19:ライゼガングよ。
時は少し遡る――――。
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今日の会議を迎えるにあたって、一人の協力者がどうしても必要になった。
「実家に帰ってくる」
「兄さん、ついていこうか?」
「いや、大丈夫だ」
馬車に乗り、久しぶりに実家へ戻ると、母が抱きついてきた。元気だったかと聞くと、私のセリフだと怒られてしまった。母は、あの男とは口数は減ったものの、どうにかともに生活しているらしい。
あの男は執務室にいるのかと聞くと、頬を膨らませていじけられてしまった。この顔に私は弱い。悪い未来にはしないからと伝えると、同席したいと言われた。悩ましいところではあるが、好きにしろと伝えると私と腕を組んで歩き始めた。
なんだか締まらないが、まあいいか。
「ライゼガングよ、話がある」
執務室に入ってすぐにそう呼びかけると、ライゼガング侯爵も母も酷く驚いた顔をしていた。
「ニコラウス、貴方もライゼガングなのだけど……?」
「しまった。お母様の言う通りだな。だがしかし、いまはあえてお前をライゼガングと呼ぼう。昔の親しみを込めて」
ライゼガング侯爵も母も意味が分からないといった顔だが、話を進めさせてもらう。
「昔お前に聞いたな『ライゼガング、この先に待つ未来は明るいのか?』と。その答えは当時聞き取れなかった。だから、今知りたい」
「っ!? どこでそれを知った!!」
「あの場には、お前と私しかいなかったと思うが? お前は目撃者を作るなどというミスは犯さないだろう?」
ライゼガング侯爵が意味が分からないと言いながら頭を抱えていた。王太子殿下の差し金か? それとも陛下か? どこから、何が漏れている? なぜその言葉を知っている? などとブツブツと呟いている。メンタル大丈夫か?
「情報源はアルブレヒト本人だと言ったら?」
「……殿下の名を使い何がしたい。死者を冒涜するな」
「ふむ。お前も生真面目よな。私がアルブレヒトなのだから、自分の名くらい好き勝手に使わせろ」
「「は?」」
あ、しまった。
右腕をギチリと握りしめられて、母の存在を思い出した。目の前に集中しすぎていたな。悪い癖はなかなか直らないものだ。
「すまないな、お母様。アルブレヒトが死んだ日、ニコラウスが高熱を出していただろう?」
「え、うん……」
「気付いたら、ニコラウスの中にいた。たぶん本物のニコラウスはあの日、熱で帰らぬ者となっていたのだろう。いまこんな形で伝えてすまない。私は酷い息子だな」
母を見つめると、ボロボロと泣き出してしまった。立っていられなさそうだったのでソファに誘うと、ボフリと座って俯いてしまった。
そして小さな声で、先に話を進めていいと言われた。きっと自分のことより私たちの話のほうが重大だからと。
「そうは思わんな。どちらも大切だ」
「貴方のそういうところ、本当に男らしくて好きよ」
「んむ。前世からいい男だったからな」
「っ、ふふっ」
母は笑える、だからきっと大丈夫だろう。ライゼガング侯爵は、地獄の縁にいるような顔だがな。
「本当に、殿下なのですか?」
「そう言っている。なぁ、あのときお前は何と言ったんだ?」
大義のためだったのか、家族のためだったのか。どちらもなのか。あの日、最後に見たライゼガングの顔は、なんというか親に置き去りにされた子どものようでもあった。
「っ…………未来は……闇に包まれ、息もできません」
「そうか。ライゼガング、すまなかったな」
「……は?」
「お前にはお前の守るものがあった。国王からの命令を断るなど出来なかったと今なら分かる。私の愚直さがお前とお前の家族を苦しめてしまったのだな」
「っ、違いますっ! 違うん、です……」
ライゼガング侯爵が拳を握りしめ、ただ抗う勇気がなかったのだと言った。だが私はそれでいいと思う。抗えば犠牲が出る。家族だけではなく使用人も、ただでは済まないだろう。
国を取るか、国民を取るか、家族を取るか。宰相であるライゼガング侯爵に全ての責任を背負わせたのは国王陛下だろう。
「国の混乱と家族の命を盾に取られたのだろう? ニコラウスが熱を出したのは六ヵ月健診の直後だったな?」
「っ……なぜ…………それを」
「お前が私を殺して得られる利益は……ないとは言わないが、限りなく少ないからな。そっち方面かと調べたらすぐに分かった」
健康診断をした医師は、その数日後に事故死している。間違いなく、それが原因で本物のニコラウスは死んでしまったのだろう。ライゼガング侯爵を脅すための材料にされた。そして、ライゼガング侯爵は家族を取った。
「私が弱かっただけです」
まったく。この男はどこまでも生真面目で強情だ。だから利用されるのだ。
「恐れを知ることも、引くことも、大切だ。お前は強いよ。私は、弱かった。ただ、それだけだろう」
「殿下っ……」
「そうそう。逃がさんからな? これにサインしろ」
「は……?」
「全てを知り、手足に出来る便利なものを私が逃すとでも? 馬車馬の如く働けよ?」
「まさか……は?」
渡したのは、国王陛下に渡す譲位させるための書類。
いいからサインしろと何度も言い、やっとのことでサインさせた。
そして今度の会議で行う断罪をちゃんと見ておけとも付け加えた。これからライゼガング侯爵を使うのは、なかなか腹黒に育ったクヌートだ。あいつは私を殺したライゼガング侯爵を恨んでいるから、当たりはかなりキツいと思う。
「お前が引き寄せた未来だ。責任を持って見届け、国のために死ぬまで働け」
「っ、はい。覚悟しております。アルブレヒト王太子殿下」
「ニコラウスだ」
ライゼガング侯爵が執務机から立ち上がり臣下の礼を執った。
大きな手駒が一つ増え、なかなかに満足だ。




