勇者は勇者をやめずに旅を御一行様と旅を続けている。

 長年、床に伏せていた母親は全身の筋力が著しく弱っていた。なので、母親は体力が回復するまで村にとどまり、勇者は旅先の土産話を集めるために、魔王さま討伐の旅を続ける事になったらしい。

 つまり、魔王さまのストーカー生活は続行される結果となった。

 魔王さまにとっても勇者にとっても、それなりに大団円に相成った。

 当然背後には紅い女性と金髪の少女も控えている。

「でゅふふ」

 魔王さまが不気味な笑い声を上げ、望遠鏡を覗いている。

 僕は魔王さまの強運には恐怖すら覚える。

「ご機嫌ですねえ」

「当たり前だ。お母様は快復し、さらにあの子は旅を続ける。これで私が生まれ変わって、あの子とつがいになったあかつきには、あの子と私とお母様の三人で旅行に行くのだ」

 目標が一貫してるなあ、と僕は呆れながら、魔王さまの後を追う。

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