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初めての買い物

 忌々し気に憎しみのこもった声音。声と一緒にシヅキに向かって刃を振り下ろされた。きらめく刀に周囲から悲鳴が上がる。


「……タツキ!」


 タツキと呼ばれた彼は振り下ろした刃をそのまま捩じ上げた。

 不意打ちのような一撃目を躱し、次いでの刃を魔法で受け流す。こんな人の多い場所で刀を振り回すわけにはいかない。常識があれば当然のことだ。刀を振り回す時点で常識を期待できるはずもない。

 魔法は万能ではない。タツキから次々と向けられる刃の全てを魔法で交わすことは難しい。シヅキも腰に刀を提げてはいる。が、腰にあるだけの代物だ。タツキのように練度を上げようと思ったこともなければ、不必要に人に刃を向けようと思ったこともない。その差が、シヅキの腕に赤い筋を引く。


「シヅキ様!」


 目の前でシヅキが傷つく様子にカンナは悲鳴を上げていた。突然現れたタツキがなぜシヅキに刃を向けるのかなんて知らない。神官同士が争う理由も当然わからない。

 出会ってから間もないシヅキ達をよく知らなくて当然だ。神官だと思っていた二人が実はお尋ね者かもしれないと、過った不安を頭を振って払った。目の前でシヅキが魔法を使う。疑った罪悪感も瞬時に過ぎていく。魔法は神官しか使えない。小さな子供でも知っている当たり前のことだ。

 タツキの刃が商品として飾られていた着物を裂く。攻撃を避けたシヅキの足が商品の上を飛ぶ。古着屋だけでなく、近くの露店にも害は及んだ。攻撃から逃れるための魔法が商品を壊す。次の一手をと動いた先で物が壊れる。

 シヅキの回し蹴りがタツキの脳天を打ち据えた。まだ被害を受けていなかった店に頭から飛び落ちた。派手な音を立てて商品が壊れ、飛び散る様子にカンナはすっかり青ざめていた。

 この場から逃げるようにシヅキがカンナの手を引いて走り出す。なにがなんだかわからないまま、カンナはシヅキに引かれるままだ。人々の間を縫うように、人ごみに紛れるように走り、息が上がりきって、呼吸が苦しいと訴えることも許されず、人の喧騒から離れた河川まで走りっぱなしだった。


「はぁ、はぁっ……はぁ、シ、ヅキ、様……、あの」


 息の上がったままカンナはシヅキの怪我をした腕をとる。刀を掠めた傷はすでに瘡蓋となっていた。傷は浅かったと安堵に目じりが下がる。呼吸を整えているとカンナの怪我を心配する手をシヅキが押さえた。


「ごめん。キミを巻き込んでしまったね」


 どうしてと聞くようにシヅキを見れば、彼は首を横に振った。


「こんな場所でその力を使ってはダメだ。それにもう傷はふさがっている」

「だけど、怪我は痛いし。いくらでも治すけど、無理はしないでください」


 カンナの必死な様子にシヅキは困ったように眉を寄せていた。

 カンナも彼を困らせようと思っているわけではない。自分が出来ることはなにかと考えると、治癒の力しか浮かばなかった。蝶の痣を持つ自分は気味が悪いだろうに、気にすることなく接してくれる。それだけで十分すぎ、身に余るとすらカンナは思っていた。目の前にいるシヅキも同じような蝶の痣を持っていることなんてすっかり忘れている。


「ご両親の信頼をここで無下にするわけにはいかなだろう」


 シヅキの諭すような言葉にカンナを心配する両親の顔が浮かんだ。二人はカンナのこと思ってウリュウとシヅキに預けたのだ。それをカンナが台無しにするようではどちらにも立つ瀬がない。


「神官様! 助けてください!」


 必死な声を上げながら少年が一人走り寄ってくる。ここに来るまでに転んでしまったのか、泥まみれだ。頬にまで擦り傷が出来ていた。


「どうした?」


 シヅキは少年に合わせて腰を屈める。

 息を切らし、嗚咽をこぼす少年の背をカンナが優しくさすった。少年の傷に群がった赤く小さな蝶にシヅキがカンナの手を取る。


「カンナ! それは……今話したばかりだろう」


 申し訳なさそうに微笑んでカンナは視線を下げた。少年の傷は擦り傷だけじゃない。蝶は少年の頭頂部にも群がった。カンナは擦り傷を見て治癒の力を使おうと思ったわけじゃない。頭から血を流していなければ、今さっき言われたばかりの注意を無視するつもりはなかった。

 幸いなことに少年は赤い蝶に気が付いていない。興奮しているせいで怪我の痛みに鈍感になっており、中途半端に傷を治されたことにも気が付いていない。シヅキがカンナを止めても止めなくても、少年は気にすることもなかった。


「あの、どうしたんですか?」


 心配気な様子にシヅキは少年の肩に手を乗せた。


「いや、なんでもない。それよりどうした?」

「荷馬車が倒れちゃって、爺さんと姉ちゃんが下敷きになってしまったんだ」


 カンナの顔が青ざめる。荷馬車の横転なんて一大事だ。カンナの村では一台しかない荷馬車を大事に使っていた。横転なんてことになれば荷馬車が壊れるだけでなく、馬もただでは済まないし、死活問題だ。

 だが、少年の話はもっと深刻だった。そこに人が下敷きになる。生死に関わるし、運よく命が助かっても、大怪我は免れないだろう。


「ここに来るまでに誰か大人に助けを頼まなかったのか?」


 シヅキの問いはもっともだ。そんなことになれば近くにいた誰かに助けを求めるのが手っ取り早い。少なくとも、この河原の近くでは市が開かれている。周辺に全く人がいないというわけではない。


「助けてって、声を掛けたよ。でも……」


 少年は言いよどみ視線を漂わせる。言葉にできないないがあるのか、カンナには想像もつかない。村の外に初めて出たカンナには目に映るもの、耳にするものすべてが想像以上のものだ。


「でも?」

「馬が黒死蝶に驚いたせいで、倒れたんだ。それを見ていた人も沢山いたから……」


 誰も助けに入らなかったという話にカンナは目を伏せた。困っている人に手を差し伸べる。簡単そうで難しい。カンナは憤る思いを押し潰すように胸に手を当てた。自分なら手を差し伸べるのになんて詭弁だ。治癒の力を隠すためにずっと、カンナはそういう事から目を背けてきた。誰かを責めることなんて出来るわけもない。

 それでも、どうして誰も助けにいかないのと、責める心があった。


「そうか。場所は?」


 カンナのやり場のない思いと裏腹にシヅキは静かに返事を返す。あまりにも冷静で淡々とした様子だ。少年もシヅキの落ち着いた様子に高ぶっていた気持ちを少しは落ち着けられたのだろう。強張っていた顔が少しだけ和らいでいた。


「俺たちは先に行くから、市に目つきの悪いのと、坊主頭の二人の神官がいるから連れてきてくれ」


 少年は力強く頷き、走りだす。

 少年を見送って二人は足早に歩きだす。まっすぐと前を向いて足を進めるシヅキの背中を追いかけるしかカンナにはできない。一人で先走って向かったところで出来ることなんてたかが知れている。どんなに気が急いても仕方がないことだ。それでも、カンナは抱える不安を吐き出すようにシヅキに声を掛けた。カンナがいなければシヅキは駆け出すことが出来るのではないだろうかと。なんと返事があるのか、怖く思いながらも彼の背中を見つめる。シヅキは歩みを止めることなくカンナに振り返り、小さな笑みを向ける。どこか不安そうであり、幼子をあやし宥めるような。


「カンナ。勝手にその力を使わないでくれ」


 少年に使った治癒の力。カンナの力はこういう時にこそ発揮されるべきものだろう。父が口を酸っぱくして言っていた「使うな」とは違う。「勝手に使うな」となれば人を助けられる。目の前で苦しむ人を助けてあげられる。今までできなかったことが出来る。口にすることも憚れるような小さな喜びと期待が胸に湧く。


「カンナ。これから見ることはキミにとっては残酷なことかもしれない」

「え?……」


 シヅキの小さな声にカンナは聞き返すが、彼は答えなかった。期待は不安に変わりつつ、ただ、まっすぐと前を向いて足を進めるシヅキの背中を追いかけるしかできなかった。

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