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『魔王さま』と『勇者』のケミカルクッキング

「よしっ。料理をしよう!」

 魔王さまが拳を振り上げ、高らかに宣言した。その瞳には、ありもしない、新しい自分への自信がありありと浮かべている。

 端から見たら、汚れの知らない女性がいずれやって来ると男性の為に『花嫁修業』の一環だと宣言している風には映らなくもないが、それは所詮、対岸の火事だから言える事で、その火事のど真ん中にいる僕からすれば、迷惑以外の何者でもない。  

 魔王さまが、何か行動を移すという事は、その周囲の存在を不幸にする事に等しい。 

 そして厄介なのは、魔王さまにその自覚がない点だ。

 どうせ、今回もストーキング相手である勇者絡みの案件だろう。

 というか、魔王さまの頭の中には意中の勇者しかいない。

 僕の事など、部屋の片隅に溜まった埃ぐらいにしか思っていないのだろう。この認識でも、駆除すべき害虫と思われていないだけマシなのだから、これほど低い自己評価はない。

「で、なんで突然料理を?」 

 僕はおざなりに、かつ、慎重に訊いてみる。魔王さまの他者の評価は減点形式なので、決して加点形式に方向転換することはありえない。

 とにかく僕に出来るのは、なんとしてでも魔王さまを刺激しない事だけだ。

「ふふ。お前は愚か者だな」

 僕はとりあえず鞄の中から鏡を取り出し、さりげなく魔王さまに向ける。

「その愚か者に、魔王さまの高邁な考えを教えて下さい」

 僕は、鏡を魔王さまに向けたまま訊ねる。

「お前、異性の心を掴むにはどうすればいいと思う?」

「さあ。どうするんですか」

「料理だ。異性は女の手料理に弱い。だったら、私があの子の胃を我が物にすれば、それすなわち、あの子の心を我が物にしたに等しい」

「魔王さま。この鏡を見て下さい」

「その鏡がどうした?」

「まず第一に、魔王さまは女性です。第二に勇者は異性ではなく女性です。第三に魔王さま料理出来ないでしょ」

 その根本的な事実に気づいて欲しくて、魔王さまに向かって鏡を見せていたのだが、どうやら、僕の涙ぐましい努力に終わったようだ。

 鏡が真実を教えてくるのは、どうやら、おとぎ話の中だけらしい。

 そこで、はてな、と僕は思う。なんでこんなおとぎ話を知っているのか。疑問が頭をもたげるが、どうせ僕の願望だろうと、すぐに、考えを払拭する。

「料理なんて簡単だろ」

「なぜ自ら地雷を踏み抜くような言葉を?」

「なんとなく」

「なんで料理が簡単なんて言い切れるんですか?」

 僕の質問に、魔王さまは鼻を上に向けた。初夏を思わせる陽光が魔王さまの長い髪を照らし、金糸のように光る。

 見てくれだけはいいだよなあ、と僕は感嘆とも呆れともつかない感情を抱いた。

「お前の言葉を借りるなら、第一に、あの子達の食事はあまりにもお粗末だ。町や村で買った干し肉や、その辺りに生えている木の実などを採取して食べているだけだ。第二に、私達をストーキングしている下郎二匹は、それ以下の食事をしている。第三に、私はその第一、第二の集団よりも、いい物を食べている」

 どういうアクロバティックな論法で、そのような出鱈目な答えに帰結するのか、甚だ疑問は尽きないが、少なくとも、僕の言葉は借りていないのは間違いない。

「僕が、魔王さまの教育係ならもれなく零点を差し上げていますよ」僕は魔王さまが僕の上司でよかったと、半ば本気で安堵していた。魔王さまが魔王さまでなければ、この場が血で染まっていた。「なんで零点だか分かりますか?」

「お前が点をくれないからだろ?」

「そうですか……。まあ、それでいいです。それで、なんで突然料理なんですか」

「さっきも、言っただろ?」魔王さまは、きょとんと返事をする。「あの子の胃を掴んで、あの子のハートをゲットする」

「勇者の心臓が欲しいなら、もう少し上です」

「お前、わざとこの話題から逸らそうとしてないか?」

「気のせいでは?」

 とはいえ、魔王さまの言いたいことも分からないでもない。『死』の概念が薄っぺらな紙のように重要視されていないこの世界では、あまり『食』へのこだわりがないように思われた。

 おそらく、この世界の存在にとって『衣食住』のうち『食』への関心が薄い。

 もちろん、その街々、村々で、特産品があったり、酒などの嗜好品などもつくられているが、それも子供のお遊戯の延長戦でしかないように思う。

 この世界で旅人が少ない理由はそこにある。魔王さまが首ったけになっている自称『勇者』のように、伊達や酔狂で世界を回っている人間以外は、近くの街や村間での交流で十分であり、何故か気候も一定なので、わざわざ外の世界に出る意味はない。

 小さなコミュニティーで完結されているのだ。そこには、進歩もなければ確変もない。

 今更ながら、この世界はどうなっているのだ、と僕は思う。

 思ったところで、どうせ他者からは「お前が、この世界の行く末を思ったところで、どうにかなるのか?」と僕にとって不利になる疑問を提起されるだけなのだから、沈黙しか選択肢はない。

「でゅふふふふふ」魔王さまは、相変わらず気色の悪い笑い声を漏らし、望遠鏡で勇者を観察していた。

「それで、なにか方策でもあるんですか? 勇者の胃を掴むというか握りつぶす方策は?」

「ふふ。私を馬鹿にするな。ようは、あの子が食べているもの以上の料理をつくって、あの子に食べさせればいいんだ。簡単な話だろ?」

 のっけから高難度な事を仰る。

「あのですね。神様だって万能じゃないんだ。そんな事不可能に決まってるでしょう」

「なぜだ」

「第一に、まず魔王さまが、勇者達が食べている以上の料理を作らなくてはいけない。第二に、その料理を勇者に渡す必要がある。勿論、魔王さまの手作りであるという事を伝わる形で。第三に、背後に控えているストーカー二人という、こちらの行動を阻害する圧倒的不可抗力が二人もいる。いいですか。この世に存在しない神様に叶えようのない願いをしていいのは、小さな子供とペットだけです」

 こんな事すら分からないのは百も承知だが、僕は、魔王さまを説得する。

 魔王さまは手の平を額に当てて呵々大笑し、口を開いた。

「所詮は我が右腕だな。そこまで浅はかだとは」

 言葉すら真面に操れていない魔王さまには言われてたくない、と僕は心中で毒づく。

「じゃあ、どうするんです?」

「その鏡を私に向けろ」

 魔王さまは嫌味のつもりで持っていた鏡を指指す。僕は促されるまま鏡を魔王さまに向けた。

「これでいいですか?」

「いいか。お前の言葉を借りるぞ。第一に、料理はお前が私に教える。私なら簡単に物にできるはずだ。第二に、あの子に料理を渡す方法だが、これは以前、使った方法を使う。人間は空腹には勝てん。ならば目の前にご馳走があれば、自然と花に吸い寄せられる蝶のように食べるはずだ」

「糞にたかるハエの間違いでは?」

「貴様、ぶち殺すぞ」

「七割冗談です。で、第三は?」

「奴らには、私の料理の実験台になって貰う。何、簡単な事だ。私が実験的に作った料理の被験者になって貰えばいい。お前がつくった料理なら金髪の下郎が食べてるだろ。そして、私がつくった料理は紅い下郎が食べるだろう。何、近くに『回復薬』を置いておけば死にはしまい」

「なんというか被験者って言ってる段階で、もはや料理とはいえない気がしますが、ご自身が料理の出来ない存在であると自覚している段階で、なぜか、ほっとしました」

「大まかな計画はこんなもんだな」

「でも、穴だらけの計画じゃないですか」

「なんで?」

「食料を持っている勇者達にどうやって魔王さまの作った料理を食べさせるんです?」

「お前が、あの子達の食料を夜の闇に乗じて奪ってくればいいだけの話だろ」

「今、料理の話をしてるんですよね? 兵糧攻めの話じゃなくて」

「当たり前だ」

「さすがに他者から食料を奪うのはどうかと。僕の手が汚れるだけじゃないですか」

「気持ち次第」

「気持ちって……でも、前回は勇者達の食料が枯渇していて寝ている隙に食料を置きましたけど、今回はどうするんですか? たとえ飢えた豚でも、できたての料理なんて警戒して手を出さないでしょう。背後のストーカー二人と違って」

「ふん。私だって学ぶ生き物だ。今回はアレを使う」

 魔王さまが人差し指を立て、あるものを指指した。

 魔王さまが指指したのは二本の木だった。一本はずっしりと大地に根を張っている大木で、もう一本は生まれて数年程度の細くか弱い木だ。

「どっちがいいと思う」

「何がですか?」

「お前の浅い考えには、ほとほと、呆れるな。だから『屋台』にするならどっちが良いと思う。と訊いているんだ」

「屋台? なんでそんなものが必要なんですか?」

「私は海で学んだ。屋台を作ってそこに料理を置けば、あの子はきっと喜ぶに違いない」

「気が滅入るほど浅い考えですね。無人の屋台、しかも、人気の無い森の中に設置してある屋台の料理を食べる馬鹿がいますか?」

「……飛べよ」魔王さまは、おもむろに言う。

「は?」僕は気の抜けた声を出した。「なんで?」

「私が知らないとでも思っているのか? いいからジャンプしろ」

 この魔王さまは何を考えているのだろう、と僕は魔王さまにではなく、自分の感性に疑問を持ちながらその場でジャンプする。

 数回の跳躍の末、僕の服から出てきたのは、小さな青い小瓶だった。先日、海の家の店主から買い取ったある特定の人と文通ができるアイテムだ。ただ、この瓶を使うには海、ないし、川などの瓶が流れる媒体が必要なはずだが。

「やっぱりまだ持っていたか」

「この瓶がどうしたんです」

「知っていたんだぞ。お前がその瓶で、私になりすましあの子と文通をしていた事は」

「くそ」僕は露骨に不快気な表情をつくる。「いちいち目ざといな。言い訳しますけど、アレは魔王さまを思っての行動です」

「そこは分かってる。あの子に下心を持っていたら、お前はすでに百回は死んでいる」

「で、この瓶がどうしたんです」

「屋台に私の手作りの料理をのせて、その瓶に手紙を入れ添えれば、警戒心が薄まるだろう。なにせ、中身を見れば、私が置いた瓶だと分かるからな」

「くそ」僕は再び不快気な表情をつくる。「どうでもいい事にだけ、頭を回してからに」

「だからこその屋台だ。屋台に私の料理と手紙を置けば、私の気持ちがあの子に伝わるだろ」

「どんどんストーカーとしての発想を自分のものに仕上げていきますね」

「というわけで、話を戻すが。あの太い木と細い木、どっちが屋台にするに適していると思う?」

 どっちでも良いと、心の底から思う。が、とりあえず返答だけはしておこうと、僕は意見を固めた。

「弱者を蹂躙しない優しさがあるなら太い木ですね」

 まあ、いずれにせよ、太い木に済んでいる動物がいる場合は、その限りではないけど、と僕は心の中で付け加える。

 魔王さまに出来る事は、独善か暴虐ぐらいだろう。

「じゃあ、この太い木を切るから、頑張って屋台を作ってくれ」

「はいはい」

 僕は、おざなりに返事をした。魔王さまに対しての返答はイエス以外にないのだから、仕方がない。

 ふと、手持ちの釘で足りるかなという不安が頭をもたげる。釘が足りなければ、木を組み合わせるしかないが、そんな宮大工のような超絶技巧は残念ながら持ち合わせていない。

 そこに来て、再度はてな、と僕は思う。宮大工なんて単語、なんで知っているんだ?

 どうせ何かの本で読んだのだろうと、その疑問払拭させた。

 魔王さまは、さすがというか、やっぱりと、というか。情け容赦なく太い木を素手で板状に切り刻んでいた。

 この人にできない事は、勇者を篭絡する事ぐらいだろう。

 僕は急ピッチで、魔王さまが切り刻んだ木材を使い屋台制作に乗り出す。

 移動式の屋台は思ったよりも早く出来上がった。車輪付きで移動もしやすく、突貫工事とはいえ、我ながらよく出来たと思う。

 僕の涙ぐましい努力をよそに、魔王さまは相変わらず勇者を望遠鏡で視姦していた。

 そろそろ本気で、勇者が魔王さまの子を預かり知れぬ間に、想像妊娠してしまうのではと老婆心ながら心配になる。

 そんな心配は脇に置いておくとして、ここからが、僕の最重要課題であった。

 魔王さまに料理を教える事だ。

 どんなに良心的な目で見ても、魔王さまに料理ができるとは到底思えない。

 脳裏に「あなた楽する。僕、苦労する」なる暗澹たる文言がよぎる程度には見込みがない。

 見込みはないが、やるしかないのが苦しいところだ。

「とりあえず、簡単かつ安全な料理から始めましょう」

「ん? もっと難しい料理でもいいんだぞ」

 馬鹿が最も陥る罠に魔王さまは早速はまっている。

 僕は辟易しながら、魔王さまの説得を試みる。「いいですか。料理はある意味では科学です。ちゃんとした手順で、ちゃんとした調理をすれば美味しくできます。その為には土台はしっかりしていないといけません。幸い、勇者達は、料理と言うにはおこがましい、単純に肉を焼くなどの原始的な調理法しか習得してません」

「ふむ」

「そこに、魔王さまが一生懸命料理をすれば、二回ぐらい失敗しても死者は背後のストーカー二人ですみます。それに魔王さまにはこれがある」

 僕はそう言って文通用の瓶を取り出した。

「おお。それがあったな」

「ええ。魔王さまが僕から強盗のように献上させたものです。これがあれば、少なくとも魔王さまからの料理だという事は勇者達に伝わります。とりあえず今日のところは、勇者たちに、魔王さまの作った料理を食べさせる事はできます」

「ふむふむ」

「その為にも、魔王さまが最低限の料理をつくる必要があるんですよ。訳の分からない屋台やら、この文通用の小瓶なんて小細工する前に基本に返るべきです」

 これほど簡単かつ難易度が高い作戦があるのか、と僕は改めて愕然とする。

「それで、その簡単な料理とはなんだ?」

 魔王様の質問なのか詰問なのか判然としない言葉に、僕は逡巡する。

 手持ちの調理器具と材料を加味して、魔王さまでも作れる料理。

 そんな奇跡的な料理はない、と僕は早くもさじを投げそうになる。簡単な料理となれば、勇者達と同じレベルまで引き下げる必要があるが、そうなれば本末転倒だ。

 では、どんな料理がある。魔王さまでも作れるような料理とは何か。いくつもの候補が挙がっては消え上がっては消えるが、最終的に行き着いたのは『炒飯』だった。

 炒飯なら、お米を炊いて、卵を用意し、具材を切り塩こしょうで味付けをすれば、なにかしらの料理にぶつかるはずだ。

「炒飯でいきましょう」

「炒飯ってなんだっけ?」

「あはは。何をいまさら」背後のストーカー二人に先んじて逝くつもりで空笑う。「いつも魔王さまが、『美味い、美味い』って飢えた豚のように食べて下さってるじゃっ」

 そこで僕の言葉は止まった。文字通り止まった。過不足なく止まった。魔王さまの拳が僕の腹を貫いたのだ。魔王さまの一撃が苦痛だと理解するのに、数秒の間を要した。

 僕は腹を抱えて、その場に膝をつく。

「どうした? そんなに笑って。もっと笑ってもいいんだぞ」

 笑う? 本気で言っているのか、と僕は魔王さまの砂粒程度良心すら疑いたくなる。

 たしか人間は、七トンぐらいの衝撃を腹にくらえば、失神できる言うが、僕が魔王さまと同じ種族じゃなければ体が四散していたぞ。

 言いたいことはもろもろあるが、僕は必死に意識を保ち「申し訳ありません」と立ち上がる。「ですが、今のは他人に物の教えをこう者の行動ではないかと」

「ん? そうか。でも、私とお前は他者ではないだろう。許せ」

 それは虐げる側の理論だ、と苦情を言いたくなるが、これ以上、こちらが不利になる水掛け論など意味がない。

 僕は気を取り直し「それで炒飯を作りたいのですが。簡単に言えば、お米と肉の燻製と野菜と卵を混ぜたようなご飯です。東よりやや西にある料理だったはずです。少なくとも、魔王さまのお口には合うかと」と説明する。

「ほう。あのパラパラした焼き物か。あれは美味いな。ん?」そこで魔王さまの口が一文字になり、何かろくでもない事にでも思い至ったのか、ゆっくりと口を開いた。「私の口にあう料理が、あの子の口に合うということは、それって、料理を通してあの子と私は物理的に合体した事に」

「なんねえよ。いちいち話を逸らさない下さい。とりあえず炒飯をつくる準備をしますよ」

「準備?」魔王さまの頭上にクエッションマークが浮かぶ。「まだ、日が落ちるには早いと思うが」

「だからです。今から練習しないと夕ご飯には間に合いませんよ」

「いやだって。あんな炒めただけの料理なんて、火を通すだけだろ?」

「ほら見たことか」僕は魔王さまの発言の間隙をつくように言う。「魔王さまの考えでは、あの子の胃を掴むことなんてできませんよ。料理には色々と順序や工夫が必要なんです。それをお教えするには日が沈んでからじゃ遅いんですよ。何の為の可動式の屋台ですか」

「むっ。お前、私の事をそこはかとなく馬鹿にしてないか?」

「してません」僕は嘯く。「とにかく、魔王さまが炒飯を作れるようになるまで、勇者の監視は禁止です」

「うええ」

「しょうがないでしょう。だいたいから言って、勇者の行き先なんて、この先にある集落に決まってるんですから。少しの辛抱ですよ」

「ううん」

 この魔王さま、まだ渋るかと僕は呆れる。

「駄々をこねてないで、さっそく練習を始めますよ」

「……わかった……」

 僕はその辺りに落ちている、乾いた小枝を拾い、薪にする。ソレを放射線状に組み立て、手持ちの鉄鍋を用意する。この鍋は折りたたみ式の脚があるので使いやすく気に入っている。

 気に入ってるからこそ、魔王さまから距離のある位置に準備しておく。転ばぬ先の杖だ。

「じゃあ、魔王さま。この薪に火をつけて下さい」

「火? そんな事でいいのか」

「はい。僕達人型の存在が長生き出来るようになったのは、火の発見と発明によるものです。まずは一からはじめましょう」

「分かった。この枝切れを燃やせばいいんだな」 

 答えは見えているが僕はあえて首肯する。

 そこから先の展開は、僕の予想通りだった。魔王さまが指を鳴らした瞬間、薪が炎の渦にのまれ、炎が収まった頃には、黒いカスだけが残っていた。

「やっぱりこうなるよなあ」

「何を文句を言っているんだ。言われた通りに木の枝に火をつけたぞ」

「火をつけたんじゃなくて、炎にまいたんでしょうが。意味が全然違う」

 僕はもう一度、薪を並べ「もう一度です。今度はゆっくりでいいんで、少しだけこの薪に火をつける感じでお願いします」と魔王さまを促す。

「お前はどうやっているんだ?」 

 ほう、と僕は魔王さまに関心する。まさか、力推し以外で解決しようとするとは。魔王さまも成長したものだ。

 僕がそんな事を考えていると「あははははっ。まともに火もおこせぬとは片腹痛し。やはり、魔王さまの隣に相応しいのは俺のようだな」という凜とした女性の声が聞こえてきた。

 魔王さまのストーカー一号である紅い女性だ。

「出たな。ストーカー」僕は吐き捨てる。

「呼んでもいないのに姿を現すとは。紅い下郎はよほど火起こしの自信があるのか」

 魔王さまが、紅い女性に訊ねる。

「無論でございます。我が主。俺にかかれば火をおこす事など赤子の手をひねるようなもの」

 すぐに僕は、ああ、こいつの未来はすでに閉ざされたな、と確信する。

 元々、火山帯に住み込んでいた変態に明るい未来など望めまい。

「それじゃあ。この薪とやらに火をつけて見せろ。紅い下郎」

 まあ、仮に火をつけられたとしても、手作り料理の範疇か、と僕は紅い女性の様子を窺う。

「お任せ下さいっ。それでは、はあっ」紅い女性は胸を膨らませ、思い切り息を吸った。

「あ、詰んだ」 

 僕は無意識にうちに呟いていた。

 結果は予定通り、残念ながら残念でしたとしか言いようがない。紅い女性が思いっきり息をはいた瞬間、紅い女性の口から炎弾が飛び出し、薪を消し炭に変えた。

「この役立たずがっ」

 魔王さまに跳び蹴りを食らった紅い女性は、そのまま空の彼方へ消えていく。紅い女性の後を追わせるように、魔王さま『快復薬』を取り出し投げる。

「おお」僕は目の上で手をかざし紅い女性と『回復薬』を見る。「あの『回復薬』には追尾効果でもついてるんですか?」

「まったく情けない」魔王さまは「火もおこせないのか? あの紅い下郎は」

 なら、魔王さまもその下郎の仲間入りなのだが、とは口を避けても言えない。

「だから言ったでしょ。時間が足りないって。火をおこせないと料理のスタート地点にも立てないんです」

 これは予定通りだが、思っていたよりも難易度が跳ね上がった。

 ここは一度、火は置いておこう。

 一番無視してはいけない事を最初に投げ出してる気もするが、とにかく見本は見せないといけない。

 精神一到何事か成らざらん、というふざけた言葉は誰が考えた? 責任者がいるなら僕と代わって頂きたい。

「とりあえず、僕が一から見えますからよく見ていて下さい」

 見て覚える。これが魔王さまにできる最大の譲歩だった。自分で心を込めて作らなければ、料理は意味がないと思う。思うが、僕が普段から、魔王さまの為に料理をしているのは、魔王さまの機嫌を損ねない為でそれはただの自衛でしかない。

 身にかかる火の粉は事前に払っているだけだ。

 ん? 火の粉?

「どうした。早く見本を見せてくれ」

「ちょっと待って下さい」

 僕はふと考える。人類が火を発見したきっかけって何だっけ? 僕は、たしか、と記憶の糸を辿るように目線を上に向けた。すると、一際大きく太い幹を持った木が目に入った。樹齢的には途方もないものを感じる。この森を悠久ともとれる時間見守ってきたに違いない。

 これは、僕の倫理観を全て捨てる必要がある。

 が、その薄っぺらな覚悟を捨ててしまえば、魔王さまに火をおこさせる事も可能だとは思う。

「どうした。お前、どこか故障でもしたのか?」

「ええ。まあ」僕は力なく魔王さまに返事をし、ほぞを固めた。「あの、魔王さま?」

「自分で一から料理を作りたいんですよね?」

「無論だ」

「その為には良心の呵責に潰されるお覚悟はありますか?」

「ああ。あの子に料理を作る為なら、どんな犠牲も些末事だ」

 もはや、あっぱれとしか言い様がない。今から行う行為の責任はこの魔王さまに負ってもらおう。

「では、魔王さま。あの一番大きな木に可能な限り手加減して『雷』を落として下さい」

「? 雷か。炎ではなく」

「いいからっ」僕は魔王さまを急かすように口を動かす。「僕の気が変わらないうちに」

 僕は、魔王さまの背中をぐいぐいと押した。魔王さまは狼狽しながら「分かった。ほら」と指を鳴らす。 

 刹那、魔王さまの魔法が空気を切り裂いた。体の中心を押しつぶすような爆音と共に、僕の指定した木に雷が落ちる。視界が真っ白いになり、激しい耳鳴りに襲われる。

 しばらく、視界と聴覚が戻るのを待ち、僕はゆっくりと目を開けた。

 僕の目の前に広がっていた光景は、惨たるものだった。あれだけ神々しく悠然と伸びてい大木は真っ二つになり、その割れ目からは火が燃え上がっている。

「なんというか。料理をつくる為に払う犠牲にしては大きすぎる気が」

「おおっ」魔王さまが満足気に頷く。「見ろ。私にも火をおこせたぞ」

「……そうですね。とりあえず僕らは、大きな罪と大きな火だねは手に入れましたね」

「で、次は何をするんだ?」

「そうですね。とりあえず、この木の犠牲を無駄にしないように、火を薪に移して絶やさないようにしよう。それがせめてもの供養だ」

「? なんか分からんが分かった」

 魔王さまと僕は鎮魂の思いを込めて、火を薪にくべる。

 これで火元は確保できた。

「じゃあ、出来た火元を二つに分けましょう」

「なんで?」

「お米も炊かないといけないからです。という事で」

 僕は荷物の中から、お米と、水、土鍋を取り出した。

「コレで何をするんだ?」

「お米を炊きます。魔王さま。まずはお米を洗って下さい」

「水でか?」

 吐瀉物で洗えとでもいうのか、という言葉が僕の喉元までせり上がってくるが、賢明にその衝動を堪える。

「水です。お米の分量は僕が量りますから。このぐらいかな」僕は目分量で、米を土鍋の中に入れた。失敗する分を視野に入れ、炒飯四回分、つまり四人前は作れる分量を入れる。

「飲み水で洗うなんて、もったいなくないか?」

「いいから。お米をこするように洗って下さい。ほら」

 僕は、魔王さまに水の入った革製の水筒を手渡した。水は貴重だが、すでに貴重な森の資源を破壊しているので、栄養のある米のとぎ汁は、せめて森に帰してあげようという、あさましい懺悔の気持ちもあった。

 僕の気も知らずに、魔王様は土鍋に水を注ぐと両手で、米を洗っていく。

「たぶん、洗えたぞ?」

「じゃあ、その水をお米を零さないように、地面に流して下さい」

「せっかく洗ったのにか?」

「ええ。これも森への懺悔と思って。まあ、実際問題米は一度洗わないと灰汁というか不純物が入って美味しく炊けないが理由です」

「そういうものか」

 魔王さまは、面倒臭そうに、慎重に米のとぎ汁を地面に流した。

 なんでこんな事で、面倒くさがっている者が手料理を作りたい、とのたまうのか、疑問を挟む余地はいくらでもあるが、そんな事を気にしていては、魔王さまの従者は務まらない。

「じゃあ、陶器に新しい水を注いで下さい。お米から指の第一関節ぐらいまで上でお願いします」

「分かった」

 魔王さまは素直に、僕に従い水を入れてくれる。

「じゃあ、蓋をして水が沸騰するまで待ちましょう」

「それでどのぐらいかかるんだ?」

「まあ、沸騰するのに十五分、そこから中火で十五分、あと蒸らしで五分ぐらいですかね。こればっかりは、お米の様子を見ながら作るしかないです」

「トータルで三十五分もかかるのか!」

「そんなに驚くような事ですか?」

「では、米が炊ける間は、私は日課の『あの子ウォッチング』を……」

「させるわけないでしょ。お米を炊くだけじゃ意味ないじゃないですか。その間に炒飯の下準備をしますよ」

「ちっ。分かってたさ」

 魔王さまの言葉には、分かっている物の控えめさは皆無だった。あるのは、気だるそうな雰囲気だけだ。

「本当に、大丈夫かなぁ」

「私は何をすればいいんだ?」

「まずは、野菜を切りましょう。具はそうですね。簡単にネギぐらいにしておきましょうか」

「そんなもの秒で終わるだろ?」

「じゃあ、やってください」 

 僕は、鞄からまな板を取り出し、その上にネギをのせた。それを魔王さまの前に出し、ナイフも手渡す。当然、失敗を恐れて四倍プッシュの長さのネギだ。

「さっきから思ってたんだが、お前の鞄の中にはどうなってるんだ? なんか一杯出てくるな」

「頑張って効率的に詰め込んでるだけです。魔王さまがどこからともなく取り出す『回復薬』の収納場所の方が気になります。とにかく、そのネギを微塵切りにして下さい」

「みじんぎり?」

「細かく切って下さいという意味です。この際、均一にとか贅沢は言いません。ある程度でいいです。先に言いますけど、丁寧にお願いしますよ。材料にも限りがあるんです」

 僕は魔王さまに念を押す。この肯定にくるまでに、失った物が多すぎる。

「分かったよ。とりあえず細かく切ればいいんだな」

 魔王さまは、そう言うとナイフを手に取りたどたどしくネギを切り始めた。さきほどと違い、僕の言うとおりにゆっくりと小さくネギを切っていく。

 ナメクジよりも遅いが、かなりの時間を要して、ネギをみじん切りにする事に成功する。

「はあ。なんとか出来ましたね。今回初めての成功です。ではこれをこちらのお皿に移してください」

「なんでだ?」

 なんでも訊いていいのは、初心者の特権だ、と僕はなんとなく魔王さまの挙動にほっとする。

「次は肉を切るからですよ。同じまな板で調理するなら、野菜、肉、の順に切った方衛生的です」

「そんなもんか」

「そんなもんです」

 僕は空いたまな板の上に燻製肉を置いた。

「これも千切りにすればいいのか?」

「いえ。これは一センチ……このぐらいの大きさに切りましょう」僕は人差し指と親指で肉の大きさを指定し「その前に、お米の様子を見ましょう」と土鍋を見やった。

「米なんて放っておけばいいんじゃないのか?」

「言ったじゃないですか。沸騰してるかどうか確認して、沸騰していたらもう十五分ほど炊きます。ほら。ご自分で見てください」

 魔法さまは土鍋の蓋を開け、中を確認する。

「沸騰しているな」

「じゃあ、蓋をして中火にしましょう。薪をこっちの薪に移して少しだけ火力を下げます」

 言いながら、僕は、火のついた薪を移動させる。

「これが中火かあ」

「よく見て覚えてください。今後の魔王さまには絶対に必要なものです」

「なぜだ?」

「僕の願望ですよ。これで、魔王さまも魔法の使いの強弱が意識的にできたなら、僕としては人身御供になったかいがあります。じゃあ、あと十五分で肉も切っていきましょう」

 魔王さまは、ナイフの扱いに慣れてきたのか、ネギの時よりも順調に肉を燻製肉を切っていく。

 ここまでくれば、あとは比較的簡単、ではないが、簡単だ。

 魔王さまに炒飯の作り方を見せて覚えて貰えればいい。

 そうすれば、こんな地獄みたいな料理教室ともおさらばだ。

「そろそろ十五分ぐらい経ったんじゃないか?」

「そうですね。では、土鍋を火からはなして五分間蒸らします」

「その間はどうするんだ?」

「そうですね。とりあえず五分あれば下ごしらえぐらいはできるんで、同時進行で、僕のお手本を見ていて下さい」

僕は鉄鍋を薪の上に設置し熱する。熱している間に卵を二つ器にとき、少量の塩と野鳥と香味野菜を煮て乾燥させた粉を入れ下味を付ける。鉄鍋が熱せられたのを確認したら、刻んだ燻製肉を入れ油が鉄鍋ににじみ出るまで炒める。その肉を別の器に移した。ちょうど、蒸したご飯が出来上がるので、それを一人前分、さきほどの卵の中に入れかき混ぜる。その卵とご飯を鉄鍋で中火で炒めかき混ぜ、ある程度かき混ぜたら、先ほど熱を通しておいた肉を投入し、更に刻んだネギも入れ熱を入れれば完成だ。

「おお」魔王さまが珍しく僕の動作に感心する。「あっという間に出来たな」

「まあ、作り慣れているっていうのもありますし。今回は前もって材料も切ってありましたしね。何事も段取り八分ってやつです」

「私でも。作れるか?」

「もちろん」僕は相好を崩す。「ゆっくり丁寧にやれば誰だって作れますよ。無茶な魔法さえ使わなければ」

「ふうん。でも、今回は鉄鍋を振らなかったな」魔王さまが疑惑の目を僕に向ける。「お前、いつもその鉄鍋を振って料理をしているだろう?」

 以外と、よく見ているものだ、と僕はある種の感動すら覚えた。てっきり勇者しかその目には映っていないとばかり思っていた。

「あれは、少しだけ上級者向けです。料理はテクニックだけじゃなくて科学と愛情でカバーできます」

「それで、その炒飯はどうするんだ?」 

 魔王さまの質問に僕は一考する。魔王さまに料理を教えるのに注力しすぎて、腹は減っていない。かといって魔王さまに食べさせても、ご自分の作った炒飯と比較してへそを曲げる可能性はある。

 さすがに、同じ工程で料理をつくっても、普段作っている者と作っていない者では、多少なり味に差が出る。

「どうしたもんかなあ」

 僕が独りごちるように唸っていると、背後から強烈な視線を感じた。どう表現すれば適切なのかは分からないが、陳腐な言葉を使うなら、獲物のを狙う捕食者のそれだ。

 恐る恐る、背後を見やる。そこには、目をギラギラに光らせている金髪の少女の姿があった。

 魔王さまと僕の後ろに続く二人のストーカーの一人だ。魔王さまではなく、僕のストーカーをしている人間の少女だった。

 魔王さまや僕達と違い、脆弱な少女なので、魔王さまと僕をストーキングするには相当な体力と精神力が必要なはずだが、未だに、この負のストーキングマラソンから脱落していない剛の者だった。

 金髪の少女の視線は、僕の作った炒飯に注がれている。木の陰に隠れていても、その醸し出すオーラは尋常ではなかった。

 これは僕に対しての物なのか、もしくは僕が作った炒飯に対して向けられたものなのか。

「どうした?」

「ううん。よし、試してみましょう」

「試す? 何をだ?」

「料理の力ですよ。あのままじゃ、あの金髪の少女も餓死しちゃいそうですし。せっかくなので試してみましょう」

 僕はそう言うと、炒飯を器に盛り、その上にスプーンをのせる。その炒飯をさきほど作った可動式の屋台にのせ、金髪の少女に向かって押し出す。

 炒飯をのせた屋台はガラガラと音をたてて、金髪の少女に向かって前進する。力加減がよかったのか、ちょうど金髪の少女の手前で停車した。

 すぐに、木の陰から華奢な手が伸び、炒飯の入った器を掴み引っ込む。

 魔王さまと僕が耳を欹てていると、木の陰から「これが王子さまの料理っ。これが王子様の料理」という感極まる奇声が聞こえ、すぐに、「ああ、王子様が私の中に入ってくる」と気色の悪い台詞のあとバタンという金髪の少女が倒れる音が聞こえてくる。

「なんと言うか」魔王さまが頬をかきながら「姿が見えてない分、今日一番で気持ち悪いなあいつ。死んだんじゃないのか?」と続けた。

「さあ。とりあえずの時間稼ぎにはなったかと。死亡にしろ気絶にしろ、今のうちに、魔王さまの炒飯を作っちゃいましょ」

「そうだな」

 魔王さまは、さっそく炒飯作りにとりかかる。一度しか見せていないが、これはなかなか手際よく炒飯を作っていく。目には真剣さが宿り、額からは汗が出吹き出ている。

 数分の間、魔王さまを見守っていると「で、出来た」という達成感のある声が聞こえてきた。

 魔王さまの炒飯が完成したのだ。

 僕は魔王さまが作った炒飯を見て、安堵の息をつく。「初めてにしては出来すぎますね。よく頑張りました」

「そうだろう。そうだろう」

 魔王さまが、うんうん、と顎を引く。

「それじゃあ、この炒飯を勇者に届けましょう。文通用の小瓶には僕がすでに代筆しておきました」

「余計な事は書かなかっただろうな」

「書いてませんよ」僕は憮然と応じる。「むしろ、魔王さまに書かせた方がどえらいことになりそうなんで」

「ふん。まあいい。今日は疲れた。早くあの子に炒飯を届けてこい」

「はいはい」

 僕は、屋台を回収しようと足を一歩踏み出す。そして、足を止め「残ったご飯はどうします? 食べますか?」

「ん? いや。今日は料理で疲れたからな。ご飯だけで出来る料理はないのか?」

「ううんと。簡単なのは『塩おにぎり』ですね」

「塩おにぎり?」

「まあ、手に塩をつけてお米を握った物です。お米が残ってももったいないので、ささっと、作ってみますか?」

「ああ」 

 僕は、魔王さまの元まで戻り、おにぎりの使い方を教えた。ちょうどお米が二人前余ったので、魔王さまのおにぎりと、僕のおにぎりが出来上がる。

「これはどうする?」

「食べる必要もないですし、防腐効果のある葉に包んで、ここに置いておきましょう。いつかこの森の栄養になりまう」

 僕はおにぎりを葉に包み、その場に置く。

 そして屋台を回収して、魔王さまのつくった炒飯をのせる。その際、文通用の小瓶ものせた。屋台を引きながら魔王さまの元に戻り、道具をかたづける。

 その場に残ったのは、魔王さまと僕が作ったおにぎりだけだ。

「それじゃあ、こんどこそ勇者に魔王さまの炒飯を届けにいきましょう」

「当然お前がな。気づかれるなよ」

「分かってます」

 僕は、そう返事をして、闇に乗じて荷台を勇者達が野営している場所まで気づかれないように運ぶ。

 この香りだから、きっとすぐに屋台に気づくはずだ。

 とりあえず、文通の瓶にはこう書いた。

「拝啓○○様

  普段から同じ物ばかりを食べておられているようなので、すこしだけ手の込んだ料理をつくってみました。どうぞ食べて、鋭気を養って下さい。

 たまたま瓶が一本余っていたのが助かりました。

                                     それではよい旅を」


「まあ、こんなもんだろう」

 僕が手を叩いていると、勇者達が臭いを嗅ぎつけて近づいてくる。僕は自分の任務が完遂した事に満足しながら魔王さまの元に戻った。

 だが、そこに待っていたのは、般若の顔をした魔王さまだった。

 馬鹿な、と僕は愕然とする。

「どうしたんですか?」

「どうしたもこうしたもあるか!」

 不意を突くような魔王さまの怒声に、僕は居住まいを正した。

「何が、あったんですか?」

「これを見て見ろ」

 魔王さまは勇者ストーキング専用の望遠鏡を僕に渡す。僕はそれを除き勇者達を見るが、勇者は文通用の瓶の中身を読み、涙ぐんでいた。

「勇者、喜んでいるじゃないですか」

「お前、耳が良いんだろ? あの子の言葉を聞いてみろ」

 僕は魔王さまに言われるがまま、勇者の言葉を聞き取る。

 木の枝のすれる音や、葉が風に風に揺らされる音に混じって、勇者の声が聞こえてくる。

「こんな素敵な料理食べられませんっ。でもありがとう」

「なっ!」僕は口をあんぐりと開けた。

「な、じゃない。あれだけ頑張っても、あのこの口に炒飯が入らなければ意味がないだろ?」

「これは想定外です。普通、文通相手からの料理なら食べるでしょ?」

 無論、僕なら別の意味で食べない。こんな怪しい料理を食べる馬鹿はいない。

「それに」と魔王さまは背後を指指す。

 そこには紅い女性と、金髪の少女が「これが俺の主のつくったおにぎりだ」だとか「いいえ、こっちが王子様がつくったおにぎりです」などとほざきながら、醜い荒いを繰り広げている。

 前後の光景を目の当たりにし、僕の目がくらむ。

 結局の話、僕がしたことは、ただの森林破壊と魔王さまの不満を買っただけじゃないか。

 前を見る。勇者は魔王さまの炒飯を愛おしそうに眺めている。

 背後を見る。

 二人のストーカーがおにぎりを取り合っている、という血みどろの風景が広がっている。 

 僕はここに来て思い至る。

 料理は誰かの為につくる物じゃない。自分の為につくるものだ。

 仮に誰かのためにつくるなら変に凝った料理ではなく、素材の味を生かした塩味だけのものでいい。

 僕は、良い塩梅、という言葉をつくった者を心から尊敬し、魔王さまにも、背後のストーカーにも、勇者達にも他者の弾に料理は作らないと固く心に決めて、その場で気絶した。

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