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『魔王さま』と『勇者』のレベル

「おい」

 魔王さまが優美声で僕に語りかけてくる。声は優美だが一皮むけば品性下等を極まる声なのだから、笑うに笑えない。

 僕と魔王さまはとある湿地帯にいた。名前など無いただの湿地帯だ。そもそもこの世界の土地に逐一名前をつける必要性はない。

 何せ領土なる概念が存在しない自由な世界だからだ。

 そして、僕と魔王さまは、正確には魔王さまは今日も今日とて『勇者』をストーキングしていた。

 別段、魔王さまは勇者に敵意はない。むしろその逆で魔王さま(♀)は勇者(♀)に恋をしているからだ。それを知っているのは僕だけなのが目も当てられない。

「なんですか?」 

 僕はどうせ大した呼びかけでもないだろうという確信をもって魔王さまに返事をする。

「私はいつになったら『魔族』から『人間』に転生できると思う?」

「さあ」僕は肩をすくめる。「まあ、死の概念が薄いこの世界じゃ難しいんじゃないですか」

 そうなのだ、と僕は嘆息する。争いの無いこの世界では、老衰や病気以外で死ぬことが死なないことより難しい。しかもこの世界には『回復薬』なる便利なアイテムがあるので、やはり死ぬより難しい。

 事実、魔王さまはその『回復薬』を不必要なぐらい大量に所持している。

 まあ、使用用途は限られているのだけど。

「それは困るな」魔王さまは眉間に皺をよせる。「私は『人間』に生まれ変わってあの子と結ばれなければならないんだ」

「そうですか」僕は平坦な口調で言う。「見込みは低いが、可能性は無限大だ」

「お前、今、私を馬鹿にしただろう」

 魔王さまがジト目を向けてくる。

 場王さまの指摘に僕は目を背けて沈黙で答える。

 人間に生まれ変わって勇者と結ばれたいなどという願望を抱く馬鹿など、馬鹿にしない存在の方がまれだ。

「どうでも良いですけど、その汚いよだれをふいて下さい」

 僕は勇者を観察というかもはや視姦に近い目を向ける魔王さまに、ハンカチを手渡す。

「ん? 悪いな」

 魔王さまは、僕からハンカチを受け取ると、小汚いよだれを拭き取る。

「……ちゃんと洗って返して下さいね」

「……魔王の分泌物を汚物と申すか」

 事実、汚物にしか思えない。

「それで」僕は話題の潮目を元に戻した。「結局、万能の神でも叶えがたい『人間』への生まれ変わりが実現して、更に、天文学的な数字だとは思いますが『勇者』と結ばれたとして、魔王さまは何がしたいんです。わいせつ的な意味を除いて」

「ふふ。愚問だな。当然、あのか弱い子をこの身に変えても守ってあげるのだ。そうだな。子供は二人は欲しいな」

「守るねえ。それよりも女性同士では子供はつくれませんよ? 男に生まれ変わりたいんですか」

「馬鹿を言うな」魔王さまは頬を膨らませる。「なんでこの私が男なんぞに生まれ変わらなければならんのだ」

「知ってますか? 夢っていうのは全部叶いっこないんです。

「そこは何とかするさ」

 そういう事は夢の中だけで妄想してくれ、と僕は心中で毒づいた。

「では一万歩譲歩するとして、彼女を守りながら幸せな家庭を築くまでさ。これぐらいなら余裕だろう」

「一体、何を持って余裕なのか分かりかねますが、まあ、現状維持でいいんじゃないんですか? 実際、遠くから勇者を守っているんだから。つい先日だって、勇者の仲間達を全員灰にしてたじゃないですか」

 僕は先日の話を思い出す。理由は分からないが、勇者とその仲間達が喧嘩をしていた。そして、それに激怒した魔王さまが勇者の仲間達を訳の分からぬ魔法で灰にして、その後すぐに『回復薬』なるご都合アイテムで勇者の仲間達を蘇生した。

 その結果、何故か勇者とその仲間達は仲直りそして大団円にあいなった。

「違うっ」魔王さまが僕に唾を飛ばす。「私は近くで、あの子を守りたいのだ」

「どこまでも欲深いですね」

「この程度が欲深い? ささやかな願いだろうが」

「けど大胆な野望だ。精神が迷子になってる。まあ、反面教師としてはかなり完成度が高いですが」

「ああ。早く彼女と結ばれたい」

「もういいや。それで、勇者達は今何をしているんです」

「んんとな」魔王さまは愛用の望遠鏡を目に当て湿地帯を進む勇者を覗き見る。「とくに何かと言うわけではないな」

「じゃあ帰りましょうよ」

「いや」魔王さまが首を横に振った。「こういう何も無い時ほど注意が必要だ。いつ何時、トラブルが発生するか分かったものじゃない」

 現状、魔王さまにストーキングされているトラブルが発生している、と僕は思うが口にはしない。

 その代わりに「そういえば、勇者のレベルっていくつ何ですか?」と疑問を口にする。「この湿地帯って確かそこそこ強い魔物や野獣が存在したはずですけど」

 この世界にもレベルという概念は存在した。あってないようなものだが、一応、その個人の強さを示すパラメーターにはなる。

 勇者を自称するのだから、そこそこ強いだろう。

「お前は馬鹿か。彼女はか弱いだぞ」

「いやでも。仮にもこの湿地帯を抜けようとしているんですからそこそこ強いでしょう?」

「彼女のレベルは」魔王さまはそこで一呼吸をおき「訊いて驚け、『1』だ」

「はあっ!?」僕は素っ頓狂な声を上げる。「レベル1。マジですか?」

「おおマジだ。な? 守って上げたくなるだろ?」

「いやそんな話をしているんじゃないんです。レベル1って生まれたての赤ちゃんにも負けますよ?」

「ふふ。まるでタンポポの真綿のようにはかないだろう?」

 そういう範疇の話ではない、と僕が言いかけた時だった。魔王さまが「あっ」と弾けるような声を上げた。

「どうしたんです?」

「彼女が猛獣に囲まれている」

 勇者だけを彼女と言うあたり、勇者の仲間は眼中にないらしい。

「で。その勇者を取り囲んでいる猛獣はどのくらいですか」

「んんとな。なんぞ、頭に角を生やしたオオカミみたいな奴ら五十匹ぐらいに包囲されてるな」

「一角獣じゃないですか!」

 僕は再度素っ頓狂な声を上げた。一角獣といえば、この辺りではそこそこ強い部類に入る猛獣だ。 猛獣というより魔物に近い存在だ。

「可愛そうに。あの子、生まれたての子鹿のように震えているぞ」

「あーあ。可愛そうに。あのパーティーは全滅ですね。なにせリーダーのレベルが1なんですから。僕たちはあのパーティーの冥福を祈りましょう。

 僕が何の憐憫の情もない合唱をしていると、隣から「あの下郎共が私の可愛いあの子を怯えさせ追って」という魔王さまの声が聞こえてきた。

 背中に冷たいものが流れる。 

 僕はぎこちない動きで魔王さまを見やった。

 案の定というか何というか、魔王さまは魔法の詠唱を開始していた。

「もうやだ」僕はほとんど泣きそうな声で呟く。「勘弁してよ」

 この馬鹿魔王さまが魔法を使えばろくな目に遭わない。

 そういう確信がある僕は、すぐさま「魔王さまっ!」と魔王さまを制止する動作に入る。

 が、僕の制止の予備動作すらも間に合わず魔王さまは「あの子以外、全て消え去れぃ『スタチューオブリバテイィー』とまたもや訳の分からぬ魔法を放った。

 次の瞬間僕は身をかがめ衝撃に備える。

 やはり魔王さまの魔法を絶大だった。

 風なのか暴風なのか天変地異なのか判然としない衝撃が僕を襲う。

 僕は賢明にその衝撃が去るのを待つ。ある程度、衝撃がおさまるのを待ち、顔を上げ、辺りの様子を確認する。

「やっぱりか」

 もはや事件現場とも呼べる現場には、一人だけしか生存者はいなかった。もちろん、その生存者は『勇者』だ。

 一角獣は塵も残さず消滅し、そのあおりを食った勇者の仲間も塵と化していた。

「見たか」魔王さまが胸を張り相好を崩す。「私のあの子に手を出そうとするからこうなる」

「すごいですね。さすがは魔王さま」

「そう褒めるな」

「嫌みだよ」僕は声を荒げる。

「どうするんですか。また勇者の仲間達が全滅ですよ」

「大丈夫だ。これがある」

 魔王さまは胸元から『回復役』を取り出した。

「またそれですか?」僕は呆れ口調で言った。「それ、万能薬じゃ……いや万能薬か。でもなんでもかんでもそれで解決するのはどうかと」

「堅いことを言うな。これであの子は幸福に旅ができる」

「いいですけど。そういえば……」

 そこで僕は『回復薬』を使おうとしている魔王さまに訊ねる。

 何故、勇者がレベル1なのか、何故、勇者はこの湿地帯に来てもレベル1なのか。何故、魔王さまは馬鹿みたいに強いのか。それは『勇者』を守り続けた結果だ。

 疑問の点と点が結ばれ線へと繋がる。

「なんだ?」

「いや、気まずい雰囲気の中あえて訊きますけど魔王さまってレベルいくつですか?」

 僕はおずおずと訊ねる。

「ううんとね。百から先は覚えてない」

 ああ、なるほど、と僕は納得した。

 魔王さまが勇者を守っているから、勇者のレベルが上がらないんだ。

 これで合点がいった。

 レベル1の勇者を守る限界突破したレベルの魔王。

 これが『魔王さま』と『勇者』のレベル関係だ。

 僕はそんな事を考え痛む頭を押さえながら達観する。


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