ここから先が難しい
「すごーい、みなさん野球部なんですか?」
「部になるのはこれからだけどね」
どこか気の抜けたような綾香の声に、すかさずえりかが反応する。
「なんにせよ、仲間に加わってくれて嬉しいわ。これから宜しくね」
「よろしくお願いします……あ、玉城さんもいる。いがーい!」
「その通りですわ伊藤さん。これから長い付き合いになるでしょうが、よろしくお願いしますわ」
綾香は次々に自分から人に話しかけていき、その調子で全員との自己紹介を終えた。こういう、誰に対しても物怖じしないのが綾香の凄いところだ、と環は思う。
「それじゃあ改めて確認するけど。現在チームメイト六人。今後必要になるのは不足分三人、プラス顧問プラス部室プラス道具プラス練習場所プラスもろもろ、といったところかしらね」
全員を見回してえりかが言った。そこに京が行儀よく手を挙げて補足する。
「部員に関しては、確かに不足分は三人ですが、もう少し人数がいてもいいですわ。試合出来るギリギリの人数しかいないというのはなにかと不便ですわよ」
「それは、まあその通りね。でも、いつまでもスカウト活動ばっかりやってもいられない。早く練習もしないといけないしね。だから九人揃った時点で追加の部員集めはいったんしないで次のステップへ移ろうと思うわ」
「そうですか。確かに、練習も始めなければならないですものね」
えりかと京の会話に、もう待ちきれないといった様子で飛鳥が割り込んだ。
「あー待ち遠しいなあ。早く皆にウチの必殺フォークを見せつけてやりたいぜ!」
「実際に練習がスタートしたらアンタに投げてもらう場面は多くなると思うけど、焦りは禁物よ。ピッチャーは一人しかいないんだから、ケガが怖いわ」
「だいじょぶだって。そんなにヤワくないよ、ウチの体は!」
えりかの言葉に反論するように、飛鳥は自慢げに自らの胸をドンと叩いた。
「全然だいじょばないのよ。練習がスタートしたらあたしの管理下において球数はきっちり制限するからそのつもりでね」
「うへえ、厳しそう」
「それはそうと」
がっくりとうなだれる飛鳥を尻目に、えりかはもう一度全員を見回した。
「当面の課題は残り三人と顧問よ。誰か、いい当てはないかしら?」
「ウチはないなー。野球やりそうなヤツ、ウチのクラスには一人もいないよ」
「お、同じく、です……」
えりかの問いかけに、飛鳥と奏が早々にギブアップ宣言した。
「わたくしと寄川さん、伊藤さんも同様に今のところいい情報は持ち合わせていませんわね」
同じクラスの三人を代表して京がえりかに伝えた。その時、綾香が何かを閃いたように手を挙げた。
「そうだ、有江先生は顧問してくれないかな? あの人、とってもいい人そうだし」
有江先生、とは環達のクラスの担任を務める有江典子のことだ。壺を割ってしまっても大したお咎めなしという点では、確かにいい人かも知れない。
「駄目ですわ。有江先生は茶道部の顧問をしていらっしゃいます。既に他の部の顧問をされている以上、そこにアタックするのは得策ではないように感じますわ」
「あ、そうなんだ。ざんねん」
京の言葉に、綾香は元気なく俯いてしまった。
環は頭の中で考えた。有江先生が顧問というのは、確かにいいかも知れない。まだ一週間程度の付き合いだが、あまり生徒に介入し過ぎず、遠くから見守ってくれている先生、という感じがあるのだ。これがもし熱血漢なら、部の方針をめぐってすぐにえりかと衝突するだろう。
しかし現実問題として有江先生は茶道部の顧問である。それなら他の先生を当たるしかない。しかしそう簡単に手放すのは惜しい人材な気がする。環の中で有江先生顧問案がいつまでも残留して考えが進まない。
「寄川さん、なにかいい当てはありますの?」
不意に、京が意見を求めて来た。単に「なにもない」とは言えず、言葉を選んで発言する。
「私が見てる限りは特にいないね。でもここからはもう、地道に声かけしていくしかないんじゃないかな。顧問も、残りのメンバーもね」
環の言葉に、場の皆は考え込むように頷いた。
とは言ったものの、誰にどう当たればいいのかも検討がつかない。自分で言った言葉がそのまま現状の手詰まり感を表しているかのようだった。