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或る侯爵令嬢、今さら悔やんでももう遅い

 ある日の夕方。孤児院の裏に呼び出されたヒューゴは、数人のいじめっ子を木の枝一つで倒した。

 実に見事な身のこなしだった。まずは駆け足で相手を分断すると、一人ずつ確実に仕留めていく。私はその様子を、物陰からこっそり見守っていた。


「ハアッ、ハアッ……みんな、大丈夫か?」

「ヒイイッ、ごめんよ、もういじめないよぉ!」

「お嬢様と仲良くしているお前が羨ましかったんだ! なんでヒューゴばっかりって……」

「でもお前みたいなすごい奴なら、お嬢様に目をかけてもらえるのも仕方ないって分かったよ!」

「お前は俺たちとは違うんだ! お嬢様が気に入るのも当然だ! 身に染みて分かったよぉ!」


 ……なんだ、情けない連中だな。

 たとえ嫉妬からでも嫌がらせを始めたのなら、行動を起こしたのなら最後まで貫け。前世の私のように。所詮はこういうところが格の違いだな。嫉妬も極めれば、魔王の眷属に選ばれるというのに。

 正道にしろ、邪道にしろ、道を極められるのは一握りの優秀な人間だけだ。

 つまり前世の私は邪道に落ちはしたが、優れていたというわけだな!


「みんな……。俺の方こそ、ごめん。みんなの気持ちを考えていなかった。今みんなに言われて気付いたよ。もし逆の立場だったら、俺も嫌な気持ちになったかもしれない」

「ヒューゴ……」

「殴り返してごめん。痛かっただろう。もうやらないよ。俺はみんなとケンカしたいわけじゃない。仲良くしたいだけなんだ」

「ヒューゴ、お前って奴は……なんて良い奴なんだ!」

「うわあああん! 今までごめんよおぉぉッ!」


 ……私は何を見せられているんだ?

 いや、分かっていたじゃないか。ヒューゴはこういう奴だ。

 強さと優しさを兼ね揃えた男。自分を傷付けた相手でも、あっさり許してしまう。

 強いだけなら腹が立つ。優しいだけでは無力だ。しかし両方が備わればどうだろう。

 凡百の人間なら、ヒューゴという存在を前に膝を折る。だが私は違った。私は孤児院の子供とは違う。タウンゼント侯爵家の嫡男だった。

 タウンゼント家は侯爵家であると共に、300年前、魔王を封印した先代勇者が興した家だ。

 家宝は勇者タウンゼントが使いこなしたという【聖剣ルイン】。今はただの重いだけの剣だが、再び魔王がこの世に蘇った時に刀身が光り輝き、魔王に対抗できる勇者を選ぶ。

 私は――いや、私だけではない。タウンゼント家の男児は、魔王が蘇った時の為に鍛錬に励んできた。

 それがどこの馬の骨とも知れない孤児院の子供に立場を奪われるなんて、我慢できなかった。


「……」


 ヒューゴは私が重ねた百の努力を、半分以下の努力で超えていく。

 それなのにヒューゴは驕り高ぶらない。「運が良かった」とか「アズール様の教え方が良かった」とか言って、私に屈託のない笑顔を向けてきた。

 それが余計に耐えられなかった。その振る舞いが余計に相手を惨めにするということを、ヒューゴは知らないのだ。


「あっ、アズールお嬢様!」


 ヒューゴが私を見つけて駆けよってくる。

 ……しまった。物思いにふけっていたせいで逃げるタイミングを逃してしまった。

 ヒューゴは一切の邪気のない笑顔を、私が大嫌いだった笑顔を浮かべている。

 劣等感や嫉妬心など、微塵も理解しない曇りなき笑顔。その笑顔に私の心がどれほど苛まれたか、お前は分かっているのか?

 私はお前という存在を否定する為なら、魔王に魂を売ることすら厭わなかった。それぐらいお前という存在が嫌で嫌でたまらなかったのに。

 ……まあ、分かっている筈もないか。どうやら前世の記憶を覚えているのは私だけらしいからな。

 ヒューゴは何も知らない。自分がどれほど優秀な存在なのか。将来勇者に選ばれることも、私がどれほど鬱屈した感情を抱いているのかも。


「お嬢様のおかげで強くなって、みんなと分かり合うことができました。ありがとうございます!」

「あれを分かり合うと形容するのか……」

「え?」

「いや、いい。お前はそういう奴だ」


 世の中には戦いの果てに分かり合う友情があると言う。私は負けると悔しいだけだからよく分からないが。

 何はともあれ、こうしてヒューゴはいじめられる心配がなくなった。よしよし、これで一安心だ。


 ……とは、当然だがならなかった。


 孤児院がある村では、一年に一度、腕試し大会がある。

 ヒューゴがいじめっ子たちを負かしてから三ヶ月後。子供もエントリー可能なその大会で、なんとヒューゴが優勝してしまったのだ。

 多くの大人たちを押しのけての優勝。たった三ヶ月でヒューゴは孤児院で一番どころか、村一番の強者に育ってしまった。


「今大会の優勝はヒューゴ=オーウェル! わずか7歳の少年が数々の大人を打倒して優勝だ!」

「すごい、なんて子供だ!!」

「将来有望だぜ!!」


 初の快挙に会場は大盛り上がりだ。

 ……こういうところが大っ嫌いなんだよおおおおおお!!!

 は? 何、初めて剣を握って数ヶ月でこれなのか???

 つい数ヶ月前までいじめられてベソかいてた癖に、ちょっと指導してやっただけでこれだ。

 私が今の体に生まれ直してから、どれだけ苦労して鍛錬を重ねてきたと思ってるんだ???

 たった三ヶ月であっさり私のレベルを超えていきやがって……本当に嫌いだ……!!


「やったぜヒューゴ! すげえなあ!」

「お前は孤児院の誇りだぜ!!」


 元いじめっ子たちも変わり身早すぎるだろう。子供なんてそんなものかもしれないが……。


「みんなが訓練に付き合ってくれたおかげさ。それからアズールお嬢様!」

「えっ!? な、なんだ?」

「ありがとうございます! お嬢様が指導してくれたおかげで、俺は強くなれました……本当にありがとうございますっ!」

「あ、ああ……」


 私は貴賓席で試合を観戦していた。

 家族は一緒に来ていない。しかし護衛とスカウトを兼ねて、タウンゼント家の私兵団――【タウンゼント騎士団】の団長が来ている。

 騎士団長は私とヒューゴのやり取りを見て、ふむと顎を撫でた。


「アズールお嬢様、この少年と仲がよろしいのですかな?」

「はいっ!!!」「いいえ、断じて」


 同時に正反対の回答をする。騎士団長の顔に笑みが広がる……なんだかやけに生温かい、微笑ましいものを目の当たりにしたような笑みだ。一体なんだというのだ。


「……そうですか。なら少年よ、我が騎士団に入らないか?」

「えっ? 俺が……騎士に……!?」

「お前は筋が良い。騎士見習いとして鍛錬に励み、腕を磨き、将来はお嬢様をお守りするのだ」

「お嬢様を……守る……俺が……」


 ヒューゴはぶつぶつ呟きながら、騎士団長と私を交互に見比べた。そして騎士団長に改めて向き直ると、深々と頭を下げる。


「……はい! ぜひお願いします! 精一杯、粉骨砕身の覚悟で頑張ります!」

「その覚悟やよし! お嬢様、そういうわけでこの少年の身柄は私が預かりましょうぞ。必ずや立派な、お嬢様の護衛騎士に育て上げてみせましょう」

「いらん!!」

「しかしこの少年を指導したのは、お嬢様なのですよね?」

「それは……まあ、そうだが……」

「俺がいじめられていたところを、お嬢様が助けてくれたんです。俺はこんなところで這い蹲っている人間じゃないと言ってくれて、強くなる為の修行をつけてくれたんです」

「ほう」


 ヒューゴが余計なことを言う。黙れ、黙っていてくれ、頼むから。


「それだけではありません。お嬢様は俺に勉強の大切さも教えてくれました。立派な人間になるようにと読み書きを教えてくれたんです」

「お嬢様……」


 騎士団長の視線が優しくなる。なんかホワっとした表情で私を見てくる。

 やめろ、素直になれないお嬢様は仕方ないなあ……みたいな顔で私を見るな!


「決めました。やはりこの少年は騎士団に入れます。旦那様には私から話しておきましょう。少年よ、来週には屋敷にある騎士団の訓練場に来てもらうぞ。日中は屋敷で働いて、朝晩は騎士団で訓練するのだ」

「かしこまりました! ……お嬢様、これからは今までよりもお近くにいられますね。俺、嬉しいです」

「あっ……あっ……あっ……」


 あんまりにもあんまりな展開に、私はうまく言葉が紡げなくなっていた。


「っへ、仕方ねえよな! ヒューゴ、頑張れよ!」

「もう誰もお前の邪魔をしないからな! お嬢様のお側でうまくやるんだぞ!」

「孤児院のみんなで応援してるからな!」

「ありがとう、みんな」


 ああああああああ間違えたああああああああああッ!!

 やっぱりあそこで助けるべきじゃなかったんだ! 見捨てるべきだったんだ!! つまらないプライドなど無視するべきだったんだ!!

 ……だが、今さら悔やんでももう遅い。

 こうなってしまった以上、過去に戻ってやり直すことはできない。

 身から出た錆として、前回の記憶より早くヒューゴが屋敷にやって来るという現実を受け入れるしかなかった……。

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