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元男なので、聖女は勘弁してください

 聖剣ルインに選ばれる為には、勇者に相応しい人物だと思われる必要がある。つまり善行を積む必要がある。そう考えた私は、鍛錬の傍らで善行に励む事に決めた。

 しかし今の自分に出来る善行には、どんなものがあるだろう? 夜。部屋で一人、紙に色々な案を書き出していく。


・困っている人を見過ごさずに助ける。

・盗賊や泥棒などの悪人をやっつける。

・人里を荒らす悪いモンスターを退治する。


 一方、やってはいけない事も書き出してみる。


・物理的、精神的に人を傷付ける。

・不必要に命を殺める。自分や他人が殺されそうな状況や、食する為ならOK。


「基本的なところはこんな感じか」


 高熱病の一件以来、私は公に武芸に励むことが認められた。剣術、武術の師範がつけられ、座学で戦術や戦略も学んでいる。

 それと並行して貴族令嬢としての教育も施されている。教養に礼儀作法、刺繍に料理、舞踊に美容。そこに武芸関連の修行が加わったわけだから、単純に忙しくなったわけだが。

 勇者に選ばれたいのなら、、自分磨きだけではダメだ。前世の私は自分を磨くことにしか興味がなかった。

 一方ヒューゴは困っている者をよく助け、人望に厚かった。だからあいつが勇者に選ばれた時も、ヒューゴを知る者は口を揃えてこう言った。


『聖剣は勇者に相応しい“人格”も見ているんだろうな』


 ……と。つまり私は人格――行動面でも、聖剣から勇者に相応しい人物だと思われなければいけない。


「ふっふっふ……何をすれば勇者に選ばれるのかは、前世のあいつの行動を見ていれば何となく分かる。ククク……ヒューゴめ、残念だったな。今世では私が先回りして善行を積んで、勇者に選ばれてみせるぞ!」


 夜の部屋で一人、私は高笑いするのだった。


***


 私は10歳になると、タウンゼント騎士団への入団が許可された。もちろん見習いだが。1歳下のヒューゴと同じく見習い騎士、従騎士という扱いだ。

 元々タウンゼント家の嫡男は、10歳になったら騎士団に入り、腕を磨くという慣習がある。

 前世も私は10歳で騎士団入りした。今世では令嬢だから騎士団入団の予定はなかったが、自ら志願して入れてもらうことになった。


「アズールお嬢様! 今日から一緒に従騎士として頑張りましょうね。俺、騎士団でもお嬢様とご一緒できて嬉しいです!」


 騎士団の訓練所に行くと、早速ヒューゴが目を輝かせて犬のようにまとわりついてくる。鬱陶しいから適当にあしらっておこう。


「そうか。せいぜい頑張るんだぞ」

「はいっ! あ、俺が騎士団内での過ごし方をお伝えしますね」

「は? なんでお前が?」

「団長直々のご命令です! 俺はお嬢様と付き合いが長いから、騎士団内でもお世話して差し上げなさいって」

「余計なお世話だ! 団長に抗議に向かう、付き合え!」

「ま、待ってくださいよ!」


 団長室に向かおうとする私を、ヒューゴは必死に引き留める。


「騎士団内では団長命令は絶対です! いくらお嬢様とはいえ、新入りの従騎士が団長の決定に異を唱えるなんて認められませんよ!」

「むぅ……」


 言われてみればその通りだ。新入りの従騎士が騎士団を預かる団長の決定に抗議し、覆るような事があれば序列が滅茶苦茶になってしまう。周囲に対して示しがつかない。

 勇者として認められる為には、人格面の評価も大切だ。我儘で礼儀知らずの娘だと思われては、きっとマイナスになるに違いない。仕方がないので私は引き下がる事にする。


「仕方がない。今回は我慢しよう」

「そうしてください」


 ヒューゴに先輩風を吹かされるのは腹が立つが、他者からの善意の忠告を無下にするのは勇者らしからぬ行動だ。そう思った私は素直に聞き入れておいた。



***



 それからの私は、ひたすら勇者らしい振る舞いを心がけて励んだ。

 アルスターの東に盗賊が現れれば、行って退治する。


「山の砦を根城にしているのか。なら略奪物資の中に私とヒューゴが潜んでおく。あえて奪い取らせるんだ。内側から攪乱して突入の隙を作る」

「俺は構いませんが、アズールお嬢様は危険です! 自警団の皆さんと一緒に待機していてください!」

「作戦立案者は私だ。私が先陣を切るのは当たり前だろう」

「お嬢様……」


 冗談じゃない。ヒューゴを一人で潜入させたら、ヒューゴの手柄が大きくなるじゃないか。だから私も行く。自ら危険を冒して勝利をつかみ取ってこそ、勇者らしい振る舞いと言えるだろう。


「それに間違いは起こらない。お前がいるからな」

「えっ――」

「なるべくお前の側から離れないようにする。ヒューゴ、お前は命に代えても私を守るんだ」

「お嬢様、俺を信じてくれているのですね……分かりました、もう何も言いません!」

「よし、決まりだな」


 ククク……その力、せいぜい利用させてもらうぞ……!


「砦内部に潜入したら、私たちが内部に火をつける。盗賊が逃走経路の使用すると思しきポイントはこことここだ。それぞれの配置に自警団の人員を配置しておこう。これで一網打尽にできるぞ!」

「はいっ!!」


 作戦は目論見通りに進んだ。

 盗賊たちは私が読んだ通りの逃走経路を使って逃げ、待ち伏せした自警団の面々に攻撃され、捕縛される。


「よくも今まで好き勝手に村を荒らしてくれたなああああッ!!」

「ひいぃッ、許してくれえええッ!」


 作戦開始から約半日後。私たちは見事に盗賊壊滅に成功した。近隣住民たちは私の行いを絶賛する。


「ありがとうございます! お嬢様のおかげで、砦に奪われた物品も無事に戻ってきました!」

「気にするな。侯爵家の娘として当然のことをしたまでだ」

「こちらはお礼です。つまらぬ物ですが、近くの鉱山で採取できる珍しい宝石でございます」

「おお、これは……!」


 近隣住民たちが差し出した白銀色に輝く宝石に一瞬心が揺らぐ。

 私は美しい物が好きだ。ちなみに一番好きなのは自分自身の美しさだ。

 この宝石を身に着けた私は、さらに美しく光り輝く。そうに違いない。

 ――だが!

 人助けの報酬に物を受け取れば、もはや純粋な人助けとは言えない。勇者に選ばれる為にも、ここはぐっと堪えなければ……!


「確かに美しいな。見事な輝きだ。だが私は、タウンゼントの娘として当然の責務を果たしただけだ。領民は日頃から領主に税を払い、その代償に領主は民を守る。お前たち領民は良き領民だ。これ以上、何かを頂く必要はない。その宝石はお前たちの生活の糧にするがいい」

「おお……まだ少女なのに、なんと聡明で高潔なお方なんだ……」

「他所の土地では悪徳領主が領民に重税を課していると聞くが、うちのお嬢様は素晴らしいお方だ……こんなに民に寄り添ってくれるなんて……!」

「さすがアズールお嬢様です!!」


 よし、今のはかなり勇者らしかったんじゃないか!?

 あの宝石は惜しかったが……まあいい。いずれ金を貯めて買いに来よう。

 人助けと関係ない場所で、対価を支払って購入する分には問題ないだろうからな。



***



 アルスターの西に魔物の群れ(スタンピード)が発生すれば、行って冒険者たちに混じって鎮圧に協力する。


「前線部隊は敵を引き付けたところで塹壕に退避! 魔法部隊が魔物の群れに一斉攻撃するのだ!!」

「はいッ!!」

「敵の数を減らしたところで精鋭部隊を投入し、一気に攻め込ませるのだ!」

「今だ、行けええええッ!!」

「その隙に私とヒューゴが、スタンピードの元凶となったジャイアント・オーガを倒しに行く!!」

「アズールお嬢様は、俺が守る!!!」


 魔物の群れ(スタンピード)が発生するのは、魔物の群生地帯の別の強力な魔物が棲み付くからだ。

 住処を追われた魔物たちが一斉に移動する。それが人里に溢れかえってきて、甚大な被害をもたらすのだ。

 つまり根本的な問題さえ排除すれば、魔物たちは住み慣れた場所に戻っていく。

 冒険者たちに雑魚モンスターの相手をさせている間に、私とヒューゴは元凶のオーガを叩きに行った。私一人では心もとないが、ヒューゴの力を利用すればオーガに勝てる。そう読んでいる。

 誠に遺憾だが、ヒューゴは既に騎士団内で頭角を現している。はっきり言って大人顔負けの実力だ。

 私も負けじと技量を磨き、戦術や指揮、果ては士気高揚を学び、「技の宝庫」と異名を頂くまでになっている。

 だが圧倒的な爆発力を持ち、不可能を可能にする力を持つのはヒューゴだ。誠に遺憾だが……私とヒューゴは今のところ、お互いの短所を補い、長所を伸ばすような成長を遂げつつある。

 ――ならばヒューゴの力を利用させてもらうまでだ。

 そもそもこいつは、一度は勇者に選ばれた男だ。こんなところで死ぬ筈がない。ヒューゴにくっ付いていれば、私が死ぬ心配もない。

 万が一ヒューゴが死ぬようなことがあれば、さっさと逃げ出そう。ヒューゴがいなくなれば勇者の席が空く。どちらに転んでも私の好都合だ。

 というわけで、危険な鉄火場にはいつもヒューゴを同行させていた。

 ククク……その力、我が野望の為に利用させてもらうぞ……!


「俺のお嬢様にいいい! 指一本触れさせるものかあああッ!!」

「ヒギャアアアッ!!!」

「ひえっ」


 どういうわけか、ヒューゴは前世以上にやる気を出しているようだ。オーガ相手に一歩も引かず、鬼気迫る迫力で追い詰めている。


「ヒイィッ、ヒギイイイィィィッ!!」


 ああもう、オーガの方が怯えているじゃないか。それもその筈だ。ヒューゴは鬼のような形相で剣を振っている。もはやどっちがオーガだか分からない有様だ。だが、私も負けていられない。


「ヒューゴ! 一人で先に出すぎるな、危険だ!」

「はい、お嬢様!」

「それに――私の出番も残しておくんだぞ!」

「はいっ、お嬢様!!」


 ――十数分後。

 私たちの前には、八つ裂きにされ絶命したオーガの死体が転がっていた。

 オーガの気配が消えたことで、モンスターたちは森の奥へと戻っていく。冒険者たちはひと息ついた後に、私の作戦と私たちの動きを絶賛した。


「ありがとうな! お嬢たちのおかげで、犠牲者0でスタンピードを鎮圧できたぜ!」

「見ろよ。オーガが倒れたから魔物たちも住処に戻っていくぜ」


 ふふ、もっと褒めろ。賞賛はいくらあっても足りない。が、そんな俗物な一面を出すのは私のプライドが許さない。クールな微笑を浮かべ、髪をかき上げて私は答える。


「気にするな。一応モンスターも生態系の一種だからな。無駄な殺生は避けたかったのだ」


 私がそう言うと、ヒューゴたちはぽかんとした顔で私を見た。


「えっ……ひょっとしてアズールお嬢様、モンスターのことも考えていたんですか?」

「無益な殺生は女神様も好まれないだろう。モンスターも生態系の一角だからな。絶滅させるのは色々とまずい」

「モンスターにも慈悲をかけるなんて……なんてお優しい……」

「まるで聖女だな! 聖女様だ!!」


 私は勇者を目指しているのであって、聖女を目指しているわけじゃない。前世の記憶、男の自我を持っているから聖“女”と呼ばれるのは不愉快だ。

 しかし、そんな事情をそのまま口に出せる筈もなく。私は適当な言い訳をでっち上げる必要があった。


「皆の尽力があったからこそだ。たまたま目立った敵を叩いたからと言って、私一人が持ち上げられる謂れはない。聖女などと呼ばないでくれ。今回の勝利は、皆で掴んだ勝利だ」

「なっ、なんて嬉しいことを言ってくれるんだ……!」

「俺たちみたいな下っ端の冒険者に、こんな優しい言葉をかけてくれる貴族が今までいたか? いや、いない。お嬢は最高だぜえ!!」


 ……よし、なんとか誤魔化せたか?

 それから私たちは祝賀会を始めるという冒険者たちに別れを告げ、屋敷に戻った。

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