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『魔王さま』と『勇者』の病気

「うぅ」

 と魔王様が唸る声が聞こえてくる。

 地獄の底から這い出る亡者の声と形容したいほど、僕の事を清々し気分にさせる声だ。

「大丈夫ですか? 魔王さま?」僕はおざなりに訊いてみた。どうせその辺におちている物

を食べたのだろう。

「大丈夫そうに見えるなら、お前の目は節穴だ」

「よかった」僕はほっと胸をなで下ろした。「僕の目は正常に節穴だ」

「なぜ、こんなに苦しそうに美女を前に、そんな扱いが出来る」

「その1、魔王さまに限って体調を崩すことはない、第二に苦しそうにしているのに嬉しそうに笑っているその3、こんな過酷な環境で苦しみながらニヤついた表情を浮かべている」

「それがどうしたんだ」

「表情筋が機能していな言ってるんだよ!」僕は罵声を発した。

 魔王さまと僕はただいま灼熱の大地を歩いていた。日中は八十度近くまで上がり、夜はマイナス数十度まで下がるという、あくまでも来る者は拒まないが、だからと言っても生きて帰す気も微塵見えない大地だ。

 そして、なぜ魔王さまと僕がなんで糞とゴミが煮詰まったような土地に用があるのか。その答えは言わずもがなだ。魔王さまが恋い焦がれる勇者とその御一行様が、この人跡未踏の砂漠地帯に突入したのか。

 意味が分からない。

 自身の丈に合わない所から湧き出る自信からくるものなのか、あるいは、無知による蛮行なのか。

「しかし、私が魔物の攻撃を受けるとは予想外だった」

 魔王さまは青い白い顔で言った。後悔先には立たない。

「それは、そもそも。魔王さまが勇者をウォッチングにするのに夢中だったからでしょ?」

 僕は、ここまでの経緯を思い出す。

 勇者たちを追って、砂漠に入った。この気温の高さで『動物』や『魔獣』の類いは日中は土の中に潜んでいる。日中に出歩いているのはサソリぐらいなものだ。

 厄介なのは夜だ。

 夜になり気温が下がると、地中に潜っていた『動物』や『魔獣」が一斉に活動的になる。

 だがまあ、さすがの馬鹿を絵に描いたような勇者たちも、自分の器の中で泳ぐことは出来るだろう。

 そう思っていたのが、僕の落ち度だったようだ。

 日の光はどんどんと暮れ、それに比例するように気温も落ちていく。魔王さまは相変わらず望遠鏡で勇者を見ている。

 変化が起きたのはその時だ。魔王さまは「ん?」と怪訝そうに呟いた。

「どうしたんです?」

「いやな。あの子の背後から地面がうねうねと近づいてきている……」

「へ、そって」僕は自分の顔から血の気が引いていく感覚を覚えた。「もしかして」

 僕は魔王さまから無理矢理望遠鏡を取り上げると、望遠鏡を覗き込んだ。隣からは魔王さまの「こらっ。それは私の物だぞっ」

「今はそれどころじゃないだろっ!」

 僕は魔王さまを見て勇者たちのいる方向を望遠鏡で覗き見た。たしかに、地面の起伏が勇者とその御一行様に迫っている。それもかなりの速度でだ。 

 敵意があるのは明白だった。その巨人の呼吸のような起伏は勇者の背後まで近づくと、その動きをとめた。

「へ?」僕は肩透かしを受けたように声にならない声を出した。

「いいからっ。私の望遠鏡を返せ」

 魔王さまは僕から望遠鏡を奪い返すと、再度、勇者の様子を窺った。

 僕は魔王さまの挙動を気にするわけでもなく、顎に手を当てて考える。

 あの奇妙な地面を滑るようなあの動き。途中から消えた地面からの気配。明らかに獲物を仕留めようとする時のそれだ。

 その事実に気づいた僕は反射的に「魔王さまっ!」と声を張り上げていた。

「うるさいぞっ! 私はあの子を観察するのに忙しいんだ」

「その『あの子』がやぱいんですってば。勇者たちの目の前を見て下さい」

 僕の指摘に魔王さまは、目を細めて勇者達の前方を見て口を『お』の形にかえた。

 そうなるわな、と僕は魔王さまの反応に悪い方へ感心する。

 勇者達の目の前にある砂が隆起し、大きな影が空を昇るように現れた。大きな影は月の光を背に受けその正体の子細は分からない。

 しかしながら、夜の雲が月明かりを隠した瞬間、その怪物の姿が明らかになった。

 いや、本当は順番が逆なのだ。本来であれば、目が月明かりに慣れていれば、すぐに、怪物の正体に気づけていた。だが今回は、月明かりに目が慣れていなかった分、ようやく月明かりが消えて遅ればせながら、怪物の正体に気づいた。その数瞬の間ではあるが初動が遅れた。

 これは僕の落ち度というか、出来れば、魔王さまとの折半でお願いしたい。

「なんだ。あの蛇の化け物は?」

 怪物の正体は巨大な蛇だった。天を突き刺すような大蛇だ。大蛇は舌なめずりなのか何なのか、ちろちろと舌を出し、勇者達を見下ろしている。

「『毒蛇』ですよ」

「毒蛇!?」「魔王さまが、呻く。「あれがか?」

「人間で言うところの『邪竜』ってやつですね。この世界で固有名詞など意味はないですけどね」

「どうする? 殺るか?」

「僕はどっちでもいいですけど。どうせ殺んでしょうが」

「然らば早速っ」

「えっ。ちょっと待って。今、毒蛇はどんな感じですか」

「ふっ。駄目の駄目駄目な質問だな。なんか。胸をすっごい膨らませてるぞ」

「馬鹿はお前だ。その膨らみは毒を腹一杯に広げてる証拠です。つまり勇者たちを吐いた毒で殺す気です」

「何っ。私の可愛いあの子をか。ならばあの場の全員を灰燼にしてやる」

 魔王さまの両手の平には、ドが付くほど馬鹿でかいエネルギーの塊が出来上がっていた。あんなもの魔法というのもおこがましい、ただの殺戮兵器だ。

 こちらが何を言おうが言うまいが、どうせ結果は変わらない。そこで、はたと気づく。致命的なミスにだ。

「おいこら魔王。そんなもんで毒蛇をぶっ放したらどうなると思う」

「毒蛇が死ぬな。そしてあの子は助かる」

「馬鹿かっ。そんなもん使って毒ヒビを殺ったら、毒蛇の毒が霧散して、勇者パーティーも全滅するぞ。魔攻撃は中止だ」

「ふっ。あの子以外が死のうが生きようが、私には些末事だ」

「大事なんだよっ。ああ、もう。それ使ったら勇者も死ぬぞ」

「うっそ。どうします。コレどうします」

「無知めっ。なんとか軌道修正できないんですか?」

「もう無理っ。どうしたらいいと思います? コレどうしたらいいといいと思います」

「無理なものは無理でしょうよ」

「無知め」

「お前が言うなっ」 

 僕が苦情を言いきる前に、魔王さまの魔法のような殺戮兵器は、一直線に『毒蛇』に発射された。そこには自由も無ければ主体性も無い無慈悲な攻撃だ。 

 『毒蛇』は魔王さまの攻撃で惨たらしく四散し、さらにイタチのさいこっぺというのなんというのか、ただいま勇者たちに吐き出そうとしていた毒が周囲に霧散した。

 ここから更に厄介だったのは、魔王さまと僕の立ち位置だ。ばっちり勇者たちの風下に位置していた。つまり、当然毒もこちらに向かってくる

「やっべっ」

 僕は急いで砂山の影に身を隠した。正直に言うと馬鹿な、良心的に言えばおちゃめな魔王さまは、毒蛇の毒を一身に受けていた。

 更に当然の帰結として、背後の紅い女性と金髪の少女のストーカー二人組も、魔王さまの向こう見ずな行動のせいで、二人仲良くのたうち回っている。

「くそっ。なんだこの毒は」と紅い女性。

「な、な、なんで私がこんな目にぃ」と金髪の女性。

 僕は砂山の影から姿を現すと、毒を受けた魔王さまを見下ろす。

「大丈夫ですか? 魔王さま」

 とここまで、ここに至るまでの経緯だ。結局、魔王さまの思いつくままの行動で、この場の全員が地獄を見ることなった。その全員というのは勿論、僕もその地獄に周円さている。

「うう。まあ、この程度はな」魔王さまはよろよろと立ち上がる。

「それで、勇者たちの塩梅は?」

「ううむ。まだ目がかすむな。お前が見てくれ」

 魔王さまは僕に望遠鏡を寄越す。僕は望遠鏡を覗き勇者とその御一行様の様子を見た。

「おおっ!」僕は神の存在を信じたくなる。

「どうした?」

「勇者は半分無事です」

「レベル1でか?」

「はい。勇者の愉快な仲間達は勇者の『肉の壁』となって勇者を守ったようですね。その結果、勇者の毒は軽微です。他の三人は駄目ですね絶命している」

「ふむ。下郎三人にしては、良い働きをしているな。後ろの下郎二人はどうだ?」

「訊くまでもないでしょう。毒でのたうち回った後の絶命ですよ絶命」

「ふふ。既定路線というやつだな」

「なんの路線だよ。地獄行きの路線ですか? だったら正解だ」

 奇妙な沈黙が続く。魔王さまが何かを考えて熟慮している時だけの現象だ。そして、苦慮に苦慮を重ねて腐敗しきってから後出しジャンケンよろしく、僕を困らせる。

「私はひじょうに機嫌が良い。だから、あの下郎三人にはこの『回復薬』で蘇生させてやろう。勿論、背後の二人の下郎コンビにもだ」

「でましたね伝家の宝刀『回復薬』。いつも通りじゃないですか」

「いや。いつも通りではない。やはりお前もまだまだだな、私の深い考えにはついて行けていない」

「ついて行きたくないだけです。じゃあ、みんなの毒を解除してくるので、人数分の『回復薬』を下さい」

「あい分かった」

 魔王様はふらつく足取りで『回復薬』を取り出すと、僕に手渡してくる。

 僕は魔王さまから『回復薬』を受け取った。

「ひーふーみーよーいつ……。あれ……。数が足りませんが」

「足りてるだろ?」

 こいつ毒蛇の毒で元々イカれている頭に更に磨きをかけたか。僕は真剣にそう思う。

 今、この場に必要な『回復薬』は六個のはずだ。

 魔王さま、勇者、勇者御一行様三名、そして、ストーカーコンビ二名。 

 魔王さまは自力で回復できるとして、そうなれば、六個必要だ。

 だが僕の手の中には五つの『回復薬』しかない。

 嫌な予感が胸に澱のようにたまっていく。今にも吐きそうだ

 まさかこいつ。

「ふふ。気づいたが。その『回復薬』を使うのは下郎五人だけだ」魔王さまはよろよろと僕を指さし言った。「そうなればどうなる? 私とあの子は同じ苦痛を共有した盟友。つまりはソウルフレンドに……」

「このサイコパスがっ!」僕の怒声が空気を震わせる。「怖ええんだよ発想が。普通、逆だろうが自分と勇者に『回復薬』を使うもんなんだよ! 僕らを置いて二人で逃避行できるチャンスだろうがっ」

「だって恥ずかしいし……」魔王さまが居心地悪そうに呟く。

「どう転んでも恥ずかしい状況なんだよこれは」 

 そして、なにより僕も毒にはかかっていないぞ。なんとなく疎外感を感じる。

「頼むよ。このか弱い魔王が、頼んでるんだぞ」

「自力で毒蛇の毒を解毒できる人がよく言いますね」僕は、はあ、と鉛のように重い息をつく。「まるで『パーキンソンの法則』だ」

「ぱ? なんだそれは」

「簡単に言えば仕事の、使える時間が増えるにつけ限度まで増える、って意味ですよ」

「どういう意味だ」

「本で読んで下さい。僕だって本で知ったんです」

「で、当然やってくれるな?」

「まったくどの口が……」僕は苦々しく口をゆがめ『人生は地獄的よりも地獄』だな」

「だから、なんだその言葉は?」

「人生の苦しみは突然やってきて無理難題を与える。それでも生きていかなきゃいけない。って意味ですよ。だから本ぐらい読んで下さい」

 そこまで言って僕は、待てよ、と自問した。なんで僕がこんな小難しい言葉を知っている。僕だってこの世界の最低限の教養ぐらいはもっているが、今の言葉はどの本に載っていた?

 疑問が疑問を呼び、思考の波がぐるぐると回る。

 僕の頭に浮かんだクエスチョンマークを壊したのは、魔王さま「……おぃ」と弱々しい声だった。

 僕は現実に引き戻され、魔王さまを見やる。

「いや。少し動きすぎた。私の中の毒が遅れてきた反抗期を満喫している」

「じゃあ、ご自身に『回復薬』をお使いになっては?」

「馬鹿かお前」 

 プチっと僕の中で何かが切れる音がする。

「馬鹿とは?」

「それじゃあ、私の計画が上手くいかないだろう。お前の力が必要だ。力を貸せ」

 ブチっと僕の中で何かがはち切れる音がする。

 やはり、この阿呆の魔王さまには教育的指導が必要だ。

 僕は魔王さまに背を向け数歩進み、深呼吸をした。自分は冷静だと自己暗示をかけ、技巧的な笑みをつくり魔王さまに振り返った。

「分かりました。魔王さまのお言葉通りに。それじゃあ行ってきますね」

「うむ。なんか笑顔が怖いが任せた」

 僕は魔王さまに親指を立てると、さあて、と不適に笑った。

 どう料理してくれようか。

 重要なのは助ける順番だ。勇者の仲間達を先に助けると、下手を打てば、一番体力の無い瀕死の勇者だけが生き残り、魔王さまの願い通りである誰一人得のしない無理心中が成立しかねない。

 更に得するのは、殺しても死なない背後のストーカーコンビと魔王さまぐらいだ。勿論、金髪の少女は性格こそどうかしているが、一角の少女なので蘇生する必要があるが大した脅威ではない。

 この状況下で、僕が一番、望む助ける順番は……。

 僕は了見を定め、足に力を込め魔王さまの背後で横臥するストーカーコンビに近づいた。すぐに紅い女性に『回復薬』を使い蘇生させる。

 すぐに紅い女性は目を覚まし「俺は一体?」と混乱しながら頭を振った。

「やあ」

 紅い女性は僕を見上げると「あっ。お前は。魔王さまの金魚のフンっ」と来た。

 言い方ははらわたが煮えくり返りそうだが、僕は冷静を装って「お前は蘇生させたのは魔王さまだよ」と言う。嘘は言っていない。

「ほ、本当か」紅い女性は喜々とした表情を浮かべ「やはり魔王さまは私の事をっ」と腰をくねらせる。

「言い方には棘があるが、その魔王さまからの伝言だ」

「なんだっ」紅い女性は前のめりに訊ねてきた。

「これを使って、お前の背後にいる金髪の少女を蘇生させろ」

 僕はそう言って『回復薬』を紅い女性に投げ渡す。

「これで? そんな事をして俺に何のメリットがあるんだ?」

「魔王さまは、あの金髪の少女を蘇生させれば、今後半径百メートル以内に近づいてもいい、と仰っている」

「本当か?」

「それこそお前にメリットしかないだろう。魔王さま公認で半径百メートル以内には近づけるんだ」というか、常にお前は魔王さまの百メートル圏内にいるだろうと内心で毒づき「それに、金髪の少女は僕のストーカーだ。お前に得は無いしろ損にはなるまいさ。なんだったら共謀して、僕たちの動向を監視するメリットもある」と続ける。

「たしかに」紅い女性は得心がいった、と手を鳴らした。

「じゃあ、よろしく」

 僕は急いで勇者達の元へ向かった。予定通り、というか、紅い女性が与しやすい馬鹿で助かった。

 勇者様御一行三名は、すでに絶命している。僕は、三名に『回復薬』を使い蘇生させる。そして、魔王さまを見やる。

 目を細め遠くにいる魔王さまを見ると、頭の上で腕を重ね円の文字を作った。

 僕も魔王さまに返事をするように、頭の上で腕を円をつくり、その流れで勇者に『回復薬』を使用する。勇者が完治した事を見届けた僕は、勇者に気取られる前に魔王さまの元に戻る。

「きっ、貴様。私を裏切ったのかっ!」

「裏切るも何も」僕は肩をすくめる。「そもそも論からして、魔王さまの計画は穴だらけでしょうが」

「穴? 何がだ」

「あんた完全に僕の事意識の埒外に追いやってましたよね? 僕がいたら勇者と二人きりになれる訳ないじゃないですか」

「ぐっ」魔王さまは唸る。「それはお前を信頼してこそだな」

「だまらっしゃいっ!」僕は爆ぜるような声を上げた。「一万歩譲って僕の事をなかった事にするのはいいとして、一番気に食わないのは、僕を鉄砲玉みたいに扱った挙げ句、自分と勇者だけは、心中という名の天寿を全うしようとしている点です」

「い、いや。それはだな」魔王さまの眼が泳ぐ。「私は、お前の事を信頼……そうっ。信頼だ。私はお前の事を信頼しての頼みだったのだ」

「それがあなたの最終的な答えでいいんですね?」僕は念を押すように言った。「発言を撤回するなら最後のチャンスですよ」

「もちろんだ」魔王さまが胸を張る。

「おおっ。濁りきった眼に、濁った生気が戻ってきましたね」僕は相好を崩し「では失礼します」と魔王さまの体をまさぐり、魔王さまが隠し持っているであろう『回復薬』を全て回収した。

「これで全部ですね」僕は呆れかえる思いだった。「よくもまあ、これだけの『回復薬』を隠し持てたもんだ」

「返せ」

「はいそうですかってなる訳ないでしょ。今日一日はこれは没収です」

「そんな」

「まあ、魔王さまの事ですから毒蛇の毒ごときで長時間の拘束は難しいでしょうけど、朝ぐらいまでなら時間稼ぎはできるでしょう。いつもの日課は魔王さまが完全回復してからですね。それまでは僕が勇者たちの安全を保証します。それに仮に、魔王さま亡くなっても、魔王さまお一人なら、転生して現在の勇者と添い遂げるのも夢ではありませんよ」

 まあ、魔王さまが死んだら僕が『回復薬』で蘇生させるんですけど、と僕は内心で悪戯気に笑う。

「くっ。くそぉぉぉ」

 魔王さまの慟哭が砂漠の夜空に響く。 

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