15:あの日。
あの日は、春の終わりなのに少し肌寒い日だった。
王都内で行っていた大きな工事で、用途不明の工費に気付き資料室で探し物をしていたとき、暗い顔をしたライゼガングが入ってきた。
「どうした? ライゼガング」
「殿下、今回の件についての調査は私に任せてくださいませんか?」
「お前にはお前の仕事があるだろう?」
「不正を丸く納めるのも、宰相の仕事ですよ」
ライゼガングのその言葉に、違和感を覚えた。
「それはまるで、不正ありきの政務をしろと聞こえるのだが?」
「殿下の真っ直ぐさはとても美しいと思っております」
「……でも?」
そう続くのだろう?と促すと、ライゼガングが苦虫を噛み潰したような顔をした。
「でも…………全ての人間が真っ直ぐに前を向けることなどありません。全員が殿下と同じ方向など、向けないのです」
「そうだな。そういう者もいるだろう。だが私が王太子である限りは許さん。これにしたってそうだ。国民をなんだと思っている。納められた税をなんだと思っている。何のための、誰のための金だ?」
「そういうところです。殿下は灰色さえ許さない。だから、排されるのですよ……」
ライゼガングが懐から香水のような瓶を取り出し、私の口に押し込んできた。慌てて吐き出したものの、腹の奥底が焼けるような感覚に、既に手遅れだろうなと気づく。
王族として多少の毒には慣らされている。幼い頃から、微量の服毒をさせられていた。だから分かるのだ。即効性の毒は何をやっても無理だと。
「殿下が悪いのです……」
俯き、体の横で両手を硬く握りしめるライゼガング。まるで泣きそうな声だった。
ゴフリと血を吐きながら、資料棚に背中を預ける。立っていられず、ズルズルと滑り落ちるように床に座った。
ライゼガングを見上げると、本当に泣いていた。
「なぜ、泣く」
「殿下が…………悪いのです。人の話を、頼みを、陳情を、受け入れないから、こうなるんです」
「そうか。私は、そんなに……人の、話を聞いて……いなかったか」
「……っ、はい」
殺されるほど、誰かに恨まれていたとは気づかなかったな……と呟くと、ライゼガングが首を振った。
「むしろ、好かれていましたよ。でも……国の総意として、殿下の排除が決まりました」
「そうか」
「申し訳、ありません」
「ライゼガング、この先に待つ未来は明るいのか?」
そう聞いたとき、また大量の血を吐いた。そして耳が聞こえなくなった。
泣き笑いのような表情をしたライゼガングが何かを言っていたが、そのまま意識が飛んでしまった――――。
あのとき、あの男は何を言ったんだろうか。今となっては、聞いたところでどうしようもない気もするが。少し、気にはなるな。




