5:商人から買い付ける。
ライゼガング侯爵が呼んだ商人が来たとのことで、大サロンに向かった。
商人は本の他にも反物や香水、宝石類など色々と持ってきていた。
母は優雅にソファに座り、商人の話を微笑んで聞いているが、あれは興味がないときの顔だ。
「あら、来たわね。ニコラウス、好きなのを選んでいいわよ」
「ありあ……噛みまちた。ありがとうございましゅ……」
うむ。噛み噛みだな。やはり発声と発音の練習もしよう。
商人が持ってきていたのは、大半が子供向けの本だったが、いくつかは戦術指南書や歴史書、人々の掌握術などもあった。
「む? ほう、さいちん巻が出たのですね」
王都で新しくオープンした店の記事や、おすすめデートコース、貴族名鑑に新しく名を連ねた者たちなども載っている『王都の歩き方』の今年のものがあった。ついでに買っておこう。
「ニコラウス、そんなものにも興味があるの?」
母が興味津々といったふうに私の手元を覗いてくる。王都の歩き方は、紳士淑女の嗜みのひとつだろうに。自ら王都内を歩けない私は、新たな情報などを得るにはこういったものを読む必要がある。もちろんご令嬢たちとのおしゃべりで情報収集はするが。
それに、こういった流行りのものや穴場情報などは、どこかで役立つ場合もあるからな……とは流石に母には言えないな。
「……おいちい焼菓子店などが載ってますので」
「え? ニコラウスお菓子とか好きなの!?」
「はい、好きですが?」
何に驚いているのだろうかと思ったら、まだ食べさせたことないのにと言われて失態に気付いた。そういえば最近食べてないなと思っていたが、そもそも菓子を与える年齢ではなかったのか。
慌てて、美味しそうな絵が描いてあるから、いつか食べてみたいのだと付け加えておいた。
「あの……奥様」
「そう呼ぶことは許可していないわ」
「っ、大変失礼いたしました。ライゼガング侯爵夫人」
「どうせあの人の執務室に行くんでしょ? あとは勝手になさい」
母は微笑んでいるのに、酷く冷めた目で商人を見ていた。そして、手を払う仕草をすると、商人は小間使たちに片付けを命じて、執事とともにサロンを出ていった。
「商人とお父しゃまは、なんの話をするのですか?」
質問に対しての返事はもらえなかったが、母は悲しそうに微笑むと私を抱き寄せて、少しだけ鼻をすすっていた。
予想外だった。前世で見ていた母――ライゼガング侯爵夫人は、ほんわりとした人で、いつも微笑んでいる印象だった。あの男のことを愛しているのだと、その笑みから、視線から伝わってきていたのに。
私が死んだあとに、何かがあったのか?
それとも、私が死んだからこうなった?
いまはまだ、分からないことだらけだ。