6:異名の拡大解釈
「それにしても、俺がこいつに異名貰ってからマリー・ベルがやってくるまで、めちゃくちゃ早かったよな。王都から来たんだろ? 異名を高めれば、高速移動もできるってことだろ? それに比べて徒歩移動なんざ、悪いな。俺たち遅いだろう」
ニケが五回目くらいの「疲れたー!」を言ったタイミングで、うざさを紛らわすために、マリー・ベルが村にやってきた時のことを振り返る。
最初は、さっさと邪神を捕らえてくれ。なんて思っていたが、よくよく考えれば、すさまじい行為だよな……。
「まあそうだが、実は私には、秘密兵器があるんだ」
ふふんと鼻を鳴らして、得意げに話すマリー・ベルは、高速移動の種明かしをしてくれた。
青い空を仰ぎ、声を張り上げる。
「出でよ、筋斗雲ーっ!」
「おお……雲!?」
彼女の呼び声に呼応して現れたのは、一畳ほどの大きさの黄色い雲。
見た感じ、羊毛よりも、もこもこのふかふか!
「ご覧の通り! 私の異名【斉天大聖】は神界より人を運ぶ雲を呼び出すことができるのだ! あいにく、私専用だがね」
その言葉を聞くや否や、間髪いれずにそれに飛び乗ろうとするバカ邪神。
しかし、ニケのケツは雲をすり抜け、地面に尻もちをつく羽目になるのだった。
「おぎゃ! 痛い! 腰打った!」
バカは無視して、その神力に関心する。
「これも異名の力なのか! 凄いな……」
「確かに異名を高めるというのは、より強くなるために不可欠だが、それは自身の肉体を高めるようなものだ。すなわち、日々の鍛錬がものを言う」
日々の鍛錬か。やっぱり、こういう神業は一朝一夕にはたどり着けない境地にあるんだな。いや、もしかしたら、一生をかけても辿り着けない者が大勢いるのだろう。
マリー・ベルがこの国最強の四天王に位置する根拠が垣間見れた。
「ソーマもダンジョンを単独で攻略したならば、肉体の練度はなかなかのものだろう。だが、これから襲い来るだろうロゼント王国の英傑を相手にするには不十分と言わざるを得ない」
「むう」
そう言われるとなんか悔しいが、事実、マリー・ベル級の猛者に何度も襲来されては敵わない。
「そこで、君がこれからの修行で主に行ってもらうのは、ずばり、異名の解釈を広げることだ」
「……解釈を広げる?」
聞きなれない言葉に首をかしげる。マリー・ベルは俺の不勉強は承知済みであるようで、学校の先生のように説明をしてくれた。助かる。
「うむ。私が筋斗雲を呼び出せるようになったのは、異名に宿る神力にもっと可能性を見出したからだ」
「可能性? 異名はその名に見合った神力を授けてくれるけど、それ以外にも何か力があるっていうことか?」
「誤解しないでほしいのは、異名以外の力じゃない。もちろん、それ以上でもない。というところかな。その異名の延長線上にある解釈を引き出す……言うなれば、『異名の拡大解釈』!」
「お、おう……?」
いまいち、ピンとこない。
頭をかしげて返事を渋っていると、彼女は「ふむ」と少し考えた。
「そうだな……例えば私は、神が天にも斉しいと太鼓判を与えたのだから、私はすなわち神にも斉しい。いわば地上に降りた神! いや神は地に降り立たん! 雲に乗って上空から下々を見下げるだろう!」
「ええ……」
困惑の色を隠せない。そんな、まるで子供の屁理屈みたいだな……。
「びっくりするだろう? だが、現にわたしはそれができた。異名に宿る神力は、できると明確にイメージできたなら、きっとそれが可能になる」
ふふふと笑い、彼女は髪をかき上げた。
その自身に満ち溢れた顔つきが、今の話が冗談でもなんでもないということを物語る。
「まあ、まさに、雲を掴むような話ではあるがな」
「雲を掴む。か……」
「だけどソーマ。君はこの先、なんとしても『異名の拡大解釈』を成し得なければならない。私が敗れた以上、神々はさらに多くの、より強大な使者を遣わすだろう。うかうかしていられないぞ」
「お腹すいたのう」
……お前、邪神このやろう。
せっかくマリー・ベルが俺のケツを叩いてくれているのに、なんてやる気を削ぐ奴だ。
「村で食べたでしょ。野営するまで待ちなさい」
「嫌じゃー! 神はひもじいのが大っキライなんじゃー!」
はあ。この調子じゃ、飯を口にするまで延々とうるさいぞ。
最初に根負けしたのは、マリー・ベルだった。
「まったく、世話の焼ける……。じゃあ、ちょっと私、そのあたりで食べれそうなもの探してくるから、待ってて。果実とか獣とか」
「わかった。助かる」
「あ、神は肉食わんから、獣は別にいらん」
「コラ。好き嫌いすんじゃねーよ邪神め」
「あいたっ!」
文句を垂れるニケにチョップ一発。人の好意を無駄にすんな。
その後すぐにマリー・ベルが発ったので、近くの木陰で休息をとった。
……奴らは、そんな時にあらわれた。
「おい! お前ら、げへへ、俺に合うとは運がねえな。身ぐるみおいてけ!」
ぞろぞろと現れた、40人くらいの盗賊団。その頭領らしき人物が、殆ど邪神と変わらない下品な笑い声をあげて、恫喝してくるのだった。
答えはもちろん。
「いやだね」
「ほう。俺ら全員が異名を持っていると言っても強気でいられるか?」
「へえ。皆で揃ってダンジョンにピクニックにでも行ったのか? 愉快な連中だな」
武芸者として名を挙げた連中なら、盗賊になる必要はない。つまり、異名を持っていようがいまいが、烏合の衆には変わらんのだ。
ビビる必要はないな。
「ほう……ビビらねぇな。お前もまさか、異名持ちか? 面白い。なああんた、勝負しねえか? 俺と、一対一でよ」
「なに?」
なんだそりゃ。奇をてらった提案だ。確かに、ちょっと驚いたぞ。
40人総出で戦った方が断然、こいつらにとって有利だろうに、まさか頭領がそんな提案をしてくるなんざ思いもしない。
「タイマンだよ、ダイマン! まあ断ってもいいが、そのときは俺らが全員でお前らを蹂躙するだけだ。どうする?」
「……それ、お前になんのメリットがある?」
「へへへ、なあに、単純に、手合わせしてえんだよ。俺だって今ではクソみたいな盗賊なんてやってるが、昔は拳一つで成り上がろうと鍛錬を積んだ。だからよ、こうして人数に臆さない強い相手と、力比べなんてしたくなるんだ」
へえ……。そんな心意気があるなら、今からでも街の道場で鍛錬を積んで、のし上る気概でも見せてみればいいものを。
いや……一度でも楽な道に落ちたら、戻るのは相当に難しいのかもしれないな。
なんだか、哀れんでしまうよ。
「ただし、条件がある! 異名の力を使わない。あと目付き・金的もなしな! 正々堂々、互いの武を競い合おうや」
「わかった。受けて立とう」
いいだろう。そこまで言われちゃ、武芸者として引き下がれない。
俺にだって自負がある。それも、こんな奴ののような過去の栄光なんかじゃない。つい先日、一人でダンジョンを攻略したという新鮮ほやほやの実績があるのだ。
負けるもんか!
「……お主、『闇の暗雲』はオート発動じゃからノーダメじゃろ。勝負にならんぞ」
「え……?」
え、どうしよう。
やっぱ今の勝負無しにして、全員『暗雲球』で蹴散らしてしまうか?
どのみち悪い奴らだし……。