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東海の暁  作者: 原一文
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第五章 海に潜む影

朝の海は穏やかだった。静かに揺れる波の上、林浩は網の修繕を手伝いながら、ふと視線を横に移した。


そこにいたのは伊吹――同じ船に乗っている少年。彼はいつも端にいて、誰とも話さず、目の奥に何かを閉ざしていた。


「伊吹って子、ずっとあんな感じなのか?」

林浩が阿正に尋ねると、阿正は小さく笑って肩をすくめた。


「話そうと思えば話せるんだろうけどな。言葉を使うより、沈黙の方が慣れてるのさ。育った場所のせいだろう。」


その夜、突然の嵐が船を襲った。荒れ狂う風と波の音に叫び声が掻き消される。船体が軋み、マストが傾く。阿正が指示を飛ばし、林浩も必死で縄を引いた。


だがその時――


海面の下、確かに何かが動いた。


「何だ……あれ……?」

林浩が目を凝らすと、波間にぬるりと現れたのは、人か獣か判別のつかない影。まるで人魚のような姿に、鋭く光る目が幾つも。


海妖――阿正の話に出てきた、伝説の怪物。


乗組員たちは混乱し、武器を手に取る者もいたが、恐怖に足がすくんでいた。


そのとき、誰よりも早く動いたのが伊吹だった。


彼は音もなく甲板を駆け、波打ち際に躍り出た。腰の刃を抜くと、うねるように迫る影へ迷いなく突き立てた。


海面が赤く染まった。


まるでそれが日常であるかのような冷静さ。伊吹は何も言わず、ただ戦った。そして、影が退き、嵐が過ぎると、彼はまた黙って船の隅へ戻った。


林浩はただ呆然と、その背中を見つめていた。


「……あいつ、何者なんだ?」


阿正は少し間を置いてから、静かに答えた。


「まだお前には早い話かもしれん。だがな……あの子の中にも、海より深い闇がある。」


それからしばらくの間、林浩は伊吹に言葉をかけることはなかった。ただ、彼が見せたあの冷ややかな瞳と、確かな強さが、胸の中に不思議な余韻を残していた。

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