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『魔王さま』と『勇者』の失敗談

 魔王さまの勇者に対するストーキングに付き合っている内に、マイナス方面に進化したのか、はたまた、自己防衛の為の退化なのか判然としないが。ともあれ、耳が良くなった。

 そのせいで、僕の周囲でうろちょろしているストーカ達の独り言も、明瞭に聞き取ることができるようになってしまった。

 明らかに、僕は進化の仕方に失敗している。

 今日も今日とて、僕の周りの世界はおぞましい独り言が渦巻いている。

 これは、僕の聴覚は関係ないが、隣にいる魔王さまの独り言だ。

「でゅふふふ。やっぱりあの子は可愛いなあ。可愛すぎて食べたいくらいだ」 

 魔王さまが言うと、冗談には聞こえないのが不思議だ。

 勇者達もとい、勇者を視姦している魔王さまが涎を垂らしながら、卑猥な言葉を発する。

 というか、もはや卑猥の域を超え猟奇的な発言になっている。

 僕が、ぶっちぎりで退化をしているなら、魔王さまは、ぶっちぎりでサイコになっている。

 魔王さまとは、お互い最低以外の精神状態で語りたいが、おそらく、真面な精神はどちらも留守だろう。

「しかしなぁ。どうやったら、あの子に私の愛を伝える事ができるのだろう。この高尚で高邁な愛をっ」

 意味が重複している辺り、魔王さまの知能指数が分かる。

「そうか。そうだな。あの子の目的が私の討伐と言うことは、私があの子に負ければ、あの子の私に対する好感度は爆上がりでは?」

 討伐対象という段階で、好感度という言葉は、決して結びついていい言葉ではない。

「ううん。私ほどの女となると、あの子の仲間を半殺しにすれば、きっとあの子も私に向かってくるはずだ。そこで私があの子に負けた不利をすれば。あの子は『魔王の手から地上を救った救世主』という名誉と賛辞を世界から受ける事にはなるまいか」

 ならないし。人畜無害で脳がボールで出来ている魔王さまを仕留めた所で、何の、栄誉もない。

 頑張っても『襲ってきたストーカーを頑張って追い払った少女』という認識になるだけだ。

「いや待て。あの子に私の正体をばらしたら、私があの子をつけ回した事がばれてしまう。それはそれで」

 誰も何も言っていないのに、一人で思考の泥沼に陥っていくのは、見ていて滑稽だ。それこそどこまで突き進めば気がすむのだろう。

「ああ。神よ。なんて私は罪深いんだ。あの子の事を思えば思うほど、彼女の背中は遠くなる。それが悲しい真実なら、永遠に私を騙して欲しかった」

 宇宙の三次元と二次元の狭間にいる、どこかの詩人の言葉でも拝借したのだろうか。

 どこまでもおめでたい魔王さまだ。

 僕は心の中のメモの中にある『なりたくない生物』のページに『魔王さま』を特記事項として登録した。

 妄想の世界だけでは満足できないのだ。不幸な魔王さまだ。

「ん? どうした。何か失礼な事でも考えてたか?」

 まったく、と僕は奥歯を噛み、自分に水が向けられる前に、別の人物の独り言に耳をそばだてる。

 次は、魔王さまのストーカーである紅い女性だ。

「まったく。なんだなんだ。あの小バエは。魔王さまのコバンザメ、金魚のフン。魔王さまの視界を汚すゴミ虫は。実に忌々しい」

 おそらく僕のことだろうが、色々と言い過ぎだと思う。

「だいたいから、一時的に共闘したとはいえ、あいつは俺の敵だぞ。さっさと、俺と立ち位置を代われ。空気の読めないゴミ虫めっ」

 僕とお前が入れ替わったら、お前は魔王さまに小バエで、魔王さまのコバンザメで、金魚のフンという事になるが、いいのか? それで。

 自ら犬畜生にも劣る存在になりたいとは、理解に苦しむ。

 僕は、心の中にある『来世でなりたくない生物』の項目に『紅い女性』を加えた。

 どうやら、ストーカーという生き物は、自分を過剰評価かつ過小評価するきらいがある。

 ああはなるまいと、と心に誓う。

「それにしても我が君は、なんであんな愚鈍な奴を側においているのだろうか。まあ、多少は頭は切れるらしいが、俺の方が知将として勝っているに違いない」

 どうやら、紅い女性は鏡という存在を知らないらしい。鏡で自分の姿を見れば立派な翼が映るはずだ。それをストーキングに活用していない時点で、知能指数は限りなく低空飛行に近い。

「しかし、問題はどうやったら魔王さまに近づけるかだな。ここ最近は色々トラブルに巻き込まれる形で、魔王さまと接近はできたが、それは、物理的な接近であって心理的な接近じゃないからなあ。あの金魚のフンさえいなければ、もっと魔王さまに近づけのに」

 口惜しそうに爪を噛んでいるところ申し訳ないが、僕を殺しても魔王さまの心に一石を投じる事はできない。

「それよりも、勇者を暗殺するか? そうすれば、魔王さまも俺の事を見てくれるのでは? なんたる暁光だ」

 やめておけ。魔王さまを始末して全てが解決するなら、すでに僕がやっている。ほぼ無敵の力に、無尽蔵に用意されている『回復薬』を前にしては、生と死の無限ループに突入するぞ。

「だいたい。魔王さまがいけないのだ」

 また、馬鹿みたいな事を言い出すぞ、この女。

「あれほど凜として美しく、生きとし生けるものを魅了する生命体がいるなんて。魔王さまが俺よりも小さく愛らしい年齢なら、間違いなく誘拐している。目に穴が空くほど、愛でるのに」

 安心しろ。たとえ魔王さまが子供であっても、お前は瞬殺されている。というか、子供らしく情緒が希薄な分、魔王さまが『回復薬』を使ってくれる保証など、昆虫に良心を求める以上に期待値が低い。

「はあ。せめてそれが叶わないまでも、あの金魚のフンの立ち位置を奪う方法はないのか」

 あったら、僕が教えて頂きたい。

「ううんと。そうだ。魔王さまに贈り物を贈るのはどうだろうか。俺の真心がこもった物を送ればいい。そうすれば、魔王さまも、俺を見て下さるはずだ」

 見て下さる、ではなく、見下すの間違いだ。

 そんな物でなんとかなるなら、僕がすでにやっている。魔王さまが一番欲しいもの。それは勇者なのだから。

「よし。魔王さまには、俺をかたどった人形を送ろう。これだと、まあ、嫌がられはしまい」

 同性が、同性に送る物の中で、もったも鬼門である品だな。どういう思考回路になってるんだ。

「しかし。ただの人形では味気ない」

 十分に、味がある。胸焼けするぐらいには。

「でもなあ。それだけじゃあ、エスプリが効いてないような」

 十分、効いてるだろ。効き過ぎなぐらいだ。

 次はどんな台詞が飛び出すのか、高揚感すら覚える。

「よし決めたぞ。今から作る人形に、私の髪の毛を使おう。これなら、あの金魚のフンよりも

近くに俺がいる事になるだろう」

 そもそも論から言って、どうやって魔王さまにぞの呪いの人形を渡すんだ。

 紅い女性は、意気揚々とした歩調でどこかへと消えていった。

 あの女性に明るい未来なんて、訪れるのだろうか。

 次は、金髪の少女だな。

 僕は耳を集中させ、金髪の少女の独り言に耳を傾ける。

「は、はあ。やっとあの紅い人がいなくなったくれた。こ、これで王子様のご尊顔を拝む事ができるわ。な、なんだって私がいつも一番後ろから、王子さまと魔王を追いかけなきゃいけないのかしら」

 それは、君がこのストーカーの数珠つなぎの最後に加わったからだ。

 金髪の少女の言葉は、ストーカーにも序列が存在し、その序列は絶対なのだという切実で悲痛さが胸を打つ力強さがある。

「そ、それにあの紅い奴も気に入らないけど、一番、気に入らないのは魔王よ。ちょっと魔王だからって、王子様を独り占めして。そ、そんなんの独占禁止法に触れるわ」

 そんな法があるなら、僕は僕を独占している。今の僕には自由も無ければ主体性も無いし、おまけに選択権もないのだから、ストーキングだけしていればいい、君たちよりもよほど不利な立場にある。

「ま、前にみたいに、王子さまと二人きりになる方法はないかしら…………。そ、そうだ。前みたいに、わ、私が猛獣に襲われば、きっと、お、王子さまは颯爽と私の前に登場してくださるに違いない」

 驚くほど違う。僕が、君を助ける義理などないのだ。というか、僕が動くという事はもれなく魔王さまもついてくると同意だぞ。

「ど、どこかにいないかな。も、猛獣」

 年端も行かぬ乙女の口から出る言葉ではない。どこかのサーカスの猛獣使いか何かか。

「あ、あ。何か動きました。ちぇ。外れですね。ウサギさんです」

 どちらかと言えば当たりに属する動物だろう。君が今やっている事は、三つ葉のクローバーを踏み抜いて、四つ葉のクローバーを探しているに等しい。

 もう少し、周囲に目を向ければ、もっと美しい世界が見えてくるはずだ。

「しょ、しょうがないですね。とりあえず、あの紅い女性が退いてくれた場所だけでも、頂いておきましょう。こ、これで王子様を見張ることができます」

 人生は椅子取りゲームじゃないんだぞ。その辺のところ分かっているのか。数分前に自分が発した言葉を思い出せ。

「そ、それにしても。本当に邪魔ですねあの魔王。毎日毎日、王子様と一緒にいて。あ、ああ。憎たらしい。わ、私の方が王子様にふさわしいのに」

 なんか怖いこと言い始めたな。

「う、恨めしい。憎らしい。そ、そうだ。今夜あたり、王子様に夜這いでも仕掛けてみようかな。だ、大丈夫。あの魔王の事だから、何が起きても気づかないわ」

 自殺を志願するのはかまわないが、それは、夜這いではなく、やばい、だ。

 僕まで巻き添えをくうぞ。

 とりあえず、金髪の少女がもつ心の闇が深いのは分かった。

 さて、と僕は平常心を取り戻すつもりで、前方を見た。

 前方にある木々の間には勇者様御一行の姿がある。

 別段、勇者に興味はないがせっかくなので、勇者の独り言でも聞いてみようと思う。

 木の葉が擦れ合う音に混じり、勇者の声が聞こえてきた。というか、これだけ勇者をストーキングしておきながら、先日起きた居酒屋の一見で初めて聞く声なので、妙な新鮮味がある。

「あの人、なんだったんだろ? 急に周りの人が地面に床に縫いつけられるように両手足をついて」

 あの人、とは魔王さまか。

「それにすごく怒っていた。あのウエイトレスの人が笑われたからかな」

 その通りだ。魔王さまの時折見せる義憤だ。その調子で真面な人間の推理を重ねてくれ。

「魔法使いかな? 私と一緒に旅をしてくれている魔法使いとは、レベルが違ったような」

 その通りだよ。レベルが桁で違う。仰るとおりだ。

「でも、あれだけ力があるのに、私達はあの人の魔法の効果の範囲外だったような」

 ああ。その通りだ。いいぞ。もう少し自分たちを卑下しろ。答えに近づけるぞ。

「私達ごときじゃ、取るに足らない存在だという事かな」

 いや、ちょっとだけ正解から離れたぞ。それを言い始めたら、この世界に魔王さまを超えられる存在はいない。

「でも、ちょっとだけすっきりしたなあ。私も思わずあの居酒屋の人達を注意しちゃいそうだったし。でも私じゃ無理だよね」

 それで、正解なんだ。お前達ごときでは、あの居酒屋のゴロつき五人でかたがつく。

「でも、これからどうしようかなあ。お母さんの病気も治ったし。他の三人も私の行く当ての無い旅に付き合ってくれてるだけだし」

 ちょっと待て。君の母親の事は知っているが、君は君の仲間達が旅をする目的すら知らないのか?

 僕は愕然とする。

 もはや、勇者の仲間なのか怪しい。

「はあ。これからどうしよう。いっそ勇者なんて辞めちゃおうかな」

 それは困る。主に僕が、だ。勇者が勇者を辞めてしまえば、この茨の道からは解放されるが、どうせ魔王さまの事だ。勇者が勇者を辞めることを辞めさせるように動くに決まっている。そして、それを阻止するのは僕なのだ。

 どう転んでも、苦労するのは僕では無いか。

「ううん。もっと前向きに生きなきゃ。勇者をやっていなければ、お母さんの病気も治らなかった訳だし。この世界には困っている人が沢山いるはず」

 悉く、わずかに外した正解ばかりを射貫く子だな。僕は幻想的な心持ちにすらなる。

「でも、あの強い魔法使いのお姉さん、格好良かったな。意外と近くにいたりして」

 ああ、後ろを見て目を細めろ。お目当ての『魔王』とやらが涎を垂らして君を視姦しているから。

「あはは。そんな偶然あるわけないか。さあ。今日も元気に旅を続けよう」

 勇者は軽い足取りで仲間の背中を追う。

 ふう、と僕は息をついた。あの勇者。レベルは絶望的に低いのに、なんなんだあの妙な勘の鋭さは。

 何にせよ。この聴覚は役に立つな。

 ストーカー達の行動を見張るのにはぴったりだ。しばらく、下手なトラブルは避けられそうだな。

 本当に、この世界にはストーカー達という失敗だらけの世界の話に溢れている。

「おい。どうした? さっきから目をつむっている」

 魔王さまの声が僕を我に返らせる。

「な、何がですか?」

「いやな。どうにもさっきからお前、心ここにあらずというか、他の場所に意識を向けている気がしてな」

 仰るとおりだよ。

「僕はずっとここにいたじゃないですか」

「? まあ。たしかにそうだな。安心したよ」

「安心? ですか」

「お前が、私以外の者にうつつをぬかしていないならいいんだ」

「魔王さまじゃないんだから……」 

 そこに来て、僕の背筋に冷たい者が走る。

 まさか、僕もこの唾棄すべき、ストーカーの世界談の一員という事はあるまいな。 

 ねえ。

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