操り人形 (変夢奇譚 ~くだらない夢のよせ集め~ 最終夜より)
変な夢を見た。
私の目の前には、例の女『九麗寺 菜音』が立っている。
菜音は、両手を腰の後ろに回し、何かを隠しているようだ。
そして、ニヤニヤしながら、私のほうを伺っている。
・・・・
私 「菜音・・・なんか、後ろに隠してるでしょ。バレバ・・・。」
菜音「レッドスネェぇク! カモォおン!」
私 「えっ? なんだい、突然・・・。」
菜音が、腰の後ろに回していた両手を体の前に出す。
その手にはコブラの形をした縦笛が握られていて、菜音はそれを吹き始めた。
おっ・・・意外とうまいぞ、なんてエキゾチックな音楽だろう。
そう思ったのも束の間だった。
突然、私の体が勝手に動き始め、メロディーに合わせて踊り始めた。
私 「えっ? なんだこれ? 勝手に体が動く。えいっ、くそっ!
おい。菜音! 止めてくれよ。お願いだからさ。」
菜音は首を横に振り振り、私にウィンクすると、調子に乗って高音域で笛を
吹く。
なんと、私の胴体が蛇のように伸び始め、ゆらゆらと動き始めたではないか!
私 「おいっ、菜音!
ボクは・・・怖い。これじゃ、蛇人間になっちまうよ!」
菜音は、私の声を無視し、目で笑いながら笛を吹き続ける。
くねくねと動き回る私の上半身。
そして、下半身は・・・なぜか屈伸運動を続けている。
屈伸するたびに、私の上半身が少しずつ伸びていくようだ。
こんな訳のわからない状態の中、私は、あることに気づいた。
自分の意志で体は動かせないものの、自由に話すことは出来る。
つまり、私の口だけは、自分の意志で動かすことができるのだ。
私は、そこに勝機を見出した。
私は、唇を尖らせると、息を吹きだした。そう、口笛を吹き始めたのである。
菜音が笛で吹いているエキゾチックなメロディーをまねて、高々と口笛を吹
く。
すると、菜音の下半身が屈伸を始め、菜音の胴体が少しずつ伸び始めた!
菜音「ちょっとぉ、やめてよ!」
菜音は、たまらず笛を吹くのを止めると、私にそう訴えかける。
しかし、不思議なことに、菜音が笛を吹くのを止めたはずなのに、音楽はちっ
とも止まらないのである。
私 「ありゃ、なんで音楽が止まらないの?」
私は、口笛を吹くのを止めた。しかし、口笛もまた、どこからともなく聞こえ
てくる。口笛のメロディーに合わせ、菜音の上体がくねくねと動き、私の方に近
寄ってくる。
菜音「ちょっとぉ、これ、どうなってるの?」
私 「ボクにもわからないよ。そもそも、菜音が始めたことじゃないか!
なんで、こんなことをしでかしたんだよ!」
菜音「知らないわよ! 私の意志じゃないわよ! 誰かが操ってるのよ!
ちょっと、なんとかしてよ!」
私 「どうにも・・・こうにも・・・。」
私と菜音の上体は、くねくねと動きながら、お互い絡み合っていく。
やがて、私と菜音の顔が近づき、熱い口づけをした。
そして・・・。
私 「あなたにお願いがあるのですが・・・。
そう、このくだらない人形劇を見ているあなたですよ。」
・・・・
人形の『私』が、私に話しかけてきた。
そう、私は、このなんとも言えない人形劇を見ていたのである。
ということは、話しかけてきたのは、私の人形を操っていた人形使い
か・・・。
人形使いが、『私』の人形を操りながら話しかけてくる。
「もう、いい加減疲れましたよ。
このしょうもない劇をね、何年も何年も繰り返しているんです。」
「なかなか、面白かった・・・と思うよ。」
人形使いは、今度は『菜音』の人形を操り始める。
「フン、いい加減なことを言わないでちょうだい。
この劇場を御覧なさいな。あんたしかいないじゃない。
明日になれば、誰もいないわ。
わたしはね、だぁれも見ていないのに、この劇を上演しないといけないのよ!
ああ、何という・・・孤独。」
人形使いは、『私』の人形を操り、話を続ける。
「まるで、ボク自身が、自動人形みたいなのです。
お客さん、お願いしますよ。ボクを止めてください。
ボクの背中には、ボタンが二つあるはずなんです。
でも、自分で押すことが出来ない。場所がわからないから。」
私は、彼の背後に回り、彼の服をまくりあげた。
彼の背中を見ると・・・なるほど、確かに二つのボタンがついている。
浅い穴が二つあり、その穴の奥にボタンが見える。
先端がとがったもので、二つ同時にボタンを押す必要があるように思われた。
「ボタンを二つ見つけた。何か先が尖ったものはないかい?」
「ああ、ありますよ。これでいいかな・・・。」
私は、彼からボールペンを二本受け取ると、それでボタンを押してやった。
「ああ、ありがとう。お客さん。自分が止まっていくのがわかりますよ。
これで、やっと・・・くだらないことから解放されます。」
彼の動きは、完全に止まったようだった。
そして、その顔は穏やかだった・・・。
そこで目が覚めた。
アタマがぼんやりしていた。
思ったよりも眠れなかったのかもしれない。
この頃、変な夢を見すぎているせいだろうか・・・。
さきほど見た夢の人形使いの言葉を思い出す。
「疲れました・・・。」
そうだな・・・俺も・・・もう、変な夢を見るのに、厭き厭きしてしまった。
なにせ、五十五夜も・・・くだらない夢を見続けたんだ・・・もう、十分だよな。
私は、夢で見た人形使いの背中を思い出しながら、シャツの中に手を突っ込み、自分の背中を慎重にまさぐった。
おっ・・・まさかと思っていたが・・・あった、あった。
私は起き上がると、ボールペンを二本取ってきて、鼻唄まじりにシャツを脱ぐ。
そして、自分の背中の二つの穴にボールペンのペン先を突っ込むと、同時にぐっと押し込んだ。
アイタっ・・・。
(完)