12:妻に――――。
幼い頃から変だった末息子――ニコラウスが、また突拍子もないことを言い出した。しかも、王族や公爵家までも巻き込んで。
王太子殿下が婚約破棄するという騒動に加え、なぜか王太子殿下の元婚約者であるレベッカ嬢と息子の婚約打診とかいう謎の手紙に翻弄されていたら、その原因がまさかの息子だった。
しかも、息子は王太子印付きの騎士団入団許可書までも持っていた。
いつの間にそんなことになったんだ。
息子は殿下と友だちになったとか、急に子どもらしいことを言ったかと思えば、王太子殿下の初恋を叶えたとか訳の分からないことばかり言っていた。
本当に意味が分からないし、部下や上の息子たちからはそんな報告は来ていなかったが?
ニコラウスが騎士団に入るのは、正直一向に構わない。騎士団の状況も把握しやすくなるしな。
ただ、早すぎる。あいつは、いつも行動が早すぎる。なんなんだ……。
上の息子たちは文官向きだったからこそ早めに家から出した。あのときのエミーリアの怒りを収めるのには苦労した。
ニコラウスは文官になる気は更々ないようだったから安心はしていたが、まさかの十歳で騎士団入り。
ニコラウスの成長を見るのが楽しいと話していたエミーリア。あの笑顔を曇らせるのが分かっているからこそ、酷く憂鬱な気分だ。
「エミーリア、少しいいか?」
部屋を訪れると、無表情のエミーリアに迎え入れられた。これは拙い。明らかに既に知っているといった顔だ。
ニコラウスか? あいつ余計なことを……。
「っ…………ニコラウスを騎士団に入れる」
決定事項として伝えるしかないので、そう言い切る。エミーリアの反応は予想とは違い、酷く落ち着いたものだった。
「覚悟していました」
その言葉にホッとしたのも束の間だった。
「ニコラウスは、貴方の手駒にはなりませんよ」
沸き上がるような怒りを含んだエミーリアの声。
背筋から汗が湧き出るかと思った。
「ダニエルとファビアンを文官にし、貴方のために働かせているのは知っていましたし、本人たちも納得していましたので、文句はありません」
エミーリアはそこで言葉を切ると、私の目を真っ直ぐに見つめてきた。
「ニコラウスは、自我が生まれたときから既にこの家から離れるための行動をしていたわ。貴方を父と呼ばないってこと、知ってた?」
「……は?」
「貴方のこと、ずっと『あの男』って呼ぶの。ねえ、ニコラウスに何をしたの? ニコラウスは何を知ってるの? 貴方は、私の大切なものを私から奪って楽しいの? なんで、貴方を愛する気持ちまでも奪うの? もう貴方の道具になるのは嫌…………部屋から出ていって」
静かな怒りをともしたエミーリアの瞳から、透明な雫が次々に流れ落ちていく。涙を拭おうと頬に手を伸ばしたが、叩くように払いのけられてしまった。
「出ていって!」
「っ……」
何も言えなかった。
言い訳も、愛も、私にはエミーリアに伝えることが出来ない。言えば、妻を余計に苦しめるだけだから。楽になるのは、私だけだから。
エミーリアの部屋を出て扉を閉めた瞬間、エミーリアが悲痛に泣き叫ぶ声が漏れ聞こえた。
私は、どこで道を間違えたのだろうか?
『ライゼガング、この先に待つ未来は明るいのか?』
死ぬ直前のアルブレヒト殿下の声が脳内に響いた。
「っ…………殿下……光芒さえ、見えません…………」




