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8:初恋は叶わないらしい(3)

 トウカはふうっと小さく息を吐く。


「わかりました。マリア様を殿下のお相手として陛下にご報告しておきます」


 恋人でないと言うのなら問題ない。トウカは静かに立ち上がり、選択肢1でこの件を終わらせようと書類を散らかしたままの机に向かう。

 その言葉に、ハッと我に返ったギルバートは慌てて彼女を制した。


「マリアだけはダメだ!」

「…なぜに?」


 それほどまでに拒否されるマリアが何となく不憫に思えて来たトウカは、ずっと疑問に感じていた事を聞いてみた。


「正直言って本当に謎なんですが、なぜマリア様ではダメなのです?フィオナ・モートンよりはるかに優れたお方かと思いますが」


 そう問われたギルバートは恥ずかしそうに答える。


「だってあいつ、絶対俺に恋などしないだろ」

 

 二人の間に少しの沈黙が生まれる。

 机でトントンと書類を揃える音が部屋に響く。

 この沈黙をトウカはさらっと破った。


「……まあ、しませんね」

「はっきり言うなよ」

「希望を持たせるようなことを言う方が酷いかと思いましたので」


 幼い頃から幼馴染として姉弟のように過ごして来たギルバートを、マリアは弟としか見ていない。

 もちろん、彼女がギルバートを家族同様に彼を愛していることは間違いないし、王太子妃に選ばれたのなら、そこに恋情は無くとも立派にお役目を勤め上げるだろうが…。


「大丈夫ですよ!たとえ殿下に恋愛感情など一切無くともマリア様は立派にあなたに合わせて、あなたの理想とする妻になってくださいますよ?それこそマリア様なら閨でだって、おそらく下手くそな殿下にも合わせてくださいます」


 くるりと振り向き、満面の笑みで斜め上な励ましをする侍女に、ギルバートは失礼な!と思わず声を荒げた。

 ギルバートは政略結婚に愛を求める乙女思考タイプの男なので、決められた相手と言えども恋愛したいらしい。

 トウカはその拘りをどうしてもくだらないと思ってしまう。

 

「……恋ねぇ。政略結婚に恋情など必要ないでしょうに」


 恋なんて所詮は刷り込みである。

 最近目が合う気がするとか自分にだけ優しいとか、本当の自分に気づいてくれた、とか。

 そんな不確かな事象から起こる病のようなもの。謂わばまやかしだ。

 そんなものと比べたら、マリアのギルバートに対する愛情の方がよほど信頼できる確かなものだ。

 そこに恋情は無くともきっとギルバートの事を大切にしてくれる。


(……恋は人の判断力を鈍らせる。害悪でしかない)


 しかしギルバートにとって、恋情というのはとても重要なものらしい。


「必要だろう!愛する相手と一緒になる事で幸せな家庭が築けるというものだ」

「陛下も王妃様も政略結婚ですし、別にお互い好きでもないけど結婚されました。そして生まれたのが貴方です」


 痛いところを突かれ、ぐふっと声を上げる。


「お二人の間に確かに甘さはないかも知れませんが、愛はあると思いませんか?」


 ギルバートは確かにと、少し納得する。

 トウカはそんなギルバートを見て、だからもうマリアにしておこうと提案するも、やはりマリアはダメだと拒否された。

 トウカは流石にイラっとして、無駄に書類をトントンと揃えながら食い下がる。


「なんでダメなんですか!?」

「だってアイツ好きな奴いるじゃん!」


 思わぬ返しにトウカは固まってしまう。

 ギルバートがしまった、という顔をしたがもう遅い。


「…誰ですか?」

「それは言えない」

「言えないというのは、相手に問題があるからですか?それとも口止めされているからですか?」


 トウカはぐいっと詰め寄る。強く握られた手元の書類はクシャクシャだ。

 「どっちもだ」とギルバートは答えた。

 トウカはマリアと繋がりのありそうな人物で、知られると問題のある男を、頭の中のリストから探し出そうとする。

 トウカの敬愛するマリアを誑かす不届きものの存在は排除せねばならない。


「…調べるなよ。知らない方が良いこともある」

「そう言われると知りたくなるのが人の性です」

「本当にやめておけよ。絶対後悔するから」


 トウカはブスッとした顔をした。

 マリアは王妃になるため、父である宰相に厳しく育てられた。だから最有力候補なのだ。

 しかし、本当にギルバートの言う通りならばマリアを選ぶ事はもしかしたらマリアの本意ではないのかもしれない、とトウカは思った。


(……だから最近マリア様とは距離をとっていたのか)


 最近、主人が仲の良い幼馴染に近づかなかったのは彼女を思っての行動だった。彼女と自分との婚姻話が進まないようにと気遣ったのだ。

 尤も、そんな気遣いができるならば自分に対する周囲の視線にも気遣って欲しかったわけだが。


「では、フィオナ・モートンで話を進めますか?」


 トウカはめんどくさそうに聞く。

 そして机に向かい、仕事を再開した。


「…フィオナは可愛いと思うし、一緒にいると癒される。大事にしたいとも思う」

「それはもう恋なのでは?」

「わからない。だがこの気持ちが恋なら良いなとは思う」


 これが恋ならば自分はきっと前に進める、とギルバートは言う。

 その瞳は切なげに揺れていた。フィオナではない、別の誰かを想って。

 そして、その瞳に映る()()がわかってしまうトウカは苦しそうに鳴く鼓動を抑える。


(……ああ、この人はまだ…)


 ギルバートはおそらく、まだ夢を見ている。叶わない初恋に。

 フィオナは主人をこの呪縛から解き放ってくれるだろうか。

 噂の聖女さまが本当に聖女さまなら期待しても良いだろうか。

 王太子という身分を含めて、彼の全てを愛し、慈しんでくれるだろうか。



 トウカは願いはいつだって変わらない。


『ギルバートが幸せになる事』


 そのためなら何だってする覚悟が彼女にあった。


 叶わぬ恋に夢を見ても傷つくだけだ。

 ギルバートの想い人が彼に想いを返す事はない。これは天地がひっくり返ろうとも変わらない事実。

 初恋など所詮はまやかしだ。初めての恋だから、特別なものになっているだけに過ぎない。

 きっと新しい恋が彼の背中を押してくれるはず、トウカはそう信じている。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

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