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『魔王さま』と『勇者』の愉快な仲間達

「そういえば」

 と僕は珍しく魔王さまに話しかける。

 今、僕たちは森林にいた。僕たちが森林にいるということは、当然ながら、勇者たち御一行様も森林にいるという事だ。 

 そしていつもながら魔王さまは意中の勇者のストーキングに励んでいる。

 森林は隠れる場所も多いので、ストーカーには有利なスポットだった。

 木漏れ日が僕の目を刺激して、目を細める。

「どうした? お前から私に話しかけるなんて珍しいな」

「自覚はあるんですね」

「無論、ある」

「自分が、勇者のストーカーである自覚は?」

「保護者の間違いだろ」

 魔王様ははっきりとした輪郭をもった声で吐き捨てた。ストーカーらしい台詞に僕は感嘆とする。ストーカーは自分を正当化させる天才だ。あるいは僕が知らないだけで、女性というのは、自分を頑なに正義の側に起きたがるのか。

 いずれにせよ、僕の理解の外側にあるのは間違いない。

「それで、魔王さま。僕、勇者の仲間達の事まったく知らないんですけど。どんな人たちなんですか?」

 事実だった。はっきり言えば勇者の姿も魔王さまの口でしか訊いていないので、勇者達がどんな連中なのか僕は知らなかった。

 知っているのは常に勇者ストーキング用の望遠鏡を常に所持している魔王さまぐらいだ。

「ふむ。興味ないな」

「いや、興味持てよ」

 僕は毒づく。今まで、何度、勇者の仲間達を不条理に葬ってきたと思っているのだ。

 ことあるごとに、魔王さまに殺され、その後魔王さまの持つ『回復薬」で蘇生させされる。しかも本人達はその自覚が無いのがいたたまれない。

 これでは相手側の自覚が無い拷問と変わらない。自覚がない分、素直に可愛そうに思う。

 僕が知っている勇者の仲間達は、魔王さまの開き直りとも言える魔法の犠牲になり灰にされた『粉』だけだ。

 これだけ魔王さまの馬鹿げた行為に付き合っているのだから、勇者の仲間達の情報を教えて貰ってもいいだろう。

「うるさいなあ」

「気になるじゃないですか。僕は魔王さまの魔法で無残に散っていった姿ぐらいしか知らないんですから。せめて見た目だけでも教えて下さいよ」

 僕は上司に、いや、実際に上司なのだが、上司におもねる部下のように質問を重ねた。

「ちっ」と魔王さまは舌打ちをし「今回だけだぞ」と続けた。

 こいつが僕の上司でなく、僕より強くなかったら十回は殺している。

 忸怩たる思いとはこの事だ。

 だが口が裂けても言えない。生き返られるとはいえ、魔王さまの怒りを買い死ぬのはごめんだ。

 誰かこの魔王さまの傲慢さを律する剛の者はいないのか?

「分かりましたよ」僕は両手を挙げる。「勇者の仲間について教えて下さい」

「ふむ。ちょっと待て。ええと」魔王さまは望遠鏡の1をわずかにずらす。「そうさな。あの子の仲間は三人いるな。一人はそこそこの体躯をした男で背中に大きな盾を背負っているな。先頭を歩いている」

「へえ。先頭って事は猛獣とか魔獣の攻撃から仲間を守る立場って事ですかね」

 たしか、人間の言うところの『ディフェンダー』とか『盾役』とか言ったような。仲間を守るのが仕事のはずだ。

 しかし残念なことに、その男に自分の役目を果たす機会はない。

 なぜなら、魔王さまが常に勇者を守っているし、盾ごときでは、魔王さまの魔法を防げない。幾度となく魔王さまに抹殺されている所を目撃しているので間違いない。

「で、次はどんな人間ですか?」

「ううんとな。なんかすごい厳ついな。手にトゲトゲのついた手袋グローブをつけてる」

「ううんと。たぶんそのトゲトゲはオシャレではなく攻撃用の武器じゃないですか?」

「知らん」

 僕も知らない、と魔王さまに同意する。争いの無いこの世界で武器など必要ないからだ。

 そして悲しい事に、彼にも自分の力を生かせる余地はない。

 素手では、遠くから勇者ストーキングしている魔王さまには攻撃は届かない。

「最後はどんな人間ですか?」

「最後はなあ。なんか変な棒を持ってるな。あと変な黒い服を着ている」

「へえ。それって魔法使いじゃないんですか」

 人間にも魔法を使える者はいるのは知っている。というか僕ら『魔族』と『人間』の違いなんてないに等しい。だから、人間にだって魔法使いがいるだろう。

 まあ、意味の無い特技なのだが。

 そして、やはりその魔法使いも残念ながら残念でした、としか言いようがない。

 魔王さまは、勇者以外に興味が無い上、その志は僕からみても品性下等を超低空飛行をしている。

 ほとんど事故とも言える魔王さまの魔法に対処などできない。

「なるほどなあ」

 僕は得心がいったように頷く。この勇者パーティーの役割分担が分かった。

 簡単に言えば、盾の奴が仲間を守り、大柄のトゲトゲグローブが敵を牽制、魔法使いが敵のダメージを与え、勇者がとどめを刺す、みたいな感じだろう。

 何というか、涙ぐましい構成すぎて、本気で涙が出てきた。

 僕は涙を抑えるために目頭を押さえる。

 つまりは、このパーティーでは魔王さまに勝てる可能性は0だ。

 唯一、抵抗というか魔王様の暴挙を止められるのは、勇者ぐらいか。

 僕の感傷を無視するように魔王さまが「おいおいおいおい」声を上げた。

「どうしたんです? 僕には他者をいたわる事すら許されないのか?」

「お前の事などどうでもいい」

「で。どうしたんです?」

「あの、黒い奴……女だっ」

「? だからどうしたんで」僕はここで言葉を止め「ああっ」と声を張り上げた。

「なんで」魔王さまはギリギリと歯を鳴らす。「なんで、あの子の近くに女がいるんだ」

「そりゃ仲間だからでしょうよ」

「知るかっ。しかも、あの黒い女、あの子に自分の水筒の水を分け与えているんだぞ」

「優しい仲間じゃないですか。時々、喧嘩もするみたいですけど、それって対等な関係って意味で仲が良いって事ですよね」

「仲が良いだと?」

「しまったっ」僕は反射的に口を塞ぐ。

「私のあの子と仲間だけでも許しがたいのに、し、し、しかも間接キスまでっ。私だってしたことないのにっ」

「そりゃあ、勇者はあんたの所有物ではないですし、間接キスって表現も生々しいからやめろ」

 僕は魔王さまに突っ込みを入れる。てめいの立ち位置じゃ、永遠に叶わねえ願いだよ、と。

「ふざけるなよっ。クソ女の売女は粛正してやるっ」

「まずいまずいまずいまずい」

 僕は魔王さまを羽交い締めにする。これ以上、勇者の仲間達の死骸はみたくない。

「はなせっ。下郎」

「そういう訳にはいきません」

 どうする。どうする。どうする。と内なる自分が囁いてくる。

 どうにか、魔王さまを止める術はないか。

 なんでこんな事に頭を総動員しなくてはならぬくか。自分に嫌気がさすが、考える他ない。

 魔王さまの弱点さえつければ……。

「あった」僕の中で天啓ががおりた。「魔王さまっ」

「なんだっ!?」

「少し、考えて下さい。今、魔法を使うのは得策ではありません」

「それがお前の最後の言葉か?」

「想像して下さい。今、魔法をぶっ放しても誰も得をしません。むしろ損しかないでしょう。あの黒い女を殺しても、結局は『回復薬』で蘇るんです。そうなれば二人の関係はより深くなります」

「……たしかにな。ではどうすればいいんだ」

「これも想像して下さい。いつの日か勇者と魔王さまが出会った時に、勇者が魔王さまが『今まで冒険を無事してこられたのは私がお前を守ってきたからだ』と種明かしをするのです。ここで仲間を殺すよりそっちの方が勇者と親密になれますよ」

「それは」魔王さまははっと我に返るように言う。「人間に生まれ変わった時にも使えるのか」

「十分、使えます。むしろそっちの方がロマンティックでしょう?」僕は嘯く。

 もうロマンチックも糞も無かった。この場さえしのげればそれでいい。

「なるほどな」魔王さまは顎に手をやる。「そういう考え方もあるのか」

「そうです。生まれ変わったら、勇者の仲間達を殺したことはリセット……なかったことにして勇者の身を守っていたという事にすればいいんです。生まれ変わらなくてもそういう事にしましょう。だから魔獣やらに襲われていない時に、勇者の仲間を灰にしては悪影響があります。ここは、英断を」

 僕は嘘を並び立てまくる。嘘に嘘を重ねればいつかは真実になる。

 なんて事はあるわけないが、直情的で短絡的な魔王さまを説得するには効果的だろう。

 魔王さまは数瞬考え込むと「そうだな」と殺意を消した。「それは良い考えだ。今回はそういう事にしよう」

「ありがとうございます」

「それにしても、やっぱりあの子は可愛いなあ。早く人間に生まれか変われないかなあ」

 機嫌を取りもした魔王さまはニヤニヤと笑った。

 その様子を見て僕は胸をなで下ろす。

「はあ。今回はなんとかなったかあ。ん。待てよ」

 僕はある真実に気づいた。

 魔王さまを止める事は容易ではない。 

 でも、勇者の存在をちらつかせれば、魔王さまはおとなしくなる。

 つまり、魔王の精神を律する事が出来るのは勇者だけだ。

 さらに思考を展開させ口を開く。

「勇者とその仲間達を上手く利用すれば僕の心に平穏がおとずれるのでは?」

 事の持って行き次第で勇者ってすでに魔王を倒しているに近い。そしてその仲間達もだ。

 僕はそんな事を考えながら、魔王さまの弛緩した表情を見つめる。

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