1:【最終魔王《ラスボス》】降臨!!!
この世に神はいない。
だが、ダンジョンには神がいる。
そして神は、ダンジョンに挑み武勇を示した者に対して、神力を宿す【異名】を授ける──。
俺は神より異名を授かるべく、『試練のダンジョン』に挑んだ。
全10階層からなるこのダンジョンは、最奥に神の偶像が祀られている。それに祈りを捧げれば、神が舞い降り、異名を与えてくださる。
そして俺は、ついに……それを成し遂げようとしていた。
──正拳突き一閃。
俺の拳が『偶像の守護者』の核を穿つと、人型を模した岩の塊は、とうとうバラバラに瓦解した。
「う、……うおおおおおお! ついにやったぞ、ダンジョン制覇だ!」
思わず叫んだ。石造りのダンジョン内に反響して、キーンと耳に余韻が残る。だが黙ってしまえば、静寂が辺りを包みこんだ。
俺一人。祝福の声もファンファーレもない。
この喜びを分かち合える仲間がいないのは少し物悲しいが、単独攻略を掲げたのは自分自身だ。俺の力をしっかりと神に知らしめたかったという、ただの意地だ。
長年の修練を積み、18歳となった。それを成し遂げた。ついに念願が叶うのだ。気を取り直して、ダンジョンの最奥へと足を運んだ。
神の偶像。
そこにあったのは、両腕と頭がもがれ、その代わりに美しい翼の生えた大理石の像だった。
なぜ神の偶像がこのような出で立ちなのかわからない。ただ、世界各地、どのダンジョンの最深部にもこのような偶像が鎮座していた。そして、祈りを捧げれば、神が降臨する。
「祈り方によって、現れる神が異なるという噂だが……さて」
神々によって与えてくださる異名とその神力も違ってくる。……らしい。
とはいえ、所詮は噂。こう祈ればこんな異名が与えられるといった、明確な情報はない。
そもそも複数人攻略しても降臨する神は一柱のみなのに、それぞれに様々な異名が与えられるのだから、当てにならない。
迷いに迷って、悩みあぐねて、せっかく頂ける異名に不満や異議を抱えてしまうのは失礼極まりないことだ。
ありのまま、神の意のまま、受け入れよう。
それを活かすも殺すも自分自身だ。
……なんてことを思いつつも、ちゃっかり、何通りかの祈り方は参考にしてきたわけだが……。
東方の宗教では武を司るとされる修羅の神へ捧げる祈り。西の国宗には勝利の女神。南のには太陽の神。北の創造神……。
古今東西、あらかたの祈り方は暗記してきた。
だけどなんだか、そんな下準備なんて、なんかむなしいもんだ。
ダンジョンを一人で攻略したこの達成感。さまざまな困難を切り抜けてきたこの高ぶる心のまま、今の気持ちのまま、神への感謝を捧げることにした。
ただ両手を合わせ、跪く……。
すると、偶像が輝いて、一本の光の柱が伸びた。
そして、光の中から、神が現れる……!
「なんじゃ、おぬし、一人で攻略したのか。なかなかやるのう」
幼女……のような風体をしていた。
だがここはダンジョンの最下層。すぐに人外の存在であることを再確認する。
「お褒めに預かり、光栄だ。神よ」
「うむ。……して、ここはどこじゃ?」
ふと、神は辺りを見渡し、疑問を口にした。
ダンジョンは世界中にある。神は祈りに呼応して降臨するが、その口ぶりからして、自身で降臨場所を選べたり、管轄があるわけではなさそうだ。
俺的にはあまり雑談とか挟まないで、降臨直後の貫禄とか威厳を保ったまま異名を与えてほしかったところだが……なに、焦ることはない。神の道楽に付き合おう。
「ウォーターガルドって村のそばにある『試練のダンジョン』ですよ」
「ほう? 聞かん村じゃな。さては田舎じゃな?」
「ま、まあ。自慢じゃないが、ド田舎さ」
それを聞くと、神はにやりと笑った。
まるでメスガキが意地悪を考えているような、憎らしい顔つきだ。
「ふふふ、そうか……! ついに、ついにこの時がやってきたかーっ!」
瞬間、歓喜の絶叫と共に、神からドス黒い瘴気が漂い始める――!?
いや何が起こった!?
「われは堕天するぞ! 愚かな神々よーっ! うわーっはっはっはーっ!」
「は? え?」
その言葉を発した瞬間、神に黒い稲妻が落ちた。
空気を引き裂くけたたましい轟音。強い光が一面を白く染め上げ、あまりの眩しさに目を強く瞑った。
やがて、うっすらを開けた視界に映るのは……禍々しいオーラを放つ、先ほどまで神だった存在……。
堕天した神。つまりは邪神……!
そしてそいつは、俺に手を向け、高らかに宣言した。
「人間! 貴様はわれと共にこの世界を征服するのだ! そう! この世界を支配する者の異名は──! 【最終魔王】が相応しい!」
「え……!? は!? オイ待て、神様! そんな大層な名はいらな……っ!」
「問答無用ーっ!」
邪神の手から暗黒の稲妻がほとばしり、俺の全身を飲み込んだ。力が流れ込んでくるのが分かる。痛みとそして、この零落神が抱える憎しみも……流れ込んでくる……!
それらが混ざり合って、異名として俺に刻まれる。
こうして俺の中に、邪神の力が宿った……。
「その異名には、われの神力をありったけ詰めた! お主は今より、邪悪なる恐怖の対象として、われの意のままに世界を征服して貰うぞ!」
「いや、嫌だわ!」
即答で断ってやった。
チクショウ、何してくれやがる! 俺の一生に一度の重大イベントが!
ずっと楽しみにしていたんだぞ異名! 【勇者】とか! 【英雄】とか! 弱きを守り悪を挫くようなものに憧れてたのに!
そんな俺の願い通りにはならんだろうとは思っていたけど、よりによって【最終魔王】!? そんなことあってたまるか!
「……なんじゃ? こやつ、なぜわれの言うことを聞かん? この人間、操れんぞ……!?」
邪神は上から目線の命令を断られたことにより、いささか動揺していた。
頭を悩ませた末に、一つの答えに辿り着く
「そうか! われの神力をありったけ詰めたものだから、われは神としての力がほとんど残っておらんのじゃ! そして堕天してしもうたから、これ以上神界から神力を得ることもできん! しまったーっ!」
そして勝手に、絶望に打ちひしがれた。
何を言っているのかいまいちよく分からないが、とりあえず、こいつがヘマをしたことだけは分かった。
こいつは邪神といえど、今は力も弱く、世界征服なんて夢のまた夢であることだけは分かったのだ。
それだけ分かれば十分だ。
「……じゃ、とりあえず私人逮捕しときますね。村に帰ったらきちんと通報もしますねー」
「や、やめろー! そんなことしたら、お主まで殺されるぞー!」
「なんでだよ」
「だってお主、【魔王】じゃし」
「あっ」
今まで目の前の現状に囚われてしまったが、そういえば、俺はこの邪神に最悪な異名を与えられたことを思い出した。
また気持ちが沈む。いやそれより何より……!
「落ちぶれたといえどわれは神なり。倒すと言うならば、【勇者】や【英雄】などと呼ばれるヤカラが必要じゃろう。じゃが、そやつらが【魔王】であるお主に対して、本当に何もせぬと言い切れるか?」
言い切れない!
というかほぼ間違いなく、俺まで殺られる!
だって邪神と魔王が並んでたら、誰だって仲間としか思えないって!
「う、うおおおお! こ、こいつーっ!」
「ふはははは! われとお主は一蓮托生じゃ! 少しばかり予定は狂ったが、何ら問題ない! お主にはしっかり強くなって、世界征服して貰うからなーっ!」
それは絶対に嫌だが! だけど現状、俺はどうしても強くならなきゃならない。
強くならないと、いずれ相まみえるだろう強敵に殺されてしまう!
「あとちゃんとわれも守って!」