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勇者パーティーの旅立ち

さて、こうして私は再び魔王退治の旅に同行することになった。


前世は旅の序盤、勇者として未熟なヒューゴを私がサポートしていた。勇者として成長していくヒューゴを義務感で支えながら、内心嫉妬に駆られていた。


しかしヒューゴに嫉妬しているなど、万が一にも悟られたくなかったから隠していた。己の内面を誰にも打ち明けられず、一人で抱え続けるうちに、私の心は次第に闇へと染まっていった……。




「見てください、お嬢様! 領境の街が見えてきましたよ! 昨夜は野宿だったから今日は良い宿を取りましょうね。あ、手続きは全部俺がやるので安心してくださいね!」


「……ああ」


しかし何故だろう。今回はさほど闇に染まっていない気がする。

そもそもヒューゴ相手に嫉妬心が以前ほど湧き上がってこないような……。

本当に何故だろう。分からない。謎だ。


「旅の荷物は重くないですか? 俺が持ちますよ?」


「いらない。見くびるな。今までだって平気だったじゃないか。勇者に選ばれたからといって調子に乗るな」


「……すみません。俺、少し浮かれていたみたいです」


「ふん。……私よりもカチュアを気にかけてやったらどうだ? 彼女は旅慣れしていない様子だぞ」


「え? ――ああ、そうですね! カチュア、大丈夫かい? 荷物を貸してごらん。俺が持つよ」


「あ、ありがと」


「うわっ、結構重いな! 何が入っているんだい?」


「魔導書とか魔道具とか、色々よ。これでも賢者なんですからね」


「すごいなあ。こんな荷物をずっと持ち運んでいたのか。大変だったろう」


「そ、そう? ふふ、勇者に褒められるなんて、少しくすぐったいわね」


「それに気付いて俺に手助けを命じたアズールお嬢様は、さすがですね!」


「いちいち私を持ち上げなくていいから」


領境の街で宿を取る。


私とカチュアが女同士で同室。男はヒューゴが一人部屋を取った。


……いや、ちょっと待て。カチュアと私が同室で本当に良かったのか?


私は体こそ女だが、前世は男だったんだぞ? 心は未だに男だぞ? うっかりしていたが、これは問題があるんじゃないか?


私が頭を抱えていると、ベッドに腰を下ろしたカチュアが話しかけてきた。


「ねえ」


「なっ、なんだ!?」


「あなたとヒューゴって、付き合っているの?」


「は? 冗談でも止めてくれ」


とんでもない誤解をしてくれたものだ。いや、あながち誤解とも言い切れないのか。旅立ちの前に婚約話が出たからな……。


しかし魔王退治が終わるまで保留にしてもらった。

つまり今は婚約が成立していない。今後私はヒューゴやカチュアを裏切り、魔王の下につくつもりだ。


私とヒューゴが結ばれることは絶対にありえない。だから否定して間違いはない。そうだな、うん。私は何も間違っていない筈だ。


「そうなの? でもヒューゴはあなたを気にしているようだけど」


「止めてくれ、おぞましい。あいつのアレは敬愛だ。主人に対する敬慕だ。もしくは友情。それ以上でも以下でもない」


そういうことにしておかないと、私の心が持たない。真顔で否定する私を見て、カチュアは安心したようにくすりと笑った。


「そう。ならいいんだ」


「? ずいぶんヒューゴのことを気にしているな。もしや惚れたのか?」


「なっ!? ば、違うわよッ! ただあたしは賢者の里で子供の頃から聖剣と勇者の伝説を聞いてきたから、当代の勇者に選ばれた人がどんな人なのか興味があるだけなのよ! それだけなんだから! 勘違いしないでよねっ!!」


「本当にそれだけか?」


「そ、そうなのよっ! 他に何があるっていうのよ!?」


「いや、別に。ならいいんだ」


本人がこう言うのなら、何も気にする必要ないな。


ただでさえ気が重いのに、さらにヒューゴの恋愛模様を身近で見せられるとか勘弁してほしい。死ぬほど鬱陶しいから。


荷物を下ろし、宿屋一階の食堂へ夕食をとりに向かう。食堂ではヒューゴが席を取って待っていた。


「あ、お嬢様! カチュア! こちらです!」


「大声を出すな! 無駄に注目されるだろう!」


「っと、失礼しました」


「まったく……」


「何を頼みますか? お嬢様たちが降りて来る前にリサーチしておきましたが、この店はローストポークの果実ソースとピリ辛スパイスシチューとパンプキンパイが人気のようです!」


「スパイスシチューで」


「かしこまりました。カチュアは何にする?」


「あたしはパンプキンパイにするわ」


「じゃあ俺はローストポークにしよう。すみませーん、オーダーお願いしまーす!」


ヒューゴは背もデカいが声もデカい。周囲の客がチラチラとこちらを見てくる。


「お嬢様だって。どこのお嬢様だろうね」


「見てみなよ、あの純白のバトルドレス。俺の見立てでは、素材はシルクかな」


「きっとお金持ちのご令嬢なんだろうね」


……めちゃくちゃ注目を浴びている!

まあ私の容姿はただでさえ目立つ上に、父から餞別として渡されたバトルドレスがさらに目立つから仕方がない。


私が着ているのは、蜘蛛型モンスター【アラクネ】の糸と、ミスリル鉱石とハーピーの羽で作られたオーダーメイドのドレス型鎧だ。デザインはわざわざ一流デザイナーに頼んだという。


はっきり言って、めちゃくちゃ目立つ。だが鎧としての性能は、既製品と比べ物にならないほど高い。だから上にマントを羽織って装備している。今はうっかりマントを脱いできてしまったから注目されているが……。


この宿は宿賃が高く、比例して客層も良いからこの程度で済んでいる。しかしこの先も同じようにはいかない。気をつけなければ。


「ヒューゴ。旅の間は私を様付けで呼ばないようにしてくれ。敬語もいらない」


「そんな、お嬢様を呼び捨てにしろと言うんですか!?」


「旅の間は対等な仲間だ。いや、それどころか勇者に選ばれたお前の方が上まである」


誠に腹立たしいがな。だが勇者に選ばれた人間にへり下されるのも、それはそれで腹が立つ。


「それに他人の目もある。敬語に様付けでは不自然だ。逆に目立つ。この先は節約の為、冒険者や荒くれ者の多い宿に泊まることにもなるだろう。そんな場所で“お嬢様”として目立つのは避けたい」


「一理あるわね。ただでさえアズールは美人だもの。これ以上目立てば変な奴に絡まれるかもしれないわね」


「それは困る。俺も困る。……そうか、じゃあ旅の間はお嬢様を呼び捨てにして……いいんですね?」


「ああ」


「練習してみてもいいですか?」


「ああ。敬語もやめろ。カチュアと同じように話せばいい」


「はいっ! ……じゃなかった、分かったよ! ……アズール!!」


「よし」


「……」


「無言で赤くなって黙り込むな! やりにくいわ!!」


「だってアズールを呼び捨てにするのは、もう少し先だと思っていたから……」


「もう少し先って何だ!? お前、いずれ私を呼び捨てにするつもりだったのか!?」


「え? まあ将来的には」


「何の権限があって私を呼び捨てにするつもりだったんだ!? 言ってみろ!」


「え? 言わせるのかい? 大胆なんだね」


「やめろ、嫌な予感がする。赤くなるな。やっぱり言わなくていい。一生胸に秘めて墓まで持って行ってくれ」


「恥ずかしがり屋だなあ」


「様付けも敬語もやめろと言ったが、調子に乗れとは言っていないからな?」


なんだろう。墓穴を掘ったような気がする。それも盛大に。地底まで一気に突貫するぐらいの勢いで。


「……あんたたち、本っ当~に付き合っていないんでしょうね?」


「だから、冗談でも止めてくれ!」


……なんか前世とは違った意味で波乱の冒険になりそうだな。


スパイスシチューがやけに目に染みる夜。二度目の冒険が、本格的に幕を開けた。

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