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『魔王さま』と『勇者』の頭痛の種

「うぅ。頭痛が痛い」

「? どうした前へ前進みたいな変な言葉を使って」

 誰のせいだよ誰の。僕は心の中で魔王さまに毒づく。

 この間、経験した温泉街の一件で、魔王さまの心にも何かしらの変化があったようだ。

 それは、ありていに言えば『恋と死と生』についてだ。温泉街の元締めである老人は、何年も、いやそれこそ何十年も死別した恋人と邂逅を果たした。

 それは『人間』と『人間』あるいは『人間』と『魔族』という種族の垣根を越えたものであった。

 通常の感性を持ち合わせた存在なら、その感動的な場面を前をすれば『愛にも様々な形がある』と自分の持つ凝り固まった死生観が、ほどけるはずだが、魔王さまは違う。

 あの美しい愛の形を見て思うのは『あんな老人ですら愛は成就するのだ。だったら私の願いが叶わない筈が無い』という他者を侮辱しているとしか思えない誤った認識に陥るだけだ。

 更に厄介なのが、もはや旅の連れと言ってもいい二人のストーカーも同じ解釈に至ったというところだろう。

 温泉街の一件で、背後に迫るストーカー。具体的に言うなら魔王さまを狙う紅い女性と、僕を狙う金髪の少女との距離が、心的にも物理的にも近くなってしまった事だ。

「範囲は百メートル以内に近づかない約束はどこへいったんだ?」

「何の話だ?」

「物事の解答は他者に任せず自分で解決しろっていうお節介な神の真理ですよ」

「お前の言う事はやはりやはりよくわからん」

 こちらも、魔王さまの原動力が分からん。そもそも、この永遠にゴールの無いゴールの先には何があるのだ。

「どうせ破滅だろうな……うぅ。胃が痛い」

「そうカリカリするな」魔王さまがいさめてくる。「短気は損気だぞ」

「諸悪の根源が何を。僕のストレスの三巨頭の一角め」

「ん? 三巨人の一角。そんな馬鹿な」

「馬鹿は魔王さまですよ?」

「なら残り二巨頭とやらは誰だ?」

「それは……」僕がそこまで口を開くと背後からというか、脇腹をつくように鋭い声が聞こえてくる。

「我が主を馬鹿呼ばわりとは何たる不遜」と紅い女性。

「そ、それに馬鹿っていう人が、ば、馬鹿なんですから」と黄色い少女も姿を現した。

「出たな」魔王さまが不快気に目を細める。「ストーカーコンビめっ」

「そこまで発想ができるなら、なんで自分もそのコンビに加えてトリオと名乗らない」

「私のあの子に対するそれは、そこの二人とはレベルが違う」

「まったく。だから言ったでしょ。一度例外を認めるとそれが普通になるって。この温泉の件で、魔王さまと紅い女性と金髪の少女の距離が近くなった」

「ちっ。お前は私の事をいじめたいのか」

「事実を言ったまでです」

「まあいい。お前も私のように思い悩んでいるんだな」

「そうなのか? 悩み事があるなら俺が訊くぞ。そのあと、魔王さまの隣という、お前のポジションと入れ替わってやる」紅い女性がいけしゃあしゃあと言う。

「わ、私も。王子様の為なら何でもしますっ」

「息でも吸ってろっ!?」僕は大声で吐き捨てる。

「たしかに、息を吸うのも大事だな。私もちょうど、この朝霧のせいであの子の姿を追えずにストレスが溜まっていたところだ」

「そうですか……」

「みんな揃ってストレスを溜めているんだ」

「そろそろ、この成り立っていそうで成り立っていない会話やめません。そして、あるべき立ち位置に戻るべきだ。このままじゃあ、僕の頭がおかしくなる」

 僕は自身が抱える悲痛を訴える。正直、精神の方が限界に近かった。可能であればこの場の全員を道連れにして、自爆したいところだが、他の二人はともかく、魔王さまを道連れにするには僕には荷が重い。それに魔王さまを始末出来なければ、魔王さまの持つ『回復薬』でこの場の全員蘇えさせるだろう。

 そこからはもう、誰からも望まれない無間地獄の完成だ。

 僕は残された理性を総動員して、「分かりましたよ」と観念するように両手を挙げた。

「さすがは私の配下だ。それじゃあ、この朝霧で頭を冷やそう」

「頭を冷やしたら解散ですからね」

 四人は同時に深呼吸をした。僕の肺に澄んだ朝の空気が入ってくる。そして、爽やかな柑橘系の香りも僕の鼻孔を刺激し、高ぶった心を静めてくれる。

「ん? 柑橘系」

 そういえば、馬鹿三人に心を乱れされ続けたせいで、随分と五感が鈍くなっていたらしい。温泉街で鼻を刺激していた硫黄の匂いが消え、今、僕の周りに漂っているのは、すっきりとした風情のある空気だった。

 温泉街の空気とこちら、どちらがいいという訳ではないが、今の僕に適しているのは後者のように思われた。

 朝霧が徐々に晴れていき、それに伴うように、この空気を作り出す植物の正体が明らかになる。

 低い背の木だった。低い木に蔓が張り、そこから小さな紫色の実が逆円錐状に連なっている。

「む」魔王さも気がついたのか「なんだこの良い香りのする植物は?」と続けた。

「ブ、ブドウですね」金髪の少女が答えを示した。「わ、私の故郷にも生えてます。え、えと植えているかな」

「俺の住む火山帯には植物なんて生えないからな。美味いのか?」

「は、はい。ちょっと甘酸っぱくて美味しいです」

「和やかに会話をするなっ」僕はうんざりするように無軌道に行き交う言葉を遮る。

 すぐに、周囲を確認した。朝霧が薄くなり姿を現したのは、見事なブドウ畑だった。明らかに自生ではなく、人の手が加えられている。

 目を細め、子細に見てみると気候的にも収穫期なのだろう。

 ブドウ畑では、多くの人がブドウを収穫して、木の樽の中に詰めていた。

「ふむ。どうやらこの村? 街かなんだか知らないが、ここの第一産業はこのブドウ畑らしいな」

「魔王さまにしては、察しが良い」僕は素直に魔王さまを褒める。

「貴様はったおすぞ」

「俺を殴って下さい」

「黙ってろ変態っ」僕は紅い女性に唾を飛ばす。

「じゃ、じゃあ行きましょうか王子様」

 こちらの意識の間隙をつくように、金髪の少女がお門違いな提案をしてくる。

「はあっ」僕は異議を申し立てる気持ちで、三人の前に手の平を向けた。「朝霧の爽やかな呼吸ですっきりしたら、それぞれ元の鞘に収まるって約束だっただろ」

「あ、あの。わ、私まだ体がつらくて。そ、それに初めての土地ですし。ま、まだ怖いというか」

 初めての土地が怖い奴は、こんな魑魅魍魎の中に身を投じないだろう。

「私は、かまわんぞ」音頭を取ったのは魔王さまだ。

「ちぃ。ブルータスお前もか」

 そう毒づき、またもや頭にもやもやとした不快な感覚が戻ってくる。

 誰だよブルータスって。この世界に固有名詞なんてほとんど存在しないはずだ。

 僕は下らない考えを払拭するように、頭を振り、魔王さまを見やる。 

「一応、訊ねますが、何故です?」

「朝霧のせいであの子を見失った。あの子を見つかるまでなら、同行を許可する」

「じゃあ俺も、それまでは魔王さまと一緒にいるぞ」

「じゃ、じゃあ。私もです。こ、この土地の雰囲気が分かるまでは一時的に仲間になりましょう。だ、だまし合いや出し抜きはなしで」

「決まりだな」

 魔王さまが勇者観察用の望遠鏡を携え言い切った。

 また頭の中でぼんやりとした感情を覚える。

 空気以外で憂さ晴らしはできないのか。

 そんな事を考えながら、魔王さまと僕達は街の探索に出ることにする。

 馬鹿面四人が雁首揃えても、この街の人間は奇異の目で見てこなかった。おそらく村ではなく街の規模なのだろう。

 人口もそこそこなので、悪目立ちすることはなかった。

 広大なブドウ畑を抜けると、街に出る。

 レンガ造りの建物が建ち並ぶ中、一際目を引いたのは大きな木造建築だった。少し大きな街の教会ぐらいはありそうだ。

 そこでは、若い女性達が大きな樽の中でワイワイとやっている。

「いたぞっ! あの子だ」

 望遠鏡を覗き込み、涎を垂れ流す。

 魔王さまの視線の先と僕の視線の先は同じだったようだ。大きな樽の中で黄色い声を上げている女性達の光景。その手前に勇者達はいた。

 勇者は興味深そうに、その様子を見ながら眉間に皺を寄せている。しかし、本当に女性達の光景を見ているのかは、この距離では曖昧だった。

 見ているような気がするし、見ていないような気もする。

「勇者達は何を見ているんですか? ここからじゃ詳しく見えないんです。一番目立っているのは、あの大きな建物の前ではしゃいでいる少女たちですが」

「馬鹿が、どんな時と場所と状況であっても一番、輝いているのはあの子だろ」

「じゃあ、魔王さまの目には俺はどう映ってるんです?」

「その辺の石ころ」

「そ、そんな」紅い女性は露骨に項垂れる。

「分かりきった結果だろうに。路傍の石さん」 

 僕は心底哀れみの心を乗せ、紅い女性の肩を叩いた。

「うるさいっ。魔王さまの金魚のフンめっ」

「はいはい」僕は紅い女性の声を受け流し、「それで勇者は何を見ているんです?」魔王さまに疑問を投げかけた。

「ちょっと待て……ええと、今は仲間の下郎と困った顔をしているな。財布の中を見ている」

「金欠か。まあ、旅を続けるにしても先立つものがいりますからねえ。それで」僕は魔王さまの話を進めさせる。

「あの子は看板を見ているな。ぼんやりとした瞳がまた憂いのう。でゅふふふふふ」

「ぼんやりとした瞳というか、達観というか諦観というかそういう瞳ですね。たぶん」

「あっ」魔王さまが唐突に声を上げた。「もしかして、あの子、路銀がないんじゃ……」

「もしかしなくてもそうでしょうよ」

「おいっ」魔王さまは胸元から財布を取り出した。「この財布をあの子に……」

「嫌ですよ」僕は魔王さまの台詞を先回りする。「どうせ、その財布を勇者の目の届くところに置いてこい、とか言うんでしょ」

「駄目なのか?」

「駄目というか嫌です。前みたいに食料を渡したり、秘密裏に『回復薬』を使ったりは、ギリギリセーフだとは思いますが。お金は駄目です」

「なんでぇ」魔王さまが幼児のように訊いてくる。

「現生なんて直接渡せませんよ。もし仮にですよ。『魔王さまの財布を勇者達に拾わせる為に、勇者達の視界に入る場所に置く』としますよ」

「それで、いいじゃないか」

「あのね」何故、僕がこんなにくどくどと語らねばならぬのか。「もし、勇者達よりも他の人間や魔族がそれをネコババしたら、魔王さまはどうします」

「当然、そいつらは灰にしてやる」

「でしょ。それにどういう幻想を抱いているかは知りませんが、魔王さまの中で勇者ってどういうイメージですか?」

「そんなの決まっているだろう」魔王さまは鼻を上に向けふんぞりかえる。「こう、可憐で庇護よくをかきたてられ、誰にでも優しく、少し抜けた所があって、それすらも補って余りある魅力がある。それから、芯が強く、涙もろくて、自分よりも他者を優先してしまう……そして悪には決して屈しない強靱な……」

「分かった分かった分かった」僕は幾度したかも知れぬ重い息をつく。「それだけ要求されれば奴さんも嬉しいだろうさ。途中から言葉が破綻していたけど。これだったらたった一言『聖人』って言って貰った方が百倍マシですよ。あと、最後のは確実に魔王さまにブチ刺さるブーメランですからね」

「何がだ」

「勇者の最たる『悪』は魔王さまだからですよ」

「そんな……」魔王さまは膝からくずおれる。「私はこんなに、あの子を愛しているのに」

「ストーカーの詭弁ですよ。話を戻しますけど。もし、勇者が魔王さまの財布を拾ったとして、それを喜々として胸元に入れたらどう思います?」

「うぅ」魔王さまは追い詰められた草食動物のように、身を震わせる。「あの子の為になるなら嬉しいけど、なんかヤダ」

「でしょう。聖人はそんな事しません。魔王さまなら別ですが」

「私だってそんな品性下等な事などせん」魔王さまは堂々と言い切る。「他人の恵み、ましてや金など断じて受け取らん」

「じゃあ、勇者の下着だったら?」

「家宝にしてやるわっ!?」

「すごい恥ずかしいことを堂々と言い切りましたね。お見事です」

 こういう話は、シラフではなく酒の席での会話ではなかろうか、と悪乗りしすぎた自分を卑下する。

「しかし、酒の席か……。ああ。ここはきっとあの施設だな」

 断片的な情報だが間違いない。僕はさっそく魔王さまに答えを訊いてみることにした。

「あの看板にはなんて書いてあるんですか?」

「ええと……『足踏み女性募集、年齢制限16歳ま』と書いてあるな」

「やっぱり」

「あそこは酒造施設ですよ。足で踏んだブドウを発酵させて、葡萄酒を作るんです」

「なんで踏むんだ?」

「ブドウの皮と種を分離させるためです」

「あの看板はそのための求人か」望遠鏡を覗きながら、魔王さまは浅っさい考えを巡らせているようだ。「お、あの子とあの子の仲間の魔王使いが、あの求人に応募するらしいぞ」

「そうですか」嫌な予感が僕の中にべったりとへばりつく。

「私もあの求人に応募するぞ」

「目、見えてますか?」僕は露骨に当てこする。「年齢は十六歳までですよ」

「魔法を使えば、いくらでも見た目の年齢を変えられる」

「ちっ。余計な時だけ魔法を使いやがって。というかあの求人に応募する意味なんてないでしょう。お金あるんだし」

「お前は何も分かってないなあ」魔王さまが、救いようのない愚者でも見るかのように視線を向けてくる。

「分かりたくないだけです。ですが、耳と脳が腐る前に聞いておきます」

「あの子が求人募集するだろ。するとどうだ?」

「ううん」できうる限り魔王さまのつもりになって考える。「遠くから勇者の生足が拝める」

「半分正解だ」

 僕の脳みそに前頭葉が無かったら、間違いなく魔王さまを殴り殺していた。

「じゃあ、もう半分はなんですかね。愚か者の僕にご教授頂けると幸いです」

「何故、私があの求人に申し込むのか。それはあの子と同じ樽のブドウを踏むためだ」

「え、でも魔王さまってある一定の距離からじゃないと、勇者をストーごほん。観察しないんじゃ……」

「そこは、仕事の時間割とかあるだろう。あの子がブドウを踏んでいない時に私が踏めば良い」

「そう上手くスケジュールなんて組まれますかね」

「魔法を使う」

「まあ、そうなるわな」自信満々な魔王さまを見て、僕は呆れを通り越し、神秘的な何かを目にねじ込まれているような感覚に陥る。「でもそれじゃあ、勇者の素足を見る意外はいつもと変わりませんね」

「全然違うだろう。あの子が踏んだブドウと、私が踏んだブドウが、渾然一体となって一つの品になるんだぞ。これはもう間接的に見て結婚したに等しい」

「このサイコ野郎がっ」

「どこがっ」魔王さまが僕に逆ギレをかましてきた。「あの子の足汁と私の足汁が夢の共演をするんだぞ」

「汁とか言うなっ。生々しい」

「はいはいはいはいはい!」紅い女性が手を挙げる。「俺もその求人に募集するぞ。そうすれば魔王さまと私はそこの男よりも、より近い距離にいる……」

「事になんかなんねえよっ。どうなってんだ? お前の頭の中は」

「あ、あの」

「今度は何っ」

「わ、私も、そ、その求人に応募します。ちょ、ちょうど路銀も少なくなってきましたし」

「ようやく真面な意見が聞けた」

「そ、それに。足踏みは多少なり危険がつきものです。も、もし私が、ふ、不本意に怪我をしてその血がブドウの中に入れば、ち、血という一層強固な繋がりが王子様と私の間には、発生」

「しないっての。気色の悪い。三人の中で一番やばい発想をしてるぞ君は」

 僕はほとんど奇声に近い声を上げ、その場で地団駄を踏む。

 駄目だ。こいつらと一緒にいたら、僕の頭がおかしくなる。

「駄目だ」と切り出したのは魔王さまだ。魔王さまは「お前らと一緒にいると許可したのは、あの子を見つけるまで、という約束だったはずだ」を二人のストーカーを睨めつける。

「いや。魔王さま?」

「そ、その」

「人の恋路を邪魔する奴は、私に蹴られて死んでしまえっ」

 魔王さまは、二人を蹴り飛ばし、空の彼方飛ばした。

 断末魔も命乞いも許さない清々しい蹴りだ。僕じゃなかったら、蹴ったことすら視認できないだろう。

「あーら。よく飛ぶこと」僕は流れ星のように消えていく二人を見ながら呟き「でも大丈夫なんですか。あんなに派手に飛ばしちゃって」と続けた。

「大丈夫だ。二人の懐には蹴りと同時に『回復薬』を入れておいた。くたばっても、すぐに蘇生するだろう」

 そんな芸当までしていたのか、と僕は戦慄する。僕でも見えなかったぞ。

 いずれにせよ。僕達は物理的な距離では元の関係性に戻れた。そう前向きに捉える。

「まあ、大丈夫ならいいんですけど。この後はどうします」

 僕は痛む頭を押さえながら、魔王さまに今後の方針を訊ねる。

「そうさな。私はあの子の求人手続きが済み次第、求人に動く」

「その間僕は?」

「私達の宿を探しておいてくれ」

「やったぜっ、おい」

「何故、そんなに喜ぶ?」魔王さまが僕にジト目を向ける。

「いや、なんでも。それじゃあ、お仕事が終わった辺りの時間でお迎えに参ります」

 久しぶりに一人になれると、僕はひっそりと、心の中でガッツポーズを決めた。

 夜になり、僕は魔王さまが働く酒造所まで行いく。一人きりになれるのがこれほど心静まるのか、と噛みしめながら。

 魔王さまは、酒造書の前で仁王立ちしていた。口元はだらしなくにやけており。ブドウの足踏み業務はそれほど苦ではなかったようだ。

 というかご機嫌そうに見える。

「お、来たか!」

 魔王さまが弾けるような声を出した。疑問に思ったのは、魔王さまの風采だ。別段いつもと変わりない。

「お待たせしました。なんでそんなに、ご機嫌なんですか?」

「訊きたいか?」

「それは、後にしましょう。ちょうど晩ご飯時です。予約した宿屋の一階は酒場になっています。上品な部類ですよ」

「そうか、そうか。あの子の様子が眺める事の出来る所だといいんだがな」

「たぶんそれは大丈夫です」僕は即答した。

「そうか、そうか。さすがは我が腹心。大義であった。では宿屋へ行こう」

「へいへい」

 僕は力なく答え、魔王さまを宿屋まで案内する。

 酒場は賑わっていた。場末やぼったい酒場のような騒がしさではなく、穏やかな空気の振動が広がっている。客層がそうさせるのか、あるいは、ほどよいアルコールの酩酊が、客の毒気を抜いているのか。

 まあ、平和なのは良いことだ。

「なんというか洒落てるなあ。お前にしては良い宿屋を見つけたなあ」

「……あはは」僕は空笑う。真実を話すべきか否か。「そりゃどうも。さ。早く注文してしまいましょう。すいません。注文いいですか」

 僕は手を軽く上げて近くにいるウエイトレスに声をかけた。ふんわりとした雰囲気の女性で恰幅もいい。両手の平にはお盆があり、その上には料理やら小さな樽グラスも積まれている。

 典型的な、働き者の村娘といった装いがある。

 ウエイレスは技巧的な、かといってこちらを不快にさせない笑みを浮かべ、「はーい」と近づいてくる。

「ご注文ですか?」

「あ、はい。このお店の食べ物でおすすめを二人分と、ワインを二つお願いします」

「はい。かしこまりました」

 ウエイトレスは軽く会釈をすると、カウンターに引っ込む。そこに来て、僕は、ん? と疑問に思った。ウエイトレスの足がわずかに震えているように見えたのだ。

 体の調子でも悪いのだろうか、と意味もなく邪推した。

「それで、話の続きだがな」魔王さまが溌剌とした声を出す。

「さっきの話? ああ。魔王さまがなんで上機嫌なのか、という案件ですか?」

「むふふ。何だと思う」

 出たよ女性特有の質問、と僕は辟易とする。女性のこういう類いの質問は、基本的に誤解答はゆるされない。相手の望む解答以外は全てが不正解になる。最悪でも正解にかすってないとならない。

「ええと」僕は慎重に言葉を選ぶ。「ストレートに仕事の募集に受かったからですか」

「ちがうっ。が、かなりおしいぞ」

 よし、と僕は心中でほくそ笑む。この言い方ならどう転んでも良い方向性に持って行けるし、仮に間違いであっても、もう一度答えるチャンスを得られる。

「じゃあ、年齢詐称の魔法を使う必要がなかった、とか」

 まさしく薄氷を踏み抜く覚悟で口にする。

「大正解だ!」

「それはよかった」と僕は自分を褒める。「それに、そんな妙ちくりん魔法を使わなくても魔王さまは若く見えますよ」

「そうかそうか」魔王さまのご機嫌はうなぎ登りだ。

「それで、どうでした? 初めての労働は?」

「悪くは無かったぞ。色々と人間の話を聞けてな」

「へえ」僕は間の抜けた声は間の抜けた声を出した。

「どうやら、あの仕事は仕事のふりをした『井戸場高い会議』の場らしいな。欲しい情報が湯水のように出てきおった」

「へえ」

 僕は大仰に驚いて見せる。なんとはなしに気は付いていた。ブドウを足踏みなんてしなくても、それを代用出来る絡繰りぐらいつくれるはずだ。

 なぜ、そうしないのか。

 答えは、おそらくこの街にある娯楽は『ご近所話』ぐらいしかないのだろう。

 だからあえて足踏みを代用する絡繰りを作らなかった。

 女性にブドウを踏ませ、世間話という娯楽も与えられ、それをワインに加工し、方々に輸出する。そういう仕組みらしい。

 まあ、娯楽らしい娯楽が無いこの世界では、そのぐらいしかやることがないのだ。

 ようは暇つぶしだ。最低限の食料があれば生きていくには事かかない、我が愛しき世界独特で後進的な思考だ。

「おまちどおさまでした」

 先ほどのウエイトレスが、テーブルに料理を数品と、ワインが入った樽グラスを置いた。

「うむ。すまないな」魔王さまは整然と並べられた料理を見ながら、ウエイトレスに「これは駄賃だ」と数枚の小銭を渡した。

「そ、そんな」ウエイトレスが恐縮する。「そんなの受け取れません。ご配膳にもお時間がかかりましたし」

「気にするな。私が受け取れと言えば受け取ればいいんだ。命令だ」

 ウエイトレスは遠慮がちに、お金を受け取ると、テーブルから退く。

 素直じゃない事、と僕は内心でほっくりした気分になる。

 魔王さまは、ワインの入った樽グラスを持ち上げ、ぐびりと喉を鳴らし飲む。

「ぷはあ。酒は美味いな。でもなんでだろうな」魔王さまが腑に落ちないように呟く。

「何がです」

 僕も魔王さまに続いてワインを口にする。

「なんでブドウの足踏み求人が『二十歳以下の女性限定』なんだ」

「そりゃあ……」僕は言いよどみながら「女性の足で踏まれたブドウの方が印象がいいでしょ」と答える。

「あ。それは女性蔑視であろうにっ」

「意味は逆でしょ。この場合、男性蔑視だ。いいですか。女性の綺麗な足で踏まれたブドウで作られたワインと、毛むくじゃら筋骨隆々の男の足で踏まれたブドウで作ったワイン。どちらがいいですか」

「無論、女の足で踏まれたワインだな」

「でしょ? 物事は悲しいもので適材適所なんです。『男は船、女は港』って言葉を知らないんですか……っ」

 僕はチクチクと針で刺すような頭痛を覚える。なんだ、この言葉は。何かの本で読んだのか?

「どういう意味だ」

「ようは『男は力仕事、女性は力のいらない仕事があってる』って意味です。まあ、実際は若干違う意味になるんですけど」

「ふうぅん。お前手って珍妙な言葉ばかり使うな……あり」

「どうしました?」

「お前、私の酒をかすめ盗ったろ」魔王さまが冷たい目を向けてくる。

「はあっ」もう全部飲んじゃったんですか? 大ジョッキですよ?」

 というか、いつの間に飲み干した。よくよく見てみて見れば、魔王さまは頬を上気させていた。

「嘘だろおいっ。もう酔ってるよ。まだ、一口も料理に口をつけてないのに」

 こいつに食を楽しむ概念はないのか、と僕はほとほと呆れる。

「おいっ。ウエイター」

「は、はい」

 先ほどの恰幅のいいウエイターがこちらにテコテコと小走りに僕達の前に立った。

「おわかりだ」

「は、はい。すぐに」

「おおっ。お前はどっかの部下と従順だなあ」

「そりゃ。それが仕事ですからね」僕は思わず、突っ込む。「ウエイトレスさん。うちの馬鹿がご迷惑を。これはチップです」

「そんな。さきほど頂いたばかりなのに……」

「では慰謝料という事で納めて下さい。早く行って下さい。僕がこの酔っ払いを押さえている間に」

「えと、その。はい」

 ウエイトレスは軽く頭を下げ、小走りにテーブルから離れていく。

「それで、勇者達について何か、分かりましたか」

「そうだそうだ。あの子はまだ十五らしい。なんて愛らしい年なんだ。それなのに母親の為に旅を続けてたなんて、なんて健気な子なんだ」魔王さまの目が潤む。

「それで、その他の勇者の仲間の情報は?」

「ん? そんな情報が必要か?」

「もっとも必要な情報でしょうが。いいですか。今、この時が勇者の仲間達の情報を仕入れられる絶好のチャンスなんです。つまり、勇者の外堀を埋めて、魔王さまと勇者がより親密になる布石を打つチャンスなんですよ」

「んにゃ。そんなもんか」

 こいつ真面目に勇者と真面目に結ばれる気はあるのか、と本気で疑問に思う。

 世の中なんて、どこでなにが繋がっているか分かったもんじゃない。情報は多い方がいいに決まっているだろう。

「そういえば」と魔王さまが何かを思い出したかのように「結局、今、あの子と三人の下郎共はどこにいるんだ?」

 とうとう、その質問が来たか、と僕は身構える。タイミングを見計らって打ち明けるつもりだったが、勇者と僕達は、ただいま、同じ時間と空間を共有している。

 なぜなら、ここが魔王さまと勇者が働く酒造所の下宿先でもあったからだ。

 僕がこれほど早く、宿を取れたのはそれに起因する。

 というか、宿らしい宿がここしかなかった。

 そして、一番厄介なのは今、勇者達御一行は僕から見てはす向かえのテーブルについている。少しでも魔王さまが振り向こうものなら、魔王さまと、勇者のご対面ということだ。

 不幸中の幸いにして、勇者は魔王さまの姿はしらないことだ。

 が、逆は別だ。魔王さまは勇者のストーカーだ。普段は望遠鏡でしかその姿を見ていないが、この近接距離で勇者を目に入れたら、洒落にならない取り乱しをするに違いない。

 とりあえず、僕は魔王さまの視界に勇者を入れないように努力するしかない。

 僕はそう方策を定め、魔王さまに語りかける。

「さあ。魔王さま。お酒もいいですが。お食事もしましょう。この肉のワイン煮なんておいしそうですよ」

「ああ。食べよう」

 魔王さまが、肉のワイン煮を口に運ぼうとした時だった。突如として、魔王さまの背後から、ガシャンという食器の割れるけたたましい音が、響いてきた。

 魔王さまは反射的に、背後を見ようとする。当然、その先には勇者の姿もある。

「まっずっ。魔王さま。ちょっと待って下さい」

 僕が魔王さまと勇者の遭遇を阻止しようとすると、案に相違して、魔王さまは勇者のは気づかず、その勇者の向こう側に目を向けていた。

 そこには、さきほどのウエイトレスが「すいません。すいません」とカウンター越しに謝る姿があった。ウエイトレスは顔を真っ赤にしながら、すぐに、カウンターの置くに引っ込む。

「あの子ったら本当に使えないわね」

 別のウエイトレスの静かなに囁き合う声が聞こえてくる。

 僕は耳をそばだたせ、ウエイトレス達の声に集中する。

「今日で何度目よ」

「さあ、数えるだけ無駄よ」

「一日何回お手洗いに行けば気が済むのかしら」

「いっその事、ここをやめてくれないかしら」

「馬鹿、故郷を離れて行く当てが無いって噂よ」

 なるほどトイレか。人類と魔族の微々たる違いは、ここにある。人間は排泄を必要とし、魔族は必要としない。

 どういう理屈が働いているのかは知らないが、そういう事らしい。

「でも、あの急ぎようは」

「うみゃ。そうとう切羽詰まってたんだろうな。それにしてもあのウエイトレス共、仲間を笑うとは見下げ果てた奴らだな」

 ならば『回復薬』という免罪符を元にして、自分に好意を向けている者を殺害するのはどうなのか、とも思うが僕はあえて口にしない。

 更に聴覚を鋭くし、周りの雑談を聞いてみると客達も「またかあ」とか「これで、可愛かったらまだなあ」というほぼ悪口としか思えない声も聞こえてくる。

「ウエイトレスもウエイトレスなら、客も客だ」

 僕は、少しだけ学んだ気分になる。そうか、この世界に足りないのは娯楽だ。

 他者をおとしめて愉悦に浸るっというやつか。

 僕にはあまりない感情だ。だが、少しいらだつ。

 その日は、酔い潰れた魔王さまを担いで、自室へ向かう。

 それにしても、なんだこの既視感と頭痛はと僕は困惑する。

 魔王さまが働き始めて、七日が経った。勇者も明日までの労働なので、明後日にはこの街ともさよなら

 その間における僕達の生活は単調そのものだった。

 朝からは夜は魔王さまが、ブドウの足踏みの労働におもむき、夜になると、下宿一階にあるレストランで、食事を取る。

 少し不可解だったのが、魔王さまの機嫌だ。本人は気づいていないが勇者と同じ空気を吸えているのにもかかわらず、何故か日を追うごとに不機嫌になっていく。 

 最初は、慣れない労働のせいかとも思ったが、どうにも違う気がする。

 とはいえ、ここに来るのは明日の夜がここで取る最後の食事だ。

 魔王さまと僕は、ここ最近定位置になったテーブルに座った。

 当然の帰結か、あるいは、悲劇的な帰結か、勇者達も定位置を手に入れたらしく、いつものテーブル、つまり、僕から見ればはす向かえ。魔王さまから見れば背後に勇者達がいる。

「今日で、お役御免ですね」

「……そうだな」

 魔王さま尚一層不機嫌になり、ワインをグビリと飲み込んだ。

「魔王さま。飲み過ぎでは?」

 僕は魔王さまを注意した。最近の魔王さまは加速度的に飲酒量が伸びている。いや、正確には増えている。

 どういう事だろう。

「コレが飲んでいられるかっ」魔王さまが爆竹の爆ぜるような声を出し「おいっ。ウエイトレス!」といつも給仕をしてくれている愛想の良いウエイトレスを呼ぶ。

「は、はい」

 ウエイトレスが小走りにテーブルまでやってきた。やはり、挙動がおかしいというか、何かを我慢しているようだ。

 おそらくアレだろう。

 ここ一週間で、このウエイトレスの立場というものが分かっていた。

 この酒場で最も仕事ができないのは、このウエイトレスだ。他のウエイトレスやお客は、それを笑いの種にしている。笑いの種というか酒のあてのようにしている。

 僕が初日に覚えた違和感がこれだった。ようは、このウエイトレスを標的にして、ひいては遊び道具にしている。

 胸くそが悪い、とはこの事だ。

「酒だ。酒を持ってこい」魔王さまはウエイトレスに注文という名の命令を下す。

「はい。すぐにお持ちしますね」

 ウエイトレスは愛想良く返事をすると、そそくさと僕らのテーブルから離れた。

 僕は、ここ数日で技術を向上させた盗み聞きをし、周囲の反応を窺う。

 まずはウエイトレスからだ。

「またあの子、あのお客様から注文を受けているわよ」

「しかも毎回お小遣い貰ってるわよ。あのへちゃむくれ」

「だいたいここは、ウエイトレス指名の場所じゃ無いわよ。あのお客様何か勘違いしてるんじゃ」

 なるほど、これがウエイトレス側の意見か。

 お客達はどうだろう。僕は意識を客に向ける。

「また転ぶと思うか?」

「どうだろうな。アレを耐え切れたなら転ばんだろ」

「いくら賭ける?」

 これはこれは、と僕は口笛を吹く。ひどい道楽だ。

 最後に僕は勇者達に意識を集中させた。

「はあ、今日と明日は最後とはいえ。あまりにも下品すぎます。私はここの人達嫌いです」

 どうやら勇者も、この下宿先のレストランは好きになれないらしい。

「まあ、魔王さまも理想通りで良かったといえば良かったのか」

 僕が安堵の息をついていると、レストランの空気を大きく震わせる音が鳴った。

 ここ数日、何度も聞いて、聞き飽きた音だ。またもや、件のウエイトレスが食器をのせたお盆をひっくり返したのだ。

 しばしの沈黙の後、周囲から笑い声がおこる。 

 ウエイストレス達はくすくすと「ほーらまたやっちゃった」とか「思った通りだわ」とか嘲笑なのか侮蔑なのか分からない言葉を発した。

 客達は品性を疑うような笑い声を上げ、「まあたやりがったぜ」だとか「おい見ろよ。あの真っ赤な顔。顔を真っ赤にして良いのはいい女だけだっての」とか「今、あいつが仕事をミスする奴はいるか」とか好き勝手言っている。

 下品な連中だなあ。最初この街に来た時の印象とはかなり違う。

 これがこの街に来て抱いた違和感の正体だ。

 これなら裏表の無い魔王さまの方が百倍マジだ。

 ウエイトレスは、連日同様、顔を真っ赤にして「すみません。すみません」と謝罪し続けている。

 最初に動いたのは勇者達だった。勇者は「ちょっとっ。あなた達いい加減にっ」と周囲の連中を注意しようとした。

 が、勇者の言葉が最後まで発せられる事はなかった。

 彼女が言葉を言い終える前に、魔王さまが「……まれ」霞むような声を出したのだ。

 瞬間、その場の全員が固まった。より正確に描写するなら、魔王さまの一言で勇者御一行および恰幅のいいウエイトレス以外の全員が、自重に耐えきれず、魔王さまに頭を垂れるよう床に沈んでいる。

「あ、これ。魔王さまのぶち切れだ。魔王さまが切れるなんて珍しいな」僕は独りごちる。「いつもは別の意味で切れてるけど」

「だまれ」魔王さまは静かに立ち上がり、有無を言わせない気迫で周囲を見下ろす。

 黙れも何も、ガチンコで切れた魔王さまを前に口を開ける者がいるとは思えなかった。

 根性のある数名は賢明に立ち上がろうと、涙ぐましい努力をしている奴もいるが、無駄だ。

「……グラビィティ・バインド……」

 魔王さまが魔法らしい言葉を使うのは珍しいと、僕は、目を丸くする。魔王さまの言葉に呼応するように、起きあがらおうとしていた連中全員が、床にめり込むのでは、と心配になるほどの力で押しつぶされている。

「頑張っている奴を馬鹿にするな」魔王さまは端的に言い切る。「殺すぞ」

「魔王さまっ!」僕は軽く魔王さまの頬を叩く。「らしくないですよ」

「ん? ああ」我に返ったのか冷静になったのか、元から冷静だったのか判然とはしないが「そうだな。私とした事が大人げなかった。はあ。興がそがれた帰るぞ」と二階にある宿泊部屋に戻ろうとする。

「あ。魔王さま。待って下さい」

 僕は魔王さまを遅ればせながら追いかける。

 魔王さまは、一度立ち止まると、振り返り酒場全体を見渡した。「お前らはしばらく、そうやって床とキスでもしてろ。行くぞ」

「もうすでに隣にいますって」

「ふん。だったらそれでいい」

 僕は、部屋に戻る際に「魔王さまにしては珍しいですね」と魔王さまに問いかけた。

「何がだ」

「勇者以外に肩入れするなんて、天変地異の前触れですか?」

「嫌味か?」

「いえ。僕も少しすっきりしました」

「あいつらは嫌いだ。嫌いすぎ」

「あはは。まあ、僕もです」

 しかし、魔王さまが勇者以外を庇うとは本当に珍しい。

 頑張っている奴を馬鹿にするな、か。と魔王さまの放った言葉を思い出す。

 もしかしたら、勇者をストーキングしている事と、ウエイトレスが給仕を頑張っている事を同じ位置に置いてないか?

 まさか。ねえ。

 魔王さまが労働した最終日、今日も今日とて、僕達は下宿一階にある酒場に行こうとしていた。

 昨日と同様、酒場は活気に満ちている。昨日の魔王さまの暴挙が嘘のようだ。僕は「今日で最終日ですね。今日もここで晩ご飯を食べるんですか」

「当たり前だ。今日はあのウエイトレスに小遣いをやらねばならんからな。あいつには迷惑をかけた」

「昨日、あれだけやっちゃいましたからねえ。でも、たぶん誰も魔王さまの仕業だなんて思ってませんよ。あんな真似できる存在なんて滅多といないんですから」

「それでもけじめはけじめだ」

「律儀ですねえ」

 魔王さまと僕はいつも通りのテーブルにつく。気配を探ってみると勇者達も昨日と同じテーブルについている。

 昨日と違うのは、勇者の視線だった。勇者は明らかに魔王さまを意識している。昨日の一件で魔王さまに興味をもったのか。それが予想通りなら、勇者に明るい未来はない。

「いらっしゃいませ~」妙に間の抜けたウエイトレスが僕達のテーブルに近づいてくる。

 僕は周囲に目を這わせ、いつものウエイトレスの姿を探す。

 しかし、どこを探しても彼女の姿は無い。

「注文はいつも通りのワインと、おすすめのご飯で」

「おい」

 威圧的な声を出したのは、魔王さまだ。

「「はい」」僕とウエイトレスの声が唱和する。

「お前じゃない。ウエイトレスの方だ。昨日まで働いていたウエイトレスはどうした?」

「え」ウエイトレスはぽかんと口を開け「いや、それは、その」としどろもどろになる。

「答えろ」

「ええと」

「答えろっ」

 もはや、恫喝に近い魔王さまの質問にウエイトレスは観念したように「亡くなりました」と弱々しく答えた。

「死んだ? だと」

「ええ。どうやら内臓に重い病気を抱えてみたいで。ほら、あの子、よくアレに行っていたじゃないですか。それが病気の症状らしく。末期だったらしいんです」

「貴様らは、そんな奴を笑いものにしていたのか?」

「し、知らなかったんです。あの子、この街の子じゃ無くて。自分の事は一切話さなかったし……」

「このっ」

「魔王さまっ」

「ちっ」

 魔王さまはテーブル席から立ち上がり、すぐに「行くぞっ。今日は別の店で飲む」

「はあ」僕は気のない返事をした。

「迷惑かけたな」

 魔王さまはそれだけ言い残すと酒場を出て行った。僕達のやりとりを見ていたウエイトレスや客は、視線だけで魔王さまを追っている。

「ちょっ。魔王さま」

 僕は慌てて魔王さまの後を追った。

「今日は外で飲む。酒ををありったけ買ってこい」

「それはいいですけど、宿はどうします」

「キャンセルだ」

「了解です」僕は苦笑する。「それにしても、魔王さまが『回復薬』を使ってあのウエイトレスを蘇生させないなんて意外です」

「ふん。蘇生させたところで、同じ目に遭うんだ。だったら生まれ変わった次の人生に賭けた方が遙かにいい」

「へえ。魔王さまにしては随分とまあ」

「なんだ」

「ふふ。なんでもありませんよ」

 経験はどうあれ、この街に来てよかったのではと思う。

 魔王さまは、簡単に他者を生き返らせる事を是とするか悩み始めている。

 これは随分とした成長だ。

 しかし、やはりこんな話をどこかで聞いた事があるような気がする。

 僕は、そんな事がを考えながら、ちくりと痛む頭を押さえる。 

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