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5:王太子は友達が少ない(2)

「お前ら、二人とも不敬罪で絞首台送りにしてやろうか」


 柱にもたれかかるようにして立つ金髪碧眼の美青年は呆れたようにため息き、ツカツカと執務室に入ってくる。


 トウカは立ち上がると、そっとスカートをつまみ膝を折った。

 それに続き、ジュリアスは拳を胸の前に置き腰を折って臣下の礼をとる。

 二人は美青年こと王太子ギルバートの唐突の帰還に慌てる様子もなく、完璧に()()()()()を演じてみせた。


「お前ら俺がいることに途中から気づいてただろ」


 ため息をつきながらそう告げるギルバートに対し、「何のことでしょう?」と二人揃って笑顔で首を傾げる。

 こういう所だけそっくりなこの義兄妹の余裕綽々な態度に苛立ちつつ、ギルバートは勢いよくソファに腰掛けた。


「大体、なんで侍女のお前が堂々と俺の椅子に座ってんだよ。」

「今は侍女ではなく補佐官です」

「どっちでも良いわ!仕事なら自分の机でやれよ」


 ギルバートの指摘はごもっともだが、そもそも何故侍女がここで業務外の仕事をしているのか、という事を忘れて尊大な態度を取る主人にトウカはだんだん腹が立ってきた。

 彼女はデスクに置いていた大量の書類の一部を手に取り、それを主人の前へと突き出す。


「私は殿下がご学友とのご予定を()()()組んでしまわれたばかりに、片付けるべき公務が終わらなかった貴方様の()()()()貴方様がやらなければならない仕事をしておりました」


 言葉に棘がある。

 ギルバートは気まずそうに視線をそらせた。


「…そうか」

「そうか、じゃありません!只でさえ忙しいのに、何故に私が業務外のこの大量の書類の山を処理せなばならんのですかっ!」


 トウカはバンバンと机の書類を叩きながら主張する。振動で紙の山が崩れそうだ。


「今日は一日中、健気に、いそいそと、貴方のすべき仕事を処理して差し上げておりましたのに!その反応はあんまりです!!」


 そのまま、およよ、と机にしなだれかかる侍女。

 その様子に我関せずの元補佐官。

 ギルバートは、偉そうに足を組みつつも「その件については大変ご苦労であった」と一応、労いの言葉をかけた。


 この王太子は、容姿だけ見れば国王の若い頃に瓜二つな造形をしている。そのため、初対面の人からは大層優秀なのだろうと勘違いされがちだ。

 しかし、実際には凡庸な能力しか持ち合わせていないため、予め組まれたスケジュール以外の予定が急遽組み込まれてしまうと、途端に仕事が回らなくなる。

 故にこの事態は起こるべくして起こったわけであり、そんな凡庸な主人を叱責しつつも、きちんと主人に予定の確認を取れていなかった自分のミスでもあるとしてトウカはスッと立ち上がり頭を下げた。


「まあこんな事を言いつつも、今回の事は私の管理ミスでもあります。申し訳ございませんでした。今後はもう少し予定にバッファを持たせられるよう公務を調整いたします」

「いや、謝られると逆に申し訳なくなってくるんだが…。ほら、元はと言えば俺が悪いんだし……。確かに最近ちょっと気が緩みすぎてたかなーって思わなくもないし…」


 深々と頭を下げる侍女に対し、居心地が悪くなったギルバートはついつい自分の非を認めてしまった。

 そんな彼の言葉を聞いたトウカは顔を少しだけ上げた。

 ジトッとした灰色の瞳がギルバートを見つめる。


「……さすがに自覚がおありでしたか。」

「…まあ、一応……な……」

「…悪いと思っているのなら改めてくださいよ、本当に」

「はい、すみません」

「私が倒れたら困るのは貴方ですからね?」

「…はい。頑張ります」


 若干立場が逆転している主従の姿を横目に見ていたジュリアスは、そのやりとりを『夫婦漫才』と揶揄する。

 トウカはそんな余計なことしか言わない義兄を「まだ居たんですか」と蹴り飛ばすと、早く帰れと言わんばかりに彼のために出したティーセットを片付け始めた。




「そう邪険にしないでくれよ。可愛い義妹にそんな目で見られては悲しくて死んでしまう」

「あなたの義妹という事実を受け入れたくはないですが、義妹としての私が貴方に冷たく当たることで死んでくださるのなら、仕方がありませんね。あなたの義妹である事も甘んじて受け入れましょう」

「え、そんなに嫌い?」

「え、そんなにも嫌いですよ?」


 義妹のあまりに辛辣な態度に、ひどいっ!とハンカチを取り出し、出てもいない涙を拭う義兄。

 このグレイル兄妹のいつものやり取りを真横で眺めながら、その場にいれば誰もが感じるであろう感想をギルバートがつぶやく。


「夫婦漫才は寧ろそちらの方だろう、グレイル兄妹」

「やめてください、殺しますよ」

「おまっ……。俺にその発言をして許されるのお前くらいだからな」


 聞き捨てならない主人の言葉に思わず口を滑らせてしまったトウカ。

 王族に対し『殺す』と発言するなど本来であれば極刑だが、そこはトウカとギルバートの仲だ。

 この程度のことで有能な侍女兼補佐官の首が切られることはない。

 それがわかっているからこそ、トウカもこうして気軽に接することができる。


「で?ジュリアスは何でここに?」


 この部屋の主がやっと、本来居るはずのない人間側に立っている事に疑問を持つ。


「あー、『あの件』について殿下のお考えお聞かせ願えたらと思ったのですが…」


 ジュリアスはギルバートをじーっと見下ろし、次にトウカを見る。

 トウカが目潰しの体勢に入ると、すぐ様いつもの胡散臭い笑顔を貼り付け「やっぱりいいです」と扉の方へと向かった。

 何が何だかよくわからないギルバートは、とりあえずジュリアスを見送る。


 するとジュリアスは帰り際、扉の前でふと立ち止まり、振り返った。


「ではトウカ。君の働きに期待しているよ」


 それが何に対するものなのか、わかる気がするがわかりたくないトウカは背を向けたまま「二度と来んな」と一言だけこぼした。

ここまで読んでいただきありがとうございます!


やっと本格的に王子様が登場しました。

彼がもうひとりの主人公です。間違ってもジュリアスではありません(笑)

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