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6:初恋は叶わないらしい(1)

「あの件ってなんだ?」


 ジュリアスが帰り際に言っていた事が気になったギルバートは尋ねる。

 だが、トウカはシッと彼の唇に人差し指を当てると、すぐに扉前に移動し、扉に耳をつけた。

 そして外に足音が聞こえ無くなったのを確認してから、再び彼の前に立つ。



「婚約の件、殿下はどうなさるおつもりなんですか?」

「どう、とは?」


 しらばっくれる主人にもの言いたげな視線を送る。

 そんな彼女の視線がギルバートには痛く突き刺さる。


「…わからないフリは狡くないですか?」

「…………」

「…殿下?」


 鋭い視線に居たたまれなくなり、そっと目をそらす。だが彼女の方は視線を逸らしてくれず、ついに根負けしたギルバートは、かのご令嬢の名を口にした。


「…フィオナ、の、事か?」


 トウカはその名をきっかけに、ずいっと顔を近づけ、そして堰を切ったように流暢に喋り出す。


「そうです、その通りです。やはりお分かりでしたかギルバート王太子殿下!私は陛下より貴方様のご婚約に関することを一任されております。そして現在、お相手の最有力候補はカーライル公爵家のマリア様です。しかし貴方様が現在、学園でモートン男爵令嬢と懇意にしているという話は最早、全生徒のみならず、そのご父兄までもが知っているほどの公然とした事実。そして彼女の信奉者たちが『身分差の恋』だの『ロマンス』だの騒ぎ立てて、彼女をヒロインとするシンデレラストーリーが期待しているのもまた事実!!」


 有能な侍女が鬼の形相で、ひと息に現状を伝えてくる。

 その剣幕にギルバートは思わず身構えた。


「そこで貴方様に与えられた選択肢は2つ!1つはマリア様を婚約者とし、フィオナ・モートンとの関係をきれいさっぱり絶つこと。この時、彼女に肩入れする側近候補たちとの縁を切ってもらいます。対する2つ目は、皆の希望通りフィオナ・モートンを婚約者とすること。ただしこの選択には数々の大きな問題があります。その問題に立ち向かうお覚悟がおありならば、2つ目の選択肢を選ばれるがよろしいでしょう!!」


 息継ぎせずひと息に、ずっと心に留めていた事を吐き出したトウカ。肩で息をしつつも、その表情はどこか達成感に満ち溢れていた。

 何をやりきったのかと問われると恐らく、いや確実に何もやり遂げてなどおらず、寧ろやっとスタートラインに立ったくらいだ。だがトウカにとっては主人に現状を伝え理解してもらうことことが、大きな一歩なのである。


「……ふ、2つ目の選択肢、周りがそう期待しているからという理由だけでフィオナを選ぶのと同義ではないのか?」


 思わぬ返答にトウカは一瞬固まる。

 その通りだ。だからフィオナを選ぶということは、王が周りに言われるがままに動いたと判断される。

 ギルバートがそれをちゃんと把握できていたことに、トウカは少し驚いたのだ。


「思っていたよりも冷静な答えが返ってきましたね」

「お前は俺を何だと思ってるんだよ…。」

「もっと阿呆かと思ってました」


 おおよそ主人を主人とも思っていないような馬鹿にした態度に、ギルバートは不敬だと反論した。

 王太子に対しこんな軽口を叩けるのは、恐らくこの城で働く者の中でもトウカだけだろう。


「でもまあ俺も、正直ちょっと意外だった。」


 ギルバートは何故か嬉しそうな顔をしてソファの背もたれに体を預け、背伸びした。


「何がです?」

「お前はフィオナを選択肢に入れないと思っていた」

「何故?」

「だって求められている答えは1つ目の選択肢だろう?そしておそらく、お前ならその選択肢を選んだ事で発生するであろう問題は軽く片付けてしまえる。」

「よくお分かりで。では1つ目の選択肢を選ばれますか?」


 ギルバートはトウカの返答に思わずフッと笑みをこぼす。

 そんな彼の態度にトウカは少し不愉快な気分になる。


「何がおかしいんですか?」

「いや、お前はいつもそうだよなと思って」

「…何がだよ」


 要領を得ない会話に思わず言葉を崩してしまう。

 苛立ちを隠せないトウカに対し、ギルバートはポンポンとソファを叩いて自身の隣に座るようにと促した。


 トウカは左右に首を振る。しかし彼はそれを許さず、ソファを叩き続ける。


 このやり取りを何度か繰り返し、それでも諦めない主人に根負けした彼女はここが限界だ、とでも言うように対面に腰掛けた。


「強情だなぁ」

「わきまえているだけです」


 スンとした顔で目の前に座るトウカを見つめながら、ギルバートは嬉しそうに口を開く。


「お前だけは、いつも俺の意思を尊重しようとしてくれるなって話だよ」

「…それが仕事ですからね」


 素っ気なく返す侍女の反応にギルバートの顔が思わずにやけた。


「いーや、お前の仕事は俺を正しい方向へと導く事だ。そこに俺の意思を汲み取ることは含まれてないだろ?」

「別に貴方の意思を汲み取ろうとしたわけではありません。参考までに意見を聞こうとしただけです」

「ではさっき、ジュリアスの気配が消えてから話しはじめたのは何故だ?俺の希望を聞こうとしている事をジュリアスに悟られないためではないのか?」


 確信を突かれて気恥ずかしくなり、わざとらしくトウカはギルバートから視線外す。

 そんな彼女の照れ隠しに気づいたギルバートは、それがまた何故だか嬉しくて思わず破顔した。


「ほんと、顔だけは国宝級」

「顔だけって言うな」

「事実でしょ」

「…トウカ。俺は阿呆だがお前のことはよくわかってるつもりだぞ?今のその返しは照れ隠しだ」

「うるさいな!もう!」


 トウカは恥ずかしさのあまり、ソファに置いてあったクッションを無言で投げつけた。

 そして、今話さなくてはいけないのはフィオナ・モートンのことである、と無理やり話を戻す。


「この際、爵位の低さはこちらでどうにかするとしても!あのような阿呆…ではなく、能天気…でもなく子どものような?というか、その、何というか無邪気なご令嬢を次期王妃として城へ上げるなど王家の沽券にかかわります。」

「今、阿呆って言わなかったか?」

「…気のせいです」


 必死に言葉を探すが、彼女の事を貶さずに、けれど簡潔に表現できる言葉が見つからない。


「……フィオナに王妃教育を受けさせると?」

「惜しいです。正確には王妃教育を受けるために必要な教育を施したいのです」


 王妃教育はかなり過酷と聞く。正直、あの甘ちゃんなご令嬢に熟せるとは思えない。

 しかし、王族として迎え入れられる予定の女性に王妃教育は必須の工程だ。

 フィオナ・モートンを王太子妃とするためには、王宮で行われる王妃教育をパスできるよう、事前に必要最低限のレベルまで押し上げる必要がある。


「殿下が妃にと望む女性には皆、王妃教育を受けていただかねばなりません。しかしフィオナ・モートンはそれを受けるこのとできるレベルではありません。知ってます?彼女の成績」

「…下から3番目だろ?」

「そうです。はっきり申し上げて論外の成績です。彼女を王族として迎え入れるならば、事前の教育は必須事項です」


 その言葉に俯き顎に手を当て考え込むギルバート。

 その表情はいつになく暗い。


 彼とて不安なのだろうとトウカは思った。


 王太子妃という地位はその見た目ほど華やかなものでも、幸せなものでもない。

 いずれは王妃として祖国を守り、繁栄させていかねばならない立場の女性。王族として時に意見を求められることもあるだろう。

 自身の発言が国を動かす力を持つという事は、発する言葉には常に責任が付きまとうという事。その重圧は計り知れない。

 王太子たるギルバートが妃に望むことということは即ち、そんな足枷を愛しい恋人につけるということ。

 しかも今のフィオナは城の人間から望まれていない。つまり一歩学園を出ると、彼女の周りは敵だらけなのだ。

 心優しいギルバートは彼女の今後を憂い、この想いに蓋をすべきかと悩んでいるのだろう。


 トウカはソファから立ち上がり、難しい顔をする主人の目の前に膝をつく。そして彼の手を取り、じっとその瞳を見つめた。


「ギルバート殿下。もしも貴方が本気で彼女を妃にと望まれるのならば、この私が彼女を立派な淑女に育て上げましょう。反対する者は黙らせます。誰がなんと言おうと、彼女をあなたの隣に立たせてみせます。何があっても貴方と彼女の味方となり、この身を持ってお二人とお二人の愛を守る事を約束します」


 トウカは力強く宣言する。

 主君の憂いは全て自分が断つ、と。


 誰がなんと言おうと、トウカが心からの忠誠を誓うのはギルバートだ。

 ギルバートが望むのなら、その望みを叶えるため尽力すると昔からそう誓っている。

 フィオナの事は苦手に思うが、彼が彼女を求めるのならそれを叶える以外の選択肢など、トウカの中にはない。


 それに、トウカにとってのフィオナは現時点ではそこまで()()の物件ではない。


 ジュリアスや国王、その周辺は彼女のことが気に入らないらしいが、何としてでも排除せばならないほどの欠陥があるとは思えない。

 もちろんマリアと比べると一枚、では済まず百枚程度落ちるが、それでも彼女に心酔する者も多く、学園での評判は悪くない。

 恐らく人心を掌握する事に長けているのだろう。そういう部分は王太子妃としてはありがたい素質だ。

 あのあざとさや品性の無さは、個人的にいけ好かないが、逆に言うとその程度。あれが天然物であるはずがないし、そういう計算高そうなところも見方を変えれば長所となる。

 頭の悪さと掛け合わせてもその辺りは再教育でなんとかなるという勝算があった。


「大丈夫です。誰を敵にしようと、いくら仕事が増えようと、残業が増えようと、休日が減ろうと、殿下の望みとあらば、それがどんなものであろうと必ず叶えてみせます」


 トウカは胸を張り、笑顔で力強く言い放つ。

 するとギルバートは徐に深く深呼吸をして、大変言いづらそうに口を開いた。


「ひとつ…、いいか?」

「はい、なんでしょう」

「あの…、大変言いにくいのだが、俺とフィオナはその、別に恋仲というわけではないというか……」


 その言葉に一瞬時が止まった気がした。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


最後のトウカの顔にはおそらく絶望しかなかった事でしょう。社畜侍女の努力も思いも、なかなか報われません。

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