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本気のバントに敵はない!  作者: 小走煌
2 まだ見ぬ仲間を探して
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二人きりからのスタート

 握手をしたえりかの手にこもる力は強く、環は思わず顔をしかめた。

 しかしそれも一瞬で、えりかはすぐに手を離した。その顔は希望に満ちていて、一種の達成感に溢れているようにも見える。私という人間をスカウト出来たのがそこまで嬉しかったのだろうか、と環は思った。

「さて、そうなれば真っ先にメンバー集めね」

 えりかはそう言って、校舎の方へ歩き出した。

「誰か当てはあるの?」

「いいえ。なんせまずは環を押さえることしか頭になかったから、その先のことはなにも考えていないわ」

 えりかは堂々と言い切った。それはつまり、先の見通しが全く立っていない不安な船出ということになると思うのだが、どうしてかえりかの言葉には自信が満ちている。

「とはいえ体育の授業でもある程度アンテナを張ってはいたけど……今のところ、あたしのお眼鏡にかなう者はいないわね」

「品定めしてたってこと?」

「それは言葉が悪いわね。もし野球の上手い娘がいたら声のひとつでもかけようと思っていただけよ。でも、アンタがバントなんてするから他のプレイヤーに割くリソースが失われてしまったわ、あの時は」

「リソース……?」

 謎の横文字を入れて話し込むえりかは、やはりどこか嬉しそうだった。確かに不安な船出かも知れないが、このえりかのように暗くならずにいれば物事はなるようになるものなのかも知れない、と環はなんとなく思った。

「まあ焦っても仕方がないわ。集めるならそれなりに優秀な人材でないと困るものね」

 えりかは来た時と同じようにグラウンドを突っ切り、校舎へ抜ける通路の脇にある自動販売機で止まった。いちごミルクを二個続けて買い、そのうちの一個を環にトスした。環は不意を突かれたが、どうにか落とさずにキャッチする。

「それは入部祝いよ」

「入部って、まだ部もないのに?」

「細かいことはいいの! それより、そこのベンチで第一回ミーティングをしましょう」

 えりかが指差した通路には、ベンチが備えられていた。二人して腰掛け、いちごミルクを開けて一口目の口をつける。

 昼休みということもあってか、トンネルのようになっている通路には校舎からの騒ぐような声がひっきりなしに聞こえて来る。様々な声がトンネルの中で反響し、誰もいないのに賑やかだった。

「さて、これからあたし達がやることを洗い出すわよ」

 えりかはスカートのポケットから紙とボールペンを取り出し、自らと環との間に紙を敷いた。

「いろいろ持ち歩いてるんだね……」

「学生なんだから筆記用具くらい持ち歩いていて当然よ」

 ふふんと鼻を鳴らすえりかに、そうかなあと突っ込みを入れそうになったがなんとなく止めておいた。

「まずはメンバー集めね。それから部設立の申請をする。それに必要なものはなにかしら?」

 この県立東高校には女子野球部がない。そのため、環とえりかの企みを実行に移すには女子野球部を設立するところから始めなければならない。入学して一週間も経っていない環が知っている情報などなにもないのだが、とりあえずありふれた意見を提示することにした。

「それはまず、顧問の先生じゃない?」

「そうね。誰かに顧問をお願いしないといけないわ」

 えりかは言ったことを紙に転記していく。当たり前の意見のような気がするが、忘れないようにするためには記録に残しておくことが大事なのだろう。

「それから部室は絶対欲しいわね。あと道具一式。道具に関してはいろいろ揃えるのは大変だから男子の野球部からどうにか融通利かせられないか、って睨んでるんだけど……」

「余ってる道具をよこせ、ってこと?」

「そんなところ。ボールなんかは最たる例ね。ボールはいくつあっても困るものじゃないから、もしボールが余分にあったら多少形が悪いものでも欲しいところなんだけど……」

「でも、一年生の私達が言ったところで門前払いされるんじゃない?」

「そうね。そうなると、顧問の先生にはある程度の権力が必要になるわね……」

 ブツブツと呟きながらえりかは熱心に紙の空白を字で埋めていく。用紙はすぐに文字でいっぱいになった。その様子を見ながら環はいちごミルクをこくこくと飲む。ゼロから部を立ち上げるというのは、思ったより大変な作業のようだ。

「ん、そろそろ昼休みが終わるわね。続きは放課後にしましょう。アンタ、今日はバイトあるの?」

「今のところ連絡はないけど。でもまだ分からない」

「そう。出来れば今日は断っておいて欲しいわ。すぐに第二回ミーティングを開きたいから」

 そう言われて、環は脳内で今月の稼ぎを振り返った。もし依頼があった場合断るのは心苦しいが、稼ぎという観点から言えば仮に今日一日入れなくてもすぐに苦しくなるものではなかった。

「まあ、今日は別にいいけど……またここでやるの?」

「いいえ、ここは放課後は部活生でいっぱいになるから、屋上にしましょう」

「屋上ね、了解」

 環は頷き、またいちごミルクに口をつけた。五百ミリパックは、なかなか減らなかった。


 そして放課後。

 教室前でえりかと待ち合わせた環は共に屋上へ向かった。環はこの学校の屋上へは行ったことはなかったが、例によってえりかの歩みに迷いはない。恐らく屋上の位置も調査済みなのだろう。階段をどんどん上がるえりかについていく。三階を越えてから急に暗がりとなり、階段を登り切ったらドアが行く先を通せんぼしていた。

「ここが屋上への入口よ。放課後には誰もいないはずだから使い放題だわ。しばらくはあたし達の仮の部室にしてもいいかも知れないわね」

 そう言ってえりかはドアに手をかけ、開きながら進む。環もその後について行く。

「……おや?」

 えりかが不意に足を止めた。ぶつかりそうになって環も急停止する。

「ちょっと、危ないじゃない――」

 その時、環の耳にミットを鳴らす心地よい音が届いた。

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