第一章⑥
モロドハ食堂は冒険者に人気の食堂だ。安価で美味しく、酒も安いときた。
朝はクエストを受ける前の腹ごしらえとして重宝されていて、夜はその日のクエストが成功した者は功績を肴に晩酌をしたりする者がいる一方で、失敗したクエストを振り返り反省会をする者、新しくパーティーに入った者を歓迎する為の場として使う者。
多様に利用されているこの食堂は常に客が多い。
今もそんな冒険者達が多い中、俺達は端の四人席に案内された。
正直、何がどうなっているのかさっぱりわからない。
冒険者ギルドに入ったら猫耳の獣人にホワの事を激褒めされて、しつこかったかと思ったらその獣人は美人魔術師に突っ込まれて、その美人魔術師からはお詫びと言って食堂に連れ込まれた。
自分で言うと悲しいが俺はそんなにギルドで目立つ功績は残していない。ゴブリンばっか倒していたからある意味目立っていたのかもしれないけど。
ただ、意味もなくゴブリンを倒していたわけではなく、自分の身体の動きを知る為だったり、魔法の修行をして、レベルアップを図っていた時期なだけなんだけども。
ゲームじゃないし、死んだら終わりの世界で自分の力を持って過信して高難易度クエストで無駄死にするのを避ける為だ。俺TUEEEしたいわけではないけど、よくわかっていないこの世界で生き残るための努力は欠かせない。
そんな準備期間だったからこそ、特に目立つ事はしていなかったが。
「ごめんなさいね。無理に連れてきてしまって」
席に座り店員さんから水を出された後、ディーネが罰の悪そうな顔で謝った。
「ほんとごめんにゃあ」
嬉々としてメニューを見ていたキャロも、ディーネの謝罪を見て、続けて謝る。こちらはなんかとりあえず感が見えた。
ちなみにホワは俺の鞄の中に隠れている。あれから姿を見せようともしないので、キャロは嫌われたらしい。
「えっと……単刀直入に聞きたいのですけど、目的はなんですか?」
色々と怒りや驚きなどの気持ちが沸いていたが、何よりも知りたいのがこの事だ。
俺を連れてきた理由、いや、俺と接触した理由だ。メリットが思いつかないのだ。
例えば俺の才能を知る事ができて、今のうちに懇意にしておけば有事の際に助けてもらう為にとかならわかるが、そもそもこの世界に俺のような相手の才能が見える力はないはずだ。まだ知識としては頼りないがいくつかの文献やギルドにいた人達に聞いてみたから、恐らく俺だけの能力もしくは極々少数だと思っている。
そうなると、現在の実力で俺に接触するメリットは? 俺でもわからない。
「そうですわね。順を追って話しましょうか」
ディーネはゆっくりと話しはじめた。
「まず、私達は数日前にこの街に来ました。元々私達はこの近くの村で生まれてますので。私たちは幼馴染で、12歳の時に私は魔法学校、キャロはそのまま村で狩りを生業として生きてきました。私が魔法学校を卒業後、実家へ戻ったとき、キャロと再会したのです」
魔法学校。噂では聞いていたけど、本当にあるんだ。
「私は魔法学校に入学して卒業するまで学校に借金をして生活していました。地方の村だとお金が稼げないですから。ただ、国としてはやはり魔法の才能がある子供達を受け入れたいと言う事で学費を無利子で貸してくれるのです」
ほほう。なら俺も行こうと思えばいけるのか。これは良いことを聞いた。独学だとなんか偏ってしまう気がしてたんだよね。
「ただ、そうなると卒業した後、稼がなければいけません。私は実家で少しの間休んで、ヨーラットで冒険者としてお金を稼ごうと決めていました。元々、私が魔法学校に入学したのも、村の人達の力になるためでしたから。クエストを依頼するのもお金がかかります。私が魔物を倒せばその分のお金が村に貯まりますからね」
ディーネが一度に話しすぎましたね、と出されたお水に手を出す。
俺もつられて水を飲みながら、彼女の話を整理する。
ディーネは魔法の才能があったが村人であり、国の支援を受けながら魔法学校に通った。卒業して借りていたお金を返す必要があり、その前に一度実家へ戻った。と、なるとキャロがついてきた理由としては幼馴染として仲が良かったのだろう、ディーネの手伝いをするために一緒にヨーラットまで来たのが予測できる。彼女達がヨーラットに来た理由としては冒険者ギルドでクエストをこなしお金を貯める為、というのが話の流れとして合いそうだ。
「お察しの通り、キャロは私の為にヨーラットまでついてきてくれました。そこで私達はお金を稼ぐ為に効率が良いとされるパーティーを組もうとしたのですが……」
俺の心を読むようにディーネは俺が考えていたその先の話から始めたが途中で言い淀む。
この先は言いづらいのか、ディーネは困った顔をしながら、かつちょっと頬を赤らめていた。
「その、なんというか、私もキャロもそれなりに男性の人気があるらしく……」
そこまで言われて合点がいく。
「なるほど。そういう事を要求してくる輩ばかりだったということですか」
たしかに、お世辞抜きでもディーネは美人だ。整った顔立ちに、艶やかな黒髪は腰のあたりまで伸びており、魔術師のローブの奥にある大きな胸は露出しているわけではないが、服の下からの主張が凄い。
キャロもキャロで猫の獣人の特性かはわからないが身長がそれほど大きいわけではないが、その愛嬌のある笑顔やさきほどの子供のような行動に目を瞑れば美人ではある。胸の方はディーネに及ばないがそれなりの物は持っていて、恐らく彼女はシーフなのだろうか、軽装故に胸の上部は布から顔を出しており、ちょっと目線を変える際に反射的に見ようとしてしまいそうになる。
彼女達とクエストを同行した時、心躍る出来事を夢みてもおかしくない。一日で終わるものもあれば街の外で野宿する場合もある。女性と一夜を共にするならば、そういうイベントを欲しても仕方ないのかもしれない。ただでさえ、魔物達と命懸けの戦いをする事がクエストでは多いわけで、その興奮状態は男女関係ない。中には女性から男性を襲うケースもあるとヴィクターさんが言っていた。
ただ、全ての冒険者がそうではなく、ディーネ達もそういう事をしたいと思わない人達なのだろう。
男性側がしたいと思った時、相手がよく知る相手ではない美人だった場合、後腐れないというか、その場限りで手を出してやろうと思う冒険者は少なく無いはずだ。
「なんとなく察しました」
「ありがとう。察してくれて嬉しいですわ」
「ただ、そうなると気になるのはどうしてその話を僕に?」
今の話の流れでは血気盛んな男性とクエストを回りたくないように感じた。一応、15歳といえど俺も男である。というか、クエストもソロで動いているし、Dランクで特に大物も狙わないので稼ぎも大きな稼ぎはない。
この話の流れだと俺をパーティーに誘いたい感じがするのだが、メリットが少ない気がする。
「オウカさんの事は数日ギルドで見ていました。ギルドでの立ち振る舞いは極めて真面目。ベテラン冒険者にも気にかけてもらっていましたし、ソロでゴブリン討伐を毎日傷一つなくこなしている姿を見て、この人なら大丈夫かなと思ったんです」
「わかりませんよ? 男は皆、獣です。僕もあなた達とパーティーを組むのなら自分に得がないと組もうとは思いません。それこそ身体を差し出せと言うかもしれませんよ?」
正直この二人とパーティーを組むと目立ちそうなのでやんわりと断ったつもりだったが、ディーネとキャロは二人で目を合わせて笑っていた。
「オウカ、そんなやらしい事を思っている人が正直に身体を差し出せとは言わないにゃあ」
「そういう真面目な人だとなんとなくわかっていたので声をかけたのですわ」
な、なるほど。たしかに下心を持ってたらここは二人の信用を得て、油断したところを襲うか。悪い人ぶって断る作戦は失敗だ。
ちょっと恥ずかしい。
「どうでしょうか? 一度だけでもクエストご一緒してくださらないかしら?」
「うーん……」
動揺したのがバレているのか、ディーネの押しが強くなった気がした。
「それに、キャロは別にオウカなら抱かれてもいいにゃあ。ディーネも良いって思ってるにゃあ」
「ええっ!?」
綺麗な顔俺とディーネの声が重なる。目が合うと、ディーネは頬を赤らめて俯いてしまった。
「キャロ、そういうのはあまり表に出して言うものではないですわ」
「キャロは獣人だから強そうな男にはダイレクトアタックにゃ」
二人で言い合っている。正直助かる。今の俺は心臓がバクバクで、正しい判断ができそうに無い。こんな美人達に抱かれたいと言われて冷静になれるだろうか? いや、無理だ。
体験がないわけではないが、ここまでの美人達には縁がなかった。キャロが言った事の真偽を確かめる事も出来ないが、少し期待してしまっている自分もいる。
落ち着け。落ち着くんだ。彼女達が近づいてきた真意を探れ。
「オウカさん?」
「ひゃ、ひゃい!」
あ、駄目だ。冷静じゃない。
「すいません。キャロが変な事を口走ってしまった事はお詫びしますわ」
「変な事言ってないにゃあ。獣人として当たり前のアプローチにゃ」
キャロは本当に良さそうな気がする……。駄目だ駄目だ。
「あっ、あの、つまり僕に近づいた理由を教えてもらえますか?」
なんとか言えた。心臓は俺の気持ちを無視して、いや俺の心の奥底の期待を表現してくれているのか、周りに聴こえているのではないかというぐらい脈打っている。
「つまり、キャロ達は一度オウカと一緒にクエストをこなしたいのにゃあ。いきなりパーティーを組んでとは言わないにゃあ。パーティーを組むにはお互いのメリットがないと続かないにゃ」
なんと、場を混乱させたキャロがまともなことを言いはじめた。呆気にとられたが、助かった。また話が真面目な方向に向かいそうだ。
「なるほど。お試しで一度組んでみるって事ですね。お互い良かったらパーティーを組む事を考えると」
「よかったら身体の方も試してもいいにゃあ」
違う。場を収めるとかそういう気持ちはこの人にはまったくない。自分が思った事をただ素直に言っているだけだ。
「そ、それはともかくとして、そういう事なら一度組んでみましょうか?」
多分顔は赤くなってしまっているが、なんとか真面目な話の方向へ無理矢理向かわせる。キャロは無視していた方が良い。
「ほ、本当ですか?」
ディーネもそう思ったのであろう、顔が若干引き攣りながらも俺の言葉のみに反応する。
「僕も正直そろそろ横の繋がりを作りたいなと思ってたんです。ヴィクターさんにはよく誘われるのですが、彼らはBランクなのでついていくにもまだ実力も足りなくて」
「わかりますわ。彼らについていくのならそれなりの力と実績は必要だと感じてしまいます」
「はい。たしかお二人は僕と同じDランクでしたよね?」
ここで声は出さなかったが、二人の顔に僅かながらの驚きを垣間見た。
何故自分達のランクを知っているのだろうかと思ったのだろう。
無理もない。本来ランクを知る方法は二つある。ギルドカードを見せてもらうか、本人から聞く方法だ。例えば俺のランクはヴィクターさんとの会話を聞いていれば簡単にわかってしまう。ヴィクターさんに話しかけられているともしかしたら実力者なのでは? という疑念をもたれかねないので、あえて俺は自身のランクを公言しているのだ。
だが、彼女達は違う。ならば何故俺が知っているか。実は前々から彼女達の事は見ていたのだ。
とても美人だったから。俺が俺という意識を戻して初めて冒険者ギルドに行った時、彼女達の美貌に目を奪われたのだ。
以来、依頼を受けたり、誰かと話している時など遠目にチラ見していたのだ。男は悲しい生き物で可愛いなとか美人だなと思った相手に自然と目がいってしまうのだ。
なので何回か彼女達が受けるクエストを見た事があったのだが、難易度がDランクの物だったのだ。
実際見たわけではないのだが、彼女達の反応を見るにどうやら当たっていたようだ。
無論、彼女たちを見ていたから言ったわけではない。
現状のところ、彼女達の接触から今まで、こっちが後手になっていた。いわば彼女たちのペースに呑まれていたと言っても過言ではない。このままあれよあれよとあちらに主導権を握られたまま話が進むのも、こちらとしても不安があるので、このタイミングで一石を投じたのだ。
「私達のランクを知っていたのですね」
ディーネからは僅かな警戒を感じた。ここはある意味正直に話す。
「ええ、ディーネさんは謙遜すると思いますが、お二人共とてもお綺麗なので、ギルドでは目立ってましたから。あなた達を誘っている人達や、受けるクエスト等から想定するのは難しくないかと思いますよ」
「なるほどにゃあ。顔が良いのも良いことだけじゃないのにゃあ」
顔が良いと自分で言い始めてしまったキャロはとりあえずスルーして。
「はい。なので、私が二人を常に気にしていたわけではないので気になさらず」
そう言ってにこりと笑う。この笑みをどう思うかは二人次第。何か悪い事を考えて接触してきたのであれば、ここは一度退いて作戦を練り直すはずだ。
正直な話、俺はこの二人をまだ信用していない。自分がギルド内で落ち着いていて控えめな部類だったのは理解しているが、冒険者の多くは俺とは真反対だ。常識的に物静かな冒険者を誘う場合、頼りなく感じるのが普通だ。俺がBランク冒険者だったとしたら、控えめだとしても実力があるとわかるので話は変わるが、Dランクの冒険者を女性側から誘うのは中々お目にかかれない光景なのだ。
故に、あえて警戒させた。俺を騙す気なのであれば、難しいと感じてくれるはずだ。先の発言は普段から周りを見ていて周囲を気にしているという意味も含めてあり、彼女達はそれに気づくと分かっていて発言したのだ。
「では、僕は今日ゴブリン討伐のクエストを受けているのですが、早速今日から一緒に行きますか?」
さあ、どう出る?