4:王太子は友達が少ない(1)
部下に追加の仕事を届けにきた王の補佐官ジュリアス・グレイルは何故か未だに、かつての仕事場に居座っていた。
「ところでギルバート殿下はどちらに?」
要求されずとも用意される追加の紅茶を啜り、ジュリアスは不意に尋ねる。
トウカは彼が今の今まで話題に出さないものだから、ここへ来た目的は自分へ追加の仕事押し付けに来ただけだと思っていた。どうやら違ったらしい。
「殿下にご用でしたか?」
「殿下に用事がなければわざわざ此処には出向かないよ。君に用事がある場合は、君をこちらの執務室まで呼びつけてる」
この男に呼び出されるなど腹立たしい事この上ないが、ジュリアスの方が宮廷官位は上なのでここは彼が正しいと言える。
「殿下なら、ご学友と学園の課題のために王都の外れにある孤児院の視察に行っておられます」
「…そんな予定あったかな?」
トウカが主人の予定を伝えると、ジュリアスはいつも通り胡散臭い笑顔を崩さず、少し低く冷たくなった声で問いかけた。
彼は王の補佐官ではあるが、まだ補佐官としては新米のトウカをフォローするため、ギルバートの行動もある程度は把握している。にも関わらず、聞いていない予定に彼は疑問を抱いたのだ。
「急遽決まった視察でしたので、報告が遅れてしまいました。申し訳ございません」
普段は飄々として締まりが無い優男だが、実は怒らせるとかなり怖い。
上司に自身の焦りを感じ取らせないようにトウカはデスク戻り、大量の追加書類を仕分けながら努めて冷静に振る舞った。
「まあ、急な事なら仕方がないけれど…。ご学友というのはどこの誰なのかな?」
彼の放つ冷たい空気の原因はおそらくこの問いの答えにある。ジュリアスはトウカが答えるであろう名に心当たりがあるのだろう。
それでも、予想が外れているかもしれない、というわずかな期待を抱いて彼女に確認を取る。
「クリストファー・アルダートン様とアーサー・カーライル様、それから……フィオナ・モートン様です」
その名を口にした瞬間、トウカは身体中のは毛が逆立つような圧を感じた。当のジュリアスは眉ひとつ動かしていないのに、部屋の空気が一気に重くなる。
彼はこの3名がいつもギルバートの近くにいることをとても嫌悪していた。
良くも悪くも、ギルバートは周囲の環境に影響を受けやすい。彼の周りにいる人間がロクでもない奴だと、彼の王太子としての質を落としてしまうかもしれない。
ジュリアスはそれを危惧しているのだ。
「…それで?何故君はここにいるんだ?君も視察に同行すべき立場ではないのかい?」
「今回はあくまでも学園の課題という事で公的な視察ではありませんので、私は遠慮させていただきました。それに私に補佐官としての仕事がたまっておりましたので…。今回の同行はランドール夫人に任せています」
トウカは出来るだけ簡潔に言い訳を答えたが、ジュリアスにとって納得のいく答えではなかったのだろう。
彼は深くため息をついた。
「本当にそれだけが理由か?」
ジュリアスは部下が何かを隠している事に気付いていた。
トウカは目を合わせないように、黙々と書類にペンを走らせながら「逆にそれ以外にどんな理由があるのというのでしょう?」と質問で返し、躱そうとする。
トウカはクリストファーやアーサーから煙たがられている。
それがトウカが同行しなかった本当の理由だ。
彼らは大方、彼女のことを平民の分際でいつもギルバートに引っ付いて、何かと煩く口出ししてくる厚かましい女とでも思っているのだろう。
つい最近、彼女が伯爵令嬢の地位を手に入れた事すら知らない間抜けに何を思われようとトウカにとってはどうでも良い事だ。
だが、今回の視察先は孤児院。
子どもを相手にするため、トウカがいる事で二人が機嫌を損ねてしまい、子どもたちを怖がらせてしまうかもしれない。
そのことを懸念したギルバートに、この視察への同行を辞するようにお願いされたのだ。
内輪の事情を、他者の前で、それも子どもの前であからさまに態度に出すほどの餓鬼なのかと、クリストファーやアーサーには心底呆れた。
しかしさらに頭が痛いのは、この提案をしてきたのがフィオナ・モートンであるという点である。
(…さて、この男はどこまで察しているのか。)
トウカがどこにも漏らしたはずのない情報さえ、毎回いとも簡単に掴んでくる油断ならない男、それがジュリアス・グレイルだ。
もしこの男に知られていたらどんな嫌味を言われるかわかったものではない。
トウカが恐る恐るジュリアスの方を見ると、彼は珍しく顎に手を当てて難しい顔をしながら唸っていた。
「殿下って、その3人以外に友人はいないの?」
「………私も同じこと思ってました」
どう返されるか、顔に出さずとも内心ハラハラしていたトウカだが、意外な問いに思わず本音を口に出してしまった。
「殿下って、人当たり良いし、根っからの善人だから結構モテると思うんだけど。なんでいつも一緒にいる人間がアレなんだろうか」
突然、脈絡のない話を振る上司に戸惑いながらも、必死に正答を探すトウカ。
「……まあモテると言っても、良い人止まりのタイプですけどね」
「だからこそ友人として付き合いやすいんじゃないか、人畜無害だし」
「言われてみればそうですね。そうするとやはり、王太子という立場が邪魔をしているんでしょうか?」
「でも全然王太子っぽくないから周りもあまり気にしてないんじゃないか?学園では皆が気軽に殿下に話しかけていると聞くし」
「側近候補として紹介されたから、と律儀に側に置いてるんでしょうか。ほら、なんだかんだ真面目だし」
「別にそこに真面目さを求めてないんだけどね」
「何て言うか、ちょっとズレてますよね。あの人」
「そうそう。『え?そこ気にする?』ってとこにはすぐ気づくくせに、こちらが気づいて欲しいことは気づかないし」
「わかるー!」と同調し合い、二人で笑いあったところでハタと気づき、両者は顔を見合わせる。
そして、少しの間。
思いの外、会話が弾んでしまったがこれは…
「…不敬ですよ、ジュリアス様」
「そう言う君も大概不敬だと思うが」
「私は事実を述べているだけです」
「では僕も事実を述べているだけだ」
「「………」」
なら問題ありませんね!と再び笑い合う二人。
そんな彼らの会話を半眼で見つめる美青年が1人、執務室の入り口に立っていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
ジュリアスとトウカは、何だかんだ言っても仲良しです。