お堅いひと
屋上に悲鳴のような叫び声が響いた。
「ちょっ……なんでここに?」
環は思わずのけぞる。現れた影は、環のクラスの委員長である京だった。
「こんなボールで遊んで……屋上は憩いの場です。遊びの場ではないのですよ!?」
京はそう言って、ボールを目の前の環ではなくキャッチャーミットを嵌めたえりかに投げ返した。ボールは吸い込まれるようにミットに収まり、パアンと甲高い音を立てた。
「大体、屋上でボール遊びなど危なっかしいことこの上ありません。下に落としたらどうするつもりですか!」
「ま、まあ、落ち着いて……」
環はどうにか場を収めようとするが、京は止まらない。相手が他クラスの人間だろうとおかまいなしなのは、さすがカタブツ委員長といったところか。
「なんなの、アンタ」
ふと、えりかが詰め寄って来た。
「別に校則で禁止されているわけじゃないでしょ。どう遊ぼうがあたし達の勝手じゃない」
「危ないことはやってはいけません。これは校則の問題ではなく常識の問題ですよ?」
二人の視線が交わり、火花が散っているような錯覚を環は覚えた。自分も口は立つ方だという自覚が環にはあったが、この二人の凄まじい剣幕につい腰が引けてしまう。
しかし、京とは同じクラスである以上この場は自分がどうにかせねばなるまい。環は意を決して京と向き合った。
「分かった分かった、今日のところはもう止めるから。掃除をサボらないで真面目にやったよしみでここは見逃してくれないかな……ね?」
「む……」
京は環に目を向け、なにやら考え込む仕草をしたが、やがてクルリと振り向いて入口のドアに手をかけた。
「寄川さん。あなたがそこまで言うのなら、今日は見逃してもいいでしょう。ただし、ミットの音は下の階まで筒抜けです。またボール遊びを始めたらすぐに気付きますからね!」
それだけ言って京はドアを丁寧に開け、屋上から姿を消した。後には静寂が残る。
「……まったく、なんなんだアイツ!」
飛鳥が頬を膨らませて駆け寄る。その後ろを奏が申し訳なさそうについて来た。
「まあ、そういうことだから今日は止めとこう」
「そうね」
環の呼びかけに、えりかが真っ先に反応した。意外だった。「もっと球筋を確認する必要があるわ!」とか言ってごねそうなものなのに。
「キャッチボールはこの辺にして、この場所を使って今後の動きでも確認しましょう。それにしても……」
えりかはそこまで言って入口のドアを見詰めた。
「どうした?」
「今の娘、気になるわ」
「気になる、なにが?」
「……いえ、なんでも」
環の問いに、えりかはなにか言い淀んで止まった。不思議なヤツだ、と思ったが環はそれ以上追及することは止めておいた。