16:来月には。
死の直前にあったことを結構忘れていたのだなと思いつつ、あのとき調べていた不正はどうなったのだろうとクヌートに聞いてみた。
クヌートは何も知らなかった。
つまりは、あの男が握りつぶしたのだろうな。不正の犯人はあの男ではなかった。誰かを庇っていたはずなのだが、あの男が自ら手を下してまで守る相手は…………限られすぎている。
「気付きたくはないものだな」
「兄さん?」
「ん?」
「顔、怖いよ……どうしたの?」
「清濁は、酷く苦いものだなと実感していた」
クヌートが何に気付いたのか知りたがったが、気付かないほうが良いこともあるとだけ伝えた。
夫婦仲睦まじく、国民に好かれていて、国の頂点に立ち、財もあるはずだ。
それなのになぜ…………。
以前の私なら、いますぐ真相を解明せねばと走り回り、誰彼構わず巻き込んでいただろうな。
いま急いだところで、既に事件は揉み消されているし、王太子だった私が生き返ることもない。それならばもう数年、内側からこの国を見るのも良いだろう。
騎士団に入り二年が経ち、見習い期間を終えたところで近衛騎士としての登用をさせた。クヌートに。
「十二歳で王太子付きの近衛騎士か。親が宰相だと、コネが使い放題だな」
クヌートの執務室に入る直前、扉の前の騎士にそう言われた。言いたい者には言わせておけばいい。ライゼガング侯爵家の権力はそれだけ王城に蔓延っているということだろう。好都合だ。
ライゼガング侯爵は王族により一層近づけたと喜んでいるし、クヌートは私の前世の記憶を頼りにしているし、皆Win-Winだろう。
だがまあ、もうすぐ全ての権力が失墜するんだがな。
「ふぅ。長かったな」
「兄さん、本当にやるんですか?」
「お前なぁ、その『兄さん』と呼ぶのやめろよ」
「でしたら兄さんも騎士らしくしたらどうですか?」
「私は悪役令息だからな。王太子の執務室でソファに寝そべり寛いでいても問題ない」
来月の議会で奴らを失墜させるために、いまはクヌートが必死に書類をまとめているところだ。私はもう十年ほどやってきたからな。いまはちょっと休憩している。
「ニコラウス様、飲み物をお持ちしました! あっ、お休みでしたか。膝枕しましょうか?」
「……ん」
人払いしたはずの執務室になぜかレベッカが現れたが、膝枕はなかなか魅力的だったのでツッコミは入れないでおいた。
「……うむ。やはりレベッカの太腿は柔らかくて気持ちいいな。レベッカ、頭を撫でてくれ」
「ハヒッ!」
さぁて、十年掛けて集めた資料と証拠を使って、謀略の限りを尽くして前世より楽しくのんびりと生きようじゃないか。
来月、奴らの絶望する顔が見られると思うと、本当に楽しみで仕方ないな。
さっさと仕事しろよ、クヌート?
「兄さん……すっごい悪い顔してる…………」
人聞きの悪いことを言うなよ、私はただ微笑んでいるだけなのだから。
「ニコラウス様、明日はお休みですよね!? デートしません!?」
「ん? いいぞ」
「っ! 明日、朝イチで迎えに参りますっ!」
流石にそれは男らしすぎるだろう。私が迎えに行くから屋敷で大人しく待っていろと言うと、レベッカが頬を真っ赤に染めていた。あぁ、行動的なくせに、こういう初な反応が可愛いんだよな。
ふと視界に入った自分の手を見る。
「…………お前を抱きしめても、包み込める腕ではなくなったんだな」
「いつまでも、待ちますよ」
レベッカの頬に手を添えると、レベッカが嬉しそうにそこに手を重ねた。徐々に顔が近づいて来た瞬間「んんんんっ!げほっ、ごほおっ!」とわざとらしい咳払い。
「兄さん、自身のいまの年齢分かってる? 節度は守ってよ?」
「チッ」
まぁ、レベッカを犯罪者にはしたくないからな。
「分かってるよ」
「大丈夫です! 放置プレイもご褒美です!」
……レベッカの反応はなんか違ったが、まあいい。




