12:対決! 天下一武闘杯!
「さあさあ! ソーマ選手! なぁにすっとぼけたツラして観客席に座ってるんですか! 早く舞台に降りてきてくださーい! はやくはやく!」
アナウンサーはしっかりと俺を見据えて、俺に呼びかけてきている。間違いない、ローラン姫、わざと俺に伝えないで、勝手に選手登録しやがったな。
ともあれ、ここで問答を繰り広げて場をシラケさせるのはよくない。
開場中の注目を集めながら、「へへへ……」と苦笑いを浮かべつつ、舞台へを向かう。
道すがら、現れたのは、ニヤニヤとしてやったりな笑顔を見せるローラン姫。
すかさず、文句の一つでも言ってやった。
「おいおい、なんで俺出んの? 魔王ってバラしたらダメくない!?」
「盛り上がるからいいのよ!」
いいのかなあ!?
まあ確かに会場はどよめいてはいたが、錯乱する人は誰もいなかったけど……。
「それに、ソーマの魔王の名を『そういう異名なんだね』と、世間にそう思わせる意味合いもありますわ。魔王の貴方が、一所懸命に戦っているところを見せ、何も悪事を働くことがないとわかれば、その名はむしろ、貴方を表す名へと変わる……。きっとそれは、拡大解釈の魔王の意志に負けないほどの自負へとなる」
そうか、これは、俺のためでもあったのか……。
「……と、マリー・ベルが言ってましたわ! まあそのためには、一勝でも多く勝ち進んで、貴方の名をより周知させること! 頑張りなさい、ソーマ!」
「お、おう! なんやかんや、俺も武芸者のはしくれだ。こんな大会に、心躍らないわけがない。よし、やるぞ!」
「さあ! 両者出揃いましたあっ! マリー・ベルさん! どうですか、二人の評価は!」
「そうだな……。【死屍累々《デスゲーム》】の異名は、乱世の時代に多く活躍したと聞く。要は屍が多くなればなるほどその異名の真価が発揮されたわけだが……大きな戦争もほとんどない今の時代に、果たしてどのような『拡大解釈』を見せてくれるのか、期待する所だ」
「なるほど! これはマリー・ベルさんも注目の異名! 一方で、その……【最終魔王】のソーマ選手ですが、ぶっちゃけアレ、大丈夫なんですか!? 私! 結構! ドキドキなんですけど!?」
「いや、まったく問題ない。ソーマは魔王なんて異名を貰い受けてしまったが、その心は気高く、温かな優しさに満ちている。そして何よりも、その強さを評価したい。油断していたとはいえ、私は一度、ソーマに敗れているのだからな」
「えっ……!? ええええええーっ!? ななな、なんとこのロゼント王国が誇る四天王の一人、マリー・ベルが! 【最終魔王】に負けていたあああああああああ!?」
それまで暴露しちゃうの!? 大丈夫!? マリー・ベル!?
会場はさすがにどよめいている。そりゃそうだ。もし俺が、暴れ出したりすれば、マリー・ベルでさえ敗れたこの魔王によって、成す術なく滅ぼされるんじゃ……!?
そんな不安を抱えても仕方ないぞ!
「大丈夫だ! なぜならソーマは……。勘違いとはいえ、一時は彼を殺そうとさえしたこの私を生かしたばかりか、私が目覚めるまで、親身に看病すらしてくれたのだ! ソーマが心優しき青年であることは私が保証しよう! 彼は! 異名がちょっと大変なだけで、ここにいるどの選手とも変わらない、立派な武芸者なのだ!」
マリー・ベルの力説に、観客は幾分か落ち着きを取り戻して切れた。ここはやはりマリー・ベルの信頼度の高さがなせる業だな。まあ、その信頼度のおかげで一瞬、混乱に陥りそうになったわけだが……。
まあなんだかんだ、俺の試合は滞りなく始まるようだ!
よかった!
舞台の上には対戦相手のマリク。
いよいよ、俺も緊張が高まってきた。カチコチに動きがぎこちなくなるようなヤツじゃない。程よい高揚と、全身を打つこの歓声へ……応えてやらねばなるまいという使命感にだ!
「きたな、魔王! 俺の前に沈む屍の一つとなれ!」
三つ編みの青年が俺を指さし高らかに吼える。
俺も負けじと、言葉を返す!
「いじめないで! 僕は悪い魔王じゃないよ!」
「ほざけ!」
互いのやる気は十分。
アナウンサーが、とうとう、開始の宣言をした!
「両者構えてっ! レディ……ファイトォ!」
まずは先手必勝! —―と、前に飛び出したのはマリク! 流石八勝無敗! 先手を取られた!
「俺の拳は屍の山を築くほどのパワー!」
早々に【死屍累々《デスゲーム》】の神力を活用する気配!
何をしてくるか見てみたい気もするが……物騒な名前の異名なんか怖いから! 対抗させてもらう!
「『闇の暗雲』! お前の神力を無効化する!」
「げえ!」
おっとびっくりしてら! これは勝機!
「『暗雲球』!」
暗雲を収縮し、黒い邪悪の塊として射出!
マリー・ベルに使ったやつより、威力は抑え気味でね!
腹部にド直球! マリクはぶっ飛んだ!
「うげええ! 俺もまた、屍の山の一部に……」
「勝者! 【最終魔王】のソーマ!」
「ふいー、緊張したけど、楽しかった!」
「おつかれさま! 上出来だったわよ!」
大歓声を背に、舞台を降りると、ローラン姫がサムズアップで賞賛してくれた。普通に嬉しい!
手を挙げて応えると、ローラン姫はハイタッチもしてくれて、なかなかに気分がいい。
「続いての勝負は【抱腹絶倒】のサンド! 【崑崙仙人】のスース!」
控室にいても、アナウンスの声はよく通った。
「異名を聞くだけじゃ、何してくるかわからんのばっかだな」
「そうね。だけど、それは相手も一緒よ! 分析と、相手よりも広い『拡大解釈』と、なにより強い自信。それをなくさないようにね!」
激励までしてくれちゃって、なんだよ。照れるぜ。
姫もまた、この大会の熱に当てられているのかもしれないな。
「【崑崙仙人】スースの勝利ー! 一回戦目と同じような一方的な展開でしたーっ!」
「さて、次は……と、ちょっと便所」
「私も行こうかしら」
「なんでだよ。くんなくんな」
流石に異性と、ましてや一国の姫様と連れションは一線を越えすぎだ。
なんか恥ずかしいし……。一人で行こう。
――ふう、さっぱり。
便所を終えて、一息つくと、ふと、あることを思い出した。
……あれ? そういえばニケは?
そういえばさっき、観客席に置いてきたが、おとなしくあのまま座っていればいいが……。
「たすけてえええ! ソーマあーっ!」
「ぶあっ! ニケ!? なにしてんだお前!」
そう思った瞬間、邪神が急に表れて、俺に抱き着いてきた。
顔面に張り付かれて前が見えないが、この声と邪悪な気配はまさしく邪神。ニケのものだ。
「違うんじゃあ! ほらあ! アイツらに追われててえ! 殺されそうでえ!」
「殺されそうだと? 何したんだよお前……」
一方的にこいつが悪いと決めつけて放った言葉だが、それは流石に横暴過ぎたかなと思い直し、いやこいつに配慮する必要はないなと速攻でその考えをまた改めた。
顔面の幼女体型をぐいと避けて、眼前には二人の小柄な女性がいた。……驚いた。顔が瓜二つ。双子だ。
その一人は、自身の背丈ほどもある曲刀を。
もう一人は、同じく大きな直剣を。
ギラリと刀身を光らせ、邪神を睨んでいた。
「どーも。【双刃右翼】タバッサ」
「……【双刃左翼】リリィ」
先ほどまでの、試合の時とは全く違う緊張感が襲い来る。
こいつら……やばい!
このプレッシャーはマリー・ベル並だぞ!
「邪悪なる者……殺す!」
双子は武器を構え、問答無用で迫りくる!
や、やっべえーっ!




