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或る令嬢と勇者、ゴーレムを倒す

 ゴツゴツした【魔結晶】が食道を落ちていく。はっきり言って、かなり気持ち悪い。だが、これで良い。

 前回ゴーレムと戦った時は、勇者になったヒューゴが光魔法を使った。今のこいつは魔法なんて使えない癖に、勇者になった瞬間に使えるようになるんだからな。本当に狡い奴だ。

 前世の記憶が蘇る。ヒューゴは光魔法でゴーレムの鎧を砕き、中身を直接攻撃して倒した。忌まわしい記憶だ。私は見ているだけだったからな。

 だが今は違う。今はまだヒューゴが勇者に選ばれていないから、光魔法を使えない。私もヒューゴにも魔法の素養がない。だから私は――。

 ドクン、と心臓が跳ねる。腹の奥が熱くなる。よしよし、これで良い……。


「よし……よし、よしっ! 想定通りだっ!!」

「お、お嬢様!? その剣は――!?」


 私が携える剣、その刀身が燃え盛る炎を纏う。自然の炎ではない。魔法により出現する炎だ。

 これこそが私の狙い。魔結晶を採取していた真の狙いなのだ。


「【魔結晶】を飲み込んだおかげで、今の私は一時的に魔法が使えるようになっている……つまり今の私は魔剣士だ!!」

「【魔結晶】にはそんな効果があるんですか……!?」

「あるのだっ! 反動もあるがなっ!!」

「し、知らなかった……!」


 魔結晶を飲み込んだ恩恵はそれだけではない。今の私はまるで体の中に高性能の動力源を得たような気分だ。体の動きが格段に良くなり、ゴーレムの動きが緩慢に見える。私は不敵に笑うと炎を纏った剣を構え、ゴーレムに突撃する。


「食らえ岩人形! 炎の魔剣、ファイアーソードだッ!!」

『GUOOOOOOOOO――!!!』

「はははっ、面白いぐらいにスパスパ斬れるな!」


 ゴーレムを纏う岩石の鎧を切り裂いていく。高魔力を纏った剣はゴーレムの魔力を遙かに凌駕している。大した力を入れずとも、複雑な技など用いなくとも、あっという間にゴーレムは劣勢に立たされる。

 ああ、気分がいい。前回はヒューゴが魔法剣でゴーレムを倒すのを背後で見ているだけだったからな。

 今回はヒューゴの方が見学者だ。どうだ、悔しいだろう。見ろ、どんどんゴーレムが丸裸に――丸裸、に……。


「う」


 突然の眩暈。想定していた事とはいえ、あまりにも気分が悪い。

 地面が揺れる。否、揺れているのは私の身体か。立っている事すら困難になる。

 胃の腑から途轍もない気持ち悪さがこみ上げてくる。私はぐらりと頭を回転させた後、下を向いて魔結晶を吐き出した。


「うぐっ、うっ……うええええええっ!」

「お嬢様っ!?」

「ふう、はあ……ちっ、身体による魔結晶の拒絶反応か。やはり極短時間しか使用できないか……」


 魔結晶を飲み込むと一時的に魔法を使えるようになる代わりに、身体に悪影響が出る。

 人間の身体は本来、魔結晶(あんなもの)を取り込めるようにできていないのだ。魔法効果を発揮できるのは、ほんの短い僅かな時間だけだ。一定時間を過ぎれば身体が拒絶反応を起こして魔結晶を排出しようとする。

 そして魔結晶を取り入れている間、身体は凄まじい速度で消耗していく。私はその場に崩れ落ちた。


「アズールお嬢様っ!!」

「ゴーレムの装甲は剥がせた……最低限の目的は達成できた。……ヒューゴ、後は任せるぞ」

「俺が……!?」


 ヒューゴは目を瞬かせる。まったくもって忌々しいが、やっぱり最後はコイツに託すしかない。


「正直に言おう。私は魔結晶の影響で消耗しきっている。もう動けない。指一本動かすのすら億劫だ。人が無理に魔結晶を体内に取り込むと、こういう反動があるんだ」

「そんな――」

「お前がゴーレムを倒さなければ、私たち二人揃ってあの世行きだ」


 私の言葉にヒューゴの顔色がみるみるうちに青くなっていく。

 ……あれ? コイツ、強敵を前に奮い立つタイプじゃなかったっけ?

 いや、それは一周目の世界で成長したヒューゴの話か。今のコイツはまだ子供。初めて出会う魔法生物を前に、命の危機に瀕してビビっているようだ。

 仕方がない。ここはもう一芝居打つとするか。


「あーあ、嫌だなー。死にたくないなー。せっかく頑張ってゴーレムの装甲を剥がしたのになー」


 我ながらひどい棒読みだ。しかしヒューゴは泣きそうな顔で私を凝視する。


「で、でも、俺にそんな大役が務まるのでしょうか!?」

「あ? 何が大役だ。こんなもの、お前が進む道にとっては些細な石だろう。装甲は剥がしてやったんだ。後は隙間からその剣で中身を突いて殺せば終わりだ。放っておいたら適当な岩石で鎧を補修するから早くしろ。私たちがこうやって話している間にも、あいつは回復しているんだぞ」


 私がここまでしてやったというのに、まだ泣き言を言うつもりか。なんて奴だ。腹が立ってきた私は一気に捲し立てる。


「もう魔法剣は使えないから二度目はない。さっさとやれ! 誠に遺憾だが、お前の力は他の誰よりも私が理解している。その私が言っているんだ。確信しているんだ。お前ならやれる。その為にお前を連れてきた」

「……分かりました、もう泣き言を言いません。お嬢様はこんな俺を信じてくれました。こんな情けない俺を……だったら全力で応えるだけです!」


 装甲補修が完了しつつあるゴーレム。ヒューゴは駆け出すと、まだ補修が及んでいない首の隙間に剣を突き立てた。


「俺が――お嬢様を守るッ!!」

「GIYAAAAAAA!!!」


 ヒューゴの剣が迷わず真っ直ぐゴーレムへと振り下ろされる。ゴーレムは自らを庇おうとするが、遅い。ヒューゴの方が速い。

 一瞬の煌めき。刀身がゴーレムの首に食い込み、ヒューゴが体重をかけるとそのまま切り落とされた。

 ゴーレムの悲鳴じみた咆哮が辺りに響き渡る。山の空気が揺れる。地面が振動する。それほどまでに凄まじい断末魔だった。

 ……あいつ、やっぱりとんでもない。ゴーレムの首を切断した。いくら装甲を剥がしてあるとはいえ、普通あそこまでやれるか?

 ヒューゴじゃなきゃ無理だ。あいつはこんな幼い頃から非凡の塊なんだ。選ばれた存在なんだと痛感させられる。……面白くない!!


「やりました、お嬢様! ゴーレムを倒しましたよ!」

「そうだな。よくやった。すごいすごい」

「どうしたんですか? 言葉に覇気がありませんよ。なんだか棒読みです。やっぱり具合が悪いですか?」

「あー、まあ、そうだな。自分では指一本動かせないな」

「大変だ! すぐに下山しないと!」

「ここまで来て引き返せるものか。山頂は目と鼻の先なんだ」


 私とヒューゴの力の差をここまで見せつけられて、はっきり言って面白くない。面白くないが、それでも最低限の目的は達成しなくてはならない。


「【幻香草】は絶対手に入れる。ヒューゴ、私を背負って山頂まで登るんだ」

「かしこまりました」

「あ、ちょっと待て」


 辛うじて動く左腕を使って、背嚢の中から軟膏を取り出す。


「さっきのポーションで大きな傷は回復しただろうが、細かい傷は残っているだろう。どこが痛む?」

「ええと、肩と背中と膝と……」

「塗りにくそうな箇所だな。私が塗ってやろう。この軟膏はよく効くぞ。痛むところを診せてみろ」

「え、そんな、お嬢様の手を煩わせるわけにはいきませんよっ!」

「どうせ自分じゃ塗れないだろう。いいからさっさと脱ぐんだ。時間がもったいない」


 これから下山するまで、ヒューゴは私の乗り物だからな。乗り物の整備は念入りに行っておかないと、途中で使い物にならなくなったら困る。ヒューゴを強引に脱がせ、痛むという箇所に軟膏を塗り込んでいく。


「……お嬢様は本当に、俺を気遣ってくれるんですね」

「は?」

「さっきだって俺の為に、魔結晶を採取していましたよね」

「ゴーレムを倒す為に使ってしまったがな」


 というか最初からそれが目的だった。今の私たちは魔法が使えない。しかし魔法で装甲を破壊しないとゴーレムを倒すのは難しい。だから苦肉の策として、魔結晶を体内に取り込み、一時的に魔法を使えるようにしようと考えた。ヒューゴの為というのはその場しのぎの嘘だ。ただの誤魔化しだ。

 ふふん、どうだ。ぬか喜びさせられて悔しいだろう?

 生活が少しは良くなるかもしれないと思ったのに、目の前で台無しにされた気分はどうだ? ククク……。


「お嬢様の判断は正解だったと思います。あの時お嬢様が魔法結晶を使わなければ俺たちは二人ともやられていました。体に反動だってあるのに。お嬢様は俺たちの命を救ってくれたんです」


 ……ん?


「俺の力も信じてくれて、すごく嬉しかった。俺自身でさえ自分を信じ切れなかったのに、お嬢様は信じてくれました……だから勝てたんです。この勝利はお嬢様のおかげです。俺たち二人の勝利です。今だってお嬢様も体が辛いのに、こうして俺の事を気にかけてくれて――ますます尊敬しました。一生ついていきます!」

「……………………」


 ダメだ。全然悔しがっていない。それどころか目を輝かせて私を見つめている。

 ……まあ仕方がないか。ヒューゴはこういう奴だ。何でもポジティブに捉え、人を憎んだり妬んだりしない。だから私はヒューゴが苦手だし、苦手な面を強調している時のヒューゴと深く向き合うつもりはない。


「ほら、塗り終えた。行くぞ」

「はいっ!」


 仕上げに背中を強めに叩く。嫌がらせのつもりだったのに、今の私では大した力が出せなかった。

 単なる気合い入れと捉えられたようだ。ヒューゴは私を背負ったまま、ものすごいスピードで山を駆け上っていった。

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