1:王太子の婚約事情
初投稿です(〃ω〃)
エフェニア王国。海に突き出した半島に位置するその国は、小さな国土に反して温暖な気候と豊かな土地に恵まれおり、それなりに発展していた。
北の国境は、先の内乱で情勢が不安定な大国に面するため警戒を怠れないが、東西に伸びる山脈が国を守るように立ち塞がっているので特段心配するような事もない。
他国との貿易に活気付き、異国情緒あふれる港町を中心に栄えたその国は賢君エドワードの治世の元、平和を謳歌していた。
街は平和そのものな国だが王宮は深刻な人手不足に悩まされ、まさに戦場だった。
右を見ても左を見ても、書類の山を持ち走り回る官吏の姿が目に入る。
そんな戦場で、王太子付きの侍女トウカは半年ほど前から多忙を極めていた。
尤も、優秀な彼女の元に大量の仕事が投げ込まれるのは日常の光景であるが、ここ最近は人事異動もあり、いつにも増して忙しかった。
そして今日も主人の執務室で山積みの書類と格闘している。
小柄な彼女を隠すように積み上げられた書類の山から垣間見えるのは、一心不乱にスラスラとペンを走らせる真剣な横顔と、窓から差し込む光に反射するシニヨンカバーからはみ出た色のない髪。
金髪碧眼の王太子ギルバートは、ぼーっとその姿を眺めていた。
そしてうっかり口を滑らせる。
「あー、無理。やっぱ、す……ぶっ!?」
頬杖をつきながら作業の手を止めている主人に向かって、トウカは言葉を遮るように分厚いファイルを投げつけた。
「今、軽率な発言をしようとしませんでしたか?」
口元は笑っているが目は笑っていない。
「してません。いい天気だなと思っただけです」
「ダウト、目が泳いでます」
「…しました」
ギルバートは赤くなった鼻を押さえながら、これ以上怒らせると怖いので正直に答えた。
「次、迂闊なことを言おうものならその口を縫います」
「はい」
「仕事をしてください」
「はい」
「これは私の仕事ではありません」
「……はい」
叱られたギルバートはおとなしく仕事を再開する。
トウカが今している仕事は、ここ数日、何かにつけて公務をサボってきた主人の尻拭いだ。
「ったく!只でさえ忙しいのに、この男のお守りなど、手が幾つあっても足りないわ!」
「…おい、口に出てるぞ」
先ほど軽率な発言はするなと主人に注意したところ。自身もうっかり口を滑らせてしまったのは示しがつかないので、無視してなかったことにする。
(…このままではダメだ、早急になんとかせねば)
トウカは主人の将来を憂い、そろそろ本気で『このどうしようもない主人のケツを引っ叩いてくれそうな、しっかり者の婚約者を見つけるべきだ』と王に進言しようかと考えた。
***
「確かに考えた。考えたらこの有様だよ!」
貴族学園の中にある王族専用サロンの給仕室で、周囲に誰もいない事を確認し叫ぶ。
今、多忙を極めるトウカにさらに追い討ちをかけているのが、
『王太子ギルバートの婚約者を選定せよ』
という君主エドワードからの勅命。
朝っぱらから呼び出しを受けたトウカは無駄に豪華な謁見の間にて、明らかに役職の範囲外としか思えない仕事を任された。
息子の婚約者くらい自分で決めろよ!と王に反論したい気持ちを必死に抑え、ただ一言「御意」とだけ答えた彼女が自分を褒め称えたのは記憶に新しい。
彼女が仕える王太子ギルバートは、何をやらせても『優』の域をでない凡庸な才能しか持ち合わせていない。
彼が高く評価されるのは父親譲りの美しい容姿と、人柄の良さだけである。
裏表がなく、真面目で快活で善良な人格者ではあるため、多くの人を惹きつけるが所詮はそれだけ。一癖も二癖もある役人たちや貴族相手に腹芸もできない性格で、正直なところ為政者には向かない。
故に君主エドワードは『これはもう、しっかり者のご令嬢を嫁に迎えて、愚息を支えてもらう方が早い』と判断し、そのような令嬢を用意するようにと命令を下したわけである。
「私だって思ってたことだけど!私に押し付けるのは違くない!?」
トウカは乱暴に関係書類のファイルを開く。
自分用に入れた紅茶が、その振動で少し溢れた。
王族はその婚姻までもが国のためにあるべきだ。
王太子の婚約者ともなれば、それは即ち次期王妃。
かなり重要なポストである。
だから父である王が国内外の情勢を考慮しながら、縁つづきになる事で最も利がある家のご令嬢を用意する。それが普通だ。
にも関わらず、それを息子の侍女に投げた。
「陛下のお考えがわからん…。わかりたくもないが」
トウカは溢れた紅茶を拭き取り、渡された書類を目を通す。一先ずは候補者チェックだ。
文句を言いつつも与えられ仕事はきちんとこなす社畜体質の侍女、それがトウカだ。
「…順当に行けば、婚約者はマリア様一択なのだけれど」
彼女が主人に最もふさわしいとする令嬢の名はマリア・カーライル。
歴史が古く、代々宰相を務める由緒正しきカーライル公爵家の息女だ。
マリアは幼い頃より厳しい教育を受けてきた人物で、洗練された気品あふれる立ち居振る舞いに加え、優秀な頭脳と、大物にも臆することなく立ち回る事の出来る度胸を持っている。
おまけに幼い頃より父親である宰相に引っ付いて城に遊びに来ていたこともあり、ギルバートとは幼馴染とも言える仲で、彼の性格も熟知している。
これ以上に適任な令嬢などこの国にはいない。
誰に文句を言われようとも婚約者はマリアで推し進めたいところだが、素直にマリアを選べない理由があった。
「…………フィオナ・モートン」
トウカはもう一枚の書類を眺め、深くため息をついた。
半年ほど前から主人が懇意にしいる令嬢である。
可愛らしい容姿をしており、物腰柔らな心優しい女性だ。多くの生徒からまるで聖女のようだと慕われている。
しかし、彼女の家は領地も持たない男爵家。王太子妃に迎えるには些か爵位が低すぎる。
故に本来なら名も挙がらぬ人物なのだが、何故か学園内では彼女が王太子の婚約者に内定していると噂されている。
原因は主人である王太子ギルバートの行動だ。
彼は性格が似ているフィオナと気が合うらしく、彼女を常に隣に侍らせていた。
おかげで、周りは『王太子と男爵令嬢との身分差の恋』に恋愛小説のようなロマンスを期待して、騒ぎ立ているのだ。
この噂は迂闊な王太子の行動の結果であるため、現段階でフィオナ・モートンを婚約者候補から外す事は、外聞が悪くてできない。
つまり、今朝トウカが王から下された勅命の真意はこうだ。
『フィオナ・モートンをなるべく自然な形で候補から排除し、彼女を信奉する者からの反発を避けながらマリアを婚約者として擁立せよ』
トウカとしても、この多忙を極めている今、#自身のためにも__・__#速やかにこのフィオナ・モートンを婚約者候補から外すよう動かねばならない。
「……めんどくさいなぁ」
トウカは指の腹でこめかみを抑え深いため息をつく。
一先ず書類を片し、そろそろ講義を終えていつも通りに側近候補と渦中のご令嬢を引き連れてやってくるであろう主人のために、ティーセットの準備をすることにした。
初投稿です。
勢いで書き始めたので至らぬ点も多いかと存じますが、どうぞよろしくお願いします(`・ω・´)