7:女心と家族愛。
ライゼガング侯爵と話し終えて部屋に戻ると、母がどうだったのかと聞いてきた。
剣の師を付けてもらえることになったこと、その師の下でしばらく訓練しながら騎士団に入れる『常識的な年齢』というものを待つことにした、と伝えた。
「そう」
「母上、ずっと不機嫌な理由を教えてくれないか?」
「あら? こんなにも微笑んでいるのに、なぜ不機嫌だと思うの?」
なぜと言われても、いつもと目が違う。前世で、私を心底愛してくれている者の目を知っているから。母が私を見るときは、それと似たような目をしていたかが、いまは違う。それらを軽く伏せつつも、目の中に宿っていた愛が消えたようだと伝えた。
「……旦那様も、貴方の兄たちも、国のことばっかり。つまらないわ」
兄たちは王城で文官の見習いをしている。見習いは仕事が多いので、王城の宿舎で生活していて、屋敷に帰ってくるのは月に一度くらいだった。
「ふむ。母上はにゃぜあの男と結婚したんだ?」
「家同士の繋がりのためだったのよ……」
「でも愛ちているんだろう?」
「……うん」
母が今にも泣きそうな顔で微笑み教えてくれたのは、憧れの相手との結婚だったのに、ライゼガング侯爵は家同士での契約結婚としてしか見ていないという辛い現実。
「もう、疲れたわ……」
「では離縁すればいいではないか」
元々のライゼガング侯爵家は比較的新しい家系で、国内での立場が少し弱かった。
母の実家は建国以来の旧家。伯爵家ではあるものの、社交界での発言力はかなりのものだ。
「いまはもう、ライゼガング侯爵家の地位は安定しちぇいるだろう?」
「……離縁したら、あの人は私のことを忘れ去るじゃない」
なるほど。女心とはとても複雑なものなのだな。これは元来の猪突猛進の私も、現在の効率重視の私も、母とは相性が悪いな。
「あの男は、政治のことしか考えていないと思っちぇいたが――――」
たぶん、あの男は母のことを愛していると思う。軽やかに仕事の邪魔をしてくる母を咎めもしないし、睨みもしない。以前、ガッツリ睨んできたが、視線は私に向いていた。
あの男なりにちゃんと愛があるのだと伝えようとしたが、言葉が詰まった。
あの男への復讐しようと思っているのに、二人の仲を取り持つ意味はあるのか? 私とあの男と二人で、優しい母を苦しめるのは確定なのに、更に苦しめるのか? それならば、不仲のままでいさせたほうがいいのではないか?
そんな考えがぐるぐると脳内を巡る。
以前の私だったら、何も気にすることなくズバッと言っていただろうな。
「ニコラウス?」
「いや、なんでもない。母上、私は貴女が好きですよ。母としても、人としても。貴女は私の家族だ。この繋がりは一生消えないと思っている」
「っ! 五歳児のくせにっ」
母がぎゅむむと抱きしめてきた。
転生したばかりのころは、他人とするこの行為がとてつもなく恥ずかしかった。いまは、ちゃんとこの女性を母だと認識していて、家族からの抱擁は心を温かくするものだとも知った。
転生したときは、ライゼガング侯爵家の全てを潰してやろう。そう、思っていたんだがな。この人のことは守りたいとも思うのだから、人の心とは不思議なものだ。