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『魔王さま』と『勇者』のゲーム

 何の脈絡も前口上なく、魔王さまが言ってくる。

 魔王さまが娯楽を求めるとは珍しい、と僕は一抹の不安を覚えた。

 魔王さまと僕は今『人間』たちが営む街にいた。表道とでもいうのか、商店が軒を連ねており活気がある。喧噪とも言えるが悪くはない。

 商店には果物や野菜、肉、日用品など様々なものが売られている。

 なぜ魔王さまと僕が街にいるのかといえば『勇者』がこの街にいるからだ。というかそれ以外に魔王さまが人間達の街にいる必要が無い。

「なんでゲームなんですか?」

 僕は訝しげに訊ねる。魔王さまの娯楽など勇者のストーキングか、その波及で僕に無茶な要求をするかの二つだ。二つ目は僕にとっての二次災害でしかないのだが、これはすでに諦めている。

「馬鹿。お前には見えないのか?」

 魔王さまが望遠鏡を覗きながらある露店を指さした。

「見えませんよ。魔王さまと違って僕は望遠鏡なんて持ってないんですから」

 僕は口をとがらせる。そもそも常時望遠鏡を携帯しているのは魔王さまぐらいだろう。それが意中の勇者を観察するためなのだから目も当てられない。

「頑張って見ろ」

「それは激励なの命令なのか……。頑張ってもどうにもならない事はあります」

「しょうがない奴だな。あそこにはあの子がいる」

「勇者ですね。それしか正解がない。それで?」

「あの子が露店でゲームを買ったんだ。私もそれが欲しい」

「買えば良いじゃないですか。僕には関係も興味もない。僕はせっかくだからここで食料を補充しておきたいんです」

「この間、紅い下郎と金髪の下郎からもらった食料があるではないか」

「あのね」僕は説明口調で言う。「あれは甘味物ばかりなんです。僕も魔王さまも瀬戸際のレベルで生物なんですから、塩やらタンパク質やらが必要なんですよ。甘味はなくても生きていられますが、塩は絶対に必要なんです」

「大丈夫だ。私たちにはこれがある」

 言いながら魔王さまは『回復薬』を取り出した。

「だかね魔王さま。それは万能調味料じゃないんですよ」僕は魔王さまを諭すように言った。「それは薬であって食事から随分離れた位置に佇んでいるしろものです。とにかく僕は食料が欲しい」

「お前は永遠の駄々っ子だな。私はあの子と同じゲームが欲しい」

「ぶれねえなあ」

 魔王さまは自分の事を棚に上げて不満を口にする。魔王さまの言葉は絶対では無いが、一度、自分を棚に上げてしまえば一生降りてこないのを僕は知っている。

「だがまあ。お前の頼みだ譲歩はしよう」魔王さまは腕を組んだ。「お前に食料を買う許可を与える。だが、まずはゲームを買ってから食料を買えば良い。ちょうどあの子は露店から随分離れているからな。ゲームを買うチャンスだ」

「まったくもって結局僕が譲歩するんじゃないんですか」

「ゲームを買ったら思う存分油を売れば良い。ただしぬかるなよ」

 魔王さまは念を押してくる。

 じゃあ、自分で買えば良いのに人見知りのストーカーをこじらすと買い物すらできないのか。

「分かりましたよ。ではゲームを買ったら数時間の暇を貰います。魔王さまは勇者観察を続けて下さい」

「お前はアレだな。長生きできるタイプだな。あはは。これであの子とお揃いの品が手に入る」

 魔王さまは高笑いをした。

「でもいいんですか?」

「? 何がだ」

「後ろのストーカー二人ですよ。魔王さまが勇者と同じゲームを買うとして、それが勇者とお揃いになるとして、そうなると」

「まどろっこしいな。そうなるとどうなるんだ?」

「確信を持って言いますが。後ろの紅い女性のストーカーと金髪の少女のストーカーも魔王さまと同じゲームを買いますよ。そうなると、魔王さまと勇者と紅い女性と金髪の少女がもれなく同じ品を共有するわけで」

 魔王さまは、はっとしたような表情を浮かべる。ストーカーの思考回路は似たようなものだ。安定の親和性だ。

「それは困るな」魔王さまは少し迷った後、にやりと口角を上げた。「あの二人……殺るか?」

「やめときなさいっ!」僕は不敵な笑顔を浮かべる魔王さまを注意した。「こんな街中で魔法なんて放ったら災厄になりますよ。その主犯になるのは魔王さまだけで十分です。僕を巻き込まないで下さい」

「大丈夫だ。私達にはこれがある」

「『回復薬』はなしです。それは死者の蘇生はともかく、記憶までは消せないんですよ」

「ふんっ。まあいい。ここはお前にめんじて妥協しよう。他の人間のいない所でゲームもろとも消し炭にすればいいだけの話だからな」

 もう発想がサイコパスのそれだ。ただ破壊欲求というか殺意の欲求を我慢できるだけマシなのだろう。

 燃えないゴミが燃えるゴミになった程度だが、僕にとっての三次災害はまぬがれた。

「譲歩の次は妥協ですか。とりあえずそのゲームをさっさと買いに行きましょう」

 魔王さまと僕は勇者が購入した露店の前まで人と人の間をぬうように進む。

 露店の前までたどり着いた僕は、露店の店主に語りかけた。

「すいません」

「いらっしゃいっ」ゲーム屋の店主が愛想良く笑う。「どんなゲームをお求めで?」

 露店には様々なゲームが並んでいた。カードゲームにボードゲームなど多種多様だ。ゲームに興味の無い僕には分からないが、他の人からしてみたら目移りするのだろう。だが、僕の目的はあくまで魔王さまが欲しがっているゲームだ。

「あの」

「なんだい?」

「さっきこのぐらいの黒髪の女性がゲームを買っていったとおもうのですが」

「ああ。あのぺっぴんさんと三人の友達のことですかい」

「はい。そうです」

 僕は心の中で頼むから売り切れてくれてくれ、と心中で願う。

「お客さん。ラッキーだね。ちょうどこれが最後の一個だ」

 店主はそう言って木箱を取り出した。箱にはサイコロの絵が描いてあり、これはダイズゲームだと察する。

 最後の一個と聞いて、僕は絶望と喜びの感情が交錯していた。

 喜びは、魔王さまが勇者と同じゲームが手に入る、という事だ。絶望というのは、これを買えばこのゲームの在庫が無くなることを意味しており、どうせ、このゲーム店の店主と背後のストーカー二人が揉める結果になる。予期せぬ三次災害が僕の身に降りかかるのは間違いない。

 どちらにせよ、喜ぶのは魔王さまだけだという最悪の結果が待ち受けている。

「と、とりあえずそのゲームを下さい」

「あいよ。ゲームの説明書は箱に入っているから楽しんでくれ」

「あ、ありがとうございます」僕は上ずった声でお礼を言い「ごめんなさい」と続けた。

 この後、間違いなくあなたの笑顔は消えるのだ、と。

「それじゃあ、これはゲームの代金です」 

 僕は店主にゲーム代を払い、その足で、食料の買い出しに行く。とりあえず日持ちのする根菜や調味料。肉系は旅先の山や森で手に入るので、臭み消しの香辛料と小麦粉、片栗粉。調理の幅を広げたいので料理酒も買い足した。

 これだけあれば、しばらくはもつだろう。しばらくもつという事は自宅に帰れるのがしばらく先になるのだが、僕はその現実から目を背け、魔王さまの元に行く。

「ただいま戻りました」

「ごくろう」魔王さまは勇者を望遠鏡で覗きながら返事をする。

「惜しいですね。あと二文字足りません」

「二文字?」

「魔王さまの為にゲームと食料を買ってきたんですから、『ごくろう』ではなく『ごくろうさま』でしょうが」

「お前細かいな」

「細かくありません理性的な生物の常識を教えているだけです」

 ストーカーに理性を教えるのは、気ままに生きる猫にお座りを教える事と同義だと思うが、ダメ元で言う。

「それであの子が買ったゲームは手に入ったのか?」

「ええ」僕は首肯する。「残念ながら手に入りました。さらに最後の一個でした」

「そうかそうか」魔王さまは露骨に上機嫌だ。「では宿へ行って、早速遊んでみよう」

「勇者はいいんですか?」

「あの子も宿には行っていったからな。今日の仕事は終わりだ」

 結局ストーキングは続くのか、と僕は落胆する。しかし、宿ならそれなりの風呂にも入れそうなのは幸いだ。

 背後から、紅い女性と金髪の少女がゲーム屋の店主と揉めている声が聞こえてくるが、僕は耳を塞いで聞かなかったことにした。

 宿に入り、宿泊する部屋を確保した。部屋にあるシャワーを浴び、魔王さまの部屋の前に行く。扉をノックし「魔王さま。入っても良いですか」と声をかけた。

 魔王さまからの返事はない。どうやら屍になったようだと願い、僕は踵を返し自室に帰ろうとする。

「おいっ。どこへ行く?」

 魔王さまの声が僕の背中に張り付いた。

 まったくもって僕の行動を阻害する不可抗力には事欠かない。

「魔王さまこそ何処へ行っていたんですか? だいたいの予想はつきますが」

「ああ。あの子の部屋だ。もっと端的に言うとあの子の部屋の中が見える所だ」

 魔王さまは平然と言い切った。宿でぐらいおとなしく出来ないのかこの上司は。

「何しに行ってたんです。通常営業ですか?」

「私は常にぶれない存在だぞ」

「たまにはぶれて欲しいんですけど」

「それがな。今日お前が買ってきたゲームのルールがいまいち分からないから、あの子の部屋に様子を見に行って見たんだ」

「で? どこから勇者の部屋を覗いたんですか」

「ああ。この宿の向かえにある建物の屋上から様子を見た」

「それでどうだったんですか?」

「聞いてくれるか?」

「訊かなくても言うんでしょ」

「それがな。例のゲームであの子と他の三人の下郎達が楽しそうに遊んでいた」

「まあ、ゲームは一人でするものじゃないですからね」

 というかあの勇者達は本当に勇者ご一行様なのか疑問が頭をもたげる。やはりこの世界に勇者など不要だろう。何、宿屋で勇者達がゲームに興じているんだ。目的も行動も無軌道すぎる。

「という訳で。私達もこのゲームで遊ぶぞ」

「どうせ『あの子と同じ時間に同じゲームをしていれば、それはあの子と同じ空間を共有している』とか言い出すんでしょう」

「よく分かったな。その通りだ。早速ゲームをするぞ」

「はいはい」 

 僕はため息交じりに頷くと、魔王さまの部屋に入った。

 魔王さまの部屋に入った僕に魔王さまは「このゲームのルールが分からない」と言って、さきほど買ったゲームが入った箱を持ってきた。

 箱の中には、大きなお椀のような陶器と数十個のダイズが入っていた。

「これどうやって遊ぶんだ?」

「ちょっと待って下さい。説明書を確認します」

 僕は箱の中にあるゲームの説明書に目を通す。存外、簡単なルールだった。

「どうだ?」

「単純だけど、楽しそうなパーティーゲームって感じですね。このお椀の中にダイズを投げて、同じ目が出ればそのダイズはプレーヤーの物になります。それを繰り返して、最後までダイズを持っていた者が勝利らしいです」

「面白いのか?」

「とりあえずやってみましょう。ダイズは一人十個にして、余ったダイズの一つをお椀の中に入れます」

 僕はダイズの一つをお椀の中に入れた。

「これと同じサイコロをふって出た目を揃えればいいのか?」

「そうです。あとはさっき説明した通りのルールです」

「では私からふるぞ」魔王さまはお椀の中にダイズを投げ入れた。「ちっ。目が合わなかった」

「その場合は自分のダイズが尽きるまでダイズをふる事ができます。もちろん、相手に手番を譲ることも可能です」

「じゃあ、もう一回だ」

 魔王さまはもう一度、お椀の中にダイズを投げ込んだ。コロコロと音が鳴り、ダイズが止まる。

「また、外れですね」

「くそっ。もう一回だ」

 魔王さまは奥歯を噛み、さらにもう一度ダイズを投げ入れた。

 実はこの人、賭け事には向いてないな、と僕は見透かす。

 ダイズを外せば外すほど、次の手番の有利に働く。お椀の中にあるダイズが増えるほどダイズの数が揃う確率があがるからだ。

 このゲームはそういう運に左右される要素が大きい。そして下りるときは下りなければ、勝てないゲームだ。

 しかしこのゲーム……。

「このゲームつまらんぞ」魔王さまが不平を漏らす。「なんで勝敗が決まらない?」

 1時間ほどダイズを降り続けて出た答えがこれだった。

「当たり前ですよ。二人で十個のダイズをふり続けるんですから。確率の問題です」

 本当に当たり前の話だった。このゲームの性質上、お椀の中で目が合ったダイズは、そのプレーヤーの持ちダイズとして手元に戻る。

 よほど運の悪い者がいない限り、勝負はつかない。二人でするゲームではないのだ。

「ではなんであの子は楽しそうにあのゲームをしていたんだ?」

 魔王さまの頭に疑問符が浮かんだ。その察しの悪さに、僕は苦笑いをうかべる。

「勇者達はこのゲームを四人でやっているわけで。そうなるとゲームを脱落する者も増えますよ。二人になる頃には、お互いが持つダイズの数に偏りが出来ます。あとは、ダイズの多いプレーヤーがダイズの少ないプレーヤーに手番を回しまくれば勝敗は付きます。それにこのゲームは談笑しながらするゲームですよ? 二人でするには不向きです」

「そういうものか……。しかし、まあ。今回はあの子と同じ品を手に入っただけでよしとしよう。しかし、どうやったら我々だけでこのゲームを楽しめば良い」

「ううんとですね」僕は鼻を天井に向け考え、ポンと手を鳴らした。「一つだけ方法があります」

「なんだ」

 魔王さまが前のめりに訊いてくる。

「僕は疲れたので、このゲームを抜けますが、隣の部屋に宿をとっている紅い女性と金髪の少女を誘えばいいのでは? そうすれば三人でゲームを遊べますし」

 三人いればなんとかこのゲームは成立するだろう。何より同じストーカー同士意外と馬が合うのではなかろうか。

「ふざけているのかっ! この馬鹿者め!!」

「ですよねえ」

 僕の安易な期待は即座に否定され、魔王さまの怒声は夜のしじまに呑み込まれていく。

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