13:酒は飲んでも飲まれるな(1)
夜、ギルバートは先程トウカから渡された婚約者候補の一覧を眺めながら、ベッドに寝転がっていた。
今日は休みだというのに、朝から部屋に篭りこれを作っていたらしい。本当に社畜の鏡だ。
凛とした美しい字で、わかりやすくまとめられた書類は彼女の几帳面な性格が伺えて、自然と笑みが溢れる。
『マリアはダメ』と言ったからか、トウカはわずか数日で、彼女以外の高位貴族のご令嬢を5人ほどリストアップしてきた。
家柄や経歴だけでなく、性格や交友関係から過去の恋人まで抜け目なく調べ上げられたその調査資料は完璧だが、ギルバートには気になることが一つ…。
「何故年上の、それもしっかり者として有名な女性ばかり…」
それほど頼りなく見えているという事だろうか。そうと思うと、少し悲しくなる。
ギルバートは体を起こすと、寝台の側にある小さなテーブルの引き出しを開けた。
そして、そこに仕舞われた写真を見ながら、深くため息をつく。
「いや、まあ良いんだけどさ…」
どうせ初恋は叶わない。
ギルバートは来年には学園を卒業し、王族として本格的に動き出す。
トウカが彼の婚約に積極的に動いているのは、『この国唯一の王子なのだから、そろそろちゃんと腹を括れ』ということだろう。
ギルバートが少し悲しそうにその写真を眺めていると、突然コンコンと扉を叩く音がした。
慌てて写真を引き出しにしまい、彼は扉を開ける。
すると、そこにはおそらく仕事終わりのジュリアスと、何故かトウカがいた。
帰り道、ジュリアスに捕まったのだろう。肩を抱かれて無理やり連れてこられた彼女の顔は険しい。
二人は通してくれた衛兵にぺこりと頭を下げ、部屋の主が許可する前に入室した。
「何だよこんな時間に」
親密な距離の二人を無理やり引き剥がし、ギルバートはジュリアスの方に問う。
すると彼は手にぶら下げていた紙袋から酒瓶を取り出し、机に並べ始めた。
「殿下。明日は学園もお休みですし、予定は昼過ぎからの会食だけでしょう?実は僕も明日は1日オフなんですよね。だからー」
呑みましょう!と振り向いたジュリアスはとてもいい笑顔だった。
その後ろで、自分は朝から仕事だと主張する義妹の声など彼に聞こえてはいない。
***
乾杯してから小一時間が経過した頃。
「そろそろやめとけ」
ギルバートはかなり早いピッチで酒瓶を開けていくトウカが心配になり、酒を追加しようとする彼女から酒瓶を取り上げた。
「別に酔ってませんよ」
「酔ってるやつほどそう言うんだよ」
ジュリアスは立ち上がると寝台横に置いてあった水をグラスに注ぎ、それをトウカに渡すと、彼女は渋々水を口に含んだ。
いつもは凛とした侍女が顔を熱らせ、瞳を潤ませてポーッとしている様はどこか色っぽく見えて、ギルバートは少し顔を赤らめる。
目敏いジュリアスはそれを見逃さなかった。
「それでは殿下、そろそろ婚約の件について話しましょうか」
再び彼女の隣にドスッと座ったジュリアスは、先ほどまでくだらない話で盛り上がっていたのに、急に話題を変えてきた。
「何だよ、藪から棒に」
「いやー、聞きたいんじゃないかと思いましてね。コイツの本音」
「…別に」
「酒でも入れないと何も言ないでしょ?コイツ」
隣に座る義妹の頭をガシッと掴み、乱暴に撫で回した。
両手でグラスを持ち、ちびちびと水を飲むトウカはされるがまま、体を左右に揺する。
「…いくら飲まされようと、私は何も言いませんからね」
「まあまあそう言わずにさ。トウカは殿下の妃には誰がふさわしいと思う?」
言わないと言われようと、問答無用で聞くのがジュリアス・グレイルだ。
いつもならココで蔑むような目で彼を見た後、無視を決め込むトウカだがやはり酒のせいか口が滑る。
「理想はマリア様です。本当ならマリア様を選びたいです。でも出来ません。」
「何故?」
「ギルバート様はそれを望んでいません」
トウカはゆっくりとギルバートの方を見た。
本人は気づいていないが、気を抜いている時、甘えたい時、トウカはいつもギルバートを『殿下』ではなく名前で呼ぶ癖がある。
「ギルバート様が望んでいない事はできませんよ」
トウカが忠誠を誓ったのはギルバートであり、国王ではない。王が望もうとギルバートが望まなければトウカは選ばない。
そんな彼女の忠義がギルバートには嬉しくもあり、悲しくもあった。
「ではフィオナ嬢を選ぶのかい?」
「ギルバート様がそれを望まれるのなら」
トウカは静かに目を閉じた。
彼女はあの日、マリアの話を聞いてからずっと悩んでいた。
何を選ぶことがギルバートにとって一番幸せなのか。
マリア・カーライルは理想的だが、生真面目な主人のことだ。彼女を選んだらきっと、彼女の気持ちを無視したことを一生後悔する。
たとえ彼女自身が後悔していなくとも。
対するフィオナ・モートンは『ヒト』という生き物に夢を見るお花畑な考えも、自分の行動の結果を予測できない思慮の浅さも、王族に迎え入れるにはとても危うい。
しかし同時に、聖女であることは間違いない。
話を聞く限り、彼女は他人の心の機微に敏感で、無条件で人に手を差し伸べる事の出来るほどに広い心を持っている。
人の心に寄り添い、共感し、心に巣食う闇から解放する事などそう簡単にできるものではない。
そして何より、他人の闇に飲み込まれない芯の強さがある。普通は他人の闇に触れれば、自身もそれに蝕まれる。
だから彼女は浅はかでも、気高い聖女なのだ。
トウカはその聖女の部分に掛けてみたいとも思っていた。
毒は使いようによっては薬となる。
ギルバートはまだ毒に侵されたわけではない。
一人悶々と考え込んでいたトウカは、いつの間にか意識を手放した。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
この3人は仲良しです。




