55:会議室
翌日の昼下がり、ジュリアスを筆頭に宰相、騎士団長、ギルバートの護衛騎士達が大会議室に集められた。
本日の天気は快晴で、ポカポカと暖かな日差しに城全体が包まれ、行き交う官吏やメイド達も穏やかな笑顔で回廊を行き交う。
だが、そんな外の空気に反して、灯り取りのために壁の上部にのみ設置された窓しかないこの部屋には、重々しい空気が漂っていた。
昨日からまともに寝ていないトウカは目の下にクマをつくり、お仕着せ姿のまま議長席の前に立つと、傍のクリストファーに資料を配らせる。
部屋の隅で、良さがよくわからないけど何だか崇高な装飾の施された椅子に座るギルバートは、足を組み腕を組み、出来る限り尊大に構える。
「お忙しい中お集まりいただきありがとうございます」
トウカは深々と頭を下げ、定型の挨拶をした。すると、人をひとりくらい殺してそうな顔面の宰相が棒付き飴を舐めながら、早く本題に入るよう促す。
飴が葉巻に見えるのは寝不足のせいかもと思いつつも、トウカは早々に本題に入った。
「では、話を始める前に一先ず、お手元の資料に目を通していただけますか?読み終えたら顔をあげてください」
一同は、配布された資料に目を通す。
すると少しずつ、ざわめきだす会議室。
ジュリアスと宰相だけが、平然としていた。
トウカは暫くその様子を静観したあと、ギルバートの方へ視線を向ける。ギルバートは咳払いをし、会議室を見渡した。
すると、ざわめきはぴたりと止まる。
「トウカ、説明を」
「はい。まず1枚目の名簿ですが、王弟派と噂されている人物の名簿です。その中で、ハルト殿下の片腕とされるミザリ・ヒューズ中将の庇護下にある者には赤い印をつけています」
その名に、会議室はどよめく。
ミザリ・ヒューズは軍部の重鎮であり、王弟派の中でも特にハルトに心酔している一派のトップだ。そして一部では、ハルトが御しているから暴走していないだけで、王家と戦争をする事も辞さないのではないかとも噂されている危険人物である。
ざわめく騎士たちを無視し、トウカは淡々と説明を続けた。
「そしてその中の赤い印のつけられている家のうち、ノイマン伯爵、ダント子爵、そして、モートン男爵が今回のギルバート王太子殿下暗殺の計画に関わっていると思われる人物です」
動揺を隠せない騎士達は、コソコソと話し出す。
「ダント子爵って、財務部の重鎮じゃないか?」
「そういえばノイマン伯爵は最近は羽振りが良いと噂だな」
「というか、一晩でこれを…?」
「一体どうやって…」
皆に渡されたリストには、様々な部署の官吏や名だたる貴族の名前が並んでいた。
ギルバートに指揮権が渡ったのは昨日の話だ。そこからこれだけの情報を集めたなど、騎士達には信じがたかった。
「これらの家には半年ほど前から不自然な金の流れがありました。そして元を辿れば、その資金は全てヒューズ中将から流れています。開放日の件、大元は中将の指示である事に間違いないと私は考えています。ただ、今回の件で彼まで捕捉する事は、現段階では難しい。なので、赤い印をつけた3名に絞って、同日に検挙します」
簡単に三人の貴族を検挙すると言ってのけるトウカに場は一気に騒然とする。
ギルバートはまた咳払いをして、それを黙らせた。
「子爵については既に横領の証拠を掴んでいますから、作戦当日に別部隊が検挙します。こっちの功績は騎士団にお譲りします」
トウカはレイモンドに視線を送るとニッコリと笑った。レイモンドは苦笑いで返す。
「ノイマン伯爵ってもしかして…」
「はい。学園でルイズ男爵令嬢をいじめて、フィオナ・モートンに皆の前で糾弾された令嬢の実家です」
トウカは手を挙げるジュリアスの目を見てうなずいた。
ノイマン伯爵は元々王弟派と近かったが、完全にあちらの派閥に属しているわけではなかった。だが、いじめの一件を機に、フィオナに恨みを持った伯爵家が『彼女を御せていないギルバートは排除せねばならない』と逆恨みし、中将に与したらしい。
尤も、フィオナへの負の感情を中将に見出され、まんまと利用されたと言う方が正解に近いが…。
「実を言うと、伯爵に関してのみ、ギルバート殿下の暗殺計画に関与している証拠が弱いのが現状です。なので、宰相閣下のご協力の元、週明けから公爵家のマリア様に、ノイマン伯爵の娘テレーゼに近づいて取り入るようにお願いしています」
トウカは宰相の方を向くと軽く会釈した。宰相は手を挙げてそれに応える。
「ですが、彼女が確固たる証拠を掴んでこれるかどうかは未知数です」
現在、マリアは学園の中ではフィオナ・モートンと敵対関係にある。それを利用して伯爵令嬢を取り込み、罠を仕掛ける手筈になっている。
だが、マリアが1週間足らずでどこまで伯爵令嬢を取り込めるかわからない。だからトウカは保険をかける事にした。
「なので、念のため伯爵に関してはこれを使います」
そう言うと、トウカは昨日ユイがお小遣いと引き換えに持ってきた文をレイモンドの前においた。そして無言で封を切るように促す。
彼が恐る恐る封を切ると、そこには法務局からの拷問の許可証が入っていた。
この国では取調べの際の拷問は禁止されているが、法務部の許可を得た場合はその限りではない。
しかし、許可などそう簡単に降りるものではなく、許可が出る事案というのは『国家の危機を回避するために必要と判断される場合』に限られる。
レイモンドは何故それがここにあるのかが理解できなかった。
「私の読みが正しければ、開放日の暴漢を雇ったのは伯爵です。モートン男爵は娘を使い殿下を開放日に誘い出したに過ぎないと考えています。ですから、暴漢に開放日の一件の首謀者を吐かせ、それを証拠の一つとします」
目を見開いて驚く彼に、トウカは薄く笑みを浮かべる。
「これをどうやって…」
「私の部下は法務部のトップとお友達なのです。彼は、ちょっとお願いすれば許可をくれるんです。あ、口も固いですし、ちゃんと信用できる人ですよ?」
「そう、ですか…」
「まあ、騎士団長様なら、こんなスレスレの手を使わずとも許可は降りたでしょうが…」
その言い回しは『何故初めからこの手を使わなかったのか』と責めているかのようだった。
トウカは口角を上げつつも、鋭い目線でレイモンドを射抜く。
「まさかとは思いますが…。騎士団長様は王太子であらせられるギルバート殿下のお命が狙われているこの状況を、国家の危機には値しないなどと考えていらっしゃるのかしら?」
「め、滅相もない」
「そうですか。なら良かったです」
冷気を纏い、まるで主人へ認識を改めろと忠告するかのように、にっこりと微笑む彼女の姿にレイモンドは恐れ慄いた。
「その許可証は騎士団長である貴方が取調べに同席する事を条件に発行してもらいました。この後一緒に来ていただけますか?」
「は、はい」
彼女の纏う雰囲気に、エドワードと同様のものを感じたレイモンドは、思わずひれ伏したくなるような衝動に駆られた。
そして、それは周りの騎士達も同じだった。
どう考えても只者ではないのに、何故頼りない王太子ギルバートの側にいるのか、と皆が疑問に思った。
重たい空気の中、皆がチラリと隅のギルバートを見る。ギルバートはその視線に動じる事なくドンと構えていた。
王太子の傍にいる侍女については、常々只者ではないと思っていたが、この女を当たり前のように従わせているギルバートもまた、只者ではないのかもしれない。
その場にいた誰もが認識を改める必要性を感じていた。
長い沈黙を破るように、これまで黙っていた宰相が徐に口を開く。
「トウカちゃんさ、バスカル侯爵家は放っておくの?」
今度は、場を支配するトウカをまさかの『ちゃん付け』する強面の宰相に一斉に視線が集まる。
((トウカちゃん!?))
皆が同時に同じ事を思った。
ここで誰もそれを声に出さなかったのは、褒め称えられて然るべき事だろう。
動揺を隠せない騎士達を尻目に、トウカと宰相は何食わぬ顔で会話を続ける。
「侯爵は今回の件に深く関わっているわけではありませんし、処断するよりこちら側につけた方が何かと使えると思ったので、取り込んでおきました」
「へー、仕事が早いね。相変わらず」
「お褒めに預かり光栄です。でも侯爵は元々、ハルト殿下についた方が利があるから彼を支持しているに過ぎないので、こちらについた方が利がある事を示せば簡単に手のひらを返してくれましたよ?」
「もしかしてさ、侯爵家については前々から企んでた?」
「そこは企業秘密です」
「彼が裏切る可能性はないの?」
「裏切らせないよう、手は回してあります。侯爵は阿呆ではありませんのでそこは信用して良いかと」
「ほんと怖い子だよ、トウカちゃんは。飴いる?」
「遠慮しときます」
当たり前のように侯爵を取り込んだと言い、目が合えば殺されそうなほどの風貌をしている宰相と和やかに会話をするこの世にも奇妙なこの侍女の姿に、騎士達は目を丸くしていた。
呆然とする騎士達に、トウカは咳払いをすると姿勢を正し、彼らを見据える。
「作戦実行日は来週。プリシエラ孤児院主催の音楽祭です」
騎士達もまた、彼女の真剣な声に姿勢を正す。
「既に、殿下の名でフィオナ・モートンを誘っています。彼女には明日、私から作戦の一部を伝え、モートン男爵に音楽祭へ出向くことをそれとなく伝えてもらいます。騎士団長様には既にダミーの警備計画をプリシエラ孤児院へ通達してもらっています。あとは皆さん、そこに書かれている通りに行動してください。獲物がかかれば一気に畳みかけます」
「よろしいですか?」と彼女が問うと、騎士達は立ち上がり敬礼した。
話がまとまり、お開きにしようとしたところでジュリアスがまた口を挟む。
「最後に一つ良いか?」
「何でしょう?」
「ノイマン伯爵は別件の不正でこれだけの証拠があるのに、何故わざわざ現行犯逮捕に拘る?」
トウカの用意した資料には、ノイマン伯爵の不正の証拠が記されていた。正直、ダント子爵同様に別案件で検挙した後、王太子暗殺未遂容疑でも追求した方が安全だ。
証拠が揃えばどのみち処刑されるため、どのような手順を踏もうとも刑の重さは同じ。
現行犯逮捕にこだわる理由などない。しかし…。
「この作戦の目的は、この捕物劇を群衆に見せつける事にあります。群衆を味方につけ、今後ギルバート殿下に手を出しにくくすることが真の目的です」
とトウカは答える。
彼女はあくまでも今後のことを考え、『王弟派への牽制のため』として、フィオナの処刑回避の意図がある事は伏せた。
ジュリアスは怪訝な顔をしながらも、「そういう事にしといてやる」と言って、それ以上の言葉は飲み込んだ。
トウカはぺこりと頭を下げて、「よろしくお願いします」と言うと、思い出したように付け加える。
「ちなみに、この案はギルバート殿下ご本人からの提案です。そして、この作戦が成功するかはギルバート殿下の当日の振る舞いにかかっています。失敗しても、殿下が責任を取ってくれるそうですので、ご安心ください」
ニッコリと笑う彼女に反して、隅で精一杯偉ぶっていたギルバートの顔は若干引き攣っていた。
宰相閣下は顔面怖いだけでお茶目なおじさまをイメージしてます。




