8:剣の師と。
あの男が用意してくれた剣の師は、とても優秀だった。なんというか……まぁ、顔見知りすぎて、やりやすすぎる、というのが本音だが。
前世でも私の剣の師をしていた元騎士団長のハイデガー卿が白い顎髭を撫でながらニコニコと微笑みかけてくる。
「ニコラウスは筋がいいな」
「ありがとうごじゃいます」
前世で一通りやったからな。
いつも額に青筋を立てていたハイデガー卿だったが、幼い子供相手には好々爺の振りをして教える気らしい。
噂は聞いているので、素でいいと伝えると、その噂は対王太子用の指導法だ。君には必要ない、と言われてしまった。
前世の私はそこまで駄目弟子だったかなと考えていると、ハイデガー卿が淋しそうに微笑み私の頭を撫でてきた。
両陛下や弟を悲しませたことは悔やんでいたが、それ以外にも私の死を悲しんでくれている者はいたのだな。
そういえば、婚約者だったレベッカはどうしているだろうか。目の前のことに熱中しすぎていて、彼女のことは横に置いていた。忘れていたわけではない。考えないようにしていた、というのが正しいのかもしれない。
「卿と亡くなられた殿下は仲が良かったので?」
「ワシは気に入っていたがな。殿下のお気持ちはわからん。才能があるくせに、剣には興味がないお方だったよ」
「……そう、なんですね」
まぁ、剣の修業より執務の方が好きだったからな。やっつけで訓練を終わらせてはハイデガー卿から逃げていたっけ。卿は襲われた時に反撃できる程度の技術をと言っていたが、私はそこそこ防御出来ればいいだろう派閥だったということもある。
今世は前世の分も含め、真面目に指導を受けよう。
始めて二ヵ月は子供用木剣で素振りをするだけだった。その後は、身体の柔らかさや柔軟な筋肉を育てるための基礎運動も加わった。
どうやら初めの素振りは、剣の訓練を続ける根性があるのかを調べるという意味もあったらしい。
素振りは心が無になるから好きだ。余計なことを考えず、ただ前を見て型に沿って振る。この数年はグルグルと色んなことを考え続けていたからだろうか。物凄く心が休まるのだ。
ハイデガー卿に教わるようになって五年。少し前から卿との打ち合いもメニューに加わっている。
「ニコラウスは殿下と剣筋が似ておるな……」
卿と打ち合いを終えたとき、そう呟かれた。似ているのであって一緒ではないんだな、と不思議な気持ちになっていると、ハイデガー卿が「なぜ死んでしまったんじゃろうなぁ」と少し遠い目をして城のある方を見つめていた。
私も、なぜ殺されるまでに至ったのかは、気になっている。
この世界に再び生を受けて十年。
そろそろ本気で動いてもいいのかもしれない。