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1.選考会

 ルディローザ・アクアティア侯爵令嬢。

 ブルエーム国の外交副大臣の父、いくつになっても美しい母と、2歳上の世話焼きの兄、沢山の使用人たちに囲まれ、沢山の愛を受けて成長中の10歳だ。


 屋敷内は朝から忙しい空気が漂っている。それは、特別聡い訳でもないルディローザでも分かる程だった。

 今日は王宮で開かれるお茶会がある。そこでどうやら第一王子の婚約者選びが行われるだろうと、両親は言っていた。

 第一王子ヴィクトルには何度か会ったことはあるはずだが、あまり覚えていない。国王陛下と同じ様にキラキラしてる人、その程度の印象だ。なぜその程度かというと、ルディローザはいつも父ジョージばかりを見ていたからだ。

 若くして外交副大臣になった父がルディローザの自慢だ。いくつもの外国語を自在に操る姿を初めて見た時から、父がルディローザの憧れになった。知らない外国の話は聞いてるだけでワクワクしたし、お土産に貰う読めない絵本は彼女の宝物だった。父のようになりたい、宝物が読めるようになりたいと思うのは自然な流れだった。父のアドバイスに従って、最初に自国のブルエーム語に注力し、次に1番の友好国のピルピノ語をある程度出来るようになってから他の言語に手を出した。10歳の今、父も驚く程立派なトリリンガルだ。


 そんな訳で、ルディローザは第一王子の婚約者というものにさしたる興味もなく、美味しいお菓子が食べられればそれで良かった。それどころか、王宮で外国語を使う機会があればいいのにと思っていた。たまには父や教師以外で自分の実力を試したかったからだ。


 ルディローザの思惑とは違い、侍女たちはどんどんと彼女を着飾っていく。


 波打つようなウェーブがかかった、艶やかな蜂蜜色の髪。藤色の瞳は切れ長で、すっと通った鼻筋、薄い桃色の形の良い唇がバランス良く配置されている。

 貪欲に外国語を学んでいる時以外は、普通のお淑やかな可愛らしい少女だ。ずば抜けて綺麗でもなければ、ずば抜けて賢い訳でもない。ずば抜けているのは、()()の外国語学習だけだった。


 同じ様に着飾った母と、仕事に向かう父と一緒に馬車に揺られて王宮に向かう。

 8歳から13歳までの伯爵家以上の令嬢は全て呼ばれているらしく、かなりの賑わいだった。父と別れ、受付を済ませると、侯爵位用の控室に通された。ベルベットのソファ、毛足の長い絨毯と重そうなカーテンは深紅色で、それ以外の内装や家具は真っ白だ。それら全てに金色の刺繍や装飾が施されており、とても高雅な雰囲気が漂っている。本棚まであるが、どの部屋にもあるのだろうか。

 公爵位の入室が終わるとまた順次案内されると受付で説明があったので、先に来ていた他の侯爵家に挨拶したり、母とお喋りをして待つ。


 すると暫くして、とても姿勢の綺麗な使用人が入ってきた。後ろにも数人使用人を連れ立っているので恐らく執事だろう。一礼してから口を開くと、とてもよく通る声が聞こえた。

 どうやら主催者である王妃や第一王子の公務が押しているらしく、まだまだ待つことになりそうだ。各侯爵家につき1人ずつ使用人をつけるので、詳しくはその人に聞いて欲しい、とのことだった。

 ざわざわと部屋の中が騒がしくなる。


「お待たせしておりまして、大変申し訳ございません。何なりとお申し付けください。可能な限り対応させていただきます」

「ありがとう。予定ではどのくらい遅れるのかしら?」

「おおよそ1時間程だと聞いております」


 母が庭を見学してもいいかと聞いたが、この部屋から出ることは出来ないらしい。それなら本棚から本を借りてもいいかと聞けば、即了承された。母と並んで本棚を見に行く。外国語の本も少しだけあり、ルディローザはその中の1冊を手に取った。


「まあルディ、もうパルガーロン語も読めるの?」

「いいえ、今勉強中です」

「ふふ、嬉しそうな顔しちゃって。さ、座ってから読みましょうね」


 ソファに戻ると、担当の使用人が飲み物を運んできてくれた。流石王家で出される飲み物、沢山の種類がワゴンに乗せられている。待たせるなんてと使用人にきつく問い詰めている親子もいる中、ルディローザは穏やかに母と紅茶を飲んでいた。

 本はどうやら推理小説のようだった。分からない単語にワクワクする。いつものように右手を伸ばすと、不意に母の手に触れた。


「あら。どうかした?」

「ごめんなさい。お母様。いつもそこに辞書を置いていたから…」

「ふふ、ルディったら」

「もしよろしければ、パルガーロン語の辞書をお持ちしましょうか?」

「ぜひお願いします…!」


 辞書はものの5分で届けられた。しかも紙とペンまでセットで。ルディローザは初めて王家に仕える使用人の凄さを知った。

 結局半分ほど読んだところで、お茶会の準備が整ったと言われ、王宮の庭へと案内された。ルディローザは後ろ髪を引かれる思いで本を返し、お礼を言って辞書とペンを返した。

 今日呼ばれた令嬢たちは全部で30人程。中には姉妹で参加しているものもいる。

 綺麗に手入れされた色とりどりの花道を歩く。どうやら3箇所に分けられているようで、ルディローザと母が案内されたテーブルは一番奥だった。


 すぐに王妃がみえた。すかさず全員が立ち上がりカーテシーをする。

 ルディローザは子供ながらに、流石王妃様と言いたくなるほどのオーラに気圧された。顔の造りだけ言えば母の方が美人なのに、存在としての美しさは圧倒的に王妃が上だ。最早別格だと断言できる。


「皆さん、お待たせしてしまったわね。今日はゆっくりと楽しんでちょうだい。さ、ヴィクトル、ご挨拶なさい」

「はい、お母様」


 金髪碧眼の美しい少年だった。王族のオーラも相まってきらきらして見える。しかしルディローザはちらっと見ただけで、すぐにまた王妃に釘付けになった。

 そのあとに何度か王妃から声をかけてもらったが、緊張しすぎて覚えていない。

 30分程で王妃と第一王子は席を外した。恐らく次のテーブルに移動したのだろう。


「自国語を話しているのに緊張してるルディ、久しぶりに見たわ」

「だって、お母様より綺麗な方を初めて見ました。私、ちゃんとお返事できてましたか?」

「まあ。うふふ、大丈夫だったわよ」


 ほっと胸を撫で下ろす。

 次にまた王妃様たちが戻ってきて話しかけられた時は、少しだけ落ち着いて返事が出来た。

 暫くすると令嬢たちだけが、控室でついてくれた使用人に案内されて庭を散策するように言われ、席を立つ。

 庭園のガゼボで休憩するように促され、お茶を持ってくると使用人が下がってしまった。ルディローザは控室で書き留めたパルガーロン語の単語を眺める。早く字を書いて覚えたい。


「それパルガーロン語? 噂通り、ルディローザ嬢は本当に外国語が好きなんだね」


 急に声を掛けられて顔を上げると、そこには第一王子であるヴィクトルが立っていた。慌てて立ち上がってカーテシーをする。

サラサラと癖のない金髪をなびかせ、青空のような澄んだスカイブルーの瞳。眉目秀麗という言葉は彼の為にあるのではないかと思えるほどだ。


「ここで座ってるようにと言われたら、察するかと思ったんだけど…聞いている程優秀でもないのかな? それとも熱中しすぎて気付かなかった?」

「すみません」


 流石王子様だ。嫌味を言われていることを、そのキラキラした笑顔のせいで忘れそうになる。もう一度謝ると、「で? どっち?」と追い打ちを掛けられる。


「ここで待つ意味が分かっていませんでした。お察しの通り、私は優秀ではありません」

「ふぅん。いくつも外国語を話せる天才と聞いたけど、謙遜なのかな? それとも外交副大臣の娘だから当然ですっていう嫌味?」


 いくら王子とはいえ、感じの悪さに正直腹が立った。

 父の娘だから当たり前だなんて、そんな訳ないじゃないか。ルディローザは1を聞いて10を知るような天才ではない。外国語は好きだから頑張れるのであって、それ以外では普通か、ほんの少し飲み込みが早い程度だ。恐ろしく優秀だと噂される第一王子に言われる方が嫌味だろう。

 別に婚約者になりたい訳じゃないし、きっと公爵家から選ばれるだろうし、と少しだけ言い返すことに決めた。あくまで少しだけ。


「父の影響で外国語を学んでいるのは事実です。外交副大臣の娘だからと言って、それが当然だなんて思っていません。()()努力の成果です」


 第一王子は目を見開いた。言い返されると思っていなかったのかもしれない。

 不敬だの何だの言われる前に、とりあえず謝って逃げようかとルディローザは思案した。


「……ごめん」


 今度はルディローザが瞠目する番だった。まさか第一王子ともあろう方が、軽くとはいえ頭を下げて謝るだなんて。

 王子に促され、並んでベンチに座る。ルディローザは居心地の悪さを感じ、早く次に行ってくれないかなと考えていた。


「…ルディローザ嬢は、努力は得意?」

「そうですね。実を結ぶものでしたら頑張れます」

「はは、とても10歳とは思えない」

「ヴィクトル殿下には到底及びません」

「結構言うね。ルディと呼んでも?」

「御随意に」


 そう言うと、第一王子は年相応の少年の顔で笑った。それからは差し障りのない会話を少しして、第一王子は去っていった。

 ルディローザは漸く息をついた。きっと爵位順に全員に声をかけるのだろう。大変だな、と他人事ながらに考えてた。


 自分がいつか、()()()()に行くとも知らず。




 王宮でのお茶会から3日後、婚約者候補に選ばれたと聞いた時、ルディローザは自分の耳を疑った。

 婚約者候補は3人。公爵家、侯爵家、伯爵家からそれぞれ1人ずつ選ばれたらしく、来週から隔日で王宮に行き、御妃教育を受けなければならなくなった。


「語学の時間が減ってしまいます。お父様、拒否は出来ないんですか?」

「ごめんね、ルディ。流石にそれは難しそうだ」

「そんな…」

「でも婚約者になれたなら、もっとマイナーな外国語の教育も受けられるかもしれないよ?」


 ルディローザは複雑な顔をして父を見た。


 もし婚約者に選ばれたら、今までのように外国語学習にばかり時間を割けなくなるが、家では学べないような外国語を学べるかもしれない。

 反対に選ばれなかったら、今までのように外国語学習に比重を置けるが、一生学べない言語があるかもしれない。


 ルディローザはどちらも選べなくて、結局泣いた。



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[良い点] 泣く理由が婚約者候補が嫌とかじゃなくて、 語学習得の時間と希少語の天秤な辺りが流石ですねw
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