第一部 前編
運送会社のアルバイトを始めて二年。変なお客さんや、よく分からない再配達。色々とめんどくさいことはあった。先輩にもイイ人もいれば嫌な人もいて、楽しいことばかりだとは言えない。職場は家から十五分。今日も出勤の時間が迫っている。
「変な人がいたら話の種。今日も頑張ろう」
独り言のクセは抜けない。だけど、誰かに迷惑を掛けるワケでもなし。気にしなくてもいいだろう。重い腰を上げて家を出た。
「行ってきます」
また独り言。
「おはようございます!」
夕方から出勤しても同じ挨拶。こんにちはございますなんて存在しないんだから仕方がない。元気よく声を出しながら、意味不明なことを考えていた。
笑顔で返してくれる先輩方。けど、何故か初日から無視し続けてくる人もいる。まぁ、全人類に好かれるなんて無理な話。お賃金のためには割り切らないとな。
「あぁ。君に伝えないといけないことがあるんだ。今日から新しい人が入ったよ。一から教えてあげてくれるかな?」
営業所の二階。更衣室兼休憩室で着替えていた僕。ロッカーのある場所は見えないように仕切られていて、小部屋と化している。外の休憩室には椅子と机が置いてあり、お弁当を食べながら話しかける優しい声色の男性。
仕切りで顔は見えないが、いつもと変わらない微笑みを浮かべているんだろう。無視をする先輩とは正反対に、営業所長は優しい。きっと真面目に働いているからだろう。
「僕で良いんですか? 他の人の方が正確に教えられるんじゃ」
言いながら、着替え終えた僕は扉を開く。予想通りの笑顔が出迎えてくれた。
「君が一番優しく教えられるでしょ」
いつもよくしてくれる所長。シワも目立つけれど、まるで爽やかな青年のような笑顔。期待されたら応えないといけないよな。
「分かりました。頑張ります!」
営業所には所長含め十人ほど。アルバイトは今日までは三人だった。他は事務員さんも正社員。つまり僕が一番下。
「今日はこんな感じで回りましょう」
バイトリーダーが配達票を渡してくれた。僕より一個下の彼。年下だけれどテキパキとしていて、頼りになる存在。もう一人の先輩も僕より若い。確か大学生だったかな。
年上の後輩って難しいはず。だけど、二人とも変に気は遣わずに、配分も適切。全体量が分かる仕事上、誤魔化しは利かない。
「分かりました。そういえば、新人さんが来てるとか聞きましたけど、どこですか?」
営業所の一階は倉庫のような状態で、荷物がひしめいている。リーダーは死角になっている奥の方を指した。新人さんは前からいる人の顔を覚えるのも大変。だから僕から挨拶しよう。少しでも記憶に残りやすくね。
「初めまして! 今日から、よろしくお願いします」
続けて名乗った。目の前の男性は、僕の声に振り向く。背が高く、シワの目立つ顔。
「よろしくお願いします。吉野です」
吉野さんは僕が教えたことを一つ一つメモしていた。腰も低く、丁寧。
「いやぁー。先輩の教え方は分かりやすくて有難いですわ。他の社員さんたちは、飛ばし飛ばしになるんで覚えられなくって」
僕より倍近くは生きている彼。ヨイショも上手い。分かってても気分がアガる。
「何でも聞いてくださいね。答えられることなら教えますし、分からない時は一緒に聞きに行きましょう」
自信のなさが表れた。けれど、吉野さんは笑顔のまま。僕まで嬉しくなるような。
出勤時間がそれぞれ違い、僕が一番遅い。先輩たちも分かっていること。だけど、毎回総件数の五割は僕が受ける。アルバイト担当の分で、だけれども。
「えぇ、先輩まだ取るんですか?」
吉野さんが驚きの声を上げた。最初の分配でも、インセンティブは発生しない。だから気分の問題。少しでも二人が楽できるよう。
「まぁ、僕が一番遅く来てるんで」
格好つけた言い方をしたかも。なんて思いながら彼の顔を見ると、少年のように瞳を輝かせていた。少し照れる。
所長の言う通り、初日は僕が教えた。台車を押して進む僕の横を、吉野さんがメモ片手に歩く。お客さんへの対応、配達後の処理。一から色々と教えられたと思う。
「じゃあ今日はお疲れさまでした。また明日も一緒に頑張りましょうね」
五時間の仕事終わり。吉野さんへと掛けた言葉。わざとらしく声色は軽くした。
「これから毎日楽しくなりそうです!」
吉野さんの返事に、二人して笑い合う。
翌日。配達中に吉野さんに荷物を任せた。一件だけ。しかも後ろで僕が見守っている。
「お届け物です。ココに判子お願いします」
誰もが聞き覚えのある台詞。けど、相手の機嫌が悪かったのだろう。またはぎこちなさを感じ取られたのかもしれない。意味不明なお叱りを受ける吉野さん。
「お客さますみません。この人は昨日入ったばかりでして、不手際ございましたか?」
即座にフォロー。矢先は僕に向く。普段は嫌だと思うけれども、人を助けられたのだ。めちゃくちゃを言われても気分は悪くない。
「すみません。何で怒られたのかも全然理解できてなくて。この先やってけるのかなぁ」
十分ほどお客さまの話を聞いた後。僕の隣を歩く吉野さんは、高い背を縮めている。
「たまにいるんですよ。よく分からない怒りを僕らに向けてくる人。気にしても仕方ないんで、正当な意見でなければ聞いてるフリで大丈夫です。だから気になさらず!」
両手を胸の前に持っていく。拳を握り締め激励の意を伝えた。少し晴れた彼の顔。
「先輩強いっスね。秘訣とかあるんスか」
突然ヤンチャ感を出した吉野さん。驚いたけれど、動揺したら格好悪い。平静を装う。
「笑ってても一秒、泣いてても一秒なんで、同じ時間なら楽しんでた方が得かなと」
別に誰かの言葉とかではない。先に言った人がいるかもしれないが、少なくとも僕の中では僕の考え。特に、時間が結果に結び付く仕事。少しだって無駄にしたくないから。
「胸に刻んでおくっスわ」
吉野さんを励ませたなら、今の時間は無駄じゃないよな。
入って三日ほど経つと、吉野さんは一人で配達をこなし始めた。僕が出勤すると、彼を含めた四人での配達。けど僕は今までと同じ量。先輩たちの分を吉野さんに回すから。
「いつも頑張ってますね。年下だけど、先輩は尊敬しちゃいますよー」
帰り際に言われたお世辞。でも今日も笑みが溢れる。すると、シフト表に視線を移した吉野さん。なんだか寂しげな表情。
「明日は会えないのかぁー」
明日は僕が休み。オーバーだとは思っても素直に嬉しい。
「また来週も楽しみにしてますね」
返事を考えていると、吉野さんが先に言葉を出した。喜びに満ちた顔で、僕は頷く。
休み明け。吉野さんは朝から最後まで働くようになっていた。歳を感じさせない成長。
「いやいや、先生が良いからですって」
調子がいいのは相変わらず。
僕が携帯を忘れて朝一で取りに行った時。
「コレ、先輩のでしょう? すぐに誰のか分かりましたよぉ」
にこやかな顔で手渡してくれた吉野さん。形ではないプレゼントを貰った気分。
数週間。何箇月と経っても、楽しく働いていた。吉野さんも件数をこなせるようになると、夜間の配達に出る社員さんが二人減る。
五割負担でのダメージも増えたが、教える相手の成長は嬉しい限り。
クリスマス。年始。繁忙期が過ぎた。年上の後輩も、いつの間にやら契約社員。先輩は一人辞めて、バイトはリーダーと僕の二人。お互いの配達件数は増え、以前からの習慣で多く取りながら、過去の自分を恨み始める。
年が明けて二箇月ほど経った頃。夜の配達が終わり、店を閉めた後。限界量を超えた僕が戻るのは最後となり、営業所長と休憩室で二人。焦りと疲労に震える手で制服を脱ぐ。
「そうそう。大切な話があるんだ。今月末でこの建物取り壊しになるから」
え?
「ちょっと待ってください。なん?」
シャツを被って扉を開けた。腹を丸出しにしたままで。だってあと二週間しかない。
目にした所長の顔は、見たことないほどに寂しそうだった。いつもよりもシワが多い。
「俺も移動になるから、また君がどうなるか決まったら伝えるね」
え。クビもあり得るってコト?
お読みくださりありがとうございます。
後編を楽しみにお待ちいただけると幸いです。その間、よろしければ下記の完結済みアクションファンタジーなどいかがでしょう。