『魔王さま』と『勇者」のおせっかいな手紙
「暑い……。暑いじゃなくて熱い」
魔王さまはぶつくさと文句を言う。それは当たり前だろう。ここしばらく、この熱帯の海辺をさまよっているのだから、当然、体力も削られる。
それは勇者達御一行も同じなのだが、勇者達には、魔王さま命令で、僕達の水と食料を分け与えているので、現状は魔王さまと勇者は、何故か同率でピンチに陥っていた。
「まったく。魔王さまが勇者が海水浴をするまで、この海から離れないとか言うから」
「いずれにせよ。あの子達が海を離れる気配がないんだ。結果は同じだろ?」
「そめて僕だけでも、解放してくれればありがたいんですが」
「なんで、私一人で干からびなければならない。誰が、倒れた私に『回復薬』を使うんだ?」
「干からびる前に、ご自身で使うという選択肢はないんですか。いつの間にオーガニックに目覚めたんですか?」
「そろそろ、ミドルネームに使おうかな?」
「好きにいたらいいんじゃないんですか。ただ、その時はオーガニックという言葉に謝罪してからにしてください」
「私の謙虚さを捕まえてそのもの言いとは、お前も欲深いな。普通なら死刑だぞ」
「魔王さまはが陪審員じゃなくてよかった」僕は重い息をつく。「僕の常識を悉く覆してもくれる」
「そう褒めるな」
どうでもいい会話をしているが、魔王さまと僕の体力はじり貧と言ってよかった。そもそも、ここ数日で遙か背後に魔王さまと僕をストーキングしている紅い女性と金髪の少女に数回は『回復薬』を使っていた。
あの『回復薬』だって有限ではない。魔王さま達と僕達にとっても『回復薬』は最後の砦だった。
これ以上、食料が枯渇すれば、魔王さまも含めて勇者達御一行も全員潰れる。
こんな不本意なゲームオーバーはごめんだった。
だが、現実問題、その最悪な展開は目の前に迫っている。照りつける太陽に、止まらぬ汗、そして唯一の水分と言えば『海水』だ。
才能の無い詩人でも、もう少しマシな言葉を考えるぞ。
あんな殺人水に手をつけたが最後、このサバイバルは、破局への一途を辿る。
僕が暗澹たる未来に思いをはせていると、魔王さまが「おっ」という声を出した。
「どうしました? 余計な発言は体力を削るだけですよ」
「店がある」魔王さまが消え入るように言う。
とうとう魔王さまの目には、勇者以外存在も映すようになったのか、と進歩なのか後退なのか分からない感情を持て余しながら、魔王さまの視線を追った。
たしかにそこには、店があった。店というより露店だ。テントで作られたその店には、立て看板が設置され『海の家』と毛筆で書かれている。
「たしかに、店がありますね。それで、勇者たちは何を買っているんですか?」
「ちょっと待て」魔王さまが勇者専用の望遠鏡で、様子を窺う。「店の店主から、何か瓶のような物を受け取っているなあ」
「? 何の瓶です」
魔王さまは首を横に振る。
「さあな。さすがに望遠鏡では、そこまでは。というか」と魔王さまはこちらに水を向けてきた。「お前、人の会話を盗みぎくの得意だろう。あの店の下郎とあの子は、なんていう会話をしている?」
毎度の事ながら、一言多い、と僕はげんなりする。
そもそもからこの聴覚は、人の話、しかかも魔王さまおよび勇者。そして、赤色の女性に金髪の少女に対してのみ発動できる変態的能力に過ぎなかった。
その能力も、この最近、原因は不明だが、なりを潜めている。これは生物として後退的進化と遂げたと喜べばいいのか、自衛の手段の一部を失ったと嘆くべきなのか、判断はしかねる。
「まあ、いい。とにかくなの子が、あの店から立ち退いた後、、あの店の下郎に話を聞こう」
「分かりましたよ。色々と気になる事もありますし」
「色々?」
「まあ、蓋を開ければ分かる事です」
勇者達御一行が店を立ち去った後すぐに、魔王さまと僕は『海の家』に近づいて行く。
「あの、すみません」
僕は店の店主に語りかける。何かの作業をしていたようで、手を止めると、こちらの語りかけに呼応するように、振り向いた。
「あれま。客さんで」
振り向いたのは、恰幅の言い女性だった。人間とは違い腕が四本生えている事と人語解するあたり、魔族だろう。
「客じゃない」魔王さまは吐き捨てる。「あの子の保護者だ」
「魔王さまは黙っていて下さい。まあ、僕らはこの海岸で遭難している者です」
果たして難破もせず、陸続きで海岸線を練り歩く事を、遭難だと言っていいものか悩みどころだが、真実なのだから仕方ない。
「そうなん、で」
ぷぷ、と女主人は口に手を当てて笑う。
「遭難ですっ!」
「それはたいへんで」
「こいつ、妙にむかつくんだが、○していいか?」
「気持ちは分かりますが、なけなしの良心で堪えてください」
「あの子達は、この瓶を買っていったんで」
店主は、手の平に持っていた小瓶を、魔王さまと僕に見せた。
魔王さまと僕は、その瓶を除きもむ。中には何もはいっておらず、透き通った瓶の先には、不快極まる店主の顔が広がるのみだ。
「これは?」魔王さまが店主に問う。
「これは、幸せを運ぶ青い瓶、で」
「幸せを運ぶ青い瓶?」
「馬鹿みたいに、胡散臭い品だなあ」
「これは、この瓶の中に手紙を入れて、海に流すと、どこかに流れ着く瓶で」
そりゃ、海に流せばどこかには流れ着くだろうよ。
「どういう事だ。下郎。あの子はその瓶を買うのに、なんの利がある」
「そうで。この瓶に手紙を詰めて流せば、その者の状況は好転する。そういう魔法の瓶で。瓶が流れる先に吉報がある、で」
「それは本当か?」魔王さまが杭気味に、店主に詰め寄る。
「ぜったい嘘だ」僕ははっきりと断じる。「どうせ、その瓶を流した人物と文通でもして、状況を好転させればていいてって事だろ? たぶん呪いの類いだ」
「おお。そうで」店主はパチパチと手を鳴らす。
「結局、自助努力が付与された分、厄介じゃないか。その瓶に頼る必要がない」
「そうで。でも。メリットもあるんで」
「メリット?」
「この瓶の持ち主の手紙の差出人を納得させられれば、この海から出られるんで」
こう来たか。と僕は頭を抱えその場に膝をつく。状況は予想通りだが、僕が最も危惧していた展開だ。
「つまり……これって。相手が納得できるまで続く文通地獄って事か? そして、それを買う奴も必要だと」
「その通りで」
「じゃあ。別の誰かが同じ瓶を買わなきゃ意味がない」
最悪だっ。もっとも品性下等な罠を張ってくれた。
この際、自分の良心を犠牲にして、魔王さまおよび勇者達や、紅い女性に金髪の少女を見捨てて自分だけでも逃げ切る手があったかもしれないのに、これでは、二重三重の地雷を好き好んで踏み抜かねばならない、
「気まずい空気の中、あえて聞くが、その条件を満たせないと、この海辺からは出られないってことか?」
「その通りで。簡単な事で。おんなの子なんて、甘言を駆使すれば下手を打たない限り上手くいくんで」
「ちなみのちなみにだけど、この、呪いめいた海の迷宮をつくっているのは?」
「私、で」
「あこぎな商売をしやがって」
これで、色々となぞが解けた。この数日、あまりにも不自然にこの海を彷徨っていることも、その犯人がこいつだということも。このままでは、魔王さまもろとも干からびるという事も。
「おい。いくら払ったら、僕らをこの海から出してくれる?」
「お金では解決できない事もあるんで」
くそったれめ。どう転んでもいい目がでない。
「何をぐったりしているのだ?」魔王さまが小首を傾げて訊いてくる。「ようは、手紙で、あの子を幸せにすればいいだけだろ」
「それが、もっとも難しいんですよ。特に魔王さまには向いていない繊細な作業だ」
僕は役立たずを擬人化したかのような魔王さまに、毒づく。
状況は非情にシンプルだ。勇者が瓶に詰めた手紙を回収して、魔王さまの目線での手紙をしたためる。その手紙は、勇者の目にとまる位置に配置せねばならない。無論、内容は、魔王さまと勇者の納得のいく形でだ。そして、おそらくはそれを妨害するであろう、紅い女性と金髪の少女一大勢力を退けなければいけないが、あの二人は勝手に死んでくれるから、事が済んだら生き返らせる。
これだけの偉業成し遂げても、僕が手に入れる事が出来るのは、この海からの脱出だけだ。
やりたくないが、やるしかない。
「勇者は何本の瓶を買っていった?」
「五本か……あるいはもう少し」
「多めに見積もっても十本ぐらいか……。店主、とりあえず、その瓶を二十本ほどくれ」
「まいど、で」
「ダメ元で訊くが、あなたを殺したら、この海から脱出できるなんてボーナスはないよね?」
「試してみればいいいんで」
「ちっ。これ以上余計なリスクはおかせない……か。じゃあ、水と食料をくれ。長丁場になりそうだし」
「毎度あり、で」
本日から、勇者との文通合戦の始まりだ。
「死んでも金は持っていけないがぁ。他に何を持って行ける? 思い出かそれとも別の何かぁ」
調子の外れた、店主の歌に、僕は厳然たる殺意を覚える。しかし、そんな事をしても意味は無い。
夜のとばりが落ち、隣で魔王さまが寝息を立てている。
寝ているだけなら、普通の綺麗な人物なんだが、目を覚ますとアニマルに変貌するのだから、目が当てられないし、救いようがない。
魔王さまが起きないように、気配を消して勇者に近づく。勇者の仲間達はすでに就寝しているらしく、勇者は、その目を盗むように何か手を動かしている。
確認するまでもなく、瓶に入れる手紙をしたためているのだろう。
勇者は、ペンを唇に上げ、何かを考えるように空を見上げている。
「他人に対して、何をそんなに考える事があるんだろう」僕は独りごちる。
僕がしばらく勇者の様子を窺っていると、勇者は意を決したようにペンを紙に走らせる。何度か推敲するように、自身の書いた手紙に目を通し、それを丸めて例の瓶に詰めた。
勇者は数秒の間、瓶を見つめると、何かを願うように瓶を額に当て、海に向かって投げた。
「なんとも乙女チックですこと」
僕はくすりと笑う。勇者は瓶が波に流されていくのを確認すると、仲間の眠る野営地に戻っていく。
さあて、ここからが大変な作業だ。
僕はそそくさと海に入り、勇者の手紙が入った瓶を回収する。どうせ、この瓶は魔王さまの元に届くだろう、とは確信できるが、念には念を入れた方がいい。
瓶を回収した僕は、高いびきをたてる魔王さまの横に座り瓶を見つめた。
「他人の手紙を読むなんて趣味が悪いと思うけど、まあ、どうせ大した事は書いていまい」
僕は、そう居直って、瓶の蓋を開け、中にある手紙を読んでみる。
勇者の手紙1
『このお手紙が、読まれているという事は、誰かがこの瓶を拾って下さったという事でしょう。
海の店でたまたま手に入れた品で、伝えたい相手の元へ運んでくれる魔法の瓶らしいです。
はっきり言って、騙されているのではないかと……汚い言葉を使えばボラれているのではないかと
思っています。
しかし、どこの誰でもいいので、私の気持ちが届くのは不思議と面はゆい気もしますね。
まずは自己紹介を。私はしがない冒険者です。年齢は十五歳で、仲間は三人います。皆絵に描いたよう にいい人です。
仲間のおかげで、ここまで旅を続けられたと言っても過言ではありません。
しかし、すこし悩んでいる事もあります。
それは、すでに私が旅をする目的は達成している事です。それでも、旅を続けている私に同行してくれる仲間達には感謝の一言に尽きます。
これからも彼らと一緒に旅を続けてもいいのでしょうか?』
「ふうん。頑張って書いた割には、普通だなあ。というか業務日誌や航海日誌に近い」
僕は何のひねりもない感想を口にする。
さて、これに返信すべきか否か。するにしても、魔王さまの有利に働くような返信にしないと。
僕は、荷物から手紙とペンを取り出し、さらさらと言葉を連ね、それを瓶に入れ。海へ放り投げる。
どうせ、自動的に勇者の元に届くだろう。最悪、魔法の瓶の『魔法』を度外視して、明日の夜にでも悠勇者の枕元におけばいい。
とりあえず、この行為を繰り返して、この喜劇染みた海から脱出しよう。
魔王さま(仮)の手紙
『拝啓
偶然あなたさまの手紙を受け取った者です。受け取ったいう言葉の範囲がどこまで周円されるのか、甚だ疑問ではありますが。可愛らしい文字での文面、微笑ましく読ませて頂きました。
私も、海の家で偶然(偶然の最上級表現があればと思います)この瓶を買ってしまった被害者です。
数日ではありますが、被害者同士、仲良く文通などをして頂ければと思います。
さて、私も自己紹介をしておきます。
私も冒険者です。あなたのような高邁な目的意識などなく、ただ、欲しいものを外から眺める事しかできない、卑しい生物です。
しかし、冒険者同士、何か通じる部分もあるかと存じます。あなたと同じように、私にも仲間が一人います。
これがまた絵に描いたように使えません。あなたのは仲間の事を絵に描いたようにいい人たちと言いますが、私の仲間は絵に描いたように使えないのです。元来、絵という物は見るだけでいいはずです。それだけで十分、大切にする理由になります。
その点においては、あなた様の仲間は相当、仲間としての成熟度は高いと言っていいでしょう。
しかし、私の仲間は見ているだけで反吐が出るほど使えません。反吐が出る分、私にとっては害悪にしかなっていっても過言です。
仲間の話は、脇に置いておいて、あなた様の目的はまだ達成できていないのではないでしょうか。
そこだけが、老婆心ながら心配になります。
冒険者という枠に捕らわれず、素敵な仲間達と楽しい日々を送る事も肝要かと存じます。
すこし、皮肉っぽくなってしまいましたね。
あなた様の悩みを聞くどころか、こちらの悩みを書いてしまいました。
また、御機会があれば、この手紙を通してお話相手になって頂ければ望外の喜びです
敬具 』
勇者の手紙2
『まさか、名前もしらないあなたからまた手紙が届くなんて、思いもよりませんでした。さっそく、胸躍らせて、お手紙を読ませて頂きました。
きっとあなたは、あなたの仲間の事を深く考えているのでしょう。そうでなければ、赤の他人にそこまで悪く言える訳ありませんから。
あなたの仲間も、あなたの事を強く思っているのでしょう。
よく言うではありませんか、好きの反対は無関心、だと。あなたはきっとそれだけ、仲間の事を意識しているということです。きっと。たぶん。
それはそれとして、また悩み相談になってしまうのですが。どうにも私は運が良すぎると思うんです。
長らく旅を続けて今したが、危険な目に遭ったためしがありません。
魔獣や猛獣と出会えば、どこからともなく、雷や炎が落ちてきて私たちを救ってくれるのです。
どう考えても、普通だとは思えません。いつか、その運のしっぺ返しが来るか怖くてたまりません。
こういう後ろ向きな考えは自分の駄目な所だとは分かっていますが、自分の道は自分の実力で切り開きたいのです。
すごくぶしつけな相談だとは思いますが。私は、どうすればいいでしょうか。
どうかこの手紙があなたに届いてますように。それではまた』
魔王さま(仮)の手紙2
『拝復、申し訳のない手紙を差し上げてしまいました。
事ここに至っては、後悔しかありません。
ご丁寧なお手紙頂戴しまして、大変、恐縮です。恐縮ついでに書かせて頂くと、私は仲間の事を正当に評価しているかと存じます。
あなたさまの言うとおり、好きの反対は無関心、という含蓄あるお言葉も一理あるかもしれません。
たしかに、普段から、私の他愛のない願い事を嫌な顔しかしないで従ってくれますが、そこには尊敬の感情も仲間らしい感情も、何もありません。あるのは、私の機嫌を伺っているという阿諛追従の笑顔だけです。
あなたさまは、私が仲間を気にするのは、私が仲間に関心があるからだ、と仰いました。たしかに、それは素晴らしい言葉だと思います。
しかしながら、私の知る限り、仲間が気になるのは、いつ寝首をかかれるかという防衛本能以外の何ものでもありません。
私からいえば、好きの反対は無関心ではなく、無関心を装いながらも意識しなければならず、関心をおろそかにすると、好きの向こう側に行き着く、という結果になるという事です。
さて、ここで本題ですが。あなたさまは、自分が運がいい事にお悩みの様子ですね。
そして、その事に対して罪悪感をお持ち、と。
残念ながら、わたしの口からは正解を言うことは出来ません。
なぜなら私も、見るべきもが何もない仲間を不運な事に持っているからです。
運、不運、というのは自分の尺度や他人の尺度で測れるものではありません。
エネルギー保存法則という、おおよそ、法則といえない法則があります。
あなたさまが幸運はエネルギーとなり、別の人の不運となると考えて見てはいかがでしょうか。
あなたさまの幸運は、どこの誰かとも知れぬ悪者の不運に振り分けられていると考えましょう。
あるいは、あなたはご自身は自分は運がいいと思っているかと思いますが、実は不運だったという結果も考えられます。物事というものは見方よって百八十度かわるものなのです。
ものは考えようです。
少しでも、あなたさまのお悩み解決の一助となれば、幸いです。
敬具 』
勇者の手紙3
『親愛なるあなたへ。
これで、私が手紙を書くのも三度目になりますね。
仲間からは、よく、お前は脇が甘い、と言われて自粛していたのですが、そろそろ、本格的に自己紹介をしておこうと思います。とは言っても名前ぐらいしか、この世界に自己紹介に使える物はありませんが。私の名前は○○○です。
だからどうしたと言われれば、そこまでですが、なんとなく知っていて欲しいなって。
あなたのお仲間も、きっと、私と同じように、あなたに自分を知って欲しいのかもしれませんね。よく言うでは、好きな子ほどいじわるをしたくなる、と。
たぶんですが、あなたのお仲間は、心の底からあなたを慕っているはずですよ。
少し、説教染みた文になってしまいましたね。ご迷惑だったでしょうか。
そういえば、旅を始めてから一年とちょっと経ちますが、いつごろからか、背後から視線を感じるようになりました。
時折、私の事を狙う獣のような光というか燐光が見えてしまうのです。
おそらくは旅の疲れからでた症状だとは思いますが、なんとなく落ち着きません。
こういう時はどうしたらいいのでしょうか。
なぜかあなたになら相談しても良さそうだと思い、書いてしまいました。
迷惑ならごめんなさい。
それではまた手紙を書きます』
魔王さま(仮)の手紙3
『拝復の拝復。
○○○さま。
ご丁寧なお手紙ありがとう、ございます。丁寧過ぎて、自分の信念が揺らぎそうです。あなたさまはよほど綺麗な心をお持ちのようだ。
しかしながら、直接あった事のない者に名前を伝えるのは関心しません。重ねるならば、直接会った人 にも名前を教えてはいけません。
あなたさまとの距離感が近づいたと勘違いした馬鹿がつけあがるだけです。
私の仲間がそういうタイプなので、間違いありません。
そして、あなたさまは少し私の仲間について勘違いしています。私の仲間は、私の事を好きだとは1ミリも思っていません。
ただの成り行き上、一緒にいるに過ぎないのです。
事実、私の行動を見計らったかのように邪魔し、たまに協力的になったかと思えば、私の希望通りの結果には着地しません。
まるで、私の一挙手一投足を警戒しているようで、恐ろしいほどです。
あなたさまには、そのような仲間ではなく、苦楽をともにする仲間と人生を歩んでほしいものです。
その点で言えば、以前にも書きましたが、あなたさまの仲間達は理想的と言ってもよいでしょう。
つかず離れず、 仲のよい距離感が羨ましくて仕方がありません。
つかず離れずといえば、何やら、あなたさまは、背後から視線を感じると書いてらっしゃいましたが、
そこは仲間を頼りましょう。
ある学者がおこなったこういう実験をご存じでしょうか?
とある被験者の前で、ある人物が同じ行動をし続けるのです。しばらく同じ動きをして貰った後に、別の動きをして貰うと、被験者の内、七割が自分の背後から謎の視線を感じる、と報告したそうです。
仲間に協力して貰い、まだ、背後から視線を感じるなら○○○さまの気のせいという事になります。
まあ、ちょっとした占いや遊戯のようなものです。
これなら、○○○さまの不安を解消しつつ、お仲間たちとの距離も柔らかく縮められるのではないでしょうか。
いいでしょうか? 必要なのは、つかず離れず、なのです。
それでは今後ともよろしくお願い致します』
勇者の手紙4
『親愛なるあなたへ。
また、あなたにお手紙を書けて嬉しく思います。
あなたは、本当に色々な事をお知りなのですね。あなたの仰る通りに、仲間に協力してもらい例の占いをやってみました。結果は、残念ながら、と言えばいいのか、やはり、といえばいいのか分かりかねますが、どうにも占いの三割の一人に入ってしまったようです。
それでも仲間達は「もし、お前に何かあったら、私達が守る」とにこやかに言ってくれました。
そして、今までよりも、更に仲間達の心の距離が近づけたと思います。
それもつかず離れずの距離感で、です。
大切な助言、本当にありがとうございました。
どうも、あなたとはお会いしたこともないのに、奇妙な親しみを感じてしまいます。
毎度の事ながら、私の悩み事を聞いて下さい。
私はどうも、勇気が足りない気がするのです。
以前立ち寄った村で葡萄酒の製造のお仕事をした時の事でした。そこで宿泊していた宿の一階には居酒屋があり、そこで、食事をしていた時の事です。
その居酒屋には可愛らしい給仕さんがいまして、すこし、ドジな所もありますが素敵な方でした。しかし、その給仕さんは居酒屋さんではどうも嫌われているらしく、些細なミスも許さない様子でした。ちょっとした間違いで、お客さんは給仕さんを嘲るように笑い、それに合わせるように仲間の給仕さんも笑っていました。
その光景は見るに堪えないものでした。
毎日のようにそのような光景を見ていて、私の中にどろりとした気持ちが出てきました。そして、私は決心しました。
次、同じ光景をを目の当たりにしたら、勇気を出して、居酒屋の人達を注意しようと。
それでも、うじうじと悩んでいる間に、その時はやってきてしまったのです。
給仕さんがまた仕事上のミスをしてしまい、嘲笑の的になってしまったのです。
私がなけなしの勇気を奮い起こし、居酒屋にいる皆さんに注意をしようとしたその時、ある女性が不思議な力を使い、給仕さんをけなす人達を床に食い込ませました。
そして一言「頑張っている奴を馬鹿にするな」と言い放つと、颯爽とその場を去って言ったのです。
まるで、王子様のように? 綺麗な女性で、一瞬目を奪われたほどです。
しかし、すぐに後悔の念が私を襲ってきました。
なぜ、私はあの女性のように、すぐさま行動に移せなかったのか、と。
私の後悔は、あの女性に魅せられた後付けでしかありません。
嘘っぱちの勇気です。
私も、あの人のようになれるでしょうか?
いつもいつも汚れたお手紙の終わりでごめんなさい。
それではまた』
魔王さま(仮)の手紙4
『前略。
思いきって一筆啓上させて頂きます。
とにもかくにも、○○○さまとお仲間との仲が近くなったこと、私も嬉しく思います。まるで、本当の我が事のように嬉しく、そして、嫉妬すら覚える始末です。
そんな私の事を軽蔑なさるでしょうか。
すんだ泉のようなお心をお持ちの○○○さまに限ってそんな事はないと思います。
ですが、油断は大敵です。みず知らずの私のようなゴミ虫に、心を開いてはいけません。宝石はあなたのように磨けば磨くほど輝きを増しますが、ゴミ虫は磨けば磨くほど、その本性があらわになるだけです。
これは、そのものが持つ本質と言ってもいいでしょう。
三つ子の魂百まで、と言いますが一度、形成された人格は校正不可能なのです。
私の仲間も後者にあたります。そして、私もあなたと同じ悩みを抱えていた事を告白します。
悩みというのは、私は仲間以外に、厄介な同伴者がいます。それは、私を狙う人間であったり、私の仲間を狙う魔族だったりと、身分や種族の差にきせんはありません。
きせんがないというか、規則がありません。
さて、お互い仲間に抱える悩みが解決したところで、別の悩みの話を致しましょう。
○○○さまはご自身に勇気が無いと仰いますが、それは違うかと思います。
○○○さまは、立派な勇気の持ち主です。自分の弱さと向かい合い、状況を好転させようとした事はごお見事の一言に尽きます。
偶然ですが、私の仲間も似たような場面に居合わせた事があったようです。それはそれは酷いものだったようです。
給仕の人間をあざ笑う者達を、未知の力を使い沈黙させました。そこまでは、○○○さまの目撃した女性と違いありませんが、問題はその動機です。
○○○さまは給仕の気持ちを慮って助けようとした。しかし、私の仲間が見た女性は、ただ単に、むかついたから周囲を制圧したに過ぎません。それはただの弱肉強食の世界の縮図です。より分かりやすく表現するなら、子供の喧嘩に屈強な大人が殴り込みをかけたに近しい、いや、それ以上に厄介な行為です。
○○○さまが目撃された女性は勇敢で正義の人だったのでしょう。
そして、その女性に憧れる気持ちも分からなくはありませんが、勇気と蛮勇が違うのと同じで、圧倒的な力で周囲を蹂躙する事とは違います。
○○○さまの手紙で安心したのは、○○○さまが、真の優しさ、勇気の存在に希望を持っている事です。
おそらくではありますが、私の仲間であれば、○○○さまの事を、世の中を知らない子供の夢物語だ、と言うでしょう。
しかし、私はそうは思いません。
○○○さまの優しさはいずれ、本物の勇気、として芽生える時がくるでしょう。
今は、我慢強く耐える時です。
私は私の仲間にはすでに三行半をつけていますが。○○○さまはまだ若い。若さというものは無限の可能性があります。どこまでも強く、清くなれるのです。
それでは』
勇者の手紙5
『敬愛なるあなた様へ。
文通とは不思議なものですね。ただの紙が、私とあなたの架け橋となってくれました。
これで五通目でしょうか。
残念な事に、あなたへの手紙は今日で最後になりそうです。
この手紙を入れる瓶が最後の一本になったからです。
それに、何故か永遠に続いていた海辺の出口も見えて来ました。
たぶん、海の家の店主が言っていた、この海辺から出る条件を満たしてしまったからでしょう。
しまった。という表現もおかしい気もしますが。
たった五通の手紙なのに、胸がすっきりとしました。
まるで、ずっと一緒にいた友達とお話をしていたかのような感覚です。
言葉が拙い私では分かりませんが、この感情をなんというのでしょうか。
でも、この瓶があなたの元へ届く頃には、ご返信はいただけないのでしょうね。
本音を言えば、あなたと直接お会いして伝えたい言葉があります。
ですが。その言葉はまたの機会の楽しみにとっておきます。
それではお元気で。
○○○拝』
「魔王さま。朝ですよ。起きて下さい」
僕は海辺で馬鹿丸出しの寝顔を披露する魔王さまを起こす。
「ん? もう朝か?」
「はい。朝です」僕は涎を垂らした魔王様の顔を見てクスリと笑う。
「そういえば、あの子はどうした?」
魔王さまはきょろきょろと、勇者の姿を探した。
「もう、ずっと前に旅立ちましたよ。ほら」と僕は海辺の向こうに広がる草原を顎で示した。
「なんでもっと早く起こしてくれないんだ」
「僕にだって、色々と用事があるんです。魔王さまのお守りばかりしてられません。とにかく、この海辺を抜けましょう」
「ん?」魔王さまは、しげしげと僕の顔を見る。「お前、どこか明るい顔をしているな。私に黙って、楽しいことをしていたのではないか?」
「そんな事している暇があると思います?」
「無論、思わん」
「じゃあ、さっさとここを出ましょう。しばらく海はこりごりです」
「そうだなぁ。結局、あの子との距離は縮まらなかったが仕方がない」魔王さまは不承不承の体でぼやくと僕の前を歩き出した。「どうした? おいて行くぞ」
「はいはい」
僕は苦笑いを浮かべ、魔王さまの後に続く。
しかし、僕はなんで知りもしない先人の言葉を知っていたのだろうか、そして、勇者も何故、その言葉を知っていたのだろうか、という疑問が過るが、頭を振ってその疑問を払拭した。
その隙をつくように、一本の手紙を海に投げ入れた。
誰にも届かない手紙だ。
これに似た本を読んだ気がする、と僕は苦笑する。
最後に手紙に書いたのは手短なものだった。
僕の手紙1
『前略
今後のますますの活躍をご期待しております。
おせっかいな手紙拝』




