第一章②
ここ、ヨーラットの街は中々大きい街だそうで、首都となるエザーリングからも近い。近いと言っても歩けば数日もかかる道のりだけど。
首都に近ければ当然活気もある。俺達が住んでいる場所から10分も歩けば、そこは大通り。商人達が様々な地域から仕入れた自慢の一品達を、現物の評価以上に思わせる巧みな話術で人々の足を止めたり、異国の装飾品を売っている露天商や、鼻を刺激する焼き立ての肉の美味しそうな匂いを出しているダブルファングの肉刺し屋など至る所に店がある。
そんな色々な誘惑に負けずに街の中心に進んでいくと、そこには大きな噴水があるのだ。
女神フィンティアナと呼ばれる美女の石像が中心に設置され、周囲から恵とばかりに水が流れている。その傍らには大通りの場所取りに負けた露天商や、歴戦の勇者の冒険譚を奏でる吟遊詩人、抜き身のシミターを三つお手玉のように操る大道芸人などが常に観客を楽しませている。
そこから少し先に行くとようやく俺が目指していた場所。冒険者ギルドに行き着くわけだ。
冒険者ギルドは三階建ての石造りの無骨な作りで、入り口上部の看板は年季が漂う。
聞いた話では中で乱闘などがあると木造だとすぐ壊れてしまうから石造りにしたそう。
最初ここに入る時は緊張と興奮でいっぱいだった。
ドアを開ければそこは別世界。屈強な肉体をもち、巨大な斧を背負う厳ついおっちゃんや妖艶に微笑みながら高そうなお酒を口にしている魔法使いみたいなローブを羽織る美女だったりが思い思いに卓を囲んだり、カウンターに腰掛けていたり。掲示板に貼られている依頼書を吟味する若者や忙しなく駆け回るギルド職員もいる。
ここが俺の今の職場のようなものだ。
「おう、オウカ。今日もゴブリン狩りか?」
入ってすぐ、大剣を背負う青年に声をかけられる。
「ああ、ヴィクターさん。おはようございます」
よく世話を焼いてくれる戦士のヴィクターさんだ。目覚めたばかりの無知な俺に最初にアドバイスをくれた見た目通りの好青年。逆立った短髪の青い髪が特徴で、ジョブの戦士に相応しい筋肉質の腕はまだ15歳の俺にはない大人の色気を出している。
「そろそろゴブリン以外のクエストも受けても良いんじゃないか? 俺らと組んだりさ」
「いや、まだまだ未熟なので。それにゴブリンは数こなせばそれなりに稼げますし」
誘いはとても嬉しいのだが、ヴィクターさんは冒険者ランクBの高ランク冒険者で、彼がリーダーのパーティー「青い閃光」は4人全員がBランク冒険者なのだ。
対する俺はつい最近Dになったばかり。この人達が受けるクエストなんて到底同行出来ない。
「そうか? まあ、オウカがそう言うなら無理にとは言わないが」
「ランクCになったらご一緒させてください」
「わかった。楽しみにしてるよ」
そう言ってヴィクターさんは仲間の所へ戻った。
風の弓使いの女性フィニアさんと氷の魔法の使い手女性アシーネさんと闇の魔法を駆使するシーフの男性ジェルドさんがヴィクターさんを迎え入れつつこちらにも手を振ってくれた。
こちらも会釈で挨拶をし、一区切りついたので改めて依頼書が貼られてある掲示板へ。
うーんと、今日もゴブリンあるかな……あった。
10体討伐。1体当たり小銀貨1枚。日本円で1000円。転生前のオウカの記憶もあり、通貨も理解できている。小銅貨が10円。銅貨が100円。小銀貨が1000円。銀貨が10000円。小金貨はなく、金貨は100000円。白金貨は1000000円。見た事はない。小系が1円玉ぐらいで通常のが500円玉ぐらいの大きさだ。
この世界では例えば夕食と朝食ありの宿屋が小銀貨3枚から6枚で泊まれるので、ゴブリン10体で一泊は必ず泊まれて、安い所なら三泊できる。
俺はリューネと家を借りていて、家賃が一ヶ月で銀貨5枚ほど。ゴブリン50体討伐すれば一ヶ月分の家賃というわけだ。
今の所毎日討伐しているので、懐具合は当社比で暖かい。が、そろそろ我慢が効かなくなる事があるので、こっそりお金を使いたいのだが……。
まあ、今はゴブリンを倒す事を考えよう。ゴブリンの討伐依頼書を持ち、受付へ向かう。
受付にはいつも通り金髪の受付嬢が立っていた。
「メルさんおはようございます。今日はこれを受けます」
受付嬢のメルは俺に気付いてにっこりと笑った。
「オウカさんおはようございます。ゴブリン討伐ですね。かしこまりました」
メルは肩ぐらいまでのショートヘアーで、控えめに言って美人。切長の目から繰り出される視線は時に氷の眼光と言われ、人によってはその視線が快感になるらしい。
生憎そんな性癖がないのと、そもそもそんな目で見られた事がない俺には無縁の世界なのだけど。
「オウカさん、そろそろ他の魔物でも大丈夫そうですけど……」
メルがこちらを伺う様な目で俺を見る。
言わんとしたい事はわかる。こちらとしてもより強い魔物は報酬も高い。それでも俺がゴブリンを討伐するにはわけがあるのだ。
「まだまだ俺は未熟なので、もう少し自信がついたら他の魔物も受けてみますよ」
ある意味本音なのだが、奥底の本当の理由は伝えるつもりはない。
「まあ、ゴブリン討伐は近隣の村の方々からしたら嬉しい事ですしね」
メルも勘づいてくれたのか深く聞こうとはしなかった。とてもありがたい。
「はい。当面はゴブリン討伐で修行しながら、ゆっくりと成長していきますよ」
「わかりました。はい、それでは受注しましたのでこちらを。気をつけてくださいね」
「ありがとうございます。行ってきます!」
依頼書に判を押してもらい、これでクエストを受注した事になる。その依頼書を片手に俺は冒険者ギルドを後にした。