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『魔王さま』と『勇者』の温泉。

「よっしゃぁ!? 確変来たぁぁ!」

 訳の分からぬ台詞と共に、魔王さまが拳を振り上げる。

 また、新たな病気を発症させたな、と僕はげんなりとして事務的に「どうしたんですか?」と質問を繰り出した。どうせ大した内容じゃないだろうという確信の元からくる質問だ。

「よくぞ訊いてくれたな!」

「どうせ、訊くまでその騒音を吐き散らすんでしょ?」僕は本音を口にする。「で、魔王さまの変態的挙動のどこに確変が来たんですか?」

「暗に馬鹿にしてないか?」

「いや。明確に馬鹿にしてます」

 僕は明言する。魔王さまが一つ行動をすると、最低でも二つは『迷惑』という言葉の意味が増える。だいたいその二次災害に遭うのは、僕なのだ。『迷惑』の次に載っているのは『温厚な僕の強さを試す試練』と載っているはずだ。単語でも何でも無いが。

 魔王さまには永遠に沈黙を貫いて欲しい。

「まあ。今日の私は気分がいいので許す」魔王さまは胸を張る。「あの子が向かっている先が分かるか」

「分かるわけないじゃないです」僕は手の平を振った。「そもそも、勇者専用の望遠鏡を持っているのは魔王さまだけなんですから」

「ふむ。そうだな」

 魔王さまが納得する。

「で、勇者はどこへ?」

「ふ。それはな……。とある人物からリークがあってな。おいっ。紅い下郎ととあるストーカーを呼んだ」

「はっ。ここに」

「この紅い髪の下郎が誰だか分かるか?」

「ええ」僕は首肯する。「アホと変態が共存している生命体でしょ」

 心の中で、ほぼ魔王さまと同じ生命体です。と続ける。

「この紅い下郎の力で、あの子の行く先が分かる。なんたる盲点」

「どうやって?」

「俺の力で地脈を読む」

「へえ」僕は感嘆する。「お前、魔王さまをストーキングする以外にも才能があったんだな」

「ふん。お前と違って俺はセンスがあるんだ」

「貴様っ」魔王さまが目をきっと紅い女性に向ける。「私の下僕に文句でもあるのか」

「魔王さまは話さないで下さい。魔王さまが言葉を吐く度に訳の分からない辞書が完成に近づく」

「なっ」魔王さまが驚愕の声を上げた。「人がせっかくお前を庇ってっやったのに」

 その庇いが後の禍根を生むんだ、と僕は言いそうになるが必死に堪える。

 事実、遠くから魔王さま、もとい、僕を監視している金髪の少女は、血の涙を流しながら魔王さまと紅い女性を睨み付けていた。

 見たくも無い現実を無視して「地脈を読むってどういう事?」

「俺にかかれば、火山の流れをよんでどこに温泉が湧き出るか分かる」

「あぁ」尊敬とも呆れてもとれない声を出す。「そういえば、君、火山道に住んでいたね」

 僕は遠い昔の過去というか、忘却の彼方に追いやりたい過去を思い出す。

 まるで昨日のように思い出せるのが不本意だが、というか、ほぼ昨日に近い日数しか経っていないが、この紅い女性は火山道に住んでいた。そしてどういう訳か、気づけば魔王さまのストーカーになっていた。これほど非論理的な帰結があるだろうか?  

「この俺にかかれば、地脈をよんでどこに温泉が湧き出るか分かる。そして、温泉が出るということは、そこには、人が集まるという事だ。湯治というやつだよ。だったら必然的に、勇者達はそこで一泊か二泊かは滞在するだろうさ」

「なんというか」僕は頬をかく。「久しぶりに駄目な方面で神を信じたい気分だよ。天は二物を与えるんだな。僕からは二物どころか全てを奪って行くくせに。それで、この先に温泉があると?」

「ああ。間違いない」

「だけど、なんでそこに人間達が集まっていると分かるんだ」

「す、すでに。調査済みです」

 背後からどもる声が聞こえ、僕は反射的に背後を見やる。

 そこには、金髪の少女が佇んでいた。

「ちぃぃっ!」僕はこれ見よがしに舌打ちをする。「出たな。ストーカー二号」

 目の前の少女は、僕のストーカーだった。とある事件から彼女を助け、その恩義の押しつけなのか、僕のストーカーに進化した村娘だ。

 どえらい面子が、顔を揃えたな、と僕は苦笑する。勇者のストーカーの魔王さまに魔王さまのストーカーの紅い女性。そして、僕のストーカーである金髪の少女。

 この三人だけで、ストーカによる負のフォークダンスを踊り狂えるのではないか、と思ってしまう。

「それで、何か作戦でもあるのか? 私のプライド的にあの子には近づけないぞ?」

「捨ててしまえ。そんなプライド」僕は吐き捨てる。

「そこは大丈夫です。我が主」紅い女性が得意気に鼻を膨らませた。「私が温泉宿の天井を壊せば、魔王さまは遠くから勇者を眺められる」

「そうすれば、わ、私は、男湯と女湯の壁を破壊して、お、王子様のあられも無い姿を見ることができます」

「「それだっ」」

「どれでもねえよ」 僕は声を荒げる。どいつもこいつも好き勝手なことばかりさえずりやがって。「いいですか、魔王さま達は件の温泉街を抜けるまで、僕が監視する。

「「「ええっ」」」三人は露骨に嫌そうな顔をする。

「ええ。じゃない」

 僕はこれ見よがしにため息をついた。

 何故、ストーカーキングのプロフェッショナルを三匹も監視せねばならぬのか。

 というか、これでは、僕が三人のストーカーのようではないか。

 ミイラ取りがミイラになる、という不吉な言葉が頭に浮かぶ。

 いや、と僕は内心で頭を振った。

 恥も外聞も捨て去らない限り、この三人の生物的な改善の道は暗い。

 これもおそらく必要な事なのだ、と自分に言い聞かす。

 できるならば、今回の一件で、三人が何とか真面な存在になる事を願う。

 どの一件だ?

 紅い女性が言うとおり、温泉は勇者達の行く先にあった。道を進むごとに硫黄の香りが強くなってくる。しばらく歩くと、深い堀が見えてきた。水堀とでもいえばいいのか、かなり深さがありそこには水ならぬ温泉が引かれていた。外敵から自分たちを守るというよりか「ここにくれば健康になれますよ」と温泉の効能を宣伝するかのような装いがあった。

 堀には朱色の欄干が備わった大きな橋がある。警備は薄く、橋の向こうには門があり、そこが受付になっている。受付の頭上には大きな文字で『寿温泉』という大きな看板もあった。

「おい。紅い下郎。あれはなんと読むのだ?」

「俺が知るわけないじゃないですか。ただの絵でしょ」

「おい金髪。お前はどうだ?」

「さあ。あ、でも」と金髪の少女が手をポンと鳴らした。「この街、結構入り組んでますからきっとこの街の図面を迷路のように示してるんですよ」

「たしかにそうかもな」と魔王さま。

「よし、それで行こう」と紅い女性。

「どれで行くんだよ!」僕は涙目で応じる。「勘弁してよ」

「じゃあ、あれは何なんだ?」魔王さまが訊いてくる。

「あれは……『ことぶきおんせん』って書いているんです。たぶん、この温泉の名前でしょう」

 僕がその言葉を発した瞬間、辺りに静寂が広がった。空気の糸が張り詰め、その糸が限界を迎えるように切れる。

「おい……」最初に口を開いたのは魔王さまだ。「お前、なんであれが文字だと分かったんだ?」

「え?」僕は間の抜けた声を出す。

「たしかに。なんであのヘンテコな文字が読めたんだ。俺たちの使っている文字じゃないぞ。金色はどうだ?」

「わ、私達が使っている文字でも、な、ないです。さ、さすが王子様です」

 そういえば、と僕は今更ながらに思う。この文明からははるか遠く、見るべき物など何も無い世界ではあるが、文字や文化などはある。あるにはあるが存在意義があるのかといえば、一概になんともいえないのが悲しいところではあるが、問題はそこじゃない。

 なぜ、僕はこの文字を読めたんだろうか? 魔王さまや僕達が使っている文字でも金髪の少女が使っている文字でもない。

 そういえば、こんな文字で書かれた本を読んだ気がする。たしか、魔王さまの願い事にも似た本だったような。

「まあ、いいか」僕はあっけらかんと独りごちた。「自分でもおっとりとした性格だ」

「ま、まあこの問題は後にして今後の行動に、つ、ついて話し合いましょう」

「そうだな」紅い女性は首肯する。

「ふむ。たまには共闘するのも悪くない。では二手に分かれよう」

「「異議なし」」

「ちっ。訳の分からない結託をしおってからに」僕は不服そうに眉根を寄せる。「敵の敵の味方っていう理論は机上の空論なんだ」

「では、私達を管理するお前は我々から見れば、敵の敵の敵になるわけだが」魔王さまは邪悪な笑みを浮かべる。「この場合のどうなる」

「残酷な現実だっつうんだよっ!」僕はげんなりとし「まあ、とりあえず魔王さまに従おう」と応じる。

「それでこそ、私のお前だ。私も鼻が高いぞ」

「高すぎて天を突き抜けそうだけどな」僕は精一杯の当てこすりをして「とりあえず消極的な消去方で班分けをしましょう」と提案した。

「「「消極的な消去方?」」」三人の言葉が唱和する。

「ああ。なんとなく仲が良い勇者達と違って史上最悪のパーティーだけど、目をつむるしか無い。生き物は見たくない物から唯一目を背けることができる生き物だ」

 そうだ。理性ある生き物ならプライドなど捨てて、ついでに記憶すら消してしまえばつらい現実は目前にそびえ立つだけだ。

 そびえ立っているだけで、上る事には変わりないが、そんな事を考えればネガティブ思考の永久機関になってしまう。

「お前の言うことは哲学的でよく分からんな。しかし。我々の意見はようやく交差した訳だ」

「交差では無く悪化ですけどね。まあいいや」僕は重い息をつく。「じゃあ、俺の案を訊いてくれますか?」

「俺はかまわんぞ。私は魔王さまと一緒にいられるなら、いつ死んでも本望だ」

「ならば、今死ぬか? なあに、『回復薬』はいくらでもある」

「無論、嫌です。では言い方を変えましょう。魔王さまと同じ目線で、そこの男のように同じように過ごしたいです」

「ふん。今日は特別だ」

「わ、私は王子様と一緒に、い、いられればそれだけで十分です」

「よし」僕は三人に目を配らせる。「とにかく、各々の班分けを説明するよ」

「分かった」と魔王さま。

「俺も」

「わ、私も」

「じゃあ。説明するよ。できる限り短く。まずは、魔王さまと紅い人は一緒に行動して下さい。この組み合わせの理由はいくつかありますが、魔王さまは『勇者をずっと眺めていたい』そうですね」

「もちの論だ」

「それで紅い人は魔王さまと一緒にいたいと。どういう形であれ」

「その通りだ」

「という事で、紅い人には魔王さまの暴走を止めて頂きたい。なあに、多少無残に殺られても、魔王さまの『回復薬』がある。これでそちらの問題は解決です。魔王さまと勇者のストーキングに勤しんで下さい」

「分かった」

「俺もだ」

「で、残る僕と金髪の少女は、この街の視察です。この温泉街がどんな雰囲気なのか、どういう奴がいるのか確認してきます」

「む」と魔王さまが目を細める。「なぜ、お前と金髪が一緒なんだ」

「だから消去方なんですよ。彼女が僕のストーカーである以上、どう転んでも、僕の後をつけてくる。女の子が男をつけ回してるなんてどう考えても目立つでしょう」

「あ、あたり前です。わ、私と王子様は一心同体ですから。な、なんだったら想像力だけで王子様とのお子様をこさえてみせます」

「「「きもっ」」」

 近年まれに見る反吐が出そうな台詞に僕達三人は、嫌悪感をさらすように舌を出した。

「まあ、こういう事です。魔王さまという抑止力が無い以上、金髪の少女は僕と一緒にいて貰ったほうが作業がはかどります」

 ついでにキモいのは、魔王さまと紅い女性。そして僕も変わらないが、と心中で付け加える。

「こほん」僕は咳払いを一つし、片腕を上げた。「作戦は明快だろう。それじゃあ、いったん分かれるってことで、集合時間は五時間後の実没あたりでここに」

「「「了解」」」

 僕達はここで一度分かれる。

 あとの話にもなるが、これが魔王さまの精神的分岐点にもなる。

 魔王さまと別れた僕達は、とりあえず温泉街を見て回る事にする。街の入り口には地図があり、おあつらえむきにも、パンフレットも配られていた。

 やはり湯治場だからか温泉街だからか、街は活気に溢れていた。温泉のおかげで人は呼び、その人が別の人を呼ぶl。

 どうやらそういう事らしい。

 何より、温泉という熱源がそのまま街の収入に貢献していた。温泉から出る蒸気のおかげで、熱源は無限にある。その証拠に街には露店が建ち並び『寿饅頭』やら『寿せんべい』など、温泉の熱源をフル活用していた。

 どういう元締めが仕切っているのかは分からないが、この豊富な熱源が街を潤しているのは間違いない。

「ふうん」僕は顎に手てを当てて唸る。「ここまで商売を上手く回すなんてねえ。目的は何なんだろう?」

 慈善の気持ちで商をしているのだろうか。死とはほぼ無縁な僕達のような存在、それは『人間』や『魔族』などそれぞれだが、そのどれかに便宜を図っている気配も無い。

 この街の賑わいはそういう結果を懸案している節が見当たらない。

 なんとかして、この街の元締めに会えればいいのだけど。

 僕が悶々と考えを巡らせていると、隣から「あ、あの」という金髪の少女の霞む声が聞こえてきた。

 考えないようにしていたというか、存在なかった事にしていたが、金髪の少女は先ほどから、顔を真っ赤にして俯きながら、僕のそばを歩いていた。

「あ、あの。私達、ふ、二人きりで街を散策してますよね」

「まあ、散策というか偵察というか。二人きりという事に違いないね」

 金髪の少女は、もじもじと愛玩動物のように縮こまっている。

「そ、そのですね。二人きりっていう事は……こ、これってデートじゃ」

「うん違うね」

 僕は即座に否定する。究極的に言って、僕と金髪の少女の関係は変わっていない。今は諸事情で物理的に近くにいるだけで、それは心の距離は全く縮まっていない。

「そ、そうですか。せっかく王子様と二人っきりでデートだと思っていたのに」

 金髪の少女はしゅんと肩を落とす。僕も金髪の少女とは別のベクトルでしゅんと肩を落とした。

 駄目だ。この子、絵に描いたように使えない。期待はしていなかったが、僕と一緒にいることに浮き足立っているのか、あるいは別な理由なのかは判然としないが、これ以上、この少女を思考を停止させなければならない事は分かる。

 足手まといは魔王さまだけで十分だ。

「とりあえずさ。ここいらで少し休憩しようか」

「きゅ、休憩ですか?」

「そうそう。あんまり根を詰めすぎるとよくないよ。ほら、あそこ」

 僕はある場所を指さした。そこには店先で温泉饅頭を売っており、その前には無料の『足湯』も設置されていた。

 お客達は、足湯を楽しみながら購入した温泉饅頭に舌鼓を打っているようだった。

「お、美味しそうですねえ」そこまで金髪の少女と口を開け「あ」と続けた。

「どうしたの?」

「わ、私。持ち合わせが無くて……」

「はあ!?」

「ご、ご、ごめんなしゃいっ」金髪の少女はどもった上に噛んだ。

「いや。責めているわけじゃないんだ。ちょっと疑問があって」

「ぎ、疑問ですか?」

「いや。僕達って長くは無いけど濃縮された時間を過ごしいたでしょ?」

「そ、そうですね。す、すいません」

「今まで何を食べてたの? あの紅い女性は餓死しなさそうだけど」これはただの偏見だ。

「ええと。その辺りに生えている雑草とかキノコとか、あ、あ、あと砂漠にいた時は夜に出てくるトカゲとか、た、食べてました」

「その辺の路地裏にいるネズミより酷い飯を食べてるな」

 僕は呆れ口調で言う。

「え、えへへ。それほどでも」

「褒めてなどいない」

「まったく……その、バイタリティーを少しは真面な方向に向けられないものかね」僕は「じゃあ、ここは僕がもつよ」

「も、もつですか?」金髪の少女は口をパクパクとさせる。「そ、それは、わ、私の事を抱き上げるって事ですか?」

「ち、が、う」僕これ以上ないほど否定する。「ここのお代を僕が払うって意味だ」

「あ、ああ。そうですよね…………ちっ」

「ん? 今、舌打ちが聞こえたような」

「き、気のせいです。さあ。お饅頭を買いに行きましょう」

 僕達は、金髪の少女と温泉饅頭を買い、無料開放された足湯を使用する。

 靴を脱ぎ、ズボンを膝まで上げ、足先から温泉につける。お湯の温度はやや熱いぐらいか。肩までつかるには熱いが、膝までつけるだけならちょうどいい。

 僕は温泉饅頭を一口かじる。咀嚼し、飲み込んだ。味付けは単純だ。煮てこした豆に砂糖と水を混ぜ、ある程度の固さになるまで煮る。そしてそれを水で溶いた小麦粉で溶かした生地で包み蒸し上げれば、形にはなるか…………。多分生地にも何かしら細工をしてそうだし、どうしたものか。

「あ、あの。王子様?」金髪の少女がためらいながら「な、何をそんなに思い悩んでいるんですか?」と言った。

「いや。僕の心の安寧を手にする方法を考えてたんだ」 

 僕は事実とも嘘ともつかない台詞を口にする。

 あの馬鹿魔王さまと行動を共にするためには、せめて道中の食事だけは充実させたかった。

 その為にも、この街の料理やお菓子の情報は掴んで起きたい。

 二つ目の理由は、これこそが今回の至上命題なのだが。この、街の元締めとはどうやれば会うことが出来るのか。皆目見当も付かない。

 まさかパンフレットに載ってる訳もない。

「こ、心の安寧ですかあ」

「いや。訂正する。心の故障の方だよ」僕は訂正する。「まあ、たとえば、この街の代表がどこにいけば会える……とか?」

 僕はごまかしに近い本音を口にした。どうせ、この金髪の少女の口から有益な情報は出まい、という確信もあった。

 だが、案に相違して、金髪の少女の口から出た解答は、満点を超えていた。

「そ、その。街の人に訊けば良いんじゃないですか。ふ、普通に」

「あ…………」僕は自分の馬鹿さ加減に呆れる。

「ほ、ほら。わ、私達ここのお饅頭を、か、買ったわけで。も、もう一度『美味しかったので買いに来ました』み、みたいな感じで話のきっかけを作ってですね。そ、それで、お饅頭のレシピなんて訊いちゃったりして、そこを取っ手にして『そういえば、ここの街の代表さんはどこにいらっしゃるんですか?」なんて会話をすれば、け、結構自然に聞き出せそうなんですけど」

「あ…………あ」僕は金髪の少女の言葉に再度、大きく口を開けた。

「ご、ごめんなさい。私なんかが、ず、図々しく意見して」金髪の少女がペコペコと頭を下げた。

 僕は、両手を金髪の少女の肩におき、無理矢理視線を合わせる。

「金髪ちゃん! 君は天才だ」 

 僕は金髪の少女の両肩に腕を掴み、金髪の少女と視線を合わせる。

 金髪の少女の言う通りだ。分からない事があれば他の人に訊けばいい。今まで、魔王さまの為に隠密行動ばかりしていたせいで、基本的なことを忘れていた。

 分からない事があれば訊けばいい。ただそれだけだ。

 その単純な行動で、現状、僕が抱えている問題の全てが解決する。温泉饅頭のレシピの秘密に……そして、あわよくばこの温泉街の元締めの居場所か、接触する方法も分かるかもしれない。

 今までは、魔王さまの言いなりに自分だけの力だけで様々な問題を解決してきた。

 言うなれば自分の手弁当で、なんとか魔王さまの欲求に応えてきたのだが、普通に他人の力を借りればよかったのだ。

「じゃあ、早速、店の店主に聞き込みを始めよう」 

僕はそう言うが早いか、温泉饅頭をほおばり、足湯から上がり、店主の下へ向かう。

 まかさか、ここまで簡単に、この温泉の元締めがいる場所がわかるとは。

 僕は半ば感心していた。 

 僕と金髪の少女はとある公園に向かっていた。それは『間欠泉』が吹き出るというという公園だった。公園の中央に『間欠泉』が出る場所があり、そこを中心にして公園が広がっている。

 その『間接線』が間近に見える場所に、この温泉街の元締めはいるらしい。

「ほ、本当に、い、意外と簡単に温泉街の元締めさんの、い、居場所が分かっちゃいましたね」

「ああ。君の助言のおかげでね」

 事実だった。温泉饅頭屋の店主は驚くほど口が軽かった。温泉饅頭のレシピも教えてくれたし、温泉街の元締めの居場所も惜しげも無く教えてくれた。

 このズブズブの情報セキュリティであるこの世界のいいところだ。

「わ、私のおかげなんて。えへへ」金髪の少女ははにかむ。

 しばらくの間、無言で歩いていると、足下から振動が伝わってきた。横揺れではなく縦揺れだ。

「わっ」金髪の少女が体勢を崩し、僕によりかかてくる。すぐに体勢を整え「ご、ごめんなさい」ときた。

「いや、僕はかまわないけど……しかし、いきなり揺れたな」揺れたというより振動に近い。

「う、ううん。どうなってるんでうかね。まあ、この辺りは火山帯だからじゃないですか?」

「まあ。そんなもんか。それにしても」

 色々な意味で、嫌な予感がする。なんというのか、本来は関係の無い事象のように思えるのだが、魔王さまや僕達がこの温泉街に現れたから、それがトリガーになって、繋がってはいけない線と線が繋がってしまいそうな。そういう嫌な予感だ。

 僕の臆病な考えを払拭させたのは、金髪の少女の「あ、ありましたよ。そ、そしていましたよ」という言葉だった。

 金髪の少女が指さした先には、柵に囲まれた円形の空間があり、その中央には大きな岩が讃えられるように、ずんと構えていた。その岩の上には何枚もの貝が重ねられている。

「あ、あの人じゃないですか? 温泉饅頭の人が言っていた、この街の元締めって人」

 金髪の少女が岩の脇を見やる。そこには今にも吹けば飛びそうな老人があぐらを組んでいた。ボロは着てても心は錦という言葉が頭を過るような老人だ。

 おそらく、あの人こそこの温泉街の元締めだろう。」

「温泉饅頭のお店の人によると随分と偏屈な老人らしいけど、気難しいって意味かな」

「す、素直なご老人だといいんですけど」

「どうだろうね。まあ、魔王さまより厄介な存在はそうはいないとは思うけど」

 疑問に思ったのは、温泉街の元締めの老人が、間欠泉の目の前に鎮座している事だ。

 柵が設けられている以上、柵内には立ち入り禁止のはずだ。事実、あの老人以外は入っていない。

 これが元締めの特権なのか、あるいは、また違う理由があるのか。

「こ、こわい人じゃないといいですねえ」

「その辺は大丈夫だよ。じゃじゃ馬の扱いは慣れてる」

「す、すごいですね」金髪の少女が羨望の眼差しを向けてくる。

「慣れているといえば聞こえはいいけどさ、得意な訳じゃないんだ。まあ、とりあえず話しかけよう」

 僕は柵を跨ぎ老人に近づく。ぱっと見た印象では人畜無害そうだが、油断は出来ない。自分の家に招き入れる殺人犯だって、人畜無害を装うからだ。

「あっ」と声を出したのは金髪の少女だ。

「どうしたんだい?」

「こ、ここ。わ、私達が目指している場所じゃないかもしれません」

「? そんな事はないでしょ」

「い、いやでも。看板を見て下さい」

 そう言って、金髪の少女はあるものを指さした。彼女の細い指先にはある看板がある。僕はその看板を見て「えっ」と声を上げていた。「これって……」

「は、はい。この看板には……」

「『未間欠泉』だと」 

 僕は看板の文字を見て、膝崩れ落ちそうになるのを賢明に耐える。

「だ、だ、大丈夫ですか?」

「大丈夫か大丈夫かじゃないか、と問われれば、無論大丈夫じゃない。気がする」

「ど、大丈夫じゃないんですか」

「いや。パンフレット的にここが間欠泉の公園だって事は間違いないんだけど、この看板がなあ」

「か、看板ですか」金髪の少女はしげしげと看板の文字を読み上げる。「やっぱり『未間欠泉』って書いてありますねえ」

 嫌な予感しかしない。

 未間欠泉に加え偏屈な温泉街の元締め、魔王さまと勇者という組み合わせとタメを張るレベルで外れくじだ。

「とはいえ。話しかけないわけにはいかないよなあ。この温泉街の情報を知るのはそれが一番の近道だ」

 僕はほぞを固め、温泉の元締めの元に行く。

「が、がんばって下さい」

 金髪の少女の応援を背に受け、僕は、そういえばなんで僕はこの街について調べてたんだ、という疑問が頭を過るが、今更、何を考えても遅いと思いながら「あのご老人」と温泉の元締めに声をかけた。

 数秒の間を置き、温泉の元締めが、ちらと僕に目をやり「私に興味をもつとは珍しい者がいるとは珍しい。変人というより変質者に近い」元締めは、ガラガラとしわがれた声で笑った。

「意見は随分と合いますね。少し、お訊ねしたい事があって」

「こんな老人に質問? 私から得られるものなど何もないぞ」

「それがどうかは、僕が決めます」僕はきっぱりと言い切る。「あなたが、この温泉街の元締めというのは本当ですか?」

 温泉の元締めは空を仰いだ。温泉の湯気で気づかなかったが、日没が近い。

「元締めと言えば聞こえはいいが、ただ、この温泉に執着している古狸だよ」

「執着?」

 僕が疑問を呈した時だった。また地面から小さくない震動が起きる。

「わ、わ、わ」

 体勢を崩す金髪の少女は「執着ってどういう意味ですか?」と疑問を重ねる。

「君、ずんずん行くねえ」僕は思わず金髪の少女に突っ込みを入れる。「外堀を埋めるという言葉を知ってるかい」

「外堀を埋めるとは、この私の辞書にはないぞ」

「この声は……」嫌な予感を確信に変えて声の方を見やる。「魔王さま」

「そしてこの俺に外堀を埋めろとは片腹いたいわっ」

「出たな紅い奴」

「魔王様あるところに俺ありだ」

「合流場所は温泉街の入り口のはずでしょう?」

「いや。たまたま通りかかってな。それに私の目的は達した」

「まあ、そうでしょうよ」僕は肩をすくめる。「で、勇者達は?」

「あの子とその取り巻きは、この宿屋で数泊するはずだ」

「間違いないんですか?」

「そこは大丈夫だ。私が空を飛んで、勇者達が旅館に入って行く事を確認している。そのあと、俺たちの宿も確保しておいた。更に温泉をちょっといじって、ちょうど良い温度にしておいた」

 お前、空を飛べるっていう自覚があったんだな、という言葉がせり上がってくるが、その真実を述べるとただでさえややこしい事態がさらにややこしくなる。

「愉快なお譲さんたちだな。君の友達かい?」温泉の元締めが楽しげに訊いてくる。

「残念な事に、かなり拾い意味ではそうです」

「もしかして、その中の誰かが君の恋人だったりするのか?」

「そ、そうです!」金髪の少女が折り目正しく挙手した。

「どんなに狭い意味でも違う」僕は断じる。

「そ、そんな」

「違うぞ。そいつは金髪の彼女ではない。私の従者だ」

「気の利いた神様の悪戯のせいでね」

「そして俺は、魔王様の忠実なる下部だ。そこの男より従者レベルは高い」

「お前ら全員誰かのストーカーだろうが」僕は頭を掻きむしる。「魔王さま達の登場で混沌に混沌を練り込んだ状況になっている」

「あははっ」を吹き出したのは、温泉の元締めが吹き出した。「お前達、愉快だな」

「決して愉快ではありません。それで、あなたが温泉の元締めじゃない、というのはどういう事です?」

 僕は話を無理矢理本流に戻した。

「さっきも言った通りだ。私はただずっと、ここにいただけだよ。そのうちにここの温泉を聞きつけた奴らが街を造った。私はずっとここにいただけ。ただそれだけだ」

 そう言い終え、温泉の元締めは大きく咳をした。虫の息ともでもいうべきか、どう見ても先は長くない。いや。あるいは。

「どうした老人」魔王さまが温泉の元締めに尋ねる。「苦しいならこの『回復薬』でも使うか?」

 魔王さまは胸元から『回復薬』を取り出そうとするが、温泉の元締めは手の平を魔王さまに向け、それを制止する。

「ありがとう。お嬢さん。しかし、もう私にはもうそれは必要ない」

「いや。死にかけじゃないか、ご老人」

「お嬢さんには好きな人はいるかい?」

 この状況下で「いない」と返事をする者はいまい、と僕は腕を組む。

「無論、いるさ」

「そうか。じゃあ、その人と何か約束をしたことは」

 あるはずがない。魔王さまから勇者に向けられるのはあっぱれな程に一方通行な感情だ。

 というか物理的接触の経験すらない。

 そういう意味では、今回、魔王さま以外の紅い女性と金髪の少女は魔王さまと僕に物理的な接触があったといえる。

 いいや、と僕は頭を振った。今はそんなトンチではなく、温泉の元締めの意図が知りたい。

 僕が老人の言葉に耳を傾けていると、老人はゆっくりと口を開けた。 

「そうか。ないか」

「そんな恥ずかしい事できるわけないだろう」何故か魔王さまは胸を張る。

 白昼堂々とストーキングしている存在の方がはずかしい、と僕は素直に思う。

「そうか」温泉の元締めは納得がいったように呟いた。「私はあるよ」

「自慢かっ。喧嘩を売っているなら買ってやる」

「ちょっと、だまってろぉ」僕は声を荒げる。

「ふふ。いいさ。ふけば消えるおうな人生の絞りカスの言葉さ」

「さすがに、人生の絞りカスは自虐しすぎだと思う」

「そう、慰めてくれるな」

「それで約束って?」

「ああ。てっとり早く話そう。私にも連れ添った相手がいた。だが病弱でな。今際の際に約束したんだ」

「どんな、約束なんですか」

「『私はもう死にます。そうさいたら、貝殻で穴を掘って、そこに埋めて下さい。それから、私を待っていて下さい。そうしたら日が昇るでしょう。そして、日が沈む。それを何回か繰り返したあと、私はきっとあなたに会いに行きます。綺麗な花になって。それまで待っていて下さい』とな」

「それで、そんな荒唐無稽な話を信じて何年もここで待っていたのか?」

「ああ。もう何年経ったか分からないがね。だがそれももう終わる。もうすぐ花が咲くからな」

「花が? こんな所で?」

「ああ。きっと咲くさ。時間はとらせん」

 温泉の元締めが言うと、地面が揺れた。今まで以上の振動だ。地面と言うよりは足の裏から跳ね上げるような衝撃だ。

「これって。まさか」僕は唖然とした声を出す。「間欠泉か」

「その通り。線は線を結び完結する。私の線ももうすぐ完結するわけだ『未完結』が『完結』する」温泉の元締めがくつくつと力なく笑う。「随分と待ったような、もうこんなにも時間がたったような、だな」

 温泉の元締めは満足気に笑い、その場に項垂れ沈黙する。その顔はまるで眠っているようだ。

「おい老人大丈夫か? 今なら『回復薬』で生き返らせる事もできるっ」

「やめなさいっ」僕は魔王さまの頭をはたく。

「いたいな。何をする」

「あの人の顔を見て下さい。安らかです。きっともうすぐ約束が果たされますよ」

「それって、どういう……」

 魔王さま言い切る前に、間欠泉を塞ぐ岩が動き、その隙間から勢いよく温泉が噴き出した。

 岩に乗せられた貝に、吹き出した温泉がかかり、雨水にかかった花のように煌めく。

「これが、花ねえ。しかも落ちが『未完結』が『未完結』に繋がって、最終的に温泉の元締めの『完結』に繋がった訳か……」

 魔王さまはどう言うだろう、と僕は考える。下らないと一笑に付すのだろうか。紅い女性は、小馬鹿にするだろう。金髪の少女も現世で結ばれないと意味は無い、と言い切るかもしれない。

 僕は、と自分に問う。

 今回は、魔王さま筆頭に感じ入る事があったかもしれない。

 では僕は?

 僕は、今まで誰にでもつかず離れずを第一にして生きていた。

 だが、今回はこういう形の存在との繋がりもあるのだな、と一つ学んだ気分だった。

 しかしまあ、なぜだろうか。今回は様々な事を学んだはずなのに、既視感というか、どこかで知っている話を読んでいる気分だ。 

 まあ、気のせいだなと僕は苦笑する。

 やはり、温泉と貝殻の花菜に彩られた温泉の元締めは、幸せそうに感じた。

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