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16:浅はかな予算申請書(2)

  ギルバートはフィオナ達と行った孤児院の視察で、子ども達が「ご飯が少ない」とこぼしていたのを聞き、安直に補助金が足りていないのだと判断したそうだ。


「私がコレを見たときの気持ちを10字以内で述べなさい」


 ベッドの上で正座をさせられたギルバートは、恐ろしくて彼女の顔が見れない。


「『勝手なことをするな』でしょうか」

「『殺す』です」

「そこまでの重罪!?」


 あまりの罪の重さに、ギルバートは顔を上げた。すると頬に怒りマークをつけたトウカが、爽やかな笑顔でこちらを見下ろしていた。


「ひぃ…」

「そこまでの重罪です!財務部の官吏が、申し訳なさそうに私の執務室を訪れ、申し訳なさそうにコレを私の前に差し出したときの顔!どんな顔をしていたかわかりますか!?真っっっ青でしたよ!!只でさえ、日々無茶な申請を精査して、却下した案件について毎度毎度、貴族連中からやっかみを受けている彼らの心労を無駄に増やさんでください!」


 トウカは国庫を預かる彼らの気苦労を思うと、思わず捲し立ててしまった。


 ギルバートの署名がある書類で、トウカ又はジュリアスが目を通した事を示すサインの無いものは差し戻されるよう、各部署に通達されている。

 官吏はこの書類を見つけた時、相棒のジュリアスが異動し、一人で王太子のお守りをしているトウカの負担を考えると、いたたまれなかったのだろう。


 ギルバートは小さな声で、ごめんなさいと謝罪した。

 


「…確認は取ったのですか?」

「い、院長に確認した。国からの補助金は適切に処理され、帳簿に不審な点は見当たらなかった」


 つまり孤児院で横領が行われ、子ども達に不利益が出ているわけではない。

 だからギルバートは補助金が足りていないと判断したのだ。


「『不正が見当たらないのに子ども達はお腹を空かせている…これはつまり補助金が足りていないという事だ!』と判断したのですか?」

「補助金はその年齢に関係なく、子ども一人あたりに決められた金額が孤児院に支給される。見た限り、あの孤児院の年齢層は高めだった。故に現状の補助金だけでは不十分に感じた」

「流石阿呆です。お見事」


 トウカは小馬鹿にするようにパチパチと拍手する。

 お腹を空かせた子ども達を憐れみ、この男はどうにかしなければと反射的に思ったのだろう。実に浅はかで善良な王太子らしい。


 ギルバートは彼女のその反応に、カッと顔を赤くした。


「間違ったことをしたとは思っていない!」

「では聞きますが、一時的に補助金を増額したとして何か解決しますか?」


 返事に詰まるギルバート。

 トウカは蔑みの目でベッドの上に正座したままの彼を睨みつつ、続ける。


「一時的な措置ではその場しのぎにしかなりません。ましてやそんな孤児院、国中探せばいくらでもあります。一つの孤児院だけを特別扱いはできません」


 それは争いの元となる。

 そんな事もわからないのかとトウカは問い詰めた。

 しかし、そこはギルバートも理解していたらしい。


「確かにその場しのぎにしかならないかもしれない。特別扱いはダメな事も分かっている。でも、だからといって目の前に困っている人がいるのにそれを捨て置くような国ではいけない。俺は彼らを救える立場にある。だから行動しようとした。それが間違いだとは思わない」


 ギルバートは強い眼差しで言う。

 一応脊髄反射で行動したのではなく、考えがあっての事だったらしい。

 だが、これと同じ台詞を言いそうな人物に心当たりがあるトウカは顔を顰めた。


「それはフィオナ様の言葉ですか?」

「……俺の言葉だ」

「本当に浅はかですね」

「行動できる立場にあるのに、行動を起こさないのは許されない」

「自身が起こす行動の結果も予測できない人に勝手をされては困るのです」


 言葉遊びのようなやりとりに、ギルバートは頭の上に疑問符を浮かべた。

 さすがは阿呆だ、トウカの言葉の意味が理解できないらしい。


「あの日、視察に行った人物は?」


 ため息混じりでわかりきった事を聞いてくる彼女に、ギルバートは顔を歪める。


「クリストファー・アルダートン、アーサー・カーライル、フィオナ・モートン、と俺」

「それだけでこの申請書はその4人の合作だと判断されます」


 ギルバートは何故?という顔をしたが、トウカは無視して続けた。


「そして、その中にいるフィオナ・モートンは、城の中では『領地も持たない貧乏男爵家の娘でありながら、数々の有名貴族のご子息を籠絡し、手篭めにして果ては王太子を懐柔し国を乗っ取ろうとしているのではないか、と噂されている人物』と危険視されています」

「フィオナはそんなやつじゃない」


 友達以上恋人未満の学友を貶され、憤るギルバート。しかしトウカはそんな彼を鼻で笑う。


「そんなやつだと思われているという話です。学園内での彼女の評価と、外での彼女の評価は異なると先日申し上げたでしょう」


 それはギルバートが無駄にドギマギさせられた夜の話だ。

 この発言がトウカの口から出るという事は、彼女にはあの夜の記憶があるという事だが、それに気づいたところでこの状況では何を言えるでもなく、ギルバートは複雑な表情を見せた。

 自身の失言気づいていないトウカは、すぅと深く息を吸い込み、そして吐き出す。


「ここ最近、ずっと!散々申し上げていますでしょう!?重要なのは事実ではなく、周りからどう見えているかという事だと!!」


 大声で吐き出された言葉は部屋中にこだまする。

 ギルバートは色んな感情が綯い交ぜになり、どんな顔をして良いのかわからない。


「この申請書は、何も持たないただの男爵令嬢が、王太子を使って国を動かそうとしたと見えるんです」


 そして、即ちそれは皆の目に『ただの男爵令嬢の言いなりになるほど愚かな王太子』に映るという事。

 トウカは悔しそうな顔をした。

 その表情に、またやってしまったとギルバートは今更後悔した。


 「……悪かった」


 自分が何を予測できていなかったのかを悟ったギルバートは自嘲じみた笑み浮かべ、素直に謝罪する。


「いつも言っているでしょう。何か行動を起こす時はまず私に相談してくださいと。フィオナ様が関わった案件は特にです」

「すまん」

 

 一気に顔が暗くなるギルバートに、トウカは現在行われている改革について語り始めた。


「現在、貴族階級だけに行われている戸籍制度を、労働階級にも取り入れるよう準備が進んでいます。これにより、エフェニアの国民は一人一人、国がその存在を管理できるようになります」


 つまり、現在は定期的な国に視察が入り、孤児の数を確認し管理しているだけだが、これから先はもう少し細かく管理できるようになるという事。そうすれば孤児院への補助金も、年齢ごとに金額の設定が可能となる。

 しかし、ギルバートは納得できないという顔をした。


「…だが制度が変わるのを待っていては遅い」

「本当にちゃんと視察してきました?」


 トウカは、正座したままわかったような事を口にする主人に呆れ返る。

 ギルバートはその態度に苛立ちながらも、当然だと主張した。


「孤児院の財源は国からの補助金だけでしたか?」


 その問いにギルバートは答えられない。

 それもそのはず、彼らが見た帳簿は『補助金の収支報告書』。国に毎年提出する書類の()()だ。孤児院全体のものではない。


「これが昨年のプリシエラ孤児院の収支報告書です」


 そう言ってトウカは一冊の冊子を手渡した。

 そこに記されていた財源は補助金だけではなかった。教会を借りて毎年行われるバザーや、貴族からの寄付金も立派な財源だ。


「何故これを見なかったのです?」


 その指摘にギルバートを顔を真っ赤にした。

 己の思慮の浅さを恥じているのだろう。


「今年、プリシエラ孤児院は寄付金を2件打ち切られています。確かに例年よりは少し苦しいのかもしれません。ですが院長は新たに支援してくれる貴族や商会を探し、営業をかけています」


 それなのに、子どもが「ご飯が足りない」と言っていたからという理由だけで不正を疑い、彼らの努力を見ようともせず安直に権力を振りかざし、いとも簡単に国庫から金を引っ張ってくる。

 果たしてその行為は歓迎されるものだろうか。


「問題があれば院長が行動を起こします。彼らは国に信用に足ると判断され、国が任命したから、孤児院の院長なのです。そして彼らが適切に運営しているかを監査するのは役人の仕事です」


 ギルバートは俯いたまま、顔を上げない。反論しようともしない。

 当たり前だ。できるはずもないのだから。


「あなた方は学園の課題の一環で視察に赴いたに過ぎず、彼らとの関わりはほぼ皆無。信頼関係などありもしない。それなのに勝手に踏み込み、不正を疑い、金が足りないならと国庫から金を引っ張ってくる。あなた方の行動は彼らを愚弄するものですよ」


 トウカは彼のつむじを見下げながら、容赦なく問いかけた。


「本当に子ども達はお腹を空かせていましたか?その日たまたま少し量が少なかっただけではありませんでしたか?」


 そもそも、平民は毎食お腹いっぱいご飯が食べられるような生活を送ってはいない。日によっては少ないこともある。

 王太子であるギルバートの生活水準に当てはめてはいけない。


「…俺は何が見えていなかった?」

()()見えていないかではなく、()()見えていません」


 トウカは顔を上げたギルバートに対し、辛辣に言い放つ。

 彼は彼女の目を真っ直ぐ見据え、そうか、と呟いた。


 これだけ打ちのめされようと、ギルバートが腐ることはない。

 浅はかで善良な王太子は、自分に足りないものから目を背けない。そしてそれを補おうと常に努力する。

 能力は足りずとも、心意気は足りている。

 だからトウカは彼を見捨てない。


「何か『おかしい』と気づいた事があるのなら、一度持ち帰ってしっかりと事実確認を行い、精査してください。行き当たりばったりで行動を起こさないでください。物事には順序があります。怠れば足元を掬われます。そうなれば、救えるものも救えません」


 トウカはそれまでの怒気をはらんだ声色ではなく、優しく諭すようにギルバートを説き伏せた。


「しかし、それでは救えぬものもあるだろう。政策を実行し、変化が見え始めるまでに失われるものもある…」

「確かに未来を変えるために、今、犠牲になるものはあります。しかし、だからこそ我々は『予測』するのです。多くを知り、学び、それらを用いて予測する。そして問題が起こる前に先回りして行動し、問題の芽を摘み取るのです。それが尊き身分のお方の義務です」


 ギルバートはトウカの言葉を真剣に聞いていた。

 何度も同じ失敗を繰り返し、その度に学び、一歩ずつ成長してきたのがギルバートだ。


 トウカは自分でも甘いと思っている。

 彼の失敗が大ごとにならないのは、トウカやジュリアスがそうなる前に止めているから。

 そもそも、ギルバートはミスが許される身分ではない。同じ失敗を繰り返すなど言語道断だ。

 だが彼が学び、成長する事を諦めないから、トウカも彼を諦めない。



「さ、支度しましょう」


 トウカはギルバートの手を引き、寝台から引っ張り上げた。

 用意していた学園の制服を手渡し、着替えるよう促す。


「今日は溜まった仕事を片付けねばなりませんので、学園にはランドール夫人が付き添います。早めに支度しておかないと小言が怖いですよ?」


 トウカは花のように微笑んだ。

 ギルバートは、小言の数はお前も負けていないけどと思いつつも言葉にはしなかった。

 その笑顔に免じて。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


ギルバートは阿呆ですが、努力家です。

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