第七章:初めての任務
翌朝、鈍い太陽が雲間から顔を覗かせる頃、林浩は甲板で掃除をしていた。帆の影に腰を下ろす阿正が、いつものように声をかけてくる。
「今日は忙しくなるぞ。お前にも仕事が回ってくる。」
「仕事って……?」
阿正は笑って肩をすくめた。「“客人”を迎えに行く。ここの連中は“交易”って呼んでるが、実際は……」
言葉を濁しながらも、阿正の目は鋭く光った。
やがて、小型の船が本船の側に接舷した。甲板の空気が緊張に包まれる。鬼丸兵介が姿を現し、部下たちが整列する中、林浩は雑用係として伊吹と共に荷の受け渡しを手伝うことになった。
「お前、これ持ってけ。」伊吹が無造作に木箱を渡す。
「中身は?」
「聞くな。見るな。運べ。」伊吹の声はいつもより低く、鋭かった。
林浩は返事もせず、重い箱を抱えて指定された舱室へと運び込む。その中で、彼はふと、床下から微かな金属の音を聞いた。箱の隙間からは、香のような匂いが漏れている。
武器か、薬か、それとも……。
戻ると伊吹はもう別の仕事に移っていた。代わりに、阿正が彼を呼び寄せる。
「見たか? あの小舟に乗ってたの、明の商人じゃない。髷の形が違ったろう?」
「じゃあ、どこの人間?」
「おそらく、朝鮮か琉球経由の密使だろう。もしくは……倭寇の幹部連中と繋がってる者たちかもしれん。」
林浩は無意識に拳を握った。自分が手伝って運んだものが、ただの荷物ではないことに気づいていた。だが、それを止める力はまだない。
「俺は……ここで何をしてるんだ?」
ぽつりと漏れた問いに、阿正は静かに答えた。
「生き延びること。そして、見極めることだ。この世界がどう回っているのかをな。」
日が沈む頃、林浩は船の舳先に立ち、遠く霞む陸地を眺めていた。
その背後に、気配がする。
「お前、あの荷物……余計な詮索はするなよ。」伊吹の声だった。
「詮索なんか……してない。」林浩は答えながら、嘘だとわかっていた。
伊吹はふっと鼻で笑った。「だったらいい。」
しばしの沈黙。海風が二人の間を通り抜けた。
「けど、お前みたいな奴がどこまでついてこれるか、見ものだな。」伊吹はそう言い残して、夜の中へと消えていった。
林浩はその背を見送りながら、胸の内に新たな決意を宿した。
生き延びるだけでは足りない。もっと、知りたい。もっと、強くなりたい。
この海の真実に、手を伸ばすために。